思えば・・・ずっと過去に捉われたままだったんだ・・・。
 あの日の、あの光景は、今でも忘れることはできないし、忘れてはいけないことだと思う。
 だけど・・・今は、あの頃よりもずっと真っ直ぐに前を見ることができるようになってる。

 人間関係(人づきあい)の何たるかを、君に教えてもらったような気がする・・・。

SOUL LOVE

 
「う〜ん・・・」と大きく伸びをして、再びパソコンに向かう少女。
 それを視界の端に収めつつ、シンは目を通していた雑誌から顔をあげた。

 「・・・そろそろ休憩にしたら?」
 「うん、でももうちょっとだから。終わらせちゃう」
 「何をそんなに一生懸命作ってるわけ?」
 「艦長に提出する書類よ。今までのインパルスやセイバーの戦いを、私の目から見たもの」
 「オレや・・・あの人の・・・?」
 「ア・ス・ラ・ン
!! もう、何度言えば名前で呼んでくれるわけ?」

 まるで自分のことのように、必死になってそう告げる
 別に、人が他人をどう呼ぼうが勝手じゃないか・・・そう言いたげなシンの瞳に、はため息をつく。

 「あのね・・・アスランは私の自慢の幼なじみなのよ? その幼なじみが、部下に冷たい態度取られてみなさいよ。面白くないに決まってるでしょ」
 「・・・オレだって、面白くない」
 「は?」
 「そんな風に、あの人を庇うなんか、見てて面白くない・・・」
 「シン・・・」

 まるで子供のように拗ね、頬を膨らませるシンの姿に、は呆れたような表情を浮かべ・・・クスクスと笑い出す。

 「何がおかしいわけ?」
 「だって・・・シン、子供みたい・・・。アスランにヤキモチ妬いてるのぉ〜?」

 おっかし〜とケタケタ笑うの腕を、シンがグイッと引き寄せる。
 「うわっ!」と声をあげるを無視し、シンはその両手にの小さな体を閉じ込めた。

 「子供扱いするな、って言ってるだろ」
 「だって・・・」
 「オレだって、もう立派な“大人”なんだぞ。一人で生きていけるし」
 「そうやって“大人”を主張するとこが、子供なんだってば」
 「・・・言ったな」

 怒ったような声音のシン。腕に抱きしめていたの肩を離し、その漆黒の瞳を見つめる。
 首をかしげるに構わず、そっと彼女の口唇にキスを落とし・・・そのまま呼吸を奪う深いキスを与えた。
 しばらくの間、そうして何度も角度を変えてキスを交わし・・・ようやくシンから口唇を離す。
 今まで二人が繋がっていたことを示すかのように、口唇を銀の糸が繋いだ。

 「これが子供じゃないっていう証拠」
 「・・・バカ」

 いたずらっぽく笑い、シンがつぶやくと、が照れたように小さく返した。

 「どうせオレはバカですよ・・・」
 「ホントにもう・・・シンってば・・・いきなりなんだから・・・」

 ぶつくさと文句を吐き出すの背中を、シンは見つめる。

 「でもね・・・」
 「ん?」
 「私は・・・シンのことが、大好きよ?」

 それは反則だ・・・とシンは思う。
 そんな笑顔を見せられては、ドキッとしてしまうではないか。
 あの時・・・彼女の泣き顔を見つけてしまい、胸が高鳴ったことを、今でも思い出せる。
 不意に見せる笑顔・・・そんな彼女の笑顔に、心を奪われてしまった。
 心が触れ合って、生まれてきた愛に戸惑って・・・最初はなんだかわからなかったこの胸の高鳴りが、“恋”なんだということを知った。
 それからは・・・ずっと彼女を想ってる。心の底から、彼女のことを愛しいと思っている。
 そんなシンの気持ちなど、は知る由もないだろうが・・・。

 「あ! そうだぁ〜
!!

 突然、が声をあげ、席を立った。
 シンはビックリしながらも「何?」と声をかける。

 「さっきアスランに呼ばれてたんだった! ごめんね、シン・・・。ちょっとアスランの部屋に・・・」

 部屋を出て行こうとしたの手首を、シンはグッと掴んで引き止めた。
 途端に、が驚いた表情を浮かべ・・・。

 「シン? どうしたの
?? 手、放して」
 「ヤダ」
 「何言って・・・」
 「さっきのの質問に答えるよ。オレ・・・アスランに嫉妬してる」
 「えっ・・・」

 初めて“アスラン”と名前を口にしてくれたシン。だが、今はそれよりも・・・シンの言葉の方に戸惑ってしまう。

 「シ・・・シン・・・
!!
 「行かないでよ。アスランのとこなんかにさ」
 「でも・・・大切な話があるって・・・」
 「
!!

 アスランの“大切な話”・・・それはまさか・・・。

 『愛の告白なんじゃないのか
!?

 そう思い込むと、もはや他の考えなどできるわけもなく・・・。
 シンは掴んでいたの手首を少々強引に引き寄せると、そのままベッドの上に自分の体もろとも倒れこんだ。

 「きゃあっ
!!!

 バフッ・・・という音と共に、とシンの体がベッドに沈む。
 腰に回されたシンの腕に、は顔を赤らめながらも、慌てて上体を起こそうと試みる。
 だが、キッチリと腰を抱きすくめられ、その上挟み込むような形で足までもを取られ、体を動かすことすらままならない。

 「シ・・・シンっ! ちょっと、冗談やめてっ! 放してよっ
!!!
 「いいじゃん・・・アスランのことなんか・・・。オレの方が、のことを、魂までも愛してるし」
 「何わけのわかんないこと言ってんのっ!! すぐ戻るから・・・早く放して・・・」
 「ヤダ・・・」
 「シンっ
!!!

 声を荒げるに構わず、シンはギュッとの体を抱きしめる。

 「・・・、柔らかい」
 「っ
!!!!

 耳元で囁かれ、はギュッと目を閉じる。
 ホントにこのまま、どうにかされてしまうんじゃないか・・・と緊張に体を強張らせていると・・・微かにシンの寝息が聞こえてきた。

 「・・・? シン?」

 そっと身じろぎし、なんとか体の向きを変えると・・・長い睫を伏せ、小さな寝息を立てるシンの姿がそこにあった。

 「もしかして・・・寝ちゃったの・・・?」

 安心したように眠りこける少年の姿に、はクスッと微笑んだ。

 「もう・・・やっぱり子供なんじゃない・・・。しょうがないなぁ・・・」

 心の中で、アスランに謝罪し、はそっとシンの胸に頬を寄せ、目を閉じた。
 ここのところ、気の張り詰めることばかりで、ゆっくりと睡眠を取ることも難しかった。それならば、こうして休めるうちに休んでおくのも、軍人として大切なこと。
 微かに聞こえるシンの胸の鼓動に、は次第に眠りに落ちていった。


 「・・・いつまで経っても来ないから、どうしてるのかと思えば」

 それから数分後・・・呆れた表情でベッドの上の二人を見つめる影一つ。
 藍色の髪を揺らし、少年は踵を返し、部屋を出て行く。

 「添い寝か・・・シンめ、この代償は高くつくからな・・・」

 少女の幼なじみである少年・アスランは恨みのこもった声音でそうつぶやいたのだった。