4.大切なこと

Chapter:8

 バラム・ガーデンが動き出して2日が経った。今も、ガーデンはゆったりとした動きで海上を漂っている。
 スコールたちはあれから、ガーデンに放たれたモンスターを駆除し、MD層に住みついていたモンスターも退治した。
 だが、それが済むと何もすることがなく・・・シドに報告をしようと思っても、シドは忙しかったり、またスコールたちもモンスターの出現に呼ばれてみたり・・・と、息のつく間もないほど忙しかった。
 ガーデンをゼルに案内してもらっているリノアに遭遇してみたり、アーヴァインが女生徒たちに囲まれている姿を見ながら、スコールはぼんやりと1人で過ごした。
 いい加減、飽きてきたな・・・と思い、起き上がる。

 『・・・セルフィ、生きてるか?』

 時間があくと、スコールはすぐに考えがセルフィたちに及ぶ。

 『、キスティス・・・俺を恨んでいるか?』

 行くと申し出たのは本人たちだが、スコールはそれを反対しなかった。
 ハァ・・・とため息をつき、ベッドから立ち上がり、ガーデン内をブラブラする。そうしていると、同じく手持無沙汰な様子のアーヴァインと遭遇した。

 「あっれ〜? スコール、どうしたの?」
 「・・・別に」
 「することなくて、ブラブラしてるって感じ?」
 「・・・そんなところだ」

 恐らく、アーヴァインも似たようなものだろう。2人並んで、ただ黙って歩いていると、前方から教師が走ってきた。

 「生徒No.41269、スコール・レオンハートか?」
 「はい」
 「マスター様がお呼びだ。至急マスタールームまで来なさい」
 「マスタールーム? どこですか?」
 「そこのエレベーターで下に降りろ。許可は出してある」

 偉そうな口調でそう言うと、教師は去って行った。スコールとアーヴァインは顔を見合わせた。
 よくわからないが、とにかくマスターが呼んでいるという。行ってみることにした。

 「これだけ言ってもわからないのか!?」

 エレベーターを下りた瞬間、誰かの怒鳴る声が聞こえてきた。そして、背後のエレベーターが動く。下りてきたのは、ゼルとリノアだった。

 「よう。お前たちの姿を見かけたから、来ちまったんだ、わりぃ」
 「いや・・・気にするな」

 視線を動かせば、ドン!とシドが教師に体を押され、こっちへやって来る。先ほどの怒鳴り声は、シドのものだ。

 「くっ、離せ! まだ、話は終わってない! 金の亡者のクソッタレの大バカ野郎! あんたに相談したのが間違いだった! SeeDはなあ、未来のためにまかれた種だ! その未来が今なんだよ! それはあんただってわかってるだろうが! クッソ〜! 過去へ行けるなら、十何年か前の自分に伝えてやりたい。ノーグを信じちゃいけない! ノーグは金のことしか考えてないってな!」

 誰かに怒鳴りつけ、こちらを向いたシドが目を丸くする。あ然としていたのは、スコールたちも同じだ。いつも温和な笑みを浮かべているシドが、あんなに激高している姿は初めて見た。

 「・・・見ていましたか?」
 「・・・はい」

 素直にうなずいた。隠しても仕方ない。

 「大人だからって、なんでも我慢できるってわけじゃありません。さあ、戻りましょう」
 「学園長、報告があります。どさくさにまぎれて、遅くなりました」
 「では、あとで学園長室に来てください」

 シドがエレベーターに乗って、上へ戻って行くのを見守っていると、背後から教師が近づいてきた。

 「お前たちはガルバディアから帰ってきたSeeDだな?」
 「・・・そうです」
 「やっと来たか。マスター“ノーグ様”がお呼びだ。来るが良い・・・」

 マスターノーグ・・・先ほどもシドが叫んでいた名前だ。初めて聞いたその名前に、スコールたちは怪訝な表情を浮かべて顔を見合わせ、教師の後に続いた。

 「ノーグ様がお呼びの時は、3秒以内に来るように」
 「フシュルルル・・・3秒・までなーい」

 スコールたちの目の前に姿を見せたマスターノーグは、人間ではなかった。巨大な黄色の化け物・・・といっていいのか。こぶのような顎を3つ持った、大きな手の生き物・・・。

 『・・・これがガーデンのマスター? これがガーデンの経営者? ・・・人ではないのか? 俺たちは、そういえば何も知らなかった・・・ショックだ』

 マスターが人間ではなかったことも、何も知らなかったことも・・・全てショックだった。
 それはゼルたちも同じだったようで、言葉を失っている。
 マスターノーグは空気の抜けたような音を発しながら、スコールたちに今までの報告を求めた。
 それに従い、スコールはガルバディア・ガーデンでシドからガルバディアとバラム共同で、魔女暗殺の指令を受けたこと、それに失敗したことを報告した。

 「ブジュルルル! 共同・命令だど!? ブジュルルル! お前ら・ダーマされだ!」

 ノーグの言葉に、スコールたちは愕然とする。騙された・・・と言ったのか。

 「・・・意味が、わかりません」

 素直にそう答えた。一体、誰に何を騙されたというのか・・・。
 説明してやれ、と言われ、教師がスコールたちに事情を話し始めた。

 「ノーグ様はガルバディア大統領と魔女が、手を結ぶことを早くからご存じだった。ガルバディア・ガーデンのマスターから、相談を受けていたのだ」
 「ガルバディア・ガーデンの、マスターから・・・?」
 「フシュルルル・・・。ガルバディア・ガーデンのマスターは・わじの・手下の・ドドンナ・だ」

 あの時の嫌味ったらしい男か・・・と、スコールたちの脳裏にドドンナの顔が蘇る。

 「そう、魔女とガーデンは色々と因縁があるのだ。だから魔女は必ず、各地のガーデンを自分のものにしようとするはず」
 「そこでノーグ様は、ガルバディア・ガーデンに伝令を送った。今のうちに魔女を倒してしまえ、とな。方法は暗殺がベストだと思われた。だが、しかし・・・」
 「ブジュルルル! こざかしい・ドドンナは・いざというときのために・お前たち・暗殺に・利用したのだ。わじの指示で・やったと・言い逃れる・ために。こざかしい・こざかしいヤツめ」
 「あの命令とバラム・ガーデンは関係ない・・・そういうことですか?」

 スコールが今までの話を聞き、簡潔にまとめる。

 「作戦実行を前に、たまたま現れたお前たちが利用された。しかし作戦は失敗。魔女は生きている。そして・・・」
 「我々の予想通り、魔女は復讐してきた。恐らくミサイル攻撃も、魔女の報復だろう」

 教師たちの言う通りだ。魔女イデアはスコールたちがSeeDであることを知っていた。だが、まさかスコールたちが利用されていたなどと・・・。本来なら、ミサイルで狙われていたのは、バラム・ガーデンではなく、ガルバディア・ガーデンだったのかもしれないのだ。

 「なんとか魔女の怒りを鎮めなくてはならない。それには暗殺の関係者を魔女に差し出し、バラム・ガーデンの誠意を見せる必要があった」
 「ちょっと待ってくれ、それは・・・」

 騙されたのは、スコールたちだ。ガーデンの命令に素直に従った。忠実なSeeDであるが故に。

 「ブジュルルル! SeeDの・首・差し出して・魔女に・従うふり・するのだ!」
 「な・・・なぜ魔女と戦わないんですか!? 俺たちが毎日受けている訓練は、なんのためですか!?」
 「なんだど!? 魔女に・負けたくせに! 偉そうに・吠えるな!」

 スコールはギリッと歯噛みする。確かに、スコールたちは魔女の暗殺に失敗した。それは、誤魔化しようのない真実。
 狙撃に失敗したアーヴァインがうつむく。だが、けしてあれはアーヴァインの責任ではない。

 「シド学園長も同じことを言っていたな・・・」
 「お、おい」

 教師の片割れの言葉に、もう1人が注意するように声をあげた。

 「ブジュルルル! シドだど!? シドのアホが・SeeDを魔女討伐に・送り出した。失敗・したら・どうする? このガーデン・終わりだ。わじの・ガーデン! わじの・ガーデン・終わりだ! シド・あのアホ・許さん。貧乏シドに・ガーデン建設・金出して・やったの・忘れたか!? おお・SeeDの首・一緒に・あいつの首も・魔女に・差し出すべし・思った。シド・捕まえろと・命令したら・生徒・シドの味方・しやがった! ブジュルルル! ブジュルルル!」
 「違う! あんただけのものじゃない」

 ノーグの言葉を、スコールが強い口調で否定した。ガーデンは、ノーグのものなんかではない。

 「ブジュルルル! では・なんだ!? シド学園長と・魔女イデアの・ものか!? あの夫婦のものか!?」
 「なんだって?」

 ノーグの発した言葉に、スコールたちは愕然とする。今、シドとイデアが夫婦と・・・そう言ったのか?

 「フシュルルル・・・今・わかった。シドとイデア・わじから・ガーデン・乗っ取る気だ。お前らも・シドの手先・だな。ゆ・許せん」

 そういうと、ノーグがシェルターのようなものの中に閉じこもる。シェルターの前面には3つの球体。これの色が変わると、魔法をうってくるようだ。

 「そんなとこに隠れてるなんて、卑怯だぞ!」

 アーヴァインが銃口をノーグの隠れた場所に向け、何度も銃撃をお見舞いすれば、シェルターのカバー部分が壊れ、ノーグが姿を現した。
 そこを狙い、リノアがブラスターエッジで攻撃を仕掛け、スコールが連続剣で止めを刺した。

 「フシュルルル・・・わじ・もうダメ! 魔女は・コワイが・こいつらも・コワイ! なぜ・わじが・こんな目に・・・」

 グッタリと台座に倒れ込み、そのノーグの体を繭のようなものが包み込んだ。

 「なんだこれ?」
 「気にするな。わけのわからないことが増えただけだ」
 「だって・・・」
 「どうして俺に聞くんだ! わからないのは俺だって同じだ!」

 ゼルとリノアの不安げな表情に、スコールが声を荒げた。

 「俺、何も知らないんだ。何も・・・知らないんだ。だから・・・騙される。だから・・・利用される」
 「スコール・・・」

 それ以上、仲間たちは何も言えなかった。スコールはハァ・・・とため息をこぼし、顔をあげた。

 「学園長に会いに行く」

***

 シドは保健室にいた。入って来たスコールたちの姿に、保険医のカドワキがこっちを向いた。

 「学園長に用かい?」
 「会いたい」
 「う〜ん、今、学園長はねえ・・・」

 渋るカドワキだったが、奥からシドの声が聞こえてきた。

 「カドワキさん、もう大丈夫です」
 「・・・ほんとにいいのかい?」
 「ええ、もう十分泣かせてもらいました」
 「・・・無理するんじゃないよ」

 シドにそう声をかけ、カドワキはその場をどいて、スコールをベッドの前に通した。ゼルたちは、入り口前で立って待った。

 「君たちには、恥ずかしいところをたくさん見られてしまいますねえ。さて、どんなお話をしましょうか?」
 「報告したい」
 「いやいや、それには及びません。だいたい何が起こったのか、想像がつきますから」
 「・・・SeeDの本当の意味を教えてください」
 「・・・SeeDはSeeD。バラム・ガーデンが誇る傭兵。いやいや、君は何か気付いているようですね」

 誤魔化すようなシドだったが、スコールの真剣な表情に、苦笑を浮かべた。これ以上は隠しきれないと思ったのだろう。

 「SeeDは魔女を倒します。ガーデンはSeeDを育てます。SeeDが各地の任務に出かけるのは、魔女を倒す日のための訓練のようなものです。でも、魔女が世界に恐怖をもたらす存在となった今、SeeDの本当の戦いが始まったと言えましょう」

 シドの答えに、スコールは次に尋ねたことを、口にするのに少々時間を要した。もしも、ノーグの言ったことが事実なら、2人は引き裂かれてしまったということになる。
 だが、気になるものは気になる。スコールは真っ直ぐにシドを見つめ、尋ねた。

 「魔女イデアのことを教えてください。学園長の奥さんだと聞きました」
 「・・・そうです。イデアは子供の頃から魔女でした。私はそれを知りながら、結婚しました。幸せでした。2人で力を合わせて働きました。とても幸せでした。ある日、イデアはガーデンを作ってSeeDを育てると言い出しました。その計画に私は夢中になりましたが、SeeDの目的だけが気がかりでした。イデアとSeeDが戦うことにならないか、と。イデアは笑って言いました。“それは絶対にない”と。それなのに・・・」

 イデアは現在、恐怖の魔女として君臨している。そして・・・ガルバディア・ガーデンのマスター・ドドンナはSeeDを使って魔女を暗殺しようとしたのだ。シドが危惧したことが、現実になってしまった。

 「マスターノーグのことを教えてください」

 空気を変えるように、スコールが話題を変えた。

 「あれはシュミ族の者です。一族の変わり者とでもいいましょうか。私がガーデン建造の資金作りに走り回っているときに知り合いました。ガーデン建設に興味を示して、私たちは意気投合・・・彼のお金でガーデンは完成。ところが、ガーデンの維持にも莫大な費用が必要でした。我々はそのお金を得るために、SeeDの派遣業務を始めたのです。ノーグのお金儲けのアイディアは、ことごとく当たりました。莫大なお金がガーデンに入ってくるようになりました。そしてガーデンは変わっていきました。最初の理想は失われ、真実は覆い隠され・・・。・・・この辺でいいですか? ハッキリした態度を示さなかった私が一番悪いのですから・・・」
 「これからガーデンはどうなるんですか?」
 「まず、この漂流状態を早く終わらせて・・・その後は・・・ガーデンとSeeD、本来の姿に帰れるといいのですが・・・」

 今後のことは、誰にもわからない。
 とりあえず、意気消沈してしまったシドを保健室に残し、スコールたちは自室へ戻ろうと保健室を出た。

 「SeeDは魔女を倒す・・・か。俺たちは、今後、イデアと戦うことになるかもな・・・。リノア、アーヴァイン、あんたたちはSeeDじゃない。その時は・・・」
 「おいおい、そんな冷たいこと言わないでくれよ。ここまで来たんだ。僕だって魔女と戦うよ」
 「わたしもアーヴァインと同じ意見よ! ガルバディア政府は魔女とベッタリかもしれないけど・・・わたしは・・・魔女に対抗したお父さんを、ちょっと見直した」

 アーヴァインとリノアの決意は固いだろう。それを無理して拒むこともない。スコールは改めて、3人の仲間たちに向き直った。

 「・・・よろしく、頼む」

 スコールの頼みに、ゼルたちは目を丸くし・・・ニッコリと笑ってみせた。