4.大切なこと
Chapter:2
意識が浮上する。ボンヤリする視界いっぱいに、黒い何か。車のハンドルだということに気づくまで、数秒を要した。
「大丈夫? アーヴァイン」
隣から、女の声がして、起き上がる。視線を動かせば、憮然とした表情の少女がいた。
金色の髪に澄んだ赤紫の瞳・・・美少女と呼ばれるにふさわしい彼女は、現在怒っていた。
「ああ・・・大丈夫だよ・・・」
「じゃあ、説明してくれる? これ、どういうことなのか」
現在、2人はガルバディアの軍用車に乗っていた。
魔女イデアとの戦いで、気を失ったが、目をさましたらこの車の助手席に座っていたのだ。なぜ、戦場にいたはずの自分が、車に乗っているのか。なぜアーヴァインが隣にいるのか。
「君を連れ出すように言われたんだよ」
「なんで?」
「それは・・・とある人物からの命令で」
「なんで私? リノアじゃなくて?」
ガルバディア軍の大佐の令嬢であるリノアを救いだすならわかるが、なぜ自分なのか・・・。しかも、見たところ、リノアの姿はない。
「それは・・・ちょっと僕にも答えられないんだよね」
「スコールは? みんなはどこ?」
「う〜ん・・・」
困った様子でポリポリと頬を掻くアーヴァイン。煙に巻くようなその態度に、はイライラしてしまう。ガシッとアーヴァインの襟元を掴み、グッと睨みつけた。
「ちょっと! ハッキリ言いなさいよ!!」
「D地区収容所っていう・・・早い話が刑務所だよ」
「刑務所・・・魔女イデアに逆らったから?」
「そういうこと」
アーヴァインはうんとうなずき、あっけらかんと言い放つが、疑問が残る。
「・・・なんで、あなたは捕まらなかったの?」
「それは、カーウェイ大佐の口利きでね。まあ、軍のトップが絡んでれば、あそこから助け出すなんて簡単なことだよね。それに、僕はガルバディア籍だし。ガルバディア・ガーデンの生徒ですって言えば、何とかなったんじゃないかな?」
「それで私だけを連れて、のこのこと逃げ出してきたっていうの!?」
「、声大きいよ・・・」
耳元で怒鳴りつければ、アーヴァインが苦笑を浮かべ両手を上げる。降参、のポーズだ。
だが、そんなアーヴァインのおちゃらけた様子に、はイライラを募らせてしまう。これが、魔女狙撃の前に、完全に尻ごみしていた男と同一人物だろうか?
「ねえ、ハッキリ言って。なんで私を助けたの?」
今までの態度を一変。が真剣な表情でアーヴァインに問う。アーヴァインは「困ったなぁ・・・」とつぶやき、視線を前へ向けた。
「・・・君のことが、大切だから、かな?」
「はいはい」
真顔で答えたアーヴァインの帽子をずらし、顔を覆わせれば「うわっ」と彼が声をあげた。
「ちょっとひどいなぁ。本気にしてないでしょ?」
「当たり前じゃないの!」
「そんなに怒らないでよ。申し訳ないけど、今は理由を言えないんだ。口止めされててね。お偉いさんに」
「・・・・・・」
「でも、いつか必ず・・・君に説明するよ」
「・・・本当?」
「本当」
ジッと見つめて来る赤紫の澄んだ瞳に、アーヴァインは苦笑し、視線を逸らした。
彼女の瞳を見つめているのは危険だ。澄んだ大きな瞳は、アーヴァインでなくても、男を虜にしてしまうだろう。
「とりあえず・・・D地区収容所へ一度戻るよ」
「スコールたちを助けに行くのね!?」
「いや、リノアを迎えに。カーウェイ大佐の命令だからね」
「リノアだけ? 他のみんなは!?」
「他のみんなは無理だよ。ガルバディア関係ないし、SeeDだし」
あっけらかんと言い放つアーヴァインに、はブチッと頭のどこかが切れた気がした。
「何ふざけたこと言ってんのよっ!!! スコールたちは私の仲間なのよっ!!! 私だけ逃げるわけにはいかないでしょおがっ!!!」
「わ! わ! 、危ない・・・首締めない・・・で・・・!」
車を動かし始めたというのに、アーヴァインの首をギュウギュウと締めるに、アーヴァインが悲鳴をあげた。
「さっき眠ってるうちに逃げればよかった!」
「そんなことしたら、僕の首が飛んでるよ〜」
「・・・そういえば、さっきの・・・」
「うん?」
まだ日は高い。眠るにしては早すぎるし、眠りも深かった。
そう、まるでティンバー行きの列車で見たスコールたちのように・・・。
「・・・ラグナ」
「え?」
「って知ってる?」
「あ〜・・・もしかして、も見てるの? あの夢」
ということは、やはりアーヴァインは“あちらの世界”に行っていたということか。
アーヴァインの問いかけに、はこくんとうなずいた。
「私はこの前、初めて見たんだけど・・・スコールとセルフィは何度か見てるみたい。ガルバディアの兵士だったラグナとキロスとウォードって人が出て来るの」
「フーン・・・。僕が見た夢では、ウォードって人はいなかったよ」
「そうなの?」
「うん。D地区収容所でクリーンアップサービスしてるって言ってた」
スコールたちが捕らわれている場所・・・このタイミングでその夢というのは、何か意味があるのだろうか・・・?
「あ、見えてきたよ。あれがD地区収容所」
前方に見えてきたのは、赤い建物。3対になっているタワーのような建物だった。
「ここで待ってて。リノアを迎えに行ってくる」
「・・・・・・」
「そんな目で見ないでよ〜。大丈夫だよ、スコールたちなら。自力で脱出できるって」
「武器も取り上げられた状態で、どうやって逃げ出すっていうのよ! やっぱり私、ダメ。このまま逃げるなんて許せない。アーヴァインはどうなってもいいけど、スコールやセルフィ、ゼルにキスティスが危険な目に遭うなんて許せない!」
「ちょ・・・! ひどいよ〜」
アーヴァインなんてどうでもいい、と言い放ったに、容赦ないな・・・と思いつつも、彼女らしいとも思ってしまう。
「とにかく、ここでじっとしてて! スコールたちを助け出すのは、リノアを取り戻してからにしよう!」
「・・・・・・」
疑いの眼差しを向けるの視線が痛くて、アーヴァインは慌てて車を下りると、収容所の方へ走って行った。
***
「!」
「リノア!」
アーヴァインに引っ張られるようにしてやって来たリノアは、車の中にの姿を確認すると、安心した表情を浮かべ、駆け寄って来た。
も車を下り、駆け寄って来たリノアの体を抱きしめる。
「無事だったんだね・・・。よかった。だけ姿が見えなかったから、心配してたの」
「うん、ごめんね・・・なんか、勝手なことしたヤツがいてね」
「それってもしかして、僕のこと?」
苦笑を浮かべるアーヴァインをキッと睨みつけるとリノア。もしかしなくても、彼のことだ。
「このまま2人をデリング・シティに戻すよ。あ、はバラム・ガーデンだね」
「ふざけないで! アーヴァイン・キニアス! 私が黙ってそれに従うと思う!?」
「そうよ! スコールたちをこのままになんて出来ない!」
とリノアに詰め寄られ、アーヴァインは困った様子で2人の美少女を見やった。普通の状態だったなら、両手に花・・・と喜べただろうに。
「でもリノア・・・これは、あんたの親父さんからの命令で・・・」
「そんなの知らないわよ! 、お願い、新しい命令、聞いてくれる?」
「うん、もちろん」
こうなったら、アーヴァインは完全無視だ。リノアはクルッとを振り返った。
「スコールたちを助け出して、一緒に刑務所を出るの! 出来る?」
「もちろん・・・! 行こう、リノア!」
「ちょっとちょっとちょっと〜!」
収容所へ戻ろうとしたリノアとの前に、アーヴァインが立ちはだかった。弱り切った表情だ。恐らく、リノアをここまで連れてくる間に、一悶着も二悶着もあったに違いない。
「2人とも、本気なのかい? あの中には、きっとサイファーがいて、スコールたちを拷問してるはずだよ」
「それを聞いたら、ますます放っておけない! だって、サイファーは・・・わたしのために・・・」
リノアの声が小さくなる。元はと言えば、こうなったのはリノアがサイファーに助けを求めたからだった。
もしもそんなことをしなければ、サイファーは今頃、バラム・ガーデンでいつもと変わらぬ日常を送っていたのかもしれない。
「・・・危険だよ?」
「わかってる」
「それでも・・・助けに行くの?」
「もう決めた」
アーヴァインの言葉に、は強い眼差しで答え、腰の刀に手を触れた。
「私はSeeDだから・・・クライアントの命令は絶対だから」
だから、スコールたちを救いだす・・・。はリノアに再度「行こう」と声をかけた。
「あ〜もう・・・! このお嬢さんたちは・・・!!」
走って行く2人の少女の背中を見つめ、アーヴァインは頭を抱えた。
「・・・カーウェイ大佐たちにバレませんように!」
それは無理な話なのかもしれない・・・。