幽助たちと別れ、幻海の家へと帰るのは、家の主である幻海と、の2人のみ。

 「ねえ、おばあちゃま」
 「なんだい?」

 が小さく声をかければ、幻海がチラリと視線をよこした。

 「どうして、私もあのアトリエへ呼んだの? 私、いつも戦わないで、飛影に守られてばかりだった。自分の力を過信するなんてこともしない。それなのに、なんで?」
 「お前なら、あたしの考えくらい読めると思ってたよ」
 「うん・・・途中で気づいた。海藤くんも、柳沢くんも、私たちを殺す気がなかった。それに・・・おばあちゃまが家にいなかった。おばあちゃまはどこかへ行く時、必ず私に伝言を残してた。何も言わずに出て行くなんて、変だなって」
 「攫われた、とかは思わなかったのかい?」
 「おばあちゃまが戦ったような形跡がなかったもの。何もしないで、おばあちゃまが攫われるはずないわ」
 「なるほどね」

 それなりに信用はされているんだね・・・と幻海がつぶやく。

 「あの日、おばあちゃまに助けられてから、私はずっと、おばあちゃまの孫よ?」
 「・・・」
 「たとえ、血が繋がっていなくても・・・私はおばあちゃまの孫」
 「ありがたいね。老い先短いあたしに、あんたみたいな良く出来た孫が出来るなんて」

 幽助という愛弟子も出来た。まだまだ手のかかる弟子ではあるが。

 「おばあちゃまには、私の子供の顔を見るまで、長生きしてもらわないと!」
 「やれやれ、いつになるのやらね。あのフラフラした男が相手じゃ、この先100年は無理じゃないのかい?」
 「・・・100年」
 「残念ながら、あたしは人間だからね。そんなに待っちゃいられないよ」
 「じゃあ、今度飛影が帰ってきたら、とっ捕まえて監禁しとく」
 「ああ、そうしておきな」

 クスクスと笑う。今頃、飛影はどこかでクシャミをしているのではないだろうか。

 「
 「なぁに? おばあちゃま」
 「あたしは、あんたに残してやれるものが何もない。この2年間、あたしに尽くしてくれたのにね」
 「・・・私は、そんなのいらないよ? おばあちゃまが元気でいてくれたら、それでいいの。残してほしいものもない」
 「だけどね・・・」

 尚も言い募る幻海に、は静かに首を横に振った。

 「おばあちゃまがね、戸愚呂に殺された時、私、あいつに殴りかかってた。飛影からは、無闇に力を使うなってきつく言われてたのに、そんなことも忘れて、殴りかかってた。返り討ちに遭っちゃったけどね」

 エヘヘ・・・とは頭を掻く。幻海は眉根を寄せた。

 「その時に、思ったの。私、おばあちゃまに生きててほしいって。当たり前なんだけどね。でも・・・“死”を意識してほしくない。もうダメだ、って思っても、生きててほしい。だって、おばあちゃまは私のたった1人の家族だもん」
 「、ありがとうよ。あたしにとっても、あんたはあたしのたった1人のかわいい孫だよ」

 と幻海は、お互いの絆を確かめ合い、抱きしめ合った。記憶のないにとって、幻海はたった1人の家族。
 仲間もできた。友人もできた。魔界にいた頃は、飛影しか信頼できる人がいなかったにとって、それはとてもうれしいことだった。

***

 「っ! 、来てくれっ!!」

 幽助の声に、はそっちへ急いだ。ナースの控室だ。そこへ飛び込んだ瞬間、血の匂いが鼻をつく。倒れている医師。そして・・・城戸の姿。

 「城戸くん!!」
 「まだ城戸は息がある。頼む」

 手首から大量の出血をしているが、彼はまだ息があった。がすかさず治癒の力を施す。傷はあっという間に塞がった。
 後ろに倒れている医師たちは、残念ながら手遅れだった。
 傷は塞がったが、出血多量と、無理に“力”を使った影響で、入院することになってしまった。「力になれなくて、すみません・・・」とうなだれる城戸に、「命があるだけ幸せだと思いな」と幻海は言った。

 「ねえ、おばあちゃま」
 「なんだい?」

 その日の帰り道、が小さく名を呼んだ。幻海は歩みを止めることなく、応じる。

 「桑原くんの霊力が消えたことなんだけど」
 「ああ」
 「何かの力が生まれる、反動なんじゃないかしら?」

 そのの言葉に、ピタリと幻海の足が止まった。も一拍遅れて足を止める。
 幻海の目が、の瞳を見つめる。何かを見透かそうとするかのように。

 「なんで、そう思うんだい?」
 「ただの勘・・・なんだけど、でも、桑原くんから何か力を感じるの。うまく説明できないんだけど・・・何かがきっかけで、何かの力が生まれそうな、そんな気配」
 「やれやれ。あんたはやっぱり、大した娘だよ」

 フッと笑み、幻海がうなずく。「じゃあ・・・」とがつぶやいた。

 「お前が気づいているんだ。蔵馬辺りも気づいているだろうよ」
 「何にせよ、今はまだ桑原くんと守らないといけないね」
 「・・・そうだね」

 そう言っていた矢先、桑原が友人たちと別行動を取ることになった。一応、も「危険だから」と言ったのだが、「こればかりは、明日地球が滅亡するて言われても譲れねー!」と言われてしまった。
 それに激怒したのは、幽助だ。「お前のことなんか知らねー!」と、そっぽ向いてしまったのだ。
 さすがのも、これは予想外だった。そんなにも、そのコンサートが大事ということか。
 も桑原について行く、と言ったのだが、幽助に止められ、強引に腕を引っ張られ、幽助のマンションへと連れて行かれた。
 そこには海藤と柳沢、幻海がいて。蔵馬の姿がない。

 「南野、今日は学校にも来てなかったよ」

 と、海藤が一言。蔵馬もこの場におらず、どこかへ行ってしまったと言うのだ。

 「うぬれ・・・どいつもこいつも・・・!!」

 飛影も、蔵馬も行方知れず。そして、桑原はこの大事な時に遊びに行ってしまったのだ。幽助の怒りもわかる気がする。

 「こうなりゃ、オレ1人で乗り込んでやらぁ!!」
 「落ち着け」

 本当にやりかねない幽助の頭に、幻海のゲンコツが飛んだ。
 とりあえず、2人がいないということで、今日の行動は中止だ。幽助はパチンコへ行くと言って、家を出て行ってしまう。中学生がパチンコなんてダメよ、というの言葉を無視して。

 「・・・幽助くん、桑原くんを迎えに行ったのかな?」
 「そうだろうね。あの状態の桑原を1人にするほど、あいつも馬鹿じゃないはずだ」

 ・・・と、幻海は言ったのだが。
 数時間後、1人で戻ってきた幽助を、幻海が怒鳴りつけ、容赦ない一撃をお見舞いした。
 「いってーな! クソババア!!」と怒鳴り返す幽助だが、幻海に「何かの力が生まれる前兆だ」と言われ・・・慌ててその場を駆け去った。

 「待って! 私も行く!!」

 もその幽助の後を追いかけた。
 桑原の家から、駅までの道のりを、土砂降りの雨の中、2人は走った。だが、どこにもその姿がない。桑原の霊気を捜そうにも、今の彼にはその霊気がないのだ。
 何時間か捜したが、桑原はどこにもおらず・・・仕方なく、一旦帰ろう・・・となった。
 そして、幽助の家の前で、2人は桑原と友人3人、そして見たことのない1人の少年を発見した。
 桑原の体は傷だらけ。友人の1人も右ももに怪我をしていた。

 「そ、そいつが水の中からバケモノを呼び出して・・・」
 「桑原さんが不思議な力で、オレたちを助けてくれたんです」
 「不思議な力?」

 今の桑原に霊力はない・・・と思ったが、彼の体には霊気が戻っていた。ということは、やはり彼が未知の力で3人を助けたということか。
 とりあえず、事情を聞いた幽助たちは、蔵馬の植物の力で、記憶を消し、傷もが綺麗に治すと、それぞれの家へ送り届けた。

 「桑原くん、すごい勢いで寝てるね・・・」

 グゴーグガーと大いびきをしている桑原に、は掛け布を掛けてやる。これだけ元気なら問題ないだろう。目に見える怪我もが治療してある。

 「今は休ませてやりな。新しい力を使ったんだ。疲れてんだろうよ」
 「うん」

 そして翌日・・・目覚めた御手洗が、自分の置かれている状況を話した。“黒の章”という、人間の卑劣な行為だけを集めたビデオテープを見て人間に絶望し、魔界の扉を開くことに協力していたという。
 御手洗に、もはや戦闘の意思はないと判断した幻海が、に彼の治療を命じた。
 その直後である。敵のボスである仙水が襲って来たのは。
 仙水の狙いは御手洗。それに気づいた桑原が飛び込んできて・・・九死に一生を得た。

 「くっそー! あいつら・・・!!」
 「幽助くん、私も・・・!!」
 「いーや、はここで待ってろ!」

 またしても、取り残されてしまい、は拗ねて下唇を突き出す。そんなに、幻海が声をかける。

 「そんな顔するんじゃないよ。あいつは飛影の代わりにお前を守ろうとしてるんだ」
 「・・・わかってるけど。でも・・・相手は幽助くんより格上の敵よ?」

 飛び出して行った幽助と桑原が、仙水に翻弄されている。見るからに苦戦している。蔵馬が参戦するも、新手が邪魔をしてきて・・・。しかも、その新手に桑原が捕らえられてしまった。

 「桑ば・・・」

 叫ぶの元へ、仙水が跳ね返した幽助の霊丸が飛んでくる。慌てて両手を突き出し、はそれを受け止め、自身の力と中和させた。

 「みんな、無事!?」

 振り返っただが、今の力の影響で、タンスが倒れ、御手洗をかばったぼたんが背中を痛めていた。

 「大丈夫か!?」

 そこへ、蔵馬も戻って来る。なんでも桑原は拉致され、幽助は軽トラで逃げた仙水たちを、自転車で追いかけて行ったという。

 「・・・幽助くん、無茶しなきゃいいけど」
 「まあ無理だろうね」
 「今のあいつは、冷静さを欠いている。どうにかして、それを直さないとね」

 蔵馬がの心配を助長させるようなことを言い、幻海は幽助の状態を見極め、そう言った。

 「私たち、どうする? 幽助くんを追いかけるって言っても、もうムリよ?」

 が蔵馬と幻海を見やって尋ねる。冷静な2人がいてくれて助かった。問題は幽助なのだが、仙水に手も足も出ず、尚且つ桑原が連れ去られたことで焦り、冷静さを欠いているのだから。

 「・・・とにかく、魔界の穴へ向かおう。あと2日で穴が開ききってしまう。幽助もそこを目指すはずだ」

 蔵馬の意見に異論はない。幻海とがうなずく。

 「ぼたんさん、背中は・・・」
 「大丈夫! ちゃんのおかげで、なんともないよ!」
 「それじゃあ、行こうか」

 御手洗の前で、話はどんどんと進んで行く。意を決した御手洗は、「桑原を助けたい」と同行を申し出た。その言葉に偽りはないだろう。同行を許し、5人は魔界の穴へ向かうことにした。

***

 蟲寄市に向かうと、そこに信じられない光景を見た。
 地上から立ち上る禍々しい柱のようなもの。そこから漂う魔界の空気。と蔵馬にとっては、懐かしい空気だ。だが、今はそれを歓迎するつもりはない。
 御手洗の不安そうな表情に気づいたが、彼の手を握り、ニッコリと微笑む。

 「大丈夫よ。桑原くんは、私たちが助けるから」
 「・・・ちゃん」

 その穏やかな微笑みに、御手洗の心が軽くなる。相変わらずの、の笑顔だ。

 「あ! 幽助・・・! 飛影もいるよ!」
 「え・・・!?」

 ぼたんの叫び声に、が反応する。確かに、こちらに歩み寄ってきているのは、幽助と飛影だ。一体、仙水を追いかけた幽助の身に何があったのか。

 「・・・飛影っ!!」

 たまらず、が駆け出し、一目散に飛影のもとに駆け寄ると、その体に抱きついた。飛影も優しく抱きしめ返す。
 その姿を呆然と見守っているのは御手洗だ。彼は、今の一瞬で彼女に心を奪われたというのに・・・あっという間に失恋だ。

 「残念ですか?」
 「あ・・・」

 その御手洗に気づき、蔵馬が声をかける。御手洗は我に返った後、バツの悪そうな表情を浮かべた。

 「あの2人には、オレたちにはわからない、強い絆があるんですよ」

 3年という年月で培った強い絆。誰もその間に入りこむことなどできない。
 が体を離し、飛影を見つめ・・・次いで幽助の腕を掴んだ。何やら説教しているらしい。「わりーって! でも、飛影のおかげで色々助かったんだぜ!」と叫ぶ幽助の声が聞こえた。
 が飛影と幽助の体に手をかざす。どうやら、2人とも怪我をしていたらしい。
 3人が蔵馬の元へ戻ってくるも、幻海がぼたんに幽助のシャツを買ってこいと命じ、しばし休憩となった。

 「・・・今まで何してたの?」

 飛影の手を取り、が尋ねる。飛影は「特に何もしてない」と返した。

 「魔界の扉が広がるの、見てたの?」
 「ああ」
 「どうして、幽助くんを助けてくれたの?」
 「・・・色々とあってな」
 「もう! その“色々”が聞きたいんじゃない!」

 誤魔化す飛影は、なかなか口を開かないのを、はよく知っている。恐らく、彼は教える気がないのだろう。
 だが、それでもいい。彼はこうして戻ってきてくれたのだから。
 やがて、ぼたんが戻って来る。ようやく、洞窟の奥へ進むことが出来る。だが・・・。

 「飛影、蔵馬、幽助。お前たちだけで行きな」

 と、幻海の指示だ。ここには幻海・ぼたん・御手洗の他に、駆けつけた海藤と柳沢もいる。
 その指示に、御手洗が道案内を買って出た。そして、もちろん・・・。

 「わ、私も行く! おばあちゃま、お願い! 回復役がいてもいいでしょう?」
 「・・・・・・」
 「もう、飛影と離れたくないの!」
 「うっひゃ~・・・みんなの前で、お熱いこった・・・」

 の言葉に、幽助が茶化す。蔵馬がオホンと咳払いをした。

 「たったの5日で音を上げたのかい? 1年も離れてた奴の言葉とは思えないね」
 「あら? 飛影を捕まえておくこと、おばあちゃまだって、賛成してくれたじゃない?」
 「・・・捕まえる?」

 首をかしげるぼたん。チラッと飛影を見やるも、やはり無反応だ。からかいがいのない。まあ、ぼたんに飛影をからかうことなど、出来ないのだが。怖くて。

 「わかったわかった・・・好きにしな」
 「ありがとう! おばあちゃま!」

 こうして、5人で進むことになったのだが、ゲームマスターの力により、ぼたんを残した8人でその場で戦うことになった。
 とはいえ、ゲームの出来ない幽助、飛影、の3人は見守ることしか出来ず、ただの人数合わせだったが。
 後味の悪すぎる戦いをし、生きていた戸愚呂兄を、蔵馬が非常に残酷な方法で倒し、5人はとうとう穴の奥・・・仙水の元へたどり着いた。
 そこには、捕らえられた桑原がいて・・・開きかけている魔界の門の前には、ゲートキーパーの樹が立っていた。

 「勝算は・・・?」

 が隣に立つ蔵馬に声をかける。蔵馬は「難しいことを聞いてくるね」とだけ答えた。
 勝負はまさに死闘。その上、幽助以外の5人が亜空間へ連れて行かれてしまい、手も足も出せない状況になってしまった。
 仙水の多重人格の1人が、容赦なく幽助を追い詰め、桑原たちが彼の能力により、亜空間から脱出したのと同時にタイムリミット・・・そして・・・幽助が命を落とした。
 幻海の死の時と同様に、がキレて仙水に殴りかかる。拳に力を込め、殴りつければ、仙水の体が吹っ飛び、地面に叩きつけられた。走り寄り、攻撃の手を加える。だが、その時、仙水の人格が最も凶暴な“カズヤ”に変わる。痛みと怒りに、“カズヤ”はの頭を掴み、そのまま地面へ叩きつけた。
 それにキレたのは飛影だ。刀を手にし、仙水へ斬りかかるも、蹴りでその体を吹っ飛ばす。そのまま、掴んでいたの体を飛影目がけて放り投げ、2人の体は重なって壁に叩きつけられた。

 「っ・・・!!」
 「う・・・」

 息があることにホッとしつつも、飛影の怒りは収まらない。桑原にを任せ、妖孤化した蔵馬と共に攻撃を仕掛ける。
 黒龍波で仙水の体を魔界の扉の奥へ押しやる。向こうから出てこようとしていた妖怪たちは、その飛影の攻撃で消滅した。

 「桑・・・原くん・・・」
 「! 無茶すんなよっ!!」
 「ごめん・・・でも・・・お願い・・・飛影と、蔵馬を追って・・・」
 「でも、おめーは・・・」
 「私は・・・」

 チラリと、息を引き取った幽助を見やる。「お、おお・・・」と答え、桑原は2人を追いかけた。
 まさか、幽助が妖怪で、その圧倒的な力で仙水を撃破するなど・・・この時の一同は、思いもしなかったのだった。