が飛影と再会し、2カ月・・・。あれから、驚くほどに話が変な方向に転がって行った。
 そして現在、がいるのは、絶海の孤島、首縊島・・・のホテルの一室。

 「ねえ? ちゃん。ちゃんもあたしたちと同じ部屋に来なよ」

 そう真剣な瞳で提言したのは、霊界案内人のぼたんだ。隣には螢子がいる。

 「大丈夫ですよ、ぼたんさん。ありがとうございます」
 「でもねぇ・・・。女の子であるちゃんと、あ~んな野獣共と一緒の部屋にするなんて! あ・・・でも、飛影がいるなら安心・・・いや! 飛影が1番の野獣・・・」
 「ぼたんさん、蔵馬に悪いですよ」
 「ってことは、幽助と桑原くんのことは、野獣と思ってるんだね?」
 「え・・・あ、いえ・・・」

 言葉に詰まって、螢子を見れば、これといって怒ってる風でもない。どちらかというと、ぼたんに同意しているようだ。
 は現在、こっそりとこの島に来ていた幽助の関係者の部屋にいる。
 ぼたん、螢子、幽助の母、桑原の姉、そして・・・。

 「さん、バタバタしていて、なかなかお礼が言えませんでしたが・・・」

 の隣にいた、1人の少女。儚げで、可憐なこの少女は、れっきとした妖怪である。しかも、飛影の妹だ。なんとなく、彼女に対しては緊張してしまう。飛影の家族だからだろう。彼女はそんなこと、知りもしないが。ただ、兄がいる・・・ということは、知っているらしい。これは、ぼたんからの情報だ。もちろん、飛影から口止めされているし、その方がいいと思っているは、彼女に兄のことを言うつもりはない。

 「え? どうかしましたか?」
 「助けていただいて、ありがとうございました」

 彼女・・・雪菜を助けに言った幽助と桑原に、もついて行っていた。とはいえ、相変わらず戦うことは飛影に止められているので、主に援護しかしていなかったし、戸愚呂との戦いでは、は完全に蚊帳の外だったが。
 に目を付けた垂金が、罠を貼ってを幽助たちと引き離したのだ。
 雪菜だけでなく、をも人質に取られ、遅れてやってきた飛影がどれだけ激怒したか・・・思い出すだけでゾッとする。
 だが、もしそこで飛影が人を殺していては、彼はまた牢獄行きだ。そこは冷静だった。
 そうして、救出された雪菜は故郷に帰ったのだが、兄の行方を求めて、再び人間界に来た・・・というわけだ。

 「私は、ちっとも助けになっていませんでしたし・・・お礼は、もうしてもらってます」
 「いえ、改めてお礼を言いたかったのです」

 可憐な2人の少女が、向き合って頭を下げ合う。しかも、この穏やかな2人が、あの飛影の関係者。わからないものである。

 「でも、あたし驚いちゃった。まさか、如月さんが人間じゃないなんて!」
 「あ~・・・螢子ちゃん、そこはまだわからないんだよね」

 魔界にいたが、本当に妖怪なのか、わからずじまいなのだ。あの不思議な治癒の力の正体は何なのか、未だに霊界でも判明していない。

 「一度、霊界の方で実験を・・・と思ったんだけど、ね・・・」
 「何かあったんですか?」

 螢子の疑問に、ぼたんが「ん~・・・」と虚空を眺める。言いづらそうだ。

 「・・・飛影がね。“そいつにおかしなことをする奴は許さん”ってね」

 こんなことなら、飛影が捕まっている間に、実験しておけばよかった・・・と思ったとか。

 「でも、ホ~ント不思議だよ。あの飛影に恋人がいるなんてさぁ。だって、噂じゃ極悪非道、やりたいことのためなら、手段を選ばない、気に食わない奴は皆殺し・・・って聞いてたからねぇ。あ、ごめんね。でもこれ、霊界の資料に書かれてたことだから」
 「いえ、気にしてません。それより、私は飛影の恋人なんかじゃないですよ・・・」
 「何言ってんだい。さんざん、一緒にいて。さっきだって、連れ出そうとしたあたしのこと睨んでたくらいなのに」
 「・・・それは、たぶん“余計なことを言うな”ってことかと」

 のことではなく、雪菜のことで睨んでいたのだろう。ぼたんは、おっちょこちょいだ。いつ口を滑らせて、雪菜に兄のことを言ってしまうかわからない。

 「一緒にって、どのくらい2人でいたの?」
 「3年です」
 「3年? そんなに長く?」

 螢子の言葉に答えれば、驚いた声で返された。3年が長いか短いか。感じ方は人それぞれだろう。

 「3年もいて、何もないってことはないでしょうし・・・やっぱり、恋人ってことで、いいんじゃないかしら?」
 「雪村さんまで・・・。そんなんじゃないですって」
 「ちゃん! ちゃんにとって、恋人の定義って何なのさ?」

 ぼたんにビシッと指を突きつけられ、は言葉に詰まる。
 なんだろう? 人間同士の恋人は、もっと自分たちより仲がいい気がする。手を繋いだり、一緒に出かけたり、食事をしたり。
 だが、飛影と自分は人間同士ではない。殺伐とした魔界で生きてきたのだ。あの世界での恋人同士というのは、自分たちのような者たちのことなのかもしれない。

 「目の前に姿見せたら、戦意喪失して、その子のために静かに悪いこと1つせず生活して・・・3年も一緒にいて。それが恋人じゃなけりゃ、なんだっていうのさ」
 「ぼたんさん・・・」
 「ちゃんは、飛影が好きなんだろ?」
 「・・・好き、です」

 答えた途端、隣の部屋で酒を飲んでいたはずの、温子と静流が背後から「ヒューウ!」とはやし立てた。

 「なになに~? あんた、イイ人いるの~? カワイイ顔してるもんねぇ! 男の5人や10人・・・」
 「温子さん、メチャクチャですよ~」
 「若いうちは、バンバンと男遊びしないとね~!」
 「ちゃんは飛影一筋ですって」

 というか、もしも他に男が寄りつこうものなら、飛影が黙っていない。相手が妖怪なら、まず間違いなく斬り捨てそうだ。近づくだけでも怖い。
 そう考えると、幽助や桑原、蔵馬に対してはずい分と寛大な心を持っているな・・・と思う。
 先日の試合で、覆面戦士以外の4人は、怪我を負ったのでの治療を受けたのだが、飛影はいつも、それに対して何も言わない。
 まあ、もしもお礼と称して手を握ろうものなら、間違いなく何かしらが飛んでくるだろうが。

 「雪菜さん! 大丈夫ですか!?」
 「・・・和真さん?」

 と、部屋のドアが開き、ドカドカと入ってきたのは、桑原だ。真っ直ぐに雪菜の傍に来る。
 心配になるのは、ムリもない気がする。温子と静流がいるのだ。何か悪影響が出るのでは・・・と思ったのだろう。思っただけで、口には出していないが。出そうものなら、2人に何をされるか、わかったものではない。桑原は、姉に頭が上がらない。
 その桑原の様子を見ていたが、ハァ・・・とため息をつき、ぼたんと螢子を見やる。

 「・・・恋人って、こういう時に助けに来てくれるんじゃないですか? 心配して」
 「じゃあ、飛影くんは、如月さんの恋人ね」
 「え?」

 螢子の言葉と視線の先に気づき、もそちらを見る。そこにいたのは・・・。

 「飛影・・・!」
 「あらあら・・・心配性なことで」
 「いえ、でもあれは・・・」

 雪菜の心配をしているのかもしれない。
 だが、彼のことだ。雪菜を案じるなら、遠くからこっそりと様子を見るだろう。だが、こうして顔を見せたということは・・・。
 窓を開ければ、飛影はすぐさま視線を外した。

 「・・・心配してくれたの?」
 「そんなわけがないだろう」
 「じゃあ、どうしてここへ来たの?」
 「たまたまだ」

 相変わらずの、素直じゃない態度。たまたま通りかかったのなら、さっさと立ち去ればいいものを。
 そんな彼にクスッと笑うと、「何がおかしい」と睨まれる。けれど今は、そんな鋭い視線だって、愛しく思える。

 「ね、飛影・・・ちょっとお散歩しようか?」
 「好きにしろ」
 「あ、じゃあホテルの前で待ってて。今、下に・・・キャア!!」

 下に行くから・・・という言葉を遮るように、飛影がを抱き上げると、身軽にバルコニーを移動し、あっという間に地上へ降り立った。

 「こっちの方が早い」
 「・・・び、びっくりするでしょ! ぼたんさんたちだって、絶対にびっくりしてる!」
 「知るか、そんなもの」
 「もう・・・相変わらず強引なんだから」

 歩き出した飛影の後を、は追いかける。飛影の両手はポケットだ。の手を取ろうとはしない。わかっていたことだが。
 フト、先ほどのぼたんの言葉を思い出す。

 『恋人の定義・・・かぁ』

 抱き合って、キスをして、愛してると囁き合って・・・自分たちに、そんな甘い雰囲気はまったくない。
 この2カ月だって、飛影はほとんどに会いに来ることはなかった。
 修行で忙しかったということは、わかっていたけれど。フラリと気まぐれに、幻海の家を訪れては、離れにあるの部屋へ入り込み、体を重ねた。
 時たま、幻海に言われて、同じく修行中の幽助と手合わせをさせられてもいたが。

 「どうした?」
 「え??」

 黙って考え込んでいたに、飛影が声をかける。ハッと我に返った。
 顔を上げれば、飛影がこちらを見ていた。その表情は、いつものごとく無表情。

 「いつもやかましいお前が・・・何を考え込んでいる?」
 「やかましいって、失礼な・・・! もうっ! 私だって、色々と考えてるんです!」
 「また下らないことだろう」
 「またって・・・!!」

 そんなに下らないことを考えていたことはない。
 だが、飛影と再会してから、考え込むことが多くなった気がする。
 3年前は、幸せだった。自分が何者なのか、わからなかったけれど、それでもは、飛影と一緒に捜し物が出来て、幸せだったのだ。何の不安もなかった。
 だが今は・・・悪事を働き、執行猶予中の身。そして、危険な武術会の最中なのだ。不安と心配でいっぱいになる。

 「

 うつむいてしまったに、飛影が声をかける。は「なに?」と首をかしげた。

 「あいつらに、何か言われたのか?」
 「・・・あいつら?」
 「雪菜と一緒にいた女共だ」
 「ぼたんさんたちのこと? ううん。何も」

 首を振って、そう答えれば「そうか・・・」と小さくつぶやいた。
 は首をかしげ、そんな飛影の顔を覗き込む。

 「なぁに~? 何を心配してるの?」
 「別に心配などしていない」
 「もう、素直じゃないんだから!」

 恐らく、飛影は知っている。がからかわれていたことを。“見て”いたのだろう。
 だが、はそれを不快に思っていない。それならば、“何かを言われた”と取るのは間違いではないか、と思ったのだ。
 立ち止まった飛影の横に立てば、ポケットから出た手が、の手首を掴んだ。それは“繋ぐ”ではなく、文字通りの“掴む”だ。

 「手、繋ぎたいな」
 「・・・・・・」
 「ねえ、聞こえてる?」

 少々強めに訴えかけると、ようやく手が緩み、その隙にの指が飛影の指に絡んだ。

 「ねえ、飛影」
 「・・・なんだ」
 「右手」

 現在、が繋いでいる飛影の手は、左手だ。空いている方の手を指差し、が短くつぶやいた。
 気付かれていないかと思ったが、彼女はそこまで鈍くなかった。無茶をした右手を見せろと言っているのだ。

 「もう治った」
 「だとしても、確認したいから、ちゃんと見せて」
 「必要ない。お前の力を使うほどのものでもない」
 「それを確認させて」
 「・・・しつこいぞ」
 「知ってるでしょ」

 確かに、飛影はの性格を熟知している。言ったら聞かないことも、よくわかっていた。
 渋々、飛影はに右手を差し出す。包帯の巻かれたその手に、は手をかざす。淡い光が右手を包み、吸いこまれるように光が消えた。

 「はい、完了。お疲れ様」

 どこか棘のあるその物言いに、飛影はやれやれとため息をつく。

 「・・・それとも、雪菜さんに治してもらいたかった?」
 「何?」

 雪菜も少しだけ治癒の力を持っていた。のものほど強力な治癒の力ではない。の場合、一度に数人の怪我を治すことも可能なようだが、彼女の身を案じた飛影が、これまた禁止令を出している。

 「飛影、雪菜さんのことになると、顔色変わるもんね」
 「何を馬鹿なことを・・・」
 「さっきだって、本当は桑原くんとの仲を、引き裂きたかったんでしょ?」
 「
 「別に、私は気にしていませんから。妹だもの。心配するのは、当たり前ですよね」
 「・・・ヤキモチか」

 グッと言葉に詰まった。確かに、これはヤキモチだ。妹に対して、ヤキモチを妬くなんて、間違っている。
 それでも・・・今まで1番に思ってくれていたことが、2番手に回されてしまったことが、悲しかった。
 雪菜を助けたいと、そう思った気持ちに偽りはない。いや、飛影の妹だと知ったからこそ、助けたいと思ったのだ。

 「雪菜に嫉妬する必要がどこにある」
 「え・・・?」
 「お前と雪菜は違う。その立場が、まったくな」
 「飛影・・・?」
 「下らないことを言わせるな」

 そう言うと、飛影は歩き出す。手は再びポケットに入ってしまった。の足は動かない。ついて来ないに、飛影が振り返った。

 「おい、どうし・・・」
 「ねえ、見てたんでしょ?」
 「何をだ」
 「私と飛影を“恋人”って言った、ぼたんさんのこと」
 「それがどうした」
 「飛影は、どう思う? 私のこと、恋人だと思う?」

 真剣な眼差しに、飛影はから目を逸らす。答えに迷っているというより、その言葉を口にするのを迷っているのだろう。

 「・・・思っているに決まっているだろう」

 ボソリとつぶやかれたその言葉。それだけでいい。多くを望むものか。
 クシャリ・・・が泣き出しそうに、顔を歪め・・・とうとう泣き出した。
 ゆっくりと、飛影がに歩み寄り、その頭を自身の肩に押し付けた。

 「こ、こういう時は、抱き、しめて、キスするものでしょ・・・!」
 「減らず口が」

 だが、それも悪くない。抱きしめて、口付けを落とす。の手が、飛影の背に伸ばされ、キュッと服を掴んだ。

***

 呆然と、立ち尽くしていた。
 幽助が戸愚呂に殴りかかるも、それを受け止められ、カウンターを食らう。
 木々を薙ぎ倒しながら、幽助の体が吹っ飛ぶ。が「幽助くんっ!!」と悲鳴をあげる。

 「・・・お前も殴るか? このオレを」

 戸愚呂がに言い放つ。はキッと戸愚呂を睨みつけ、グッと拳を握り締めた。その手に光が集まる。

 「ほう・・・? お前も霊光波動拳を? いや・・・少し違うか」
 「黙れっ!」

 地を蹴る。力を込めた拳で、戸愚呂に殴りかかる。左頬にクリーンヒットし、戸愚呂の体が吹き飛ぶ。

 「・・・へえ、驚いたね。浦飯以上の力じゃないか。しかし・・・」

 戸愚呂がすさまじいスピードでに近づき、その鳩尾に膝蹴りをお見舞いした。
 カハッ・・・との口から血が吐かれる。それに構わず、戸愚呂はの体を払い飛ばした。そこにあった岩に、背中から突っ込み、その小さな体が崩れ落ちた。

 「もったいないなぁ・・・。冷静な状態だったなら、いい勝負が出来ただろうよ」
 「待・・・ちな・・・さい・・・よ・・・っ!!」
 「まだ動けるとは、見た目によらずタフだね。だが、無理はしないことだ。焦らずとも、決勝でお前たちは死ぬんだからな」

 冷たく言い捨てると、戸愚呂はの元を離れて行く。
 は視線を動かした。地面に倒れた小さな体。動かない。名前を呼んでも、何の反応もない。

 「おばあ・・・ちゃま・・・っ!!」

 止められなかった。2人の真剣勝負を。幻海ならもしかしたら・・・と思ったのかもしれない。気づくのが遅すぎた。
 ズルズルと、這ったまま幻海の元まで必死に移動し、すでに冷たくなりかけているその手を握り締めた。

 「・・・っ!!」

 そのの耳に、愛しい人の声。弾かれたようにそちらを向けば、飛影が立っていて。チッと舌打ちすると、動けずにいるに素早く駆け寄った。

 「・・・飛影・・・おばあちゃまが・・・! おばあちゃまが!!」
 「・・・
 「守れなかったよ・・・! 優しかったおばあちゃまを・・・私・・・私・・・!!」
 「もう何も言うな・・・!!」

 の体を抱き起こし、ボロボロの体をきつく抱きしめる。体中の骨が折れているとか、そんなことは考えなかった。
 飛影は腹の底から戸愚呂に怒りが湧いていた。
 幻海を殺し、を悲しませたこと。に傷をつけたこと。
 どう考えても、許すことなどできない。出来ることなら、今すぐにでも戸愚呂の元へ行き、黒龍の餌食にしてやりたいくらいだ。
 だが、わかっている。今の飛影にその力はない。幽助やのように、返り討ちに遭うだけだ。

 「おばあちゃま・・・おばあちゃま・・・!!」

 飛影の腕の中で泣き崩れるその小さな体を、抱きしめてやるだけしか、今は慰めの言葉が見つからなかった。