4.生まれ変わったら今度は

 目の前で、慣れた手つきでイザティードのほつれた服を直すミレーユをは見つめていた。
 料理も出来て、裁縫も上手。まさにお嫁さんにしたい女性ナンバーワンなんじゃないか・・・とは思う。
 対して、自分は不器用で、料理も苦手、針仕事などしたこともない。
 王女として生まれ、身の回りのことは侍女がやってきたのだ。当然といえば当然なのだが・・・剣技と魔法ばかりが上達して、女性らしいことが一つも出来ないというのは、どうなのだろうか?と悩む。
 しかも、目の前には女性のお手本ともいうべき女性がいて・・・。は机に肘をつき、ミレーユの手つきをジッと見つめた。

 「なぁに? 姫。そんなに見つめられたら、やりずらいわ」
 「あ・・・ごめんなさい」

 ミレーユの苦笑に、は慌てて姿勢を正した。

 「私もミレーユみたいになりたいな・・・って思って見てたの」
 「私みたいに? なぜ?」
 「だって・・・ミレーユって美人だし、料理上手だし、お裁縫も得意だし、魔法も上手だし・・・」
 「私は、姫に憧れるわ」
 「え・・・なんで?」

 チョキンとハサミで糸を切り、針を針山に刺したミレーユが、穏やかな表情でを見つめる。

 「王女様らしい身のこなし、優雅な仕草、それに加えて、美しい容姿」
 「ミレーユほどじゃないよ・・・」
 「まあ、何を言ってるのかしら。街行く人があなたに視線を投げかけていることに気づいてないの?」
 「それは、ミレーユを見てるのよ」
 「違うわ。視線の先はあなたよ?」

 クスクスと笑い、ミレーユは丁寧にイザティードの服をたたんだ。

 「でも、私はがさつで・・・女らしくないって・・・」
 「あら、誰が言ったの? そんなこと」
 「・・・・・・」
 「テリー?」

 ミレーユの問いかけに、は小さくうなずく。
 まだ2人で旅を始めて間もない頃、の大雑把な包帯の巻き方と、とうてい王女とは思えない乱暴な物言いに、テリーは呆れた顔で「お前・・・なんてがさつな女なんだ・・・」とつぶやいたことがあった。

 「でも、それは付き合う前の話でしょう? 今はまた、違った印象を抱いてるんじゃないかしら?」
 「そっかなぁ・・・」
 「自信を持って、姫。あなたは誰よりも女らしくて、可憐な女性よ」

 ポンとの肩を叩き、ミレーユはイザティードの服を持って部屋を出た。恐らく、隣の男子部屋へ向かったのだろう。

 「・・・ミレーユに言われると、お世辞にしか聞こえないんだよね」

 ハァ・・・とため息をつき、は鏡の前に座る。そして、目の前の鏡を覗き込んだ。
 腰より少し下まで伸びた金髪、大きなガーネットの瞳、整った鼻筋に、小さな桜色の唇・・・。どこからどう見ても、自分よりも大人の魅力を持ったミレーユの方が美人に思える。

 「〜? 何してるの? 鏡と睨めっこ?」
 「バーバラ・・・」

 部屋に入って来た少女が、鏡の前に座るのもとへ歩み寄って来た。

 「ねえ・・・? バーバラは私のこと、どう思う?」
 「ん? 大好きだよ?」
 「そうじゃなくて・・・その・・・女性らしい魅力があるとか・・・がさつで女らしくないとか・・・」

 小さく自信のない口調でつぶやいたに、バーバラは明るい笑い声をあげた。

 「な・・・何??」
 「やだ、。そんなこと悩んでるの?」
 「そんなことって・・・!」
 「あたしから見たら、はとっても女の子だよ? 1人の、恋する女の子。王女様とか関係なしに、ね。はカワイイよ。姿形だけでなく、仕草とかも、男の心を掴んで離さない、って感じかな?」

 1つ下の少女からの賛辞に、は目を丸くして、再び鏡と向き合った。

 「じゃなきゃ、あのテリーがを選ぶわけないじゃない。あいつの審美眼は間違ってないと思うよ」
 「バーバラ・・・」
 「何があったのか知らないけど、はとってもかわいくて、魅力的な女の子だよ」

 両手で両肩を叩かれ、はその力の強さに眉をしかめた。
 けれど、友人のかけてくれた言葉に、優しく微笑んだ。ミレーユもバーバラも自分の姿を誉めてくれた。それがうれしい。
 思えば、王宮にいた頃も何人もの貴族の男性に声をかけられたものだ。見合いも何度かしたことがあるが、のお眼鏡にかなった男性はいなかった。
 そんながようやく巡り合えた男性。それがテリーだった。
 そのテリーから言われた「がさつな女」という発言が、今のにはネックとなっていた。

 「? そんな所でどうした?」

 部屋を出て、廊下にボケーと突っ立っていると、横合いから声をかけられた。
 相手を確認するまでもない。声でわかる。自身の恋人だ。

 「テリー・・・」
 「何かあったか? バーバラとケンカとか・・・」
 「ううん、違うよ。大丈夫」

 心配してくれているのか、とはうれしくなる。

 「ね、ちょっと外へ出ようよ。テリーと散歩がしたいな」
 「ああ・・・いいぜ」

 そう言うと、テリーは男子部屋の扉を開け、イザティードたちに「ちょっと出る」と声をかけた。も一緒だということも、伝え忘れない。

 「デート? 行ってらっしゃい」

 イザティードのうれしそうな顔が、印象的だった。

***

 いつものテリーとどこか違うな、と感じたのは、いつも被っている青い帽子がないからだと気づく。
 風が吹くとなびく銀髪がキレイだな・・・とは思った。

 「さっきから浮かない顔をしてるが・・・何があった?」
 「え・・・あ・・・うん・・・」

 テリーの隣を歩きながら、は視線を地面に落とす。そうやって歩いてる時にも、通り過ぎると聞こえる黄色い声。当然、テリーに向けられているものだ。

 「テリーが・・・前に言った言葉、思い出してて・・・」
 「オレの言った言葉?」
 「“お前はがさつな女だな”って・・・。確かにそうだな、って思って・・・。ミレーユを見てると、ますますそう感じるんだよね。テリーはいいね。あんなに素敵な姉様がいて」
 「・・・・・・」

 黙りこむテリーに、は少しだけムッとする。まるで今の言葉を肯定しているようではないか。
 歩き続けるの耳に、絶えず聞こえてくるテリーへの黄色い声。「カッコいいよね・・・」、「隣の女の子、彼女かなぁ?」等々・・・。

 「私、今度生まれ変わったら、ミレーユみたいな女性になりたいな。もっと、王女らしく振舞いたい。剣とか魔法とか使えなくてもいいから・・・テリーに女の子扱いされたい」

 自嘲気味につぶやいた言葉に、テリーの足がピタッと止まる。も数歩進んで、彼に倣って足を止めた。

 「テリー・・・?」
 「お前は、そのままでいい」
 「え・・・?」
 「変に色気を出すな。それでなくても・・・男の視線からお前を守ってるっていうのに・・・」
 「男の視線?」
 「ああ」

 そう言って、テリーが顎で一方を示す。そっちを見ろと言わんばかりに。
 テリーの指示通り、が視線を動かせば・・・こっちを見ている若い男の姿。と目が合うと、慌ててその場を逃げ出した。

 「さっきからオレが睨みを利かせてるってのに・・・懲りないヤツらだ」
 「え・・・でも、あの人たち、私のこと見てるわけじゃ・・・」
 「は? 何言ってんだ。お前を見てるに決まってるだろ。まったく・・・お前は自分がどんな目で見られてるのか自覚がないのか。仮にも一国の王女だろう。その気品と容姿、十分に人目を引くだろう」
 「・・・・・・」

 まったく自覚などない。それどころか、自分のがさつな部分にコンプレックスを抱いてるというのに。

 「・・・テリーは、本当にいいの?」
 「何が」
 「その・・・私、このままで・・・がさつなままで・・・」
 「オレは、そういうところもひっくるめて、お前のことが好きになったんだ」

 グイッと腕を引き寄せ、テリーがを抱きしめれば、様子を見ていた連中がギョッとした様子で2人を見つめた。

 「オレの気持ちが信じられないのか?」
 「だ、だって・・・私・・・」
 「信じさせてやろうか?」
 「え?」

 手を引かれ、向かった先は宿泊先の宿屋。テリーが「空いている部屋はないか」と尋ねる。一体、なぜそんなことを尋ねるのか、疑問に思ったが宿の主人はワケ知り顔で一本の鍵を差し出した。

 「2階の一番奥になりますよ。2階には宿泊客がいないので、ごゆっくり」

 ニヤニヤ笑う主人の笑顔の意味がわからないまま、はテリーに手を引かれたまま、階段を上がる。そのまま、迷うことなく一番奥の部屋へ入ると、内側からカギをかけた。

 「テリー・・・??」
 「オレの気持ち、わからせてやるよ」
 「え・・・!?」

 そのまま、ベッドに力任せに押し倒された。背中にはベッドの柔らかい感触。目の前にはテリーの端正な顔と天井が見えた。

 「・・・」
 「え!? え・・・?? ちょっと・・・」

 なんだか、様子がおかしいことに気づく。熱っぽいテリーのアメジストの瞳は、今までに見たことがない。

 「大丈夫だ・・・優しくするから」
 「え・・・っと・・・!?」

 その途端、頭を過ったこと。それに気づいたの顔が真っ赤に染まる。
 まさか、こんな風な展開になるとは、予想もしていなかった。心臓がドクンドクンと高鳴る。
 だが、自分はテリーを愛している。愛している男性が相手なら、国王も王妃も文句は言うまい。
 ドキドキと高鳴る心臓。テリーにも伝わっているんじゃないだろうか?

 「テリー・・・」

 首に腕を回し、体を抱き寄せ、口づけを交わした。
 そしてそのまま、はテリーに身を委ねた。

***

 「・・・ねえ、本当にいいの?」

 上気した体はまだ冷めやらず・・・はテリーの腕に触れ、尋ねる。

 「何が?」
 「私・・・このままで、いいの? 女らしいこと、一つも出来ないけど」
 「オレがいいって言ってるんだ。気にするな」

 こめかみにキスを落とし、テリーがサラッと言ってのける。何をするにもスマートな男だ。

 「・・・じゃあ、そうする」
 「ああ、そうしろ」

 体が気だるい。だが、けして嫌な気分ではなかった。
 そっと目を閉じる。髪を撫でるテリーの優しい手に、は安心し、そのまま短い眠りに落ちて行った。