1.ガーデンとSeeD

Chapter:1

 風が花弁を巻き上げる。風に乗って、色とりどりの花弁が宙を踊った。
 そっと、それに差し出される華奢な手。花弁を掴み、そっと手をほどけばそこから放たれたのは、白い蝶。蝶は静かに空を舞い・・・そのまま見えなくなった。

 『・・・あんな風に、消えて見えなくなっちゃうのかな?』

 いつか私も・・・誰の記憶にも残らず・・・忘れ去られてしまうのかな・・・。

 ─── ここで、待ってるよ。ずっと

 温かい声。棘など微塵も感じさせない、優しい声音だ。

 ─── ここで待ってるから、だから・・・必ず、会おう?

 うん、とうなずいた。胸元に手をやれば、カチャリと硬い感触。それが勇気を与えてくれた。

 『私も・・・待ってるよ・・・。       』

***

 スッと顔を上げる。目の前にやって来たのは数人に武装集団。少女は左手に愛刀を持ち、立ちはだかる。少女の姿に気がついた集団が、目を丸くした。

 「申し訳ありませんが、ここから先へは通せません」

 その言葉に、襲いかかって来る武装集団。少女は刀を抜き、身構える。
 研ぎ澄まされた刀身がギラリ・・・銀色に光る。少女が刀を薙げば、血飛沫が上がり、人が倒れて行く。

 「・・・ファイラ!!」

 手に入れたばかりの疑似魔法は強力なものだった。撃てるのはあと2発。
 だが、その2発は撃たずにすんだ。刀だけで勝負がついたのだ。
 刀身についた血を払い、鞘へと戻す。フゥ・・・とため息をつき、少女は腰まで伸びた金色の髪を手で払った。
 与えられた任務は完了だ。この後、クライアントに結果を報告し、速やかに帰国する。
 ガーデン・・・バラム・ガーデンへ。
 少女はガーデンという教育機関に所属する“SeeD”と呼ばれる傭兵だ。様々な戦闘訓練を受けた、エキスパート。まだ年若い少年少女だが、その戦闘能力は飛びぬけて高い。SeeDになれるのは、エリート中のエリートだけなのだ。
 バラムに戻る電車の中で、移ろう景色に目を奪われる。賑やかな子供の声が部屋の外から聞こえてきて・・・うつらうつらとしてしまう。

 小さな女の子の夢を見た。「パパ・・・ママ・・・」と、どこかの施設の入り口にうずくまり、両親を求める女の子。なぜだろう・・・とても心を引かれる光景だ・・・。
 フッと意識が浮上する。目を開ければ、先ほどまで見ていた光景。バラムへ向かう電車の中。

 「・・・あれ?」

 首をかしげる。先ほど、夢を見たような気がするが、内容が思い出せない。何か、ひどく心に引っかかる内容だった気がするのだが・・・。

 「気のせい?」

 どんなに思い出そうとしても思い出せない。これ以上、考えても時間の無駄だ。フゥ・・・とため息をつき、先ほど見た夢のことは忘れてしまおうと決めた。
 窓の外を見れば、見慣れた景色が見えてきた。バラムは近い。ガーデンに戻ったら、少しは体を休めることができるだろうか?
 バラムで電車を下り、大きく伸びをする。

 「さて・・・帰りますか」

 1人でいると、どうしても独り言が多くなる。今回の任務は単独行動だったが、他のSeeDと一緒に仕事をすることもある。即席のパーティでチームワークを図るのも、SeeDとして必要なことだ。
 バラムを出れば、そこは魔物たちの巣食う場所となる。フゥ・・・と息を吐き出し、辺りに目を向ける。魔物の姿はない。
 できれば無駄な戦闘はしたくない。魔物の気配がしないうちに、ガーデンへ急いだ。やがて見えて来るガーデンの正門。
 この正門を初めてくぐったのは、いつだったか・・・すでに覚えていない。ガーデンに来てから、覚えることは膨大だったため、些細な出来事は頭から追いやられてしまったのだろう。それを寂しいとは思わない。過去にすがって生きようとは思わないからだ。
 とりあえず、学園長に任務の完了を報告し、報告書を上げて・・・それからシャワーを浴びてようやく一休みできるだろう。
 だが、タイミングが悪ければ、息つく暇もなく、次の任務が待っている場合もある。そうならないことを祈るばかりだが・・・。

 「・・・!」

 名前を呼ばれ、足を止める。声のした方を見れば、SeeDの制服に身を包んだ、美女が歩み寄って来た。
 長い金髪を一つに結い上げ、メガネをかけた理知的な美女。若干15歳でSeeDになり、1年前に教員免許も取得した、キスティス・トゥリープだった。

 「おかえりなさい、。今回も迅速な対応だったわね。もっとかかるかと思ってたわ」
 「向こうが痺れを切らせて襲いかかって来てくれたからね。手間が省けたのよ」

 サラリ・・・腰まで届く金髪を揺らし、微笑む。

 「これから学園長に報告に行くの。ねえ、キスティス、時間があったら、一緒にお茶でもしない?」
 「ええ、いいわよ。報告が済んで、一息ついたら声をかけてちょうだい」
 「ありがとう」

 手を振り、友人の傍を離れる。エレベーターで3階に上がり、学園長室へ。

 「やあ、・・・おかえりなさい」
 「ただいま戻りました、シド学園長」

 敬礼をし、学園長に挨拶をし、任務完了の報告をする。
 シド・クレイマーは温和な笑みを浮かべながら「ご苦労様でした」と告げる。報告を済ませ、学園長室を出ようとしたその背中に、シドが「」と声をかけた。

 「はい」
 「近々、SeeDの実地試験を行う予定です。あなたには、正SeeDとして、参加をしてもらいたいと思います」
 「・・・はい、わかりました」

 毎年春に行われるSeeDの実地試験。もうそんな季節か・・・と思わされた。
 ガーデンでは年に一度、SeeDの試験が行われる。候補生は筆記試験と課題をこなし、それから戦場にて実地試験を受ける。その試験を全てパスした者のみが、最強の傭兵SeeDとして認められるのだ。
 学園長室を出て、エレベーターで1階へ。ガーデンの奥にある学生寮へ向かった。自宅から通うガーデン生もいるが、ガーデン生には孤児が多い。そんな彼らのため、また学業に専念するために家を出た生徒たちのための学生寮だ。
 一般のガーデン生は2人で一部屋だが、SeeDは個室を宛がわれる。自室に入り、荷物を置き、ベッドに腰を下ろしてようやく一息ついた。

 「・・・フゥ」

 SeeDといえど、生身の人間だ。疲労もたまる。それでなくとも、今回は単身での任務で、気の置ける時間など持てなかった。疲労はいつも以上だった。
 だが、あまりゆっくりしている時間もない。報告書をまとめ、そして次は近々行われるというSeeD実地試験について、情報を頭に入れておかなくてはならないのだ。
 まずはシャワーを浴び、汗を流すと、小腹の空いたお腹を満たすため、食堂へ向かう。その途中で、そういえば・・・と思い出し、方向転換。

 「キスティス」
 「あら、。時間が出来た?」
 「うん」

 教室で仕事をしていたキスティスのもとへ向かえば、笑顔で声をかけてくれた。先ほど、約束したとおり、一緒にお茶をしようと思ったのだ。

***

 は18歳の現役SeeDだ。17歳の時に、SeeDの試験に合格し、まだ1年しか経過していないが、実績はいくつもあげている。
 チームとしても協調性があり、リーダーシップも取れる指導力がある。また個人としても、それだけの実力を持っているため、安心して任務を任せられた。
 愛用の武器は刀だ。普通の両刃の剣と違い、片刃の武器は、扱いが難しく、使用者はほとんどいない。ガンブレードと同じく、貴重な武器だった。
 腰まで届く長い金髪は絹糸のように滑らかで、大きな澄んだ赤紫の瞳は見る者を魅了する。
 そんな彼女が、同じく見目麗しいキスティス・トゥリープと一緒にいれば、当然ながら人目を引いてしまうのだった。

 「それで? 今回のSeeD試験、何か面白そうなことはある?」

 昼食を済ませていなかったので、は食事を取りながら、キスティスはコーヒーを飲みながら、他愛のない話をしていたのだが、フト、は気になって尋ねてみた。

 「そうね・・・今年は興味のある人物が受験するのよね」
 「へぇ〜・・・? そういえば、毎回受験してる候補生君は? 風紀委員の・・・サイファーだっけ?」
 「ええ、彼も受験するわ。筆記試験は終了してるから、あとは課題を受けて、実地試験ね」
 「それで? 興味のある人物って? サイファーじゃないんでしょ?」

 の問いかけに、キスティスがうなずく。

 「そのサイファーの天敵よ」
 「あ〜・・・スコール・レオンハート君ね」

 食後のアイスティーを飲みながら、が思い出したかのようにうなずきながら、その名前を出す。

 「サイファーとスコールが同じ班にならないことを願うばかりね」
 「そうね・・・。まあ、2人とも優秀な戦士ではあるんだけどね・・・」

 果たして、あの2人に協調性はあるのだろうか? とくにサイファーはSeeD資格を得た15歳から毎年のように受験をしているのだが・・・結果は、ご覧のとおりである。

 「その問題児君、興味あるなぁ・・・私」
 「ええ? 結構大変よ、手がかかって」
 「だからいいんじゃない」

 クスッと笑うに、キスティスは呆れたような表情を浮かべた。

 「あなたが好奇心旺盛なのは、知ってるつもりだけど・・・まさか、サイファーとスコールにまで興味を持つとは思わなかったわ」
 「今度の実地試験が楽しみだわ。2人とも、どんな成果を見せてくれるのか、ね」

 の言葉に、キスティスは「やれやれ・・・」といった調子で肩をすくめたのだった。