2.レジスタンス

Chapter:3

 結局、放送局に向かうのはスコールたち5人ということになった。
 今はローカル線が使えず、放送局に向かうには歩いていくしかない。場所は曖昧だが、ティンバーマニアックスという編集部の近くということだ。
 ティンバーの街中には、ガルバディア兵士たちの姿が多数見受けられた。騒ぎを起こしたくないというリノアの判断で、なるべく彼らの目につかないように移動をした。
 酒場にいた酔っぱらいに裏口への道を通してもらえば、放送局は目と鼻の先だ。
 階段を上ったところに、大きな画面が見える。

 「あ、街頭テレビだぜ!」

 それを見上げ、ゼルが声をあげる。画面には意味のわからない文字が並んでいる。まるでバグを起こしたパソコンのようだ。

 「これ、気持ち悪いよね? なんなの?」
 「このノイズがほとんどの周波地帯で流されているんだ。これをなんとかしないと電波放送なんてできないはずだ」
 「だよね〜。でも、大統領は何とかしようとしてるってことだよね〜」

 セルフィが首をかしげて「う〜ん・・・」と考え込むと、階段の下から聞きなれた声がした。

 「大統領がスタジオ入りしたッス。警備兵がものすごく増えてるから、もう突入は無理ッス!」

 ワッツの情報収集力は大したものだが・・・比べてリーダーときたら・・・。
 は先ほどのゾーンの情けない姿を思い出し、ハァ・・・とため息をついた。

 「突入は無理かぁ・・・。ね、作戦変更しよう! 大統領、帰っちゃえば警備の兵士、ほとんどいなくなるじゃない? だから、それからわたしたちの放送をするの。ちょっとインパクト減るけど仕方ないよね? まともに突入してもやられちゃうよね?」
 「俺たちのことは気にするな。俺たちはあんたの決定に従って、あんたの敵と戦う。それが俺たちの仕事なんだ」
 「クライアントの命令は絶対だからね。だから、リノアは気にせず、私たちに命令をして?」

 スコールとの言葉に、リノアが眉根を寄せる。

 「カッコわるぅ〜。決定に従う? クライアントの命令は絶対? それが仕事? 命令に従うだけなんて、と〜っても楽な人生よね」
 「なんとでも言えよ。あんたは俺たちを使って、最高の結果を出してくれればいい。あんたたちにできるとは思えないけどな」
 「な、なによ。何かあるなら言いなさいよ」

 棘のあるスコールの言葉に、リノアが声を荒げる。もちろん、言いたいことはあった。

 「あんたたちはどこまで本気なんだ? 3人で床に座って作戦会議? その作戦もすぐに変更だって? しかも、俺たちの意見がないと決められないんだろ? そんな組織に使われるこっちの身にもなってくれよ」
 「おい、スコール・・・! 言いすぎ・・・」

 止めようとしたゼルの腕を、が掴んで止める。視線を向ければ、黙って首を横に振った。
 現実を見せ付けるには、このくらい厳しい言葉も必要だ。

 「ごめんね、リノア。スコールの言葉は、きついかもしれない。だけど、私たちSeeDは傭兵の精鋭部隊なの。子供の遊びみたいに見えちゃうリノアの行動は、傭兵として育てられた私たちには、ちょっときついかな・・・?」
 「・・・な〜んか、なんか、わたし、勘違いしてた。SeeDが来てくれたら、何もかも上手くいくと思ってた。でも、そんなに簡単じゃないよね。みんなは雇われただけだもんね。仲間ってわけにはいかないよね」

 意気消沈した様子で、リノアが小さくつぶやく。一つ、フゥ・・・と息を吐き、顔をあげてスコールたちを見やった。

 「えっと、作戦は中止にします。一時解散にしましょう。まともに突入してもやられちゃうよね?」

 そう言うと、クルッとスコールたちに背中を向けた。なんだか、小さな肩がもっと小さく見えた。

 「あのね・・・やっぱり子供の遊びみたいに見えちゃう? でも、本気なんだよ。痛いくらい・・・本気なんだよ」

 そう言い残すと、リノアはもと来た道を戻り、階段を駆け下りていってしまった。

 「・・・ちょっと言い過ぎたかな?」
 「はそんなことないけど〜班長はきつかったかな〜」

 責めるようなセルフィの視線に、スコールは憮然とした表情だ。まあ、彼の言いたい気持ちもわからなくもないのだが・・・。
 と、街頭テレビの画面に白いノイズが走る。今まで走っていた赤い文字の羅列が消えたのだ。

 「あれ? 放送、始まるのかな〜?」

 セルフィの言葉に、4人は街頭テレビを見上げた。
 ノイズが数回走った後、映し出されたのは金髪にスーツを着た男性。映っていることを確認し、男は喜びの声をあげる。興奮しているようだ。何せ、17年ぶりの電波放送だ。無理もないだろう。

 《本日はガルバディアの輝ける星、ビンザー・デリング終身大統領による世界の皆さまへの報告を放送します。ではデリング終身大統領、どうぞ》

 男の紹介を受け、姿を見せたのは・・・先ほどのダミー大統領そっくりの男だ。なるほど。ダミー人形自体の出来は悪くなかったのか・・・と、はどうでもいいことを思った。

 《この電波を受け取っている世界の国民諸君。私、ガルバディア終身大統領ビンザー・デリングはここに提案する。世界中の全ての争いを終わらせる用意が我々にある》
 「やっぱり! 世界の皆さん、平和に暮らそう宣言なんだ!」

 デリングの言葉に、セルフィが明るい声をあげるが・・・今まで独裁者として、血も涙もない行為を行っていた男が、簡単に平和宣言などするだろうか・・・? 代償もなく、そんなことをするとは、には思えない。もちろん、デリングの言葉は続く。

 《しかし、遺憾ながら、我々ガルバディアと各国の間には解決を必要とする幾つかのささいな問題を解決するための対話を各国指導者とするつもりだ。その対話に私の代理として参加する大使を各国指導者および国民諸君に紹介したい》
 「お〜い! 大使を紹介するのに、この騒ぎかよ」

 ゼルの言葉はもっともだ。何とも大仰なことである。

 《彼女は魔女・・・》
 「・・・魔女?」

 と、スコールがその名をつぶやいた瞬間、映像が乱れた。見慣れた金髪の少年が、その場に割って入ったのだ。カメラが倒され、少年がデリングを羽交い絞めにする。

 「あ!」
 「サイファー!」

 セルフィとゼルが同時に声をあげる。
 そして、次いで映り込んだのは、オレンジの服に身をまとった美女・・・。

 「ああっ!」
 「キスティス先生!?」

 彼女はもう教師じゃないんだけどな・・・と、は冷静に突っ込みをいれるが、それどころではない。画面の向こうは一触即発だ。

 《むやみに近づかないで!》

 取り押さえようとしたガルバディア兵にキスティスが声を荒げる。

 「ど、どうするスコール!?」

 ゼルが困惑した表情で班長に指示を仰ぐが・・・スコールだって、どうしていいか判断に迷う。

 《彼を刺激するだけなのがわからないの!?》

 キスティスの声が辺りに広がる。スコールは目を閉じ、逡巡し、答えを口にした。

 「俺たちは森のフクロウの連中に雇われてるんだ。俺たちには問題ない」
 「これはキスティスたちの問題だものね。悪いけど・・・」

 冷酷な判断を下したスコールに、が同意するけれど・・・キスティスが画面のこちらを向いた。

 《ティンバー班、見てる? ここへ来てちょうだい! 許可は得ています! 手を貸して!》
 「はんちょ!」
 「スコール!?」

 そうとなれば、話は変わる。スコールたちは、急いで放送局へと乗り込んだ。

***

 スコールたちがその場に乗り込むと、サイファーはデリングの喉元にガンブレードを押し当て、キスティスと対峙していた。

 「彼の身柄を拘束します!」

 キスティスの指示に、スコールたちはうなずく。そのために手助けに来たのだ。

 「何してるんだ、あんた」
 「見りゃわかるだろうが! さあ、こいつをどうする計画なんだ?」
 「・・・計画?」

 なるほど・・・合点がいった。リノアと会ったとき、彼女は「サイファー知ってる?」と言った。シドを紹介してもらったのも、サイファーのおかげだと。リノアがデリング拉致作戦のことを話した可能性は十分にある。
 つまり・・・サイファーはリノアのために、こんなバカげた行為をやってのけたのだ。

 「わかったぜ!! お前はリノアの・・・」
 「チキン野郎! しゃべるんじゃねえ!」

 ここでリノアの名前を出せば、彼女の身が危険だ。サイファーが声を荒げるのは賢明な判断だ。

 「彼は懲罰室を脱走したの。何人にも怪我を負わせてね」
 「この・・・大馬鹿野郎!」

 怒りに我を忘れかけているゼルが、声をあげる。このままでは余計なことを言い出しかねないゼルに、スコールが冷たく「黙ってろ」と声をかけるが・・・。

 「先生、わかったぜ! このバカ野郎をガーデンに連れ戻すんだな!」
 「やめろ! 言うな!」
 「ゼルっ!!!」

 ゼルの言葉にスコールとが声をあげたが、遅かった。ハッキリと“ガーデン”の名前を出してしまった。
 そんなゼルの言葉に、デリングがニヤリと笑う。

 「なるほど・・・。君たちはガーデンの連中か。私の身に何かあったら、ガルバディア軍は総力を挙げてガーデンを潰しにかかるぞ。さあ、放してもらおうか」

 これを恐れていたのだ・・・最悪な状況となってしまった。
 ゼルは事の深刻さに気付き、顔を真っ青にさせている。そんなゼルにサイファーは小馬鹿にしたような笑みを浮かべた。

 「面倒なことになっちまったぜ。ん? 誰のせいだあ? 後始末は任せたぞ! 先生と班長さんよ!」

 そう言い放つと、サイファーがデリングを連れたまま、放送局の奥へ向かった。
 慌てて、スコールたちも追いかけるが、何か空気がおかしいことに気づく。息苦しいほどの圧迫感。そして・・・部屋の奥から姿を見せる、全身黒の服に身を包んだ妖艶な美女。
 その女が片手をあげると、スコールたちの体が動かなくなる。何かの魔法なのだろう。

 「可愛そうな少年・・・」

 女が呆然と立ち尽くすサイファーに近づく。腕の力が緩んだ瞬間に、デリングが脱兎のごとく逃げ出した。

 「俺に近づくな!」
 「混乱している可愛そうな少年。さあ、行くの? 退くの? お前は決めなくてはならない」
 「来るな!」

 一歩一歩近づく女に、サイファーは声をあげる。気味の悪い相手だ。

 「お前の中の少年は行けと命じている。お前の中の大人は退けと命じている。どちらが正しいのか、お前にはわからない。助けが欲しいでしょう? この窮地から救い出して欲しいでしょう?」
 「黙れ!」
 「助けを求めることは恥ではありません。お前はただの少年なのだから」
 「俺は・・・俺を少年と言うな」
 「もう少年ではいたくない?」
 「俺は少年じゃない!」
 「もう戻れない場所へ。さあ、少年時代に別れを」

 まるで洗脳するような口調で言い放つ女に、サイファーが歩み寄る。空間が歪み、ぽっかりと穴が開く。その中にサイファーと女が飲み込まれていった。
 その一部始終を、たちは身動き一つ取れずに見つめることしかできなかった。