4.大切なこと
Chapter:1
「ラグナおじちゃん、おきゃくさんだよ」
聞こえてきたのは、幼い女の子の声。眠っていたラグナは目を覚ました。
「あ〜? オレに客? どんなヤツだよ」
「へんなふくのおじさん。いま、レインとはなしてるの」
「ん? 店にいるのか?」
「そうだよ。だからエルがラグナおじちゃんをよびにきたの。えらい?」
「えらくない! 1人で危ないじゃないか。モンスターに襲われたらどうするんだ?」
「となりだもん、だいじょうぶだよ!」
「隣でも危ないの! エルなんか小さくてかわいいから、モンスターに狙われてるんだぞ! 捕まって、ちゅーちゅー血を吸われちゃうんだぞ! そんなことになったら、おじちゃんは泣いちゃうぞ〜」
「だいじょうぶだもん。ラグナおじちゃんよぶもん。すぐきてくれるんだよね?」
そう言うと、水色のワンピースを着た幼い少女は、ラグナの部屋を飛び出して行った。
「あ、待てよ、エルオーネ!」
慌ててラグナも後を追いかける。1人で外へ行かれては、たまったものじゃない。
だが、エルオーネは外に出ておらず、1階でラグナが来るのを待っていた。
「まってたよ! えらい?」
「うん、えらいえらい! エルオーネのお父さん、お母さん、エルオーネは今日も良い子です。な?」
「はーい!」
エルオーネの頭をグリグリと撫で、ラグナは笑顔を浮かべた。
***
ラグナの使用している家の隣は、レインという女性が経営しているパブだ。店主のレインはこの町でも評判の美人で、濃い茶色の髪を腰まで伸ばした美女だった。
「わかったわね、エルオーネ。大人しくお部屋で遊んでちょうだい」
そのレインが経営するパブに入ると、エルオーネが店主のレインに注意されているところだった。
(おこられちった)
(エルオーネが約束守んなかったからだぞ。そりゃしゃーねーなー)
小声で話していた2人だが、レインの耳には届いていたらしい。
「ラグナ! エルオーネにはキチンとした言葉で話しかけてちょうだい!」
レインの言葉に、ラグナとエルオーネは顔を見合わせる。
(怒られちった)
(しゃ〜ね〜な〜)
ラグナの口調を真似てそう言うエルオーネ。2人はクスクスと笑った。
「ラグナ君、久しぶり」
「キロス!!」
そのラグナの前に、軍服ではないキロスが姿を見せた。確かに奇抜な格好をしたキロスは、子供の目から見たら“変な服のおじちゃん”だろう。
「おじちゃんの友達だよ。変な服だけど、悪い人じゃないぞ」
屈んで、エルオーネの頭を撫で、ラグナはニッコリ笑ってそう言った。
「元気そうだな」
歩み寄って来たラグナに、キロスが唇の端を上げて安心したように言った。
「お前もな。な、あれからどのくらいだっけ? オレたちのセントラ大脱出からよ」
「あれは・・・惨めな敗走というな、普通は」
「や〜っぱり」
アハハ・・・と言いながら、頭を掻くラグナ。どう見ても、追い詰められ、海に飛び込んだラグナたちは惨めである。
「ま、とにかく、あれから1年近くだ」
「オレはその半分以上はベッドの上だったぜ。もう身体中の骨がばらっばら」
「わたしが看病しました〜」
レインが皮肉たっぷりに言う。ラグナは照れ臭そうだ。
「ありがとう。私からも礼を言う。私のケガは1カ月くらいで治って、その後は・・・あんたを捜していた」
「なんで?」
「軍を辞めて・・・まあ、退屈しのぎだな。あんたという娯楽がないと、人生は退屈だ」
「ひでえこと言うな。オレは日々マジメに生きてるんだぜ」
「でも、わかるわ」
ラグナを見つめ、レインがキロスの言葉に同意する。賑やかなラグナは、いるだけで空気が明るくなり、楽しい気分にさせられる。
1年前・・・このウィンヒルの村に担ぎ込まれたラグナは、他の2人よりも海に飛び込むのをためらったせいか、変な姿勢で落っこち、重傷を負った。そのラグナを看病したのが、レインだった。
「さて、何か聞きたいことは?」
「う〜ん・・・。ウォード、元気か?」
もう1人の仲間のことを思い出し、そう尋ねる。
「ウォードも軍を辞めた。幸運にも就職が決まって、元気に働いている」
「何やってんだ?」
「D地区収容所でクリーンアップサービス」
「ひゅ〜。ち〜っと似合わねえけど、元気ならいっか」
「結局、声は戻らなかった。まあ、顔を見れば何を言いたいのかはわかるけどな」
あの時、エスタ兵の攻撃により、喉をやられたウォードは、声をうしなってしまったのだ。「楽しかった・・・」というウォードの最後の言葉は忘れられない。
「ジュリアはどうしてるのかな?」
「・・・さあ」
「ジュリアって、歌手の?」
レインが会話に加わる。ジュリア・ハーティリーは今では有名な歌姫だ。
「そうだ。ラグナ君はジュリアに憧れて、非番の夜は必ずクラブへ行ってた」
「やめろよ! いいじゃねっかよ〜!」
昔のことを引っ張りだされ、ラグナは顔を赤く染める。
「ジュリアってクラブで歌ってたの?」
「いや、歌っていなかった。ピアノを弾いていただけだ」
「じゃあ、初めて歌った曲が“アイズ・オン・ミー”なの?」
「ど、どんな歌だった?」
あの時、ジュリアはラグナに言った。「いい歌が書けそうだ」と。結果、ジュリアがどんな曲を書いたのか、興味があった。
「知らないの?」
「聞かせてくれなかったろ〜?」
「あなたが音楽聴くなんて、思わなかったもの。曲はね、ああ、恋してるんだなて感じがして・・・私は好きよ」
「最近結婚したらしいな」
「そうそう! 軍の少佐と結婚したのよね。カーウェイ少佐だっけ?」
キロスの言葉に、レインが首をかしげながら、おぼろげな記憶を告げる。
「ええと、雑誌に載ってたんだけど、好きな人が戦地に行って行方不明。それで落ち込んでるところを少佐がはげましてくれて、それが結婚のキッカケなんだって」
「・・・戦地に行った男の帰りを待ったりはしないものなのか」
その“戦地に行った好きな人”に心当たりがありすぎるキロスが、非難めいた声をあげた。
「いいじゃねえかよ、そんなことは! ジュリアは結婚してシアワセなんだろ? それでいいじゃねえか! なあ、エル、そうだよな〜」
ラグナはそう言って、傍らにいたエルオーネに同意を求めた。
「そうだよな〜。ラグナおじちゃんはレインと・・・」
「あーーーーーッ! この話はおしまいだ!」
誤魔化すように大きな声をあげたラグナに、レインとキロスはびっくりした。
「・・・妖精さん、来てるみたいだ」
「・・・妖精さん? ああ、そう言われればそうだな」
頭の中がザワザワする。これは、過去に何度か経験したアレだ。
相変わらず、何を言っているのかは聞き取れないが、驚異的なパワーを与えてくれるので大助かりだ。
「そろそろ仕事しなくちゃ」
「・・・そうか」
「んで、どうすんだ? しばらくここにいられんだろ?」
「いいだろうか?」
キロスがチラッとレインを見て、伺いを立てる。
「働かざる者食うべからず。それでよければ、どうぞ」
もちろん、それに異論はない。「感謝する」と言い残し、2人はパブを出て行った。
***
ウィンヒルの村には、魔物が出る。そのため、衛兵がいるのだが、今はラグナがこの村に駐留しているため、ほとんどのモンスターはラグナが退治していた。
というか、表向きはエスタ兵を警戒している・・・とのことだが。
エスタは今では魔女が支配する国となっていた。そのエスタが、ここ最近では後継者を探し、幼い女の子を誘拐しているという。エルオーネは大変危険なのだ。
ウィンヒルの働き盛りの男たちは、みんな戦争に出てしまった。残っているのは、老人と女子供だけだ。ラグナは、自分を助けてくれたウィンヒルの人々に報いるために、毎日村の中をパトロールし、安全を守っている。
「パトロール1回目終了! 隊長と副隊長に報告に戻る」
「隊長・・・あのパブの女か?」
「レインだレイン。オレの命の恩人だ。覚えとけ」
「人の良さそうな女性だな。悪いヤツに騙されるタイプだ」
「・・・悪いヤツ? よし、パトロールを強化する。キロス助手、本部へ戻って計画を練ろう」
そう言うと、村の入り口から元来た道を戻って行く。
その途中、キロスがラグナを呼びとめた。
「あんた、毎日こんなパトロールごっこをしてるのか?」
「ごっこ、ってなんだよ!」
「世界を旅するジャーナリストになるんじゃなかったのか? “ティンバーマニアックス”知ってるだろ? そこの編集長と話をしてきた。世界の様子を紹介する記事なら、いつでも欲しいそうだ」
「そりゃすげえ!」
「一度挨拶に行かないとな」
「お、おう」
うなずきながらも、ラグナはどこか困ったような様子だった。クルリとキロスを振り返る。
「あのな、もちっとここにいてもいいよな」
「取材が必要ってわけか? ここはいい村みたいだからな。手始めにこの村を紹介するんだろ?」
「ここはダメだ。有名にしちゃダメなんだ。あんまり目立って人が集まると良くないだろ?」
「・・・悪いヤツが来てレインを取られる、か? ラグナ・・・あんた、変わったな」
「あ、モンスターだ〜〜っ!」
キロスの言葉を誤魔化すように、ラグナはそう叫び、駆け出して行った。
***
レインの家に戻ると、1階に2人の姿はなかった。階段を上り、2階へ上がりかけ・・・ラグナは慌てて足を止めた。
(・・・どうした?)
(いや、レディ同士がお話し中だ。出直しだな)
ラグナが階段を下りようとしたが、キロスがその腕を掴んで止める。ここにいろ、というように。
(こりゃ、おい!)
(私の中の何かが聞けと命じるのだ)
ラグナとキロスが聞いているとも知らず、レインとエルオーネは会話を続ける。
「ねえ、レインはラグナおじちゃんとけっこんしないの?」
「あ〜んな男と? 痛い痛いってヒイヒイ泣きながらここに運ばれてきて、それからずっと看病させられて・・・。ジャーナリスト志望のくせに、言葉づかいは汚いし間違えるし、真面目な話になるとすぐに逃げ出そうとするし、イビキはうるさいし寝言だって・・・」
いいとこなど、一つもない。ラグナはガックリと肩を落とす。
「でも、エルはラグナおじちゃんだいすきだよ。レインとラグナおじちゃんとエルと3人いっしょがいいよ」
「・・・でもね、あの人、本当は世界中の色んなところへ行きたいんだと思うのね。こんな田舎の村で静かに暮らすなんて出来ないと思うの。そういうタイプの人、いるのよ。・・・なんか腹立ってきちゃった」
「・・・きらいなの?」
「・・・エルオーネと同じ気持ちよ。あら?」
「おかえりなさ〜い!」
これ以上は聞いてはいけないと判断し、ラグナとキロスはまるで今帰ってきました、というようにわざとらしく足音を立てて階段を上がって来た。
「ぜぇぜぇ・・・。大急ぎで帰ってきました〜!」
「たいちょうにほうこく〜!」
「パトロールとモンスター退治の報告をします! エルオーネ副隊長がキライなぶちゅぶちゅとブンブンを合わせて・・・10匹退治しました!」
「は〜い、ご苦労様。じゃあ、次のパトロールの前に食事にしましょうか。用意が出来たら呼びに行くから、あなたの部屋で待っててね。なんだか疲れてみえるから、一眠りして待ってるといいわ」
レインの気遣いに感謝し、ラグナとキロスはパブの隣・・・ラグナの使用している家へ向かった。
「さ〜て、一休みすっかあ?」
「ん? どうした?」
どこか深刻そうな表情を浮かべたラグナに、キロスは首をかしげた。彼がこんな表情をするのはめずらしい。というか、見たことがなかったかもしれない。
「時々、怖くなるんだよな。目が覚めたらここじゃないどこかで、エルオーネがいなくて・・・」
「レインもいなくて?」
「オレ、どうしちまったんだろうな。こんな気持ち・・・なんだこれ? ああ、目が覚めてもこの部屋でありますように! このちっこいベッドで、目が覚めますように!」
「変わったな、ラグナ君」
ベッドに横になり、ラグナは目を閉じる。
唐突に襲ってきた猛烈な睡魔に、ラグナは自然と眠りに落ちていった。