「・・・顔が怖いぞ・・・」
 「うるさいわねっ・・・ほっといてよ」
 「まったく・・・キラほどわかりやすいヤツはいないと思ったが、おまえもずい分とわかりやすいな」
 「ほっといてって言ってるでしょっ!!!」

 バン!!!と思いっきりテーブルを叩き、立ち上がると、食堂にいた一同の視線が一気にこっちに向けられた。
 あまりの恥ずかしさに、少女は「あ・・・」と小さくつぶやいた後、ストンと再び腰を下ろした。

 「、悪いことは言わない」
 「なぁに? アスラン」
 「シンはやめて、オレにしとけ」
 「おせっかいな忠告、ありがとう・・・アスランっ」


心音のスピードで

 ザフトのエリートで、最新機体であるインパルスのパイロットでもあるシン・アスカ。
 性格に少々問題点があるものの、優しいし、頭もいいし、それに加えて顔もいい。そんな人物であれば、少女たちの視線は自然と集まってしまうもの。
 この最新鋭艦ミネルバの若いクルーたちの視線は、やはりそのシン・アスカという少年に集中していた。
 同じく、ザクファントムのパイロットであるレイ・ザ・バレルもシン・アスカ同様に人気があるのだが、彼はシンとは違い“美形”の類に入り、“童顔”であるシンは、どちらかというと、年上の女性に人気があった。
 そして、ここにも一人・・・シン・アスカよりも一年だけ先に生まれた少女が、彼に恋焦がれていたのである。

 「わからんな・・・どうしておまえってヤツは、ことごとく“童顔”に惹かれるんだ? キラといい、シンといい・・・間違いなく童顔好みだろ?」
 「えぇ、アスランさんの言うとおりですわ。わたくし、童顔の方が好みですの」
 「・・・なぜラクスの口真似をする・・・?」
 「うっさい幼なじみを黙らせるためよっ!!」
 「オレは、どっちかと言えばシンよりもレイの方がいいと思うぞ? 冷静沈着で、言うこともちゃんと聞くしな。上官としては、レイの方が扱いやすい」
 「そういう問題じゃないでしょ」

 その“扱いやすい”レイが、アスランに対して静かに牙を剥くのは、もう少し先のこと。
 そんなことを、アスランは知る由もないが・・・。

 「ちなみに、オレはいつでもの愛を受け入れる準備は整っているからな」
 「そんなこと、間違いなくありえないから。アスランに思いを寄せるなんて、カガリがユウナと結婚するくらいにありえないから」

 肩を抱き寄せようとしたアスランの手を、はめいっぱいにつねってみせた。

 「冷たいな・・・。オレとおまえは幼なじみだぞ? 小さい頃は、一緒に寝たり、お風呂に入ったり・・・」
 「わ〜わ〜わ〜っ!!!! 余計なこと言わないでよっ! アスランっ!!!」

 余計な部分を強調するアスランの口を塞ぎ、は慌てて大声で叫んだ。

 「まったく・・・相変わらずやかましい人たちね・・・。ねぇ、シン?」

 聞こえてきた女の声に、はバッと振り返った。
 そこに立っていたのは胸下まで伸びた褐色の髪を緩くウェーブさせた女性と、漆黒の髪をした少年だった。
 女の腕は、少年の腕に絡み、勝ち誇ったような表情を女は浮かべている。
 そんな二人の様子にムッとしつつも、はフンッとそっぽを向き、知らないフリをした。

 「ここ、いいかしら?」
 「あぁ・・・かまわないが」

 わざとらしく、アスランとの隣に、二人並んで座る。
 視界の端に入ったシンの表情は、どちらかというと暗く落ち込んでいるようだ。

 「シン・・・? どうしたの? なんか、元気ない顔してる」
 「えっ・・・??」

 が見かねて声をかけると、途端にシンが弾かれたように顔をあげ、を見つめてくる。
 バチッと視線が重なり、その真紅の瞳に見つめられ、は頬を紅くする。だが、当のシンはそのことに気づいていないようだ。

 「いや・・・別に・・・」
 「そう? 最近、戦闘続いてるもんね。パイロットにとっては、精神休養も必要よ? 何かストレス溜まったりしてたら、言ってね? いい解消法知ってるから♪」
 「・・・どんなの?」
 「それはね、ここにいる青髪のムカつくフェイスをボコボコに叩きのめすっていう・・・」
 「遠慮しとく」

 笑顔でサラッととんでもないことを言ってのけたに、シンは冷や汗をたらし、アスランは「ちょっと待て、こら!」と怒鳴ってみせた。

 「ね〜え〜・・・? ザラ隊長と隊長って、やっぱり恋人同士なんでしょ?」
 「「は??」」
 「え、違うの??」

 シンの隣にいる女が、上目遣いに二人を見やり、とんでもないことを尋ねてくる。
 そんな女の言葉に、は思いっきり眉間に皺を寄せ、アスランはパアァァァと顔を輝かせた。

 「そうか、そうか・・・! アミィ! オレたち、やっぱりそう見えるよな!?」
 「うん。あ、でも・・・って、あの伝説のフリーダムのパイロットと恋人同士だったって聞いたけど?」
 「いや、そんなことはない! というか、キラとは、もう終わってるし・・・」
 「ちょっと! アスランっ!!! なんで貴方がそんなこと言うのよっ!」
 「事実だろう?」
 「確かに、私とキラは終わったかもしれないけど・・・!!」

 とアスランが口論を開始し始めると、突然ガタッと大きな音がし、二人は驚いて声のした方を見た。

 「シン・・・?」
 「食欲失せた・・・。オレ、部屋に帰る」
 「えぇ〜!! シン、ちょっと待ってよぉ〜!!!」
 「ついて来るなよ、アミィ・・・。疲れたから、寝る」
 「シン〜・・・!!!」

 冷たく突っぱね、シンはそのまま食堂を出て行く。
 は、そんなシンの背中を見つめ・・・意を決して立ち上がる。

 「・・・?」
 「アスラン、悪いけど・・・私、あきらめないからね」
 「往生際の悪い女だな」
 「あんたこそ、往生際の悪い男よねっ!!!」
 「ちょっと、あんた・・・ついて来るなってシンが・・・」

 抗議の声をあげるアミィを、はギロッと睨みつけ、ウッ・・・と言葉を詰まらせたアミィを一瞥し、シンの後を追って食堂を出た。
 すぐに追ったはずなのに、すでにシンの姿はなく・・・は迷うことなくシンの部屋へと向かう。
 だが、その途中でシンの後ろ姿を見つけることができた。
 が・・・。

 「好きなんです・・・!!」

 シンの背中で見えなかった向こうには、の知らない女の子の姿。

 「アスカ君のこと・・・ずっと好きで・・・いつもいつも、ミネルバのために、戦ってくれてて・・・」
 「・・・・・・」
 「ホントに、好きなんですっ!!」

 次に彼女がした行動を、夢だと思いたかった。
 グッと背伸びをし、シンの唇にキスをした少女・・・は思わず口に手をやり、慌ててその場を走り去る。

 「・・・っ!!?」

 なぜか、背後で自分を呼ぶシンの声を聞いたような気がして・・・はギュッと拳を握り締めた。

***

 「ハァ・・・ハァ・・・ハァ・・・」

 荒い息を肩でし、は部屋のドアを背にもたれかかった。
 薄暗い部屋の中で、は声を押し殺して泣いた。
 たまらなく胸が苦しい・・・。どうして、あんな場面を見てしまったのだろうか・・・? どうして、こんなにもシンを好きになってしまったのだろうか・・・?

 「バカだね・・・私・・・幸せな夢なんて、見られるわけないじゃん・・・」

 幸せになんて、なれるはずがない。たくさんの人の命を奪ってきた自分が、幸せになる権利なんて、ないのだ。

 「でもさ・・・見守るくらい、させてくれてもいいじゃない・・・神様のイジワル・・・」

 膝を抱え、その膝の間に顔を埋め、嗚咽を漏らす。
 このまま威勢よく泣いてしまえば、シンへの想いを吹っ切ることができるだろうか・・・? フト、そんなことを思った時だった。

 「っ!!! 開けて、! ここにいるんだろ!!? オレだよ、シンだよ!!」

 ドアの向こうから聞こえてきたシンの声に、の心臓がドクンと大きな音を立てた。

 「・・・シン・・・?」
 「やっぱりいた・・・。、開けて? 話したことがある」
 「・・・・・・」

 ここで拒んでしまえば、自分の気持ちがシンにバレてしまうような気がして・・・は素直にドアを開ける。
 だが、今まで泣いていた自分の顔は、明らかに泣き顔で・・・。シンはの顔を見て、眉間に皺を寄せた。

 「・・・その・・・さっきの・・・見てた?」
 「・・・ん」
 「あの、違うんだよ、あれは・・・その・・・不可抗力っていうか・・・」
 「わかってる。シン、モテるもんね・・・。アミィも、シンのこと好きみたいだし・・・」
 「だから、その・・・オレがキスしたい相手ってのは、アミィでもあの子でもなくて・・・その・・・」
 「??」

 薄暗い部屋の中で、シンが必死に言葉を紡ぐ。もしも、この部屋に灯りがついていたならば、彼の真っ赤な顔が見えていただろう。
 だが、生憎とこの部屋は薄暗く、シンの顔色までは窺い知れない。

 「っとキスしたいんだよっ! オレはっ!!!」
 「!!!?」

 突然された告白に、の頭の中は真っ白になる。

 「・・・は?」
 「だから・・・オレは、のことが・・・」
 「ウソ・・・シン・・・ホントに・・・?」
 「ホントだよ・・・。、カワイイし、ミネルバのクルーにも狙ってるヤツ多いから、なかなか言えなかったけど・・・ずっとが好きだった」

 紡がれた言葉に、の瞳に再び涙が浮かび・・・。

 「・・・ね、キスしてもいい?」
 「ん・・・」

 シンの優しい問いかけに、潤んだ瞳でうなずく。
 肩に手を置かれ、シンの顔が間近に迫る。はそっと目を閉じた。
 重なり合うお互いの唇。通じ合ったお互いの心。
 ドキドキする心音のスピードは、これくらいないというくらい、速まっていた。