3.狙撃主

Chapter:6

 リノアにとって、デリング・シティは生まれ育った町である。裏道等も知っている。幼い頃は父に連れられ、大統領の官邸にも遊びに行ったものだ。
 その知識が、今になって役立つとは・・・。
 人通りのない裏道へ向かい、積まれていた箱をよじ登る。

 「わたしだって・・・SeeDじゃないけど・・・遊びじゃないもん・・・」

 自分に言い聞かせるようにそう言い、リノアは見事、官邸に入り込んだ。
 辺りを見回し、廊下の向こうに物陰を見つける。近づくと、それが椅子に座った人だと気づく。魔女だ・・・。すぐにわかった。

 「あの・・・わたし、このガルバディアの、軍の、大佐の、カーウェイの娘です。これから、父がお世話になると思って本日は、ご挨拶に、来ました。あ、参りました。それで、あの、わたしから贈り物があるので、あの、ぜ、ぜひ・・・」

 しどろもどろに言葉を紡ぎ、魔女に近づこうとした瞬間、見えない壁に阻まれ、リノアの体が吹っ飛んだ。
 床に叩きつけられ、呻くリノアの右腕が勝手に宙に伸ばされ・・・手に持っていたバングルが床に落ちた。体が宙に浮く。見えない何かに引っ張られているように・・・。全身を、息苦しいほどの圧力で締め付けられた。

 「うっ・・・」

 短い声をあげ、リノアの体がドサッと崩れ落ちた。
 魔女の床まで届く長い黒髪が、流れるような動作で収縮していく。顔の前を覆っていた仮面は、吸い込まれるように両サイドへ消え・・・美しくも恐ろしげな魔女の顔が顕になった。
 それと同時に倒れ込んだリノアがフラリと立ち上がる。
 魔女は両手を上げ、何かの魔法を使ったのだろう。扉に手をかざし、その扉をすり抜けると、虚ろな瞳のリノアがフラフラと魔女の後ろについて、外へ出た。
 そこに設けられていたのは、演説をするためのマイク。テラスにはデリング大統領の姿があった。

 「出てきたぜ」

 アーヴァインが魔女の姿を見つめつぶやき、その魔女の背後にいる、見覚えのある少女の姿に目を丸くした。

 「お、おい、あの子・・・」
 「リノア!? なんであんな所に・・・」

 の顔色がサッと変わるが、スコールは冷静さを保ったままだ。
 やがて、魔女が口を開く。観衆たちは異様な熱気である。

 「・・・臭い。・・・薄汚れた愚か者ども。古来より我々魔女は、幻想の中に生きてきた。お前たちが生み出した、愚かな幻想だ」

 魔女の冷たい声が響く。蔑まされているというのに、人々は歓喜の声をあげている。明らかにおかしい。

 「恐ろしげな衣装に身をまとい、残酷な儀式で善良な人間を呪い殺す魔女。無慈悲な魔法で緑の野を焼き払い、温かな故郷を凍てつかせる恐ろしい魔女。・・・くだらない」

 魔女の言葉に、デリングが訝しげな表情を浮かべる。これでは人々を不安に陥れるだけだ。だが、そもそも人々は魔女の言葉に心酔しきっているが・・・。

 「その幻想の中の恐ろしい魔女が、ガルバディアの味方になると知り、お前たちは安堵の吐息か? 幻想に幻想を重ねて夢を見ているのは誰だ?」

 つまり・・・これは、魔女の背後にいるデリングへ向けられた言葉だ。

 「イ、イデア・・・一体何を・・・。イデ・・・!」

 止めようと、魔女に近づいたデリングだが、魔女が手を伸ばし・・・魔法を宿したその腕でデリングの体を貫いた。

 「!!」

 その残酷な光景に、とアーヴァインは息を飲む。目の前で凄惨な光景を見せられたというのに、人々は声をあげるだけで、誰1人悲鳴をあげる者はいない。

 「おかしいわ、ここの人たち・・・あの魔女、何を・・・。それに、リノア・・・」

 リノアもまた、何一つ反応していない。虚ろな目で、どこか虚空を見つめていた。

 「現実は優しくない。現実はまったく優しくない。ならば、愚かな者、お前たち! こうするしかない。自らの幻想に逃げ込め! 私はその幻想の世界で、お前たちのために舞い続けよう! 私は恐怖をもたらす魔女として、未来永劫舞い続けよう!」

 両手を広げた魔女が声高々に告げる。スコールの周りの人々は、熱狂的な声をあげていた。魔女の魅了の力は、こんなにも多くの人々を惑わすのか・・・。

 「お前たちと私。共に創り出すファンタジー。その中では生も死も甘美な夢。魔女は幻想と共に永遠に! 魔女のしもげたるガルバディアも永遠に!」

 魔女の言葉に、人々が歓喜の声をあげた。魔女はそのまま壇上を下り、息絶えて倒れるデリングに目もくれず、部屋へと戻って行った。

 「魔女には生贄と残酷な儀式が必要らしい」

 イデアはつぶやき、何かの魔法を使う。すると、凱旋門の飾りのトカゲがイデアの魔力を受け、動き出した。2匹の魔物は一直線に大統領官邸のテラスへ飛び移った。

 「リノア!!」
 「やばいぞまずいぞなんとかするぞ! リノアを助けに行くだろ?」
 「まだパレードが始まらない。門が開かない」
 「マジかよ!? !!」

 冷たいスコールの言葉に、アーヴァインは救いを求めるようにへ視線を動かすが・・・。

 「・・・アーヴァイン、ここで騒ぎを起こしたら、パレードが中止になる可能性が・・・」
 「そんなこと言ってる場合かよ!?」

 アーヴァインが声を荒げ、スコールとに詰め寄る。

 「言っただろう。これは大切な任務だと」
 「でも、あんたらはリノアの雇ったSeeDだろ!?」
 「今のクライアントはガルバディア政府とガーデンだ。安心しろ。もうじき門が開く」

 あくまで冷静に言葉を吐き出すスコールに、アーヴァインは絶句する。SeeDというのは、人命よりも任務の方が大事らしい。

 「アーヴァイン、落ち着いて。リノアだって戦えないわけじゃない。それに賢い子よ。いざとなったら、逃げることだってするはず」
 「だけど・・・!」
 「大丈夫・・・。リノアは私が絶対に死なせない」

 強い口調と眼差しで、はそう言い放った。

***

 一方、カーウェイ邸・・・。
 応接間に見事閉じ込められたキスティスたちは、慌てて脱出経路を探していた。
 窓の外を見ると、鮮やかなライトが空を照らしている。

 「大変! もう始まったわ。早くここから出ないと」
 「窓を割って出られるんじゃないか?」
 「そんなことしてみなさい! SeeDともあろう者が罠に引っ掛かり、挙句の果てに窓を割って外へ出た・・・なんて、SeeDの評価が下がるじゃない」

 ゼルの提案にキスティスが答えれば、ゼルは「そ・・・そうか・・・」と肩を落とした。
 そして、セルフィといえば、キョロキョロとどこかにヒントはないかと、辺りを見回していて・・・。

 「スパイ映画で見たような仕掛けがあるのかな?」
 「あのクソインテリ親父めが」

 ゼルが舌打ちし、悪態をつく。カーウェイが聞いていたら大変だ。
 と、セルフィが壁に飾られていた絵を見て、首をかしげる。

 「なんか怪しくない? この絵」
 「こっちの石像も・・・怪しくないか?」

 セルフィが見ているのは、女性が両手にグラスを持った絵。少々、構図が変だ。ポージングが不自然である。そしてゼルの見ていた石像は、両手に何か持てるようなポージング。
 キスティスが棚からグラスを取り、それを石像の手に乗せると、カチリと音がし、隠し通路が現れた。

 「こ、こんなところに!」
 「行きましょう」
 「でも、どこに続いてるかわからないよ〜」
 「ここにいてもしょうがないぜ!」

 確かに、ゼルの言う通りだ。キスティスたちは、意を決し、隠し通路の奥へと進んで行った。

***

 大統領官邸の正門が開く。派手な衣装に身をまとったダンサーが踊りながら出て来る。巨大なパレードカーがその後に続く。パレードカーの上には、魔女イデアの姿。

 「さ、行こう! 助けに」
 「・・・・・・」
 「スコール・・・」

 アーヴァインの言葉に黙りこむスコール。は表情から見るに、アーヴァインに同意なのだろう。

 「悩むなよっ!! リノア、死んじゃうぞ!」

 アーヴァインが2人を置いて先に官邸へ走り出す。もそれに続き、スコールも渋々ついて行こうとした時だ・・・。
 パレードカーの上、イデアの前に、誰かいる。
 目をこらし、その人物を認めたスコールは、驚いた。
 自分とは非対称的な額の傷。ロングコートに金髪、ガンブレード・・・。
 そう、処刑されたはずのサイファー・アルマシーがそこにいた。

 「スコール! 早く!」

 の声に我に返る。官邸へと入りこんだ3人は、リノアが通った裏口を通って中に入り・・・魔女のいた部屋で、2匹のトカゲの魔物に襲われているリノアを発見した。

 「リノア!」

 刀を抜き、が魔物に斬りかかり、リノアから魔物を引き離す。
 と、魔物の中から何か別の意識が飛んでくることに気づく。よく知る気配だ。

 「スコール!」

 の言葉に、スコールは意図を汲み、魔物からG.F.をドローした。

 「2人とも、どいてっ!」

 アーヴァインが銃を構える。が慌ててその場を離れると、魔物に銃弾を撃ち込んだ。いつもの単発ではない。散弾銃のように、2匹の魔物に命中した。

 「リノア! 大丈夫!?」

 魔物を倒した3人は、倒れているリノアに駆け寄った。が肩に触れると、そっとリノアが目を開け、「・・・!」と抱きついてきた。

 「怖かった・・・。怖かったの、わたし、怖かったの」
 「大丈夫・・・あいつなら、もう倒したよ」
 「怖かったんだよ・・・。ほんとに、怖かったんだよ」

 震えるリノアの頭を、は優しく撫でてやった。

 「ダメだったの。1人じゃダメだったの。わたし、1人じゃ戦えなかったの」
 「うん・・・うん・・・リノアは慣れてないもんね」

 震えるリノアの姿を見つめ、スコールはため息をついた。

 「俺たちはもう行く。あんたはここで・・・」
 「リノア、大丈夫。今度は私が守るから。一緒に行こう?」

 スコールの言葉を遮るように、がそう告げた。リノアが顔を上げる。

 「さ、行こう」

 手を差し伸べたに、リノアはゆっくりとうなずき・・・そっとその小さな手を取った。