1.ガーデンとSeeD
Chapter:6
「本当にこっちかい? ラグナさんよ」
聞こえてきた声に、ハッと意識が覚醒する。
だが・・・何か変だ。自分の意思とは関係なく、体が動く。
「またやっちゃったんじゃあ・・・」
『?』
先ほどまで電車の中にいたはずだ。それなのに・・・なぜ、森の中なのか。
いや、それ以前に、見知らぬ男が2人・・・傍にいる。
『? ゼル? セルフィ?』
声を発しているつもりだが、言葉にならない。それどころか、感覚がない。まるで自分を通して、別の誰かを見ているような・・・。
そうこうしているうちに、男たちは森を駆け抜け、軍用車両に乗って、その場を後にする。
向かった先は、華やかで大きな町・・・デリングシティと呼ばれる町だった。
その豪華なホテルに入り、向かうは地下のパブ。いつもの席に座ると、注文を取りに来た女性に「いつもの」と答える3人の男たち。
『なんだこれは・・・? 一体、何が起きてるんだ?』
「はぁ?」
突然、スコールの中の男が声をあげ、傍らにいた細身で色黒の男がこっちを見た。
「どうかしたのか?」
「あ・・・んと、なんだろうな?」
「もしかして・・・頭ん中、ザワザワするんじゃないのか?」
細身の男の向こうにいた、巨漢の男が声をかける。
「お、おう・・・お前らもか?」
「ティンバーあたりからなんだよなあ」
「私もだ・・・」
不思議そうに首をひねる巨漢の男に、細身の男もうなずいて同意した。
「俺ら、疲れてるな。うん、飲めば治る! 飲めば治るさ! ささ、キロス君、ウォード君、飲もう飲もう!」
『そんな簡単な言葉で済ませていいのか・・・?』
陽気な声をあげるラグナという男と・・・キロスとウォードという同行者。どれも見たことのない男たち。一体、自分の身に何が起きたというのか。
「ほら、ラグナ君、憧れのジュリアの登場だ」
「え・・・」
細身の男・・・キロスの言葉に、ラグナはステージに目を向ける。
赤い細身のドレスに身をまとった、美しい女性がピアノの前に座り、おもむろに演奏を始めた。
「今夜こそ行ってみようか」
「ほら、行けよ」
グイグイとラグナの背中を押す2人に、ラグナは顔を真っ赤に染める。
「何言ってんだよ、ジュリアは仕事中だぜ」
「君は期待を裏切らない男だ。さあ、ステージへ行きアピールしてくるのだ」
「バカバカしい」
そう言いつつも、なぜか立ちあがるラグナ。足はステージの方へ向いている。
「などと言いつつ、立ちあがるラグナ君であった」
ウォードの言葉を背に、ラグナがステージ上の美しいピアニストに近づいて行く。ジュリアはラグナの姿を気にもとめずに、細い指で鍵盤を叩いている。
『ああ、ジュリアがこんなに近くに・・・』
『本当にやるのか・・・』
『・・・まずい。あ、足がつりそうだ・・・ああっ・・・』
『情けない・・・』
緊張からか、足をつってしまったラグナは、そのままへこへことキロスたちのもとへ戻って行った。恥ずかしいことこの上ない。スコールは頭を抱えたくなってしまった。もちろん、そんなことはできない。
席に戻ったラグナに称賛の言葉と辛辣な言葉がかけられる。だが、ラグナはそんなことを気にしていない。間近で見たジュリアの美しさに心酔しきっているのだ。
「うおっ・・・」
突然、ウォードが声をあげ、キロスも目を丸くすると、そそくさと立ちあがった。
「ラグナ君、私たちはこれで失礼する」
「な、なんだよ! もう少しいいだろ?」
「ここはボクたちのおごりだ。ゆっくりしていきたまえ、ラグナ君」
そう言い、ウォードがポンとラグナの肩を叩き、その場を離れる。首をかしげるラグナの背に、澄んだ綺麗な声が聞こえてきた。
「座っていい?」
「あ」
振り返り、言葉を失う。思わず、顎が外れそうなくらい、大きく口を開けていた。
「邪魔しちゃったかな?」
「ぜ、ぜぜん。ど、どぞう」
必死に言葉を返しながらも、ラグナの頭の中はパニック状態だ。
『まいったぜジュリアだぜ本物だぜどうするよキロスウォード助けてくれよ何話したらいいんだよでもきれいだいいにおい』
一気に頭の中でまくしたてるラグナに、スコールは呆れる。こいつ、何も考えていないのか・・・?と。
そんなラグナに微笑みかけ、ジュリアが優しくラグナの足を気遣う。緊張するといつもこうだ、と答えると、ジュリアは微笑みを濃くした。
「緊張してるの?」
「そりゃもう。今だってさ・・・」
「リラックスしてよ。私のせいで人が緊張するのって困っちゃうなあ」
「あ、ごめん・・・」
頭を掻き、照れくさそうなラグナの態度に、ジュリアはクスッと笑い、一つの提案をする。小声で、ラグナに話しかけた。
「ねえ、ここだとみんなが聞き耳立てて、話しづらいから、私の部屋に来ない?」
「え!?」
「もっとあなたとお話したいと思ったから・・・いや?」
「そんなバカな!」
思わず大声をあげてしまい、ジュリアが「シーッ」と口に指を当てた。
「じゃあ、先に行って待ってる。部屋は・・・フロントで聞いてね」
そう言うと、ジュリアは立ちあがり、ラグナの傍を離れ、階段を上がって行った。
1人残されたラグナは、再び頭の中で色々と考え始める。
『オレ、夢見てるのか?』
『これは夢だ・・・そう思うのが一番楽だ・・・』
ラグナの思考に、スコールの言葉がかぶさる。
『いや、これは夢じゃない!』
『・・・夢にしてはなんか変だ』
『ジュリアがオレと話したいだと』
『・・・こいつの頭の中・・・うるさいな』
『しかも2人きりだってよ。どうするどうするラグナさんよ』
『勝手にしてくれ』
『・・・オレはいつも自分のことばかりしゃべって失敗するんだ。ずっとそうだった。よし、今日はジュリアの話をじっくり聞くぞ。大人のみりきってやつで、ジュリアの悩みにこたえてやるか!』
『・・・みりき?』
頭の中で漫才をしているような気分になるが、ラグナはいたって真剣だし、スコールの言葉はラグナに届いていないのだ。
バーを出て、フロントに行くも、緊張からか「ジュ、ジュ、ジュ・・・」という言葉しか出てこない。だが、フロントは何が言いたいのかを理解してくれたようで、ジュリアの部屋へと案内してくれた。
「来てくれてありがとう」
妖艶な笑みで、ジュリアがラグナを迎え入れる。しかし、緊張したラグナは部屋の中をウロウロした後、部屋のドアへと歩いていってしまう。
「もう帰っちゃうの? 全然お話してないわ」
「いや、そういうわけじゃないんだ。オレ、あんたのファンだから、やっぱりなんちゅうか緊張しちゃって」
「何度もピアノ聴きに来てくれたもんね」
「あんた、オレのこと見てたのか?」
「いつもニコニコしながら私のこと見てたでしょ。あの目、好きよ。今は怯えた目をしてるけど、取って食べたりしないから安心して。ねえ、何か飲みましょうよ。お酒でいいかな?」
まるで夢のような時間だった。お酒を飲み、ラグナは・・・いつもの調子で一方的にしゃべりまくり、ジュリアは完全に聞き役だ。だが、それでもジュリアは楽しそうだった。各地を回るラグナの話や、キロスとウォードの話が面白いのだろう。
先ほどまでの緊張がまるでウソのようで、ラグナの中のスコールもあ然としてしまうほどだった。
「やば・・・なんかオレばっかりしゃべってる」
ようやく、そのことに気付いたのか、ラグナがポリポリと頭を掻いた。
「な、あんたも話せよ。たとえば・・・夢とか、あるんだろ?」
「私は・・・歌いたいの。ピアノだけじゃなくて歌いたい」
「あ、聴きたいな、それ」
「ダメなの。歌詞、作れなくて」
「そうか・・・大変なんだろうな」
ラグナには、到底わからない悩みだが・・・ジュリアが困っているのは、目に見えてわかった。
だが、ジュリアがラグナを見上げ、微笑んだ。
「でも、もう大丈夫。あなたのおかげで詞が出来そう」
「オレのおかげ?」
「そう・・・。あなたが見せてくれた、たくさんの顔、傷ついたり、悩んだり・・・つらいことを包んでくれるようなそういう微笑み・・・顔・・・目・・・。あなたがヒントをくれたの。きっといい歌ができると思うわ」
「すげえ・・・夢みたいだ・・・」
呆然とした様子でつぶやくラグナの手を、ジュリアがつねった。途端、ラグナが小さく「イテッ」と声をあげる。
「夢じゃない、でしょ?」
フフ・・・と微笑むジュリアに、ラグナも頭を掻いて困ったように笑った。
「ラグナ! 新しい命令だ! 大統領官邸前集合、急げ!」
廊下から、キロスの声が聞こえてきたのは、その直後だった。
名残惜しそうにジュリアとラグナは顔を見合わせる。
「また会える?」
「もちろん。歌、聴きに来なくちゃ」
ジュリアがうれしそうに微笑む。ラグナもニッカリ笑い・・・ジュリアの笑顔が薄れて行った。
***
「スコール・・・? 大丈夫??」
聞こえてきた声に、ハッと目を覚ました。ガバッと起き上がれば、ソファの上で、が顔を覗きこんできた。
「俺たち・・・みんなで眠ってたのか?」
「みんな、っていうか・・・私以外、ね。安心して、催眠ガスじゃないみたいよ。でも、念のため、用心した方がいいわ」
「そうだな、SeeDが動くと困る奴ら多いぜ」
とゼルの言葉に、スコールはうなずきベッドの方へ目を向ける。そこにいたセルフィと目が合うと、彼女はニッコリ笑ってくれた。
「みんな、無事でよかったね〜。あたしは楽しい夢を見てたんだ〜。あ、がスコールをソファに運んでくれたんだよ、お礼言ってね」
「・・・ああ、ありがとう・・・」
「いいえ、どういたしまして〜。セルフィに比べると、そうとう重かったけど、力仕事もSeeDのうちですからね〜」
どこか棘のある言い方だが、仕方ないだろう。気を失った男性を運ぶのは、かなりの重労働だ。
「でも、ラグナ様、カッコ良かったな〜」
「オレの夢にもラグナって出てきたぞ! ガルバディアの兵士だろ?」
「ラグナとキロスとウォード」
スコールのつぶやいた名前に、ゼルとセルフィが同時に「それ!」と声をあげた。取り残されたは、目をパチクリさせる。
「どういうことだ・・・」
「えっと〜考えてもわかんないよ〜。それより初任務、張り切って行こう!」
セルフィの言葉に、確かにそうだな・・・と思う。こんな不思議な現象は、普通ではありえない。考えてもムダだろう。
「この件は保留にしよう。ガーデンに帰ってから学園長に報告する」
「そうね。私が夢を見なかったのも不思議だし・・・何か不気味ね」
でも考えても仕方ないよね、とが微笑んだ。
「さて・・・そんなことより、ティンバーに到着すれば、とうとう皆さんの初任務ですよ! G.F.のジャンクション等、怠りのないようにね!」
「りょ〜かい!」
「了解!」
「・・・了解」
これでは、誰が班長なのかわからないが・・・の先輩としての力量は、確かにこの新米SeeDにとって、大きな存在となるだろう。
『・・・ラグナとキロスとウォード・・・ガルバディア兵、か』
ソファに座り、は1人思案する。これから向かう先は、ガルバディアに抵抗するレジスタンス集団のいるティンバーだ。
『何か意味がある・・・のかな?』
後輩たちの体験した不思議な現象に、は首をかしげるのだった。