その日は朝からお祭りだった。
 帰って来た白夜王家の人々、その家臣、そして新たな仲間・・・。第一王子のリョウマは、国に戻るなり王位に就き、今日はその祝いの祭りなのだ。

 「お父さん、お母さん行ってくるね」
 「ああ。気をつけてな」
 「楽しんでらっしゃい」

 両親に見送られ、は家を出る。今日のお祭りのために、とっておきの着物を身につけて。唇に紅を差して。祭りの御輿が出てくる広場へ向かう。
 その途中だった。以前、男に絡まれていた所を助けてもらった、友人の男性が歩いているのを見つけたのは。
 こんな風に、彼が町を歩いているのは珍しい。いつも、どこか急いでいるかのように、さっと姿を消してしまうからだ。

 「スズカゼさん!」
 「? ああ、さん」

 がスズカゼに駆け寄ると、彼はホッとした表情を見せた。その表情の意味がわからず、首をかしげた。

 「良かった、探していたんですよ」

 優しく微笑まれ、は目を丸くする。探していた、とは・・・。

 「わ、私を??」
 「はい」
 「なんで・・・?」
 「一緒にお祭りが見たいと思いまして。家にいらっしゃったんですね。迎えに行けば良かった」
 「・・・・・・」

 その名前の通り、涼やかな風を思わせる、極上の優しい笑顔。こんな美青年にそんな表情をされて、頬を赤らめない女性がいるだろうか? 少なくとも、はそうではなかった。
 時々、この人は確信犯なのではないだろうか?と思ってしまうことがある。だが、それと同時に、この人はそういう人ではないのだということも思う。

 「さん? 迷惑でしたか?」
 「え!? いえ、まさか! ぜひ、ご一緒させて下さいっ!!」

 迷惑だなんて、とんでもない。は首を横に振り、ぎゅっと拳を握り締めた。
 露店の並ぶ道からはいい匂いがしてくる。のお腹がキュルル・・・と鳴り、は顔を真っ赤にし、お腹を押さえた。

 「お腹が空いていたんですね。気がつかなくて、すみません」

 スズカゼが申し訳なさそうに謝るが、としては、穴があったら入りたいくらいの羞恥だ。

 「さん、お腹が空いているのなら、色々と食べ歩いてみましょう」
 「・・・はい」

 この時ばかりは、鈍感なスズカゼに助けられた。もしも、乙女心なんぞがわかっていたら、妙にギクシャクしてしまっていただろう。
 と、スズカゼがこちらを見ていることに気づく。何かあっただろうか?

 「あの・・・どうかしましたか?」
 「ああ、すみません。今日は、いつもと様子が違うな、と思いまして」
 「え・・・!」

 なんと、鈍感なスズカゼがそこに気づくとは。
 おや、彼は恋愛に疎いだけで、他人を観察するのは得意なはずだ。隠密として、敵の特徴を捉えるのも仕事だからだ。

 「ああ、素敵な着物ですね。いつもよりおめかしされているのですね」
 「はい。お祭りですから!」
 「なるほど。では、その着物を汚さないよう、気をつけて下さいね」

 そう言って、スズカゼが出店に並んでいた、たこ焼きを差し出してきた。

 「スズカゼさん、りんご飴も食べたいです」
 「はい」

 どうでもいいが、スズカゼにお金を払わせていいのだろうか? みたらし団子を食べながら、ふと気づく。

 「あの・・・私、勝手にスズカゼさんにご馳走になってますけど・・・」
 「ええ、気になさらないで下さい。私がそうしたいのです」
 「で、でも・・・」

 確かに、女性に代金を支払わせるのは、男としてどうかと思うが・・・。恋人でもないのに、とも思ってしまう。

 「さんの食べっぷりは、見ていて気持ちがいいですね。どんどんと食べさせたくなってしまいます」
 「・・・私のこと、太らせるつもりですか?」
 「あはは・・・まさか。そんなつもりはありませんよ」

 と、人々の間から歓声が上がる。威勢のいい掛け声も聞こえてきた。

 「ああ、御輿が来たようですよ」
 「あ、本当だ。かっこいいですね」

 大きな御輿を担ぐのは、白夜の若い衆たちだ。立派な御輿が町を練り歩く。

 「・・・戦争、終わったんですね」

 ぽつり、がつぶやくと、隣に立つスズカゼが「はい」と、しっかりした口調で応えた。
 通り過ぎる御輿の集団。子供たちが後を追いかけて行く。微笑ましいその姿を、は目を細めて見つめた。

 「さん」
 「はい」

 スズカゼに名前を呼ばれ、顔をそちらに向けると、不意に手を取られた。突然のことに、手にしていた焼とうもろこしを落としそうになってしまった。
 スズカゼは何も言わず、手を引いたままその場を離れる。向かった先は、御輿の出発地点だった広場。御輿の去った後のため、人は少ない。

 「スズカゼさん? どうかしたんですか?」
 「・・・食べ疲れてはいないかと」
 「あ・・・。ありがとうございます。でも大丈夫ですよ。まだ食べられます!」

 ぐっと握り拳を作ってそう答えると、ようやくスズカゼが振り返った。数多の女性を虜にしてきた、美青年の笑みを浮かべて。

 「さんと一緒にいると、落ち着きます」
 「本当ですか? 嬉しいです」
 「・・・良かったら、これからもずっと、一緒にいてくれませんか?」
 「もちろんです。私、スズカゼさんと仲良くして・・・」
 「そういう意味ではありません」

 スズカゼがの言葉を突っぱねる。珍しいことだった。
 この時のは、スズカゼに負けず劣らず、恋心に鈍感だった。

 「私の傍で、ずっと一緒にいて欲しいのです」
 「え・・・そ、それって・・・」
 「私の、妻になってくれませんか?」
 「!!」

 突然のことに、は目を丸くし、絶句した。
 まさか、この美青年に求婚されるとは、夢にも思わなかった。

 「戦争が終わったら、言おうと決めていたのです。私は忍びですから、任務で国を離れることも多いと思います。ですから・・・私の事を、待っていてくれる人になってほしいのです」
 「スズカゼさん・・・」
 「もちろん、他に想う方がいらっしゃるのなら、私の申し出など断って下さって構いません」

 スズカゼのその言葉に、はぶんぶんと首を横に振る。目尻には涙が浮いた。

 「・・・私は、スズカゼさんのこと、待っています。あなたが、ここへ帰って来て、幸せだと感じてもらえるように」
 「さん・・・」
 「不束者ですが、よろしくお願いします」

 スズカゼが腕を伸ばし、を抱きしめる。もスズカゼの背に腕を回そうとし・・・「あ」と声をあげた。

 「どうしました?」
 「・・・これ、食べてもいいですか?」

 手に持っていたもろこしを見せ、首をかしげたに、スズカゼが吹き出し、笑い出す。もつられて笑った。

 「ええ、どうぞ。それを食べ終えたら、屋台に戻りましょう」

 いつもの笑みを浮かべ、スズカゼは妻となる女性の手を握り締めた。
 さて・・・晴れて妻を娶ったことを、カムイ様に報告しよう。きっと喜んでくれるはずだ。
 主君の喜んだ顔を想像し、スズカゼは幸せを噛みしめるのだった。

 


Title by「確かに恋だった」様

真巳衣様との相互記念のスズカゼ夢です。
スズカゼさんと、食べ歩き・・・!!
どんなシチュかな~?と思っていたら、祭りの屋台が思いつきました。
相互リンク、ありがとうございます。そしてリクエストもありがとうございました!