「飛影、見て見て! 魚を採ったのよ! これ、食べられる?」

 が嬉々とした表情を浮かべ、バケツに入った魚を見せてきた。
 中には、普通の魚と魔界魚が入っていた。飛影はその魔界魚をつまむと、ポイッと窓の外へ投げ捨てた。

 「・・・今のはダメだった?」
 「食ってもうまくない」
 「そうなんだ・・・」

 残念そうな表情を浮かべる少女。残った魚を見て、「じゃあこれだけ食べようね」と笑顔を向けてくる。
 飛影とが相棒になり、石の家で暮らし始めて半年。出会った頃は表情も硬く、態度もよそよそしかったは、元来の性格がそうなのか、コロコロと表情の変わる、明るい少女になっていた。
 日中は2人で捜し物をし、夜になると家に帰る・・・という生活だ。
 そして、今日は朝からが川へ出かけ、こうして魚を採ってきたというわけだ。
 傍から見れば、夫婦のような生活をしているが、残念ながら、2人に甘い雰囲気はない。
 というか、飛影が少々拒んでいる。
 今まで独りで生きてきた。これからもそうだと思っていた。
 育ての親はいたけれど、とっくの昔に死んでいる。それからずっと、飛影は独りだった。半年経った今でも、飛影は少しだけ他人がいるこの生活に馴染んでいない。それでも、彼女を傍に置いておくと決めたのは、飛影自身だ。
 火を起こし、魚を焼いているをジッと見つめる。
 飛影は男。は女。だが、彼女はそのことを意識しているようには見えない。それどころか、「寒いから」と言って、夜になるとすり寄ってくることすらある。

 「はい、焼けたよ」

 笑顔のが、焼けたばかりの魚を渡してきた。

 「・・・おい」
 「ん? どうしたの? おいしくない??」

 受け取った魚に口をつけない飛影に、が首をかしげた。

 「今日はオレ1人で行ってくる。お前はここで留守番してろ」
 「あ、そう? うん。わかった。ご飯用意して待ってるね」

 行ってらっしゃい、と。は笑顔で飛影を送り出したのだった。

***

 
邪眼を開き、2つの失くし物を、もう何度こうして捜しただろうか。
 未だに何の手がかりもない。もしかしたら・・・と最悪の事態を想定してしまった。
 一方は巨大なもの。一方は小さなもの。対極な2つだが、飛影にとっては、大切なもの。
 いや、違う。一方は大切でじゃなく、復讐したいだけ。
 心が荒む。グッと拳を握り締めた。脳裏にの笑顔が浮かぶと、荒んだ心が鎮まる。
 この症状が一体何なのか。飛影には、わからなかった。
 を傍に置いておきたい。の楽しそうな、うれしそうな顔を見ていたい。誰にもに触れさせたくない。
 なんと勝手な感情だろうか。これは一体何なのか。やはり、飛影にはわからない。
 結局、その日も捜し物は見つからず・・・飛影は家へと戻った。

 「あ、おかえりなさい!」

 が飛影の姿を認めると、笑顔で迎えてくれた。これも、いつものことだ。
 いつまで、こうしていられるだろうか。こんな風に、が隣にいて、笑ってくれて・・・いつまで、これが続くだろうか。

 「あ・・・飛影、ほっぺた切れてる!」

 ジッと見つめられ、居心地悪く感じていると、が声をあげて・・・そっと頬に手をかざした。淡い光が頬の傷を消し、それを確認すると「よしっ」と満足そうに笑った。

 「このくらいの傷で、いちいち力を使うな」
 「このくらい、って見くびってると、大きな怪我に繋がるよ!」
 「フン・・・」

 の小言も今に始まったことではない。彼女は、いつも飛影に「もう少し自分を大切にしろ」と言う。
 自分の身を顧みないのは、もう幼い頃からのことだ。今さら、どうこうするつもりもない。
 だが、何かあれば目の前の女は心配する。彼女の涙は見たくないと、なぜかそう思う。
 頬に触れていたの手を取る。温かい。そう、彼女は温かい。飛影の頑なで、凍った心を溶かすほどに。
 この気持ちが何かはわからない。ただ、離したくない。触れていたいと思う。

 「飛影? ご飯食べない?」
 「・・・
 「なぁに?」
 「・・・・・・」
 「飛影?」

 手を握ったまま、黙りこんだ飛影を、が覗きこんでくる。大きな澄んだその瞳。無性に彼女が欲しくなった。

 「ひ・・・」

 名前を紡ごうとした唇を、己の唇で塞いでいた。本能的に。
 小さくて、柔らかい体を抱きしめる。もっと触れたい・・・と思った。

 「ちょ・・・何? どうしたの??」

 自分の体をまさぐる飛影に、が目を丸くする。

 「くすぐったいよ、飛影・・・!」

 抵抗するの体を押し倒す。「キャッ・・・!」と小さく悲鳴があがった。
 止められない。彼女が欲しくてたまらない。理性が飛びそうだ。

 「飛影・・・?」

 澄んだ大きな瞳が揺れる。大きな抵抗はしない。なぜか、スーッと冷静さが戻ってきた。

 「・・・なんでもない」
 「え?」

 の上から退き、飛影が小さくつぶやいた。は目を丸くし・・・次いで、飛影の背中に頬を当て、近づいた。

 「・・・飛影」
 「なんだ」
 「私は、大丈夫よ。あなたになら・・・何をされても・・・」
 「・・・何?」

 背中から聞こえてきた言葉に、飛影が眉根を寄せる。当然、には見えていないけれど。

 「ふざけたことを」
 「本気よ、飛影。誰かのものになるなら、あなたの手で・・・」
 「・・・後悔するぞ」
 「しないわ。私は、あなたを愛しているもの」

 ピクッと飛影の体が反応する。
 「愛している」・・・これは「愛」なのだろうか? 誰にも渡したくない、触れていたいという感情は。
 後ろで、衣擦れの音がする。振り返れば、何も身に付けていないがそこにいた。そっと手を伸ばし、傷を癒すような優しい手つきで、飛影に触れた。

 「愛してる」

 再び告げられたその言葉。口付けを交わし、が飛影の首に腕を回し、そのまま後ろへ倒れ込む。飛影が覆いかぶさるような体勢だ。

 「本当に後悔しないな?」
 「ええ」

 それならば・・・飛影は誘いに乗った。
 柔らかなの胸に手を触れ、そっと力を込める。ピクッとの体が震えた。
 それに構わず、飛影はそこに唇を近づける。チロチロと先端を舐めれば、そこが固くなり、ピンと張りつめた。

 「ん・・・っ」

 が声をこらえるように、腕を口に押しつける。それに構わず、飛影の手はの胸を揉み、唇で愛撫を繰り返す。カリ、と軽く歯を立てれば、ビクンと大きく体が揺れた。

 「やぁ・・・!」
 「・・・後悔しないんじゃなかったのか?」
 「!!」

 そうだ。は飛影に抱かれることを望んだ。拒絶の言葉は、おかしい。
 薄暗闇の中、飛影の手がの足に触れる。すべすべとした感触に、ずっとそこに触れていたい気持ちになる。くすぐったいのか、は肩をすくめた。
 飛影の手が、足の付け根に触れる。太ももを何度か往復し、そっとの中にツプリと指を差し入れた。

 「あっ・・・!」

 途端、が声をあげ、軽く背中を仰け反らせる。初めて触れられるその感触に、ゾワリ背中が粟立った。
 胸への愛撫と、足への愛撫で、の中は、じっとりと濡れていた。飛影が中指を出し入れすれば、クチュクチュと水音がする。

 「・・・んっ・・・んっ・・・」

 指を出し入れするたびに、が小さく声をあげる。ギュッと拳を握り締め、必死に快楽の波と戦っていた。

 「気持ちいいのか?」
 「ん・・・わ、わかんない・・・でも、変な気持ち・・・」
 「これから良くなる」

 ゆっくりと動かしていた指を、激しく動かせば、グジュグジュと水音が響く。の足を広げさせ、そこを顕にすれば、が羞恥から首を横に振った。
 中は十分に濡れている。だが、きっとは初めてだろう。痛みを伴うはずだ。
 とはいえ、飛影も女を抱くのは初めてだ。いらん妖怪どもの知識だったが、今回ばかりは役に立ったようだ。
 服を脱ぎ捨てれば、が飛影の鍛え抜かれた体を見つめ、うっとりとしている。裸を見るのは、これが初めてではないはずだが。
 飛影自身も、すでに準備は出来ていた。熱く滾るそれを、の入り口に押し当てる。
 フゥと息を吐き、一言「入れるぞ」と告げてから、飛影は腰を押し進めた。

 「え・・・あ・・・いやっ! イタッ!!!」

 きつい。せまい。の中は、そんな感想でいっぱいだった。

 「やだ・・・! 飛影、痛い!!」
 「さっきと言ってることが違うだろう・・・くっ・・・」
 「え・・・」

 苦しそうな飛影の様子に、はギョッとする。だが、下腹部の痛みの方が強かった。
 メリメリと音がしそうなほどの激痛。深呼吸をして、どうにか自分を落ち着ける。痛い。ジワリと涙が浮かんだ。

 「そんなに・・・締め付けるな・・・!」
 「そ、そんなこと・・・言ったって・・・!!」

 は飛影を押しだそうと、キュウキュウと締め付けてくる。その強さに、飛影が持っていかれそうになる。
 ハァ・・・と息を吐き、飛影がを抱きしめる。キュッと唇を噛み、も飛影に抱きついた。首に腕を回し、グイッと抱き寄せる。
 押し進んでいた腰が、の入り口にぶつかる。全て飲み込んだは、息も絶え絶えだ。指の太さの比ではない。それとも、飛影が特別大きいのだろうか?などと、わけのわからないことを考えた。

 「動くぞ」
 「え・・・? あ・・・キャッ!!」

 イタッ・・・!と悲鳴をあげる少女の手首を抑えつけ、何度も彼女を貫いた。
 甲高い声で、が啼く。それに興奮している自分がいた。

 「やっ・・・ひ、え・・・! もうダメ・・・!!!」

 ギュッと一層膣内の締め付けが強くなる。が体を大きく仰け反らせ、絶頂に達すると同時に、飛影も彼女の中に精を吐き出した。
 初めて知った女の味に、飛影は完全に溺れていた。

***

 あの日、2人が結ばれてから、どれだけの月日が流れただろう。
 それは、1つの不運と不幸。それらが重なってしまっただけ。
 いつものように、2人で捜し物に出かけた。魔界は広い。まだまだ探索していない場所が多々あった。
 そして、そんな2人の前に、1匹の妖怪が姿を見せる。見た目は飛影たちと同じ人間に近いが、好戦的な性格をしており、2人を見ると、間髪いれずに襲いかかってきた。
 敵の攻撃を受け止めた飛影の足が、地面に沈む。すさまじい力だ。

 「飛え・・・」
 「逃げろ、っ!!」
 「え・・・?」

 援護しようとしたに、飛影の怒号が飛ぶ。その器機迫った飛影の声に、の足が止まってしまう。

 「・・・こいつは・・・ここらにいるヤツらとは格が違う・・・!」
 「で、でも・・・!」
 「いいから、逃げろっ!!」

 再び怒鳴られ、は「うん」とうなずき、その場を駆け去った。
 今は飛影の足手まといになってしまう。それならば・・・そう思った矢先だ。の元に、先ほどの妖怪が姿を見せたのは。
 どういうことか。まさか飛影がやられた? そんなまさか・・・。
 だが、逃げてきた方向で土煙が舞う。飛影はまだ戦っている。ならば、こいつは仲間か。
 が逃げ出すと、妖怪も追いかけてくる。必死の思いで先を走った。もはや、自分がどこを走っているのかもわからない。ただ、がむしゃらに駆けた。
 背後から刃が飛んでくる。体中を切り裂くが、止まれない。妖気の塊をぶつけられ、体が吹っ飛んだ。地面に叩きつけられ、呼吸が止まる。慌てて立ち上がり、再び走った。
 無我夢中だった。幾度かの攻撃で体はボロボロ。息が切れる。もう限界だ。そう思った時だ。目の前の空間が歪んだ。
 一瞬、迷ったがそこを駆け抜ける。景色が一変した。何もない空間。それでもそこを走ると、突然、視界が開けた。明るい。魔界のどこだろうか?
 違う。ここは魔界ではない。空気が違う。臭いが違う。そして感じるのは・・・霊気。
 ハァハァ・・・と肩で息をしながら、振り返る。歪んだ空間。これが魔界と人間界を繋ぐ道。
 人間界に逃げ込んでしまったのか・・・と、慌てて戻ろうとすると、バチッと何かの力が、の体を弾き返した。

 「・・・え!?」

 今のはなんだ? もう1度、通ろうとするも、結果は同じだった。

 「・・・嘘でしょ?」

 そうこうしているうちに、歪んでいた空間が一瞬にして消えてしまった。魔界と人間界を繋ぐトンネルが消えてしまったのだ。

 「う・・・嘘・・・やだ・・・! どうして・・・!?」

 先ほどまで歪んでいた空間を掴むも、そこには何もない。の手は空を切るだけだ。愕然とし、はその場に座り込んでしまった。

 「ど・・・うして・・・? なんで・・・」

 頭の中が真っ白だ。なぜ、道が消えたのか。なぜ、戻ろうした体が弾かれたのか。

 「なんだい、あんた。誰だい?」
 「!!」

 いきなり背後から声をかけられ、の体がビクッと大きく震えた。慌てて振り返ると、そこにいたのは1人の老婆。

 「・・・あ」
 「見たところ・・・妖怪じゃないね。でも人間でもないようだ」
 「え・・・どうして・・・」

 わかるんですか?と問うより先に、ズキッと体が痛み、激痛に意識が急速に薄れていった。

***

 ああ・・・どうしよう・・・こんなことになるなんて・・・。
 魔界へ帰れない。帰りたい。会わなければ。会いたい。

 「ひ・・・えい・・・」

 ぽつりとつぶやいた声に、意識が覚醒した。ぼんやりとした視界に映ったのは、見たことのない天井。

 「気がついたかい」
 「!!」

 しわがれた女の声に、はガバッと勢いよく起き上がった。声のした方を見れば、1人の老婆。見覚えがある。気を失う前に、見かけた人物だ。

 「あ、あの・・・」
 「悪いけど、あんたの問いには答えられないよ」
 「え・・・?」
 「“ここはどこだ?”だろ。あたしには“人間界だ”としか言えない」
 「・・・・・・」
 「ついでに言うと、ここはあたしの家だ」
 「あ・・・た、助けていただいて、ありがとうございます」

 丁寧に頭を下げたに、老婆は「へえ・・・?」と感心したような声をあげる。何かあっただろうか?と、は顔をあげる。

 「妖怪だか人間だか知らないが、躾のよく出来た子じゃないか」
 「・・・あの」
 「事情は後でゆっくり聞くよ。風呂が沸いてる。入ってきな」
 「・・・フロ?」
 「ああ・・・魔界から来たんだっけか。ほら、ついて来な」

 老婆が声をかけ、部屋を出て行こうとする。はフラフラと布団から出ると、彼女について行った。
 風呂からあがると、真新しい服が用意されており、それに袖を通した。今まで着ていた服は、老婆が始末したのだろう。ボロボロで血まみれだったのだ。

 「あがったのかい? 茶を入れたよ。こっちへ来な」
 「は、はい・・・」

 老婆の後について行く。入った部屋の中央には、テーブルがあり、湯呑みが2つ。湯気を立てていた。
 湯呑み茶碗を両手で包み、は緑色したその飲み物を見つめ、フーフーと息を吹きかけてから、1口飲んだ。

 「・・・おいしい」
 「そうかい。そりゃ良かったよ」

 さて・・・そう言って、老婆はをジッと見つめた。老人だというのに、眼光鋭い眼。嘘や偽りなど、見透かされそうだ。

 「あんたの話を聞こうじゃないか」
 「相談に乗ってくれるのですか・・・?」
 「あたしで乗れる限りでね」
 「・・・私は、といいます・・・」

 まずは名乗り、そこから今まであったことを話した。当然、自分の記憶がないため、妖怪なのか人間なのかもわからない、と伝えた。
 老婆は名を幻海といった。この広大な土地で、1人気ままに暮らしているという。

 「あんたが1人増えたところで、迷惑はしないさ。戻れるまで、ここにいるといい」
 「けど・・・私は今すぐ魔界に戻らないといけないんです・・・! 飛影が心配してるはず・・・」
 「あんたの恋人かい?」
 「恋人・・・いえ、そうじゃなくて・・・仲間、です」

 だが、そこでフト思う。本当に飛影は自分を心配しているだろうか? 記憶喪失の厄介な女。いなくなって、せいせいしているかもしれない。そう思うと、それ以上は言えなかった。

 「まあ、なんにせよ、あんたは今、魔界へ帰れないんだ。ここで身を隠すといいよ」
 「・・・ありがとうございます」
 「その代わり、だ。あんたには家事を全てやってもらうよ。食事・洗濯・掃除、全部だ」
 「もちろんです。置いてもらっているんです。それくらいはさせて下さい」
 「・・・いい心がけだね」

 妖怪か人間か。判断のつかないところだが、の真っ直ぐな所は好感が持てた。
 しかし、家事をすると言っても、は今までそんなことをしたことがない。幻海が一から教えることになったが。

 「・・・あんた、戦闘は?」
 「えっと・・・それなりに・・・」
 「なるほどね。妖力でも霊力でもないようだが・・・試しに、これをめいっぱい殴ってごらん」

 幻海が指差したのは、パンチングマシーンだ。は初めて見るものだったが、言われた通りにする。
 計測された数値はゼロ。やはり、人間ではないようだ。

 「まあいいさ。そのうち、記憶も戻るだろうよ」
 「はい・・・」

 本当だろうか?と不安になる。すでに3年も記憶が戻らないのだ。もしも、このまま記憶が戻ることも、魔界に帰ることもできなかったら・・・。

 『飛影に、もう会えない』

 ズキン・・・と胸が痛んだ。
 あの照れ屋で素直じゃない彼と、もう会えないのかもしれない。あの低い声で名前を呼ばれることもないのかもしれない。
 箒を掃いていた手が止まる。ジワリ・・・涙が浮いてしまい、慌てて指でそれを拭った。

 「おい、
 「はい」

 幻海に呼ばれ、は彼女の元へ走り寄った。縁側に座っていた幻海は、ポンポンと横に置いてあった大きな箱を叩いた。

 「開けてみな」
 「はい」

 言われた通りに箱を開ける。中から出て来たのは、セーラー服だ。

 「少し遠いが、皿屋敷中学校に編入させることにしたよ」
 「チュウ・・・ガッコウ・・・? 学校ですか?」
 「ああ。あんたなら、せいぜい14、5歳ってところだろ。高校でも良かったんだが、金がかかるからね」
 「学校に通わせてくれるんですか?」
 「その代わり、家事は引き続きやってもらうよ」
 「はい!」

 満面に笑みを浮かべ、うなずく。本当に素直ないい子だと思う。
 人間界でのルールは、これまでの日々で幻海が教えている。飲み込みも早く、今では普通に生活している。これならば学校へ行かせても大丈夫だろうと判断したのだ。
 なぜ学区外の皿屋敷中学にしたのかというと、あの学校から少々強い霊気を2つほど感じたからだ。興味があったといえる。
 セーラー服を持ちあげ、マジマジとそれを見ていたが、モジモジしながら幻海を見た。

 「あの・・・おばあちゃま・・・」
 「“おばあちゃま”?」
 「あ、ごめんなさい・・・!」
 「・・・いや、いいよ。好きに呼びな」

 なぜだろう。にそう呼ばれるのは、嫌ではなかった。
 幻海の返事に、がそれはそれはうれしそうに微笑んだ。荒んだ心を鎮める笑顔だ。

 「ありがとうございます、おばあちゃま!」

 セーラー服を大事そうに抱きしめ、は満面に笑みを浮かべ、頭を下げた。

 「そうだ。こっちの世界じゃ、名前の他に名字が必要だね。好きな名前を名乗りな」
 「え? えっと・・・」

 がキョロキョロと辺りを見回し、家の中へ視線を戻すと、一点を見つめ「あれ・・・」と指差した。

 「ん? カレンダーかい? あれがどうした?」
 「数字の横に書かれてる・・・」
 「ああ、旧暦だね。今月はキサラギだよ」
 「・・・キサラギ。綺麗な響きですね」
 「気に入ったかい?」
 「はい! 如月にします!」

 これで準備は整った。
 不思議な出会い・・・そして、これからいくつもの新たな出会いがあることを、は知る由もなかった。