振り向かせたいヤツがいる。特別、美人だとか、カワイイってわけじゃないけれど、どこか目が離せない魅力を持った少女。
「いらっしゃ・・・」
笑顔を浮かべた彼女が、客の姿を認めた途端、顔を引きつらせた。
「よぉ、。久しぶり」
「ど、どこが久しぶりなんですか! 一週間前にも来たばかりじゃないですか!」
「一週間もに会えなかったんだぜ? オレには1年ぶりに会ったような感覚だ」
「な・・・!」
言いながら、彼女の手を取り、その手首に唇を近づける。彼女は真っ赤になりながら、慌ててその手を振り払った。
「じょ、冗談は、やめてください! ほ、他の女性にも、同じことを言っているのでしょ!?」
「心外だな。オレがここまで本気で口説いてる女は、だけだ」
「信じられません!」
言いながら、洗濯かごを持ち上げる。かごにはシーツやら枕カバーやらが入っていた。
彼女はこの船着き場の宿屋の娘だ。テキパキと両親の仕事を手伝う、素直ないい子だ。だからこそ、彼の浮ついたセリフも、真面目に取っていいのか、困っている。
「そんな重いもの、女の子が持つべきじゃないぜ」
「あ・・・」
そう言って、ヒョイと彼女の手から洗濯かごを取り上げる。
「ククールさん・・・! それは、私が・・・」
「いいから、黙って運ばせろよ。どうせヒマしてるんだし、このくらい何てことないさ」
「・・・・・・」
「屋上に持ってけばいいんだろ?」
「・・・はい」
長い足を動かせ、彼が階段を上がって行く。彼女も慌てて追いかけた。
階段を上がって、屋上に出れば海風が2人を包む。今日もいい天気だ。
「こんにちは」
そこにいた少女に挨拶の声をかけると、少女は振り返り、目を丸くした。
「せ、聖堂騎士団の方ですよね!?」
少女の視線は、彼へ向けられる。キラキラとした眼差しに、彼はニッコリ微笑んだ。
「ええ、一応ね」
「いつもマイエラ修道院の方を見てるから、知ってます。あなたの赤い服は目立つし・・・それに、騎士団の中で一番カッコいいですもの」
「ありがたいお言葉ですね、レディ」
慣れた様子で、言葉を返す彼に、彼女は少しだけ不満顔だ。やはり、彼は見た目もいいので、女性に人気がある。彼からしてみれば、女などよりどりみどりだろう。
「ククールさん、洗濯ものを。ありがとうございました」
「ああ、このくらいたやすいご用だよ。また何かあったら、手伝うぜ」
「いいえ、あなたの手を煩わせるわけにはいきませんから」
冷たくそう言い放ち、彼女は洗濯ものを干し始める。その背後で、彼は少女と話しこんでいた。
イヤだな・・・素直にそう思った。話すなら、誰もいないところですればいいのに・・・。まるで、自分に聞かせるかのように彼はその場を動かない。
彼女が洗濯ものを干し終わるまで、結局、彼は少女と話しこんでいた。
「それでは、レディ。失礼いたしますよ。また機会があったら・・・」
聖堂騎士の礼をし、彼が少女の傍を離れ、彼女のもとへ歩み寄る。
「終わったんだろ? 行こうぜ」
「・・・別に、私についてこなくてもいいんですよ。彼女とお話してればいいじゃないですか」
「がこの場を離れるのに、オレが残るわけにはいかないだろ」
「どういう意味ですか・・・」
「オレはについて行くぜ? どこまでも、な」
ドキッと心臓が高鳴る。いつもの口説き文句だとわかっていても、勝手に頬が熱くなる。
「いい加減、オレの気持ちを受け取ってくれよ」
「誰にでもそう言うあなたの言葉は、信用できません」
「だから・・・こんなこと、以外には言わないって」
階段を下りきったところで、彼女がクルリと彼を振り返り、見上げてきた。
「私は何度も、あなたが女性に口説き文句を言うところを見てきました。宿屋のお客さんや、酒場のお客さんに、ね」
「あれは社交辞令みたいなものさ」
「私に対しても同じだ、と思うのは当然のことだと思います」
ピシャリ・・・彼の言葉を跳ねのけると、彼女はスタスタと洗い場へ向かってしまった。
「・・・どうすりゃ、本気にしてもらえるんだろうな」
ハァ・・・とため息をつく。まさか、彼女に嫉妬してもらいたくて、していた一連の行動が、こんな風に裏目に出るとは、思いもしなかった。
***
「あれ?」
いつものように、船着き場の宿屋へ向かうと、彼女が何か出かける準備をしていた。
「、どこか行くのか?」
「あ・・・ククールさん」
声をかけると、この前のことがウソのように、ニッコリ笑顔を浮かべてくれた。
「ええ、ドニの町まで」
「ドニ? ここからあそこまで、かなりあるだろ」
「そうですね。行きは歩いて行って、帰りはキメラの翼を使おうかと思ってます。貴重な道具なので、往復で使うのは気が引けるので・・・」
「ドニの町なら、オレは何度も行ってるぜ? 連れてってやるよ」
親指で背後を指差し、行こうぜ・・・と声をかける彼に、彼女は目を丸くする。
「え・・・いえ、護衛なら大丈夫ですよ」
「それも心配だけど、そうじゃなくて・・・オレはルーラが使えるんだ。一瞬で行って戻ってこられる」
「そうなのですか!? そんな便利な魔法が使えるんですか・・・」
「ああ、だから修道院からここまでも、一瞬で来られるってわけだ」
「・・・いつも神出鬼没な原因は、そこにあったわけですね」
時間を関係なく、彼はこの船着き場に姿を現す。なるほど、移動魔法が使えたのか・・・と納得した。
「けれど、ククールさんの手を煩わせるわけには・・・」
「何言ってんだ。他ならぬのためだったら、オレはいくらでもルーラを使うぜ?」
「・・・またそれですか」
口説き文句を吐き出す彼に、ハァ・・・とため息をつく。
「どうする? 何しに行くんだか知らねぇが、事は早い方がいいだろ?」
「・・・でも、本当にいいのですか?」
「だから、ルーラで一瞬で移動できるって言ってるだろ。手間でもなんでもねぇよ」
「・・・・・・」
黙りこむ彼女。彼はジッと答えを待つ。しばらく考え込んでいた彼女が、顔をあげた。
「そうですね・・・お客様のためですし、ここはククールさんのご厚意に甘えることにします」
「よっし! そうと決まったら、早速出発だ」
「よろしくお願いします」
ご丁寧にペコリと頭を下げる彼女に、思わず苦笑がこぼれた。
船着き場の外へ出る。魔法の詠唱に入ろうとし、そっと手を伸ばして細い肩を抱き寄せた。
「な、何を・・・!?」
「そんなに離れてたら、おいてけぼり食らうぜ? もっとくっつかないと」
「そ、そうですか・・・」
そんなのは、くっつくための口実だ。何もこんなに密着していなくても、魔法から外れることはない。だが、口実を作れば、肩を抱き寄せても嫌がられることはないだろう。
魔法が完成し、2人の体が空高く舞い上がり・・・目的地のドニの町に一瞬にして到着した。
「わ・・・! 本当に一瞬ですね!」
「便利だろ?」
「すごいです! キメラの翼もこんな感じですか?」
「使ったことないのか? 同じようなもんだ」
「へぇ・・・!」
感心しながら、2人並んでドニの町に入る。彼女の用事は、チーズを調達することだった。船着き場に乳牛はいない。そのため、ドニの町まで購入しに来るのだという。
いつもは彼女の父が調達に出るのだが、今回は彼女たっての希望で、調達を担当したい、と申し出たのだという。船着き場しか知らない彼女が、他の町を見たいと思うのは、ごく自然なことだろう。
預かったお金でチーズを購入し、用事は済む。
「お待たせしました、ククールさん」
「ああ・・・。なあ、腹減っただろ? ここの酒場で食事でもしようぜ」
「え・・・で、でも、私そんなに持ち合わせが・・・」
「何言ってんだよ。レディに金を払わせるようなこと、オレがするわけないだろ。な? もう少し、一緒にいさせてくれ」
そう言いながら、酒場の扉を開き、彼女を中へ招き入れる。
「あ、ククール!」
店の中に入ると、そこにいたバニーガールが彼に声をかけてきた。
「ククールったら、久しぶりじゃないの。今までどこで何してたのよぉ!」
「悪い、悪い・・・ちょっと船着き場の方に行ってたんでね」
黒髪の美女が、彼に食ってかかるように声をかけ・・・次いで、チラッとこちらを見た。
「なぁに、その野暮ったい女。ククールの知り合い?」
「ああ。オレの恋人候補」
「ち、違いますっ!!!」
肩を抱き寄せ、そんなことを言い出す彼に、慌てて声をあげた。誤解されては、かなわない。
「単なる、知り合い程度です。誤解しないでくださいっ!」
強い口調でそう言い放った彼女に、銀髪の彼は困ったように肩をすくめてみせた。
食事を済ませると、早々に店を出た。早く調達したものを届けたいし、この町にいて、何かとウワサされるのはごめんだ。
「ククールさん、申し訳ありませんが、船着き場までお願いします」
「ああ」
いつもと変わらぬ飄々とした態度の彼。こき使ってしまっていないか・・・と少しだけ不安になるも、彼は気にしていないようだった。
来る時と同じように、肩を抱き寄せられ、ルーラの魔法で一瞬にして船着き場へと戻る。本当に便利な魔法だ。
「ありがとうございました。おかげで助かりました」
ペコリと頭を下げ、お礼を言う彼女に、彼は微笑む。
「このくらい、たやすい御用ですよ。また何かあったら、頼ってくれるとうれしいぜ」
「でも・・・あなたは聖堂騎士としてお忙しいでしょうし・・・」
「忙しかったら、こんなに頻繁にに会いに来ないさ。もっとオレを頼ってほしいと思ってるくらいだ」
「そんな・・・本当に、ククールさんは女性に優しいんですね。でも、気をつけないと、それを本気に取ってしまう方も現れるかもしれませんよ?」
「本気に受け取ってほしい人は、受け取ってくれてないけどな」
ハァ・・・とため息をつき、彼がチラッと彼女に視線を向ける。
「・・・まさか、私のことじゃありませんよね? もう、からかわないでください」
「からかう? オレはこんなに真剣だけど?」
言いながら、ズイッと彼が顔を寄せて来る。唇と唇が触れ合いそうな、その至近距離に、思わずギュッと目を閉じた。心臓がドキドキしている。
そんな彼女の額に、柔らかいものが触れる。それが彼の唇だと気づくのに、数秒の時間を要した。
予想外の行動に、思わず目を開けて彼を見上げると・・・彼は優しい笑顔を浮かべていて・・・。
「本気だから、ここにはできない。オレの気持ちを受け取ってくれるまでは」
そう言いながら、彼が左手の親指で彼女の唇をなぞった。
恥ずかしくて、思わずうつむく。顔が真っ赤なのが、彼にはバレバレだろう。
「じゃあな、。また来るよ」
手を振り、彼が呪文を詠唱する。そのまま、ルーラの魔法で修道院に戻って行った。
「・・・どうしてくれるんですか」
ドキドキする胸を押さえ、ボソッとつぶやく。
「好きになってしまったら・・・どうしてくれるんですか・・・!!」
今はもう、姿の見えない彼に向って、恨みを込めた口調で、そうつぶやいたのだった。
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