ドガァン・・・と、何かが破壊される音が響いた。

 「あーあ・・・また壊された」

 部屋の窓から上を見て、小さくつぶやく。パラパラと小さな瓦礫が落ちてきた。
  は、ここ数週間繰り返されているやり取りに、頭を悩ませていた。というか、もう半分諦めの境地だ。どちらに何を言っても聞かないのだ。
 父は遊んでいるだけだが、恋人は至って本気だ。どうにかして、かすり傷1つを付けたい。だが、力の差がありすぎる。まあ、お互いにいいストレス解消になっているだろう。とは思うが、やられまくりの飛影は、逆にストレスが溜まっているかもしれない。
 その日も父に担がれて帰って来た恋人の傷を癒し、壊された城の修理を、そこそこ強い妖怪に頼みに行った。頼む相手は、専ら百足にいる連中だ。

 「おい」

 修理を頼み終え、百足を去ろうとした時だ。背後からかけられた声に、振り返った。ムクロの声である。

 「ムクロ? どうしたの?」
 「“どうしたの?”じゃない。飛影はどうした」
 「飛影なら、城よ」
 「城?」
 「お父様のお城。魔界の最下層にある」
 「何・・・?」

 魔界の最下層と聞き、ムクロがあ然とする。そこにいる人物を知っているのだろう。

 「・・・今、“お父様”と言ったか?」
 「ええ」
 「まさか、毅龍が貴様の父だというのか?」
 「そうだけど・・・? あ・・・」

  が突然声をあげ、振り返った。視界に飛び込んできたのは、愛しい人。冬眠から覚めたらしい。

 「おはよう」
 「黙っていなくなるな」
 「え? だって、寝てたから・・・」

 冬眠中は、起こしても起きない。だから、飛影を置いてきたのだ。それを怒られるとは。

 「帰るぞ」
 「待て、飛影」

  の腕を掴み、立ち去ろうとした飛影を呼び止める者が。当然、ムクロだ。飛影は視線だけをムクロに向けた。

 「お前、パトロールをサボりまくっているだろう。煙鬼の奴が怒っていたぞ」
 「フン・・・。あんな退屈なこと、していられるか」
 「オレともちっとも手合わせをしていないしな」
 「お前よりも手応えのある奴を見つけたからだ」
 「毅龍か」

 ピクリ・・・飛影が反応する。そういえば、魔王の名を知らなかった。毅龍というのか。
  が困ったような表情を浮かべ、2人の顔を見比べる。そして、「あ!」と声をあげ、2人の間に立ち塞がった。

 「ね、飛影? どのくらい強くなったか、ムクロに見てもらおうよ!」
 「その必要はない」
 「どうして? お父様との特訓で、少しは強くなったんでしょ? 今ならムクロも倒せるかも!」
 「面白い提案だな、

 口を開いたムクロが、ツカツカと飛影に近づいて来る。飛影がチッと舌打ちした。 が「でしょ〜?」と笑みを浮かべ、うんうんとうなずく。

 「ね? そうしなよ。私、久し振りに人間界に行ってくるね!」
 「何?」
 「ね、いいでしょ? ちょっとみんなに会ってくるだけだから! あ、ムクロ、ほどほどにね!」
 「おい、 ・・・!」

 呼び止めるも、ムクロにガシッと腕を掴まれる。「離せっ!」と怒鳴るも、当然のことながらムクロは離すことはしない。そうこうするうちに、 の姿は、あっという間に見えなくなった。

***

 人間界にやって来たのは、久し振りだ。もしかして、1年以上来ていなかったのではないだろうか。
 向かったのは、幽助の屋台だ。彼が霊界探偵の仕事をしながら、ラーメン屋台で働いているのを、 は蔵馬に聞いていた。

 「幽助くん! 久し振り!」
 「おっ?  じゃねーか! 久し振りだな」

  が声をかけると、幽助がニカッと笑う。久し振りに見た彼の笑顔。こちらまで笑顔にさせてくれた。

 「どうした? ラーメン食いに来たのか?」
 「うん。幽助くんのラーメンは、おいしいかな?って」
 「ウチのもうまいぜ! そういや、飛影は?」
 「ムクロと特訓中。あ、そうだ。私ね、記憶が戻ったの」
 「え? マジか!? 良かったな〜!! んで? 何人だった?」
 「ん〜っと・・・魔族」

 麺を茹でる幽助の手元を見ながら、 が短く答える。幽助は「魔族?」と首をかしげる。

 「それにしちゃ、おめー・・・妖気が・・・」
 「妖怪じゃなくて、魔族。純粋な魔の力を持った種族よ」
 「オレとはちげーのか・・・」
 「幽助くんのお父様は妖怪だったじゃない。魔族はね、妖怪よりも残忍で冷酷で・・・」
 「お、おいおい・・・そんじゃ、おめーも・・・」
 「嘘だよ。そんなに怖くないって」

 ケラケラと笑う に、幽助は「なんだよ」とつぶやき、ラーメンどんぶりを の目の前に置いた。「いただきます」と両手を合わせ、 はラーメンをすする。

 「そうだ。幽助くんも、お父様と手合わせしてみない?」
 「お父様? 親父、生きてたのか?」
 「うん。今は飛影と毎日のようにケンカしてる」
 「ケンカって・・・。親父さん、どこにいんだよ」
 「魔界の最下層」
 「へ?」

  が返した言葉に、幽助は魔の抜けた声をあげる。フーフーとラーメンに息を吹きかけ、ズルル・・・とすする。モグモグと咀嚼して、ごくんと飲み込むまで、幽助は言葉を待った。

 「だから、魔界の最下層のお城だってば」
 「最下層・・・つったら、S級妖怪がわんさかいるとこだろ??」
 「お城にはお父様しかいないよ。みんな怖がって近づかないみたい」

 フーフーと再び息を吹きかけ、ラーメンを食する彼女は、S級妖怪以上の力を持つ父がいるのか。
 だが、それならば 自身の強さも納得する。彼女は、あの戸愚呂や仙水を凌ぐ実力を持っていたのだから。

 「んで? 飛影の奴は毎日のように親父さんにボコボコにされてんのか」
 「うん・・・。私としては、やめほしいんだけどね」
 「まあ、死なねー程度には抑えてくれてんだろ?」
 「あのね・・・いくら死ななくても、毎日満身創痍で帰ってきたら、心配でしょ?」
 「・・・まあ、そうだな」

 何せ飛影は負けず嫌いだ。敵わないとわかっていても、立ち向かわずにはいられないはず。
 幽助は何も言わず、 がラーメンを食すのを見つめる。「うまいか?」と問えば「うん」と笑顔でうなずいた。

 「最近食べた中で、1番おいしい!」
 「そりゃ良かったぜ! 魔界じゃロクなモン食ってねーだろ?」
 「そうだね〜。でも、百足の中は料理人さんがいたから、それなりの物は出てきたよ?」
 「・・・まあ、オレも魔界にいた頃は料理人がいたからな」
 「心配しなくても、人間とか妖怪とかは食べてないからね」
 「いや、笑えねーんだけど・・・」
 「? 笑うとこじゃないよ?」

 大真面目に返して来る に、幽助は「いや、そうじゃなくて・・・」と言いかけ、「やっぱいいや」と続けた。

 「飛影とは仲良くしてんのか?」
 「うん。でも、さっきも言った通り、お父様と毎日ケンカしてるから・・・。帰って来ると、すぐに寝ちゃうの」
 「なんだよ、寂しくしてんじゃねーか。だったら、しばらくこっちにいろよ。螢子とか桑原とか、 に会いたがってたぜ?」
 「ホント?? 私も会いたい! 2人とも、おうちにいるかな?」
 「ああ。たぶんな」

 ラーメンを食べ終えた が「ごちそうさまでした」と両手を合わせる。

 「おいしかった。また食べに来るね!」
 「おう。今度は飛影と一緒にな」
 「うん。じゃあね!」
 「桑原によろしくな〜」

 ヒラヒラと手を振る に手を振り返して、幽助は次の客を待つため、椅子に座った。
 混むのは夜になってから。酒を飲んだサラリーマンがターゲット。それまでの間、幽助はぼたんに渡された、もう1つの仕事についての依頼を眺めていた。

***

 「おい」

 サラリーマン相手にラーメンを作っていた幽助の背に、明らかに不機嫌な声がかけられた。振り返らなくても声でわかる。

 「ちーっと待ってくれな、飛影。今、最後の一杯出すとこだからよ」

 そう言いながら、ラーメンどんぶりを目の前の男に「はい、お待ち」と言いながら差し出した。
 チッと舌打ちしながらも、飛影は幽助のその一連の動作を大人しく待った。

 「おう、久し振りだな、飛影。さっきまで が・・・」
 「どこへ行った」
 「へ?」

 鬼気迫る表情の飛影に、幽助は目を丸くする。「どこへ行った」この問いかけが意味することは・・・。

 「あいつ、まだ帰ってねーの?」
 「ああ」
 「あいつなら、桑原と螢子んトコ行ってるはずだぜ。どっちかに捕まってんじゃねーか? ホレ、おめーとの仲を根掘り葉掘り聞き出すためにとか」
 「なんのことだ?」
 「イイ感じの仲なのか〜とか? まあ、桑原んチには、おめーの妹がいるから、下手なこと答えたりしねーだろうけど」

 だが、いかんせん は穏やかで少し抜けているところもある。桑原の尋ね方によっては、いらんことを言う可能性もあるが。

 「なんだよ、おめー元気そうじゃねーか」
 「なんのことだ?」
 「 の親父さんに、ボコボコにされてるって聞いたからよ」
 「チッ・・・」

 余計なことを・・・と飛影がつぶやく。まあ、このプライドの高い男が、ボコボコにされていると言われ、腹を立てないわけがないのだが。

 「そんなことより、いいのか?  捜さねーで」
 「貴様に言われるまでもない」

 と、幽助の元を離れようとした時だ。昔、飛影が飼っていた使い魔が姿を見せたのは。

 「お久し振りです、飛影様」

 スズメほどの大きさの使い魔が、宙を飛びながら、飛影に声をかける。幽助が「なんだコイツ!?」と声をあげ、飛影はフンと視線を逸らした。
 今までちっとも姿を見せなかった使い魔が、一体何の用なのか。

 「飛影様、大変です。お連れの方が、妖怪に連れ去られました」
 「・・・何?」

 お連れの方とは、まさか・・・。

 「おい! そりゃ のことかよっ!?」
 「はい」
 「“はい”って、おめーはそれを黙って見てたのか!?」
 「私には何の力もありません。ただの使い魔ですから。こうして、飛影様に情報を与えるくらいしか・・・」
 「おい」

 飛影が冷たい口調で使い魔を呼ぶ。小さな体の妖怪は「はい」と答えながら主人を見た。

 「・・・そいつの居場所は?」
 「さあ・・・。ただ、魔界に連れ帰ったようです」
 「 のヤツ、なんで戦わなかったんだ? あいつの力なら、S級妖怪だって倒せんだろ?」
 「・・・オレがあいつに言ってあったからだ。“戦うな”と」
 「そりゃまた、なんで?」
 「あいつは強い。オレよりもお前よりもな。だが、それを目的に妖怪どもに目を付けられるのが嫌だった。それなら、強さを見せつけず、オレの背後にいてくれればよかった」

 それがまさか、逆効果になるとは・・・。飛影もそこまで予測していなかった。

 「とりあえずよ、魔界へ戻ろうぜ! そうすりゃ、おめーの邪眼で見つけること出来んだろ?」
 「・・・ああ」

 強力な結界を張られていない限りは、見つけることが出来る。
 そうとなったら、人間界でボサッとしている場合ではない。協力する、と言った幽助と共に、飛影は魔界へ帰った。
 すぐさま邪眼を使い、 の姿を捜す。あっという間にその姿を見つけ、飛影と幽助はそこへ急いだ。
 森の中の洞窟・・・そこに、1匹の妖怪と はいた。
 幽助と共にそこへ駆けつける。 は両手を頭の上で縛られ、宙づりのような状態だ。姿を見せた2人の名を呼ぶ。

 「やあ、よく来たね」

 ニッコリと笑う。乱童を思い出すような姿をしている。体の紋様、長い髪、小さな背。

 「おい、テメー! どういうつもりで を連れ去った!!」
 「どういう? それは簡単さ。彼女に興味があった。だから、人間のフリをして彼女に近づき、“君のことがもっと知りたい”と言った。彼女は素直について来た。ただそれだけだ」
 「それだけ、だとぉ〜!?」

 幽助がいきり立つも、飛影は冷静だ。本当は、幽助以上に腹が立っているだろうに。

 「そいつを攫ったこと、後悔させてやるぜ」
 「へえ・・・? たいした自信だね。でもいいのかい? こっちには人質がいるんだよ?」

 スッと妖怪が の首元に長い爪を突きつけた。人質に平気で手を出すタイプの奴か・・・と呆れる。人質は無事だからこそ、人質の意味があるのだ、と誰かが言っていた気がする。

 「おい、
 「え・・・?」

 まるで緊迫感のない様子で、飛影が の名を呼ぶ。

 「特別に許可してやる。そいつにお前の力を見せてやれ」
 「え・・・? いいの?」
 「特別だ」

 飛影と の会話を聞いていた幽助が「手加減しろよ」と声をかける。妖怪が「何をゴチャゴチャ・・・」と言いかけた時だ。 が手を縛っていた縄をブチッと千切ったのは。
 あ然とする妖怪に、 は手を突き出した。衝撃波が妖怪の体を吹っ飛ばす。

 「な・・・なんなんだ、貴様!」
 「クラスメートだって言うから、大人しくついて来たけど、まさか人間に変身した妖怪だったなんてね。ずい分とセコイ手を使ってくれたものね」
 「な・・・な・・・」
 「飛影から力を使う許可もいただいたことだし」

  が拳を握り締める。その手に光が集う。もしかしなくても、それで殴られれば、タダではすまないだろう。

 「ちょ・・・ちょっと待ってくれ! 悪かったよ! オレが悪かった! だから命だけは・・・!!」
 「小悪党ね。もう少し、別の命乞いが見たかったわ」

 その言葉の後、強烈な の拳での一撃が飛んできた。容赦のない攻撃に歯が折れ、鼻の骨が折れ、ピクピクと体を痙攣させ、動かなくなった。

 「フゥ・・・。まだ暴れ足りないけど、まあいいや」

 パンパンと手を叩いて払い、 がクルリと飛影と幽助を振り返った。

 「助けに来てくれて、ありがとう。2人とも」
 「いや、オレら何もしてねーし・・・」
 「そんなことない。だって、うれしかったもん」

 ニッコリと、いつものあの笑顔だ。穏やかな気持ちにさせる、天使の微笑み。・・・魔族だが。
 次いで、 は飛影に視線を向けた。

 「ムクロとの特訓、終わったの?」
 「ああ」
 「そっか。でも怪我してないね」
 「戦っていないからな。お前の話を聞かれた。魔界の最下層にいるとは、どういうことだ・・・とな」
 「あ〜そうなんだ? あ、幽助くん、ちょうどいいからお父様に会って行ってよ!」
 「え・・・!? いきなり押しかけて大丈夫かよ?」
 「大丈夫よ。だって暇を持て余してるもの」

 なるほど、それで飛影相手に暇つぶしをしているわけか。
 飛影を手玉に取る魔王・・・確かに、少し興味がある。仕事も終わったことだし、少しくらいならいいだろう。

 「よっし・・・じゃあ、少し会いに行くかな!」
 「そうこなくっちゃ!」

 うれしそうな に、飛影は内心複雑だ。だがそうだ。先ほどムクロに言われたことがあった。

 「 、オレは仕事がある。お前と幽助だけで行ってこい」

 ムクロから「パトロールの仕事をサボるな」と言われた。「仕事をしていないことを、あの娘に告げてもいいんだぞ?」と。
 もしも の耳に入ったら、間違いなく小言が飛び、「しばらく百足にいなさい」と言われることだろう。それは避けたい。
 結局、飛影は という存在に敵わないのであった。