4.大切なこと

Chapter:9

 保健室を出てホールへ歩いて行くと、向こうからシュウが慌てた様子で走って来た。スコールの姿を認めると、ホッとしたようだった。
 駆け寄って来たシュウは、スコールの前で立ち止まると、息を整え、顔をあげた。

 「スコール!! あ、あのね、シド学園長知らない?」
 「保健室だ」
 「事件な感じ?」

 慌てた様子のシュウに、リノアが首をかしげて尋ねる。シュウは、尚も慌てた様子で何度もうなずいた。

 「2階廊下奥のデッキへ行くとわかるわ。船が近づいて来るの。も、もしかしたら、ガルバディアの船かもしれない。ま、魔女が報復に来たのかもしれない。と、とにかく、学園長に報告しなくちゃ」

 そう言い残すと、シュウは保健室へ走って行った。なんとも慌ただしい。次から次へと、色々なことが起こるものだ。

 「ガルバディアの船か・・・そうだとしたら、大変だぜ。行こうぜ、スコール!」
 「・・・ああ」

 ゼルの言葉にうなずき、スコールたちは2階のデッキへ向かった。

***

 デッキに着くと、すでに船がガーデンの前に到着していた。スコールたちはドキッとする。まさか、ガルバディア軍にガーデンへ潜入されたか?

 『船!? ガルバディアの船か!?』

 と、スコールたちの前に、1人の男が姿を見せる。思わず身構えるが、目の前にいる人物は、ガルバディアの軍服を着ていない。

 「シド学園長、いらっしゃいますか!!」

 男が叫ぶ。敵対する意思はないように見えるが・・・だが、油断はできない。

 「学園長はいない。お前たちは・・・ガルバディアの船か?」
 「我々はSeeD! これはイデアの船! 我々は魔女イデアのSeeD!」

 意味がわからない。彼らもスコールたちと同じSeeDだという。スコールたちは視線を交わし、首をかしげた。

 「そちらへ行きます! 武器は持っていません!」

 そう言うと、3人のSeeDがすさまじい跳躍力で、デッキへ飛び移ってきた。
 思わず、スコールたち4人は身構える。そのスコールたちに、3人の中央にいた男が、スッと手を挙げた。

 「我々には、戦意はありません。シド学園長にお話があります。シド学園長は・・・」
 「ここです」

 聞こえてきたシドの声。どうやら危険はないと判断し、スコールたちは構えを解いた。

 「シドさん、エルオーネを引き取りにきました。ここはもう安全ではありませんよね?」
 「・・・そうですね。残念ですが、確かにそうですね」

 エルオーネ・・・その名前には聞き覚えがある。ラグナがウィンヒルにいた頃に、かわいがっていた少女の名前だ。

 「スコール、君はエルオーネを知ってるはずです。ガーデンのどこかにいるはずだから、ここに連れて来てもらえますか?」

 シドが振り返ってそう言うが、スコールは怪訝な表情だ。このSeeDと名乗った連中は、何者なのか・・・。

 「スコール?」
 「・・・了解」

 シドの確認するような声音に、スコールは答えた。後ろに控えていたシュウが、「私も後で捜しに行くわ」と告げた。
 デッキから廊下へ戻る。色々と疑問はあるが、今はエルオーネを捜すのが先決だ。

 「エルオーネ・・・スコール、この名前に聞き覚えあるよね?」
 「・・・ああ」

 アーヴァインの言葉に、スコールがうなずく。エルオーネを知っているということは、あの時キロスに入っていたのはアーヴァインだったのか・・・。

 「ラグナが気にかけてた女の子だ・・・」
 「そうなのか? オレはウォードに入ってたから、会ったことはないけど・・・。スコール、どこにいるのか知ってるのか?」
 「・・・いや」
 「じゃあ、手分けして捜そうぜ」

 そう言うと、ゼルが走って行く。アーヴァインもスコールを置いて走り出した。

 「ねぇ、スコール。エルオーネってどんな人?」
 「“あっちの世界”の登場人物だ」

 そういえば、リノアはラグナたちの中に入ったことがない。彼女からしてみれば、不思議な出来事だろう。・・・いや、入っているスコールたちにとっても、不思議な出来事だが。

 「じゃあ、わたしも捜してみるね!」

 そう言い残し、リノアもスコールの前を走り去って行った。
 スコールの足が向いたのは、図書室だ。他の施設にいるとは考えつかなかったからだ。いくら幼い頃、レインの言いつけを破って、おてんばをしていたといっても、訓練施設に入らないだろう。
 そして、予想通り・・・図書室の奥に、1人の女性が座っていた。
 スコールは、その姿に見覚えがあった。それは数日前・・・SeeD実地試験の前、サイファーと訓練をし、保健室に運び込まれた。額の傷は、その時のものだ。保健室で担当教官だったキスティスを待つ間、スコールに声をかけてきた女性がいた。それが、彼女だ・・・。
 肩で切りそろえられた栗色の髪に、水色のノースリーブシャツと白いスカートに、緑のストールを羽織っていた。

 「な〜に、スコール?」

 彼女がスコールの姿に気づき、振り返って首を傾ける。かわいらしい女性だった。

 「もしかして・・・エルオーネ?」
 「そう、エルオーネ」
 「あんたがエルオーネ? あの、エルオーネ?」

 あの日、ラグナを通して見た幼い少女が、こんなに大きくなっているとは・・・。

 「ラグナを・・・知ってるな?」
 「知ってる。大好きなラグナおじさん」
 「教えてくれ! あれは、なんなんだ?」
 「ごめんね、スコール。うまく説明できそうにない。でも一つだけ。あれは“過去”よ」

 エルオーネの言葉に、スコールは「やっぱり・・・」とつぶやく。エルオーネの姿を見れば、一目瞭然だ。

 「過去は変えられないって人は言う。でも、それでもやっぱり、可能性があるなら試してみたいじゃない?」

 そのエルオーネのつぶやきに、スコールはカッとなる。

 『過去を変えたいだって? 本気で言ってんのか? バカバカしい・・・』
 「あんたがやっているのか!? あんたが、“あっちの世界”に俺たちを連れて行くのか!?」
 「ごめんね」

 何が何だか、混乱する・・・。

 「どうして俺なんだ!? 俺は今、自分のことで精一杯なんだ! 俺を、俺を巻き込むな!」
 「ごめんね」
 「俺を・・・俺をあてにするな」

 後ずさった拍子に、足が椅子にぶつかる。フラフラと、スコールは力なくそこに座りこんでしまった。
 シュウがやって来たのは、その直後。

 「スコール、エルオーネはいた?」
 「あの・・・私です」

 シュウの声に、エルオーネが小さく手をあげ、立ちあがった。座りこんだままのスコールに「大丈夫?」と声をかけるも、スコールは答えない。仕方なく、エルオーネを連れ、シュウは図書室を出て行く。
 その際、エルオーネはスコールに近づき、小さくささやいた。

 ─── 頼れるのは、あなたたちだけなの

 その言葉を残し、エルオーネはシドに手を振りながら、イデアのSeeDと名乗った白い服のSeeDたちと共に、船に乗って去って行った。
 どうして人を頼るのか・・・自分は1人で生きてきた。確かに子供の頃は違ったけれど・・・。いや・・・今も自分は誰かを頼っているのだろうか・・・。
 頭の中で、考えが過る。混乱していた。フト、そんな時に思い出したのは、いつも明るく笑っていた少女。

 『・・・セルフィ、あんたなら・・・どうする?』

 今はここにいない少女に、スコールは問いかけた。

***

 ─── アヴィ・・・アヴィ、どこ?

 小さな少女の、自分を呼ぶ声。なつかしい・・・。この声を、自分は大切にしたいと思っていた。ずっと、ずっと・・・。
 まどろんでいたアーヴァインの耳に、シドの叫び声が聞こえてきて、慌てて飛び起きた。
 何かあっただろうか? スコールを呼んでいる。学園長室まで来い、と言っていることから、また何か厄介なことに巻き込まれたのかもしれない。

 「やれやれ・・・バラム・ガーデンは落ち着かないねぇ・・・」

 ガルバディア・ガーデンにいた頃なら考えられない慌ただしさに、アーヴァインはため息をこぼした。
 だが、この慌ただしさはキライじゃない。なぜなら、仲間がいるから・・・。

 「さって、と・・・それじゃあ、行ってみようか」

 ベッドから立ち上がり、大きく伸びをし、アーヴァインは部屋を出た。