3.一番じゃなきゃ嫌なんだ

 「テリー・・・」

 呼びかけた名前が、尻すぼみになる。視界に入って来た光景に、思わず頬が緩んだ。
 視線の先にいるのは、愛しい人とその姉。仲良く会話を交わすその光景に、こうして再会できたことの喜びが手に取るように感じられた。

 『姉弟水入らずのとこ、邪魔しちゃ悪いよね』

 そう思い、はそっとその場を離れる。今はようやく再会できたこの姉弟を見守ることにした。

 「あれ? 、ミレーユ知らない??」
 「ミレーユなら、テリーとお話してるわ。楽しそうだから、邪魔しちゃ悪いと思って、戻ってきちゃった」

 バーバラの言葉に、が笑顔で答えると、バーバラも2人の時間を壊しては悪いと思ったのだろう。フーン・・・とつぶやきながら、と一緒にその場を離れた。

 「ね・・・ところでさ、詳しい話を聞いてなかったんだけど・・・」
 「え?」

 バーバラがを振り返り、ニヤリと笑う。なんだか、嫌な予感がした。

 「とテリーって、どういう関係なの? 2人きりで旅をしてたんでしょ? アークボルトで別れてから、何があったの??」
 「っ!! そ・・・それっはっ・・・!」

 バーバラの問いかけに、思わず顔を真っ赤に染める。今となっては、恋人同士だが、その関係を知っているのは当人と、その場にいたイザティードだけだ。
 なんとなく、気恥ずかしくて恋人同士になったことは、バーバラたち他の仲間に告げていないし、イザティードも告げ口するような男ではないため、今のところとテリーの関係は、秘密の関係となっていた。

 「はテリーを好きなんでしょ? テリーものこと、好きだと思うけどなぁ〜。なんか、あたしたちに対する態度と、全然違うもんね」
 「・・・違う?」

 素直に「恋人同士だ」と告げようと思ったのだが、バーバラのその発言に、思わず言葉を飲み込む。

 「うん。なんかね、優しいんだよね・・・。見つめる瞳とかさぁ。あたしたちには、ぶっきらぼうだけど、には丁寧に接するし・・・」
 「そ、そうかな・・・?」
 「うん。絶対に違う。には心開いてるって感じだもん。あれは、絶対にに惚れてるよぉ〜」

 照れてしまう。まさか、他人から見ても、テリーが自分を特別視しているのがバレてしまうほど、態度が違うとは思いもしなかった。

 「で?? どうなの〜?」
 「どうって・・・その・・・」

 カァ・・・と顔がどんどん熱くなるのを感じる。ここまで真っ赤になれば、わかりそうなものだ。

 「あら、姫にバーバラ、こんな所で何してるの?」
 「!!」

 聞こえてきた声に、とバーバラそろって肩を震わせる。
 ミレーユとテリーがこちらに歩み寄って来るところだった。ミレーユは笑顔だが、テリーは相変わらずの仏頂面だ。

 「今ね〜、とテリーの関係について聞いてたの!」
 「ちょ・・・! バーバラ!!」
 「テリーと姫の・・・?」

 ミレーユはチラッと背後の弟に視線を向けるが、テリーはその視線を無視して女3人の横を通り過ぎて行った。
 あ・・・と思わず声がもれる。追いかけようか・・・と視線をテリーの背中に向けるが、は横からジーッと見つめる視線に気づき、我に返って振り返った。

 「な・・・何よ、バーバラ!」
 「追いかけないの〜?? テリー、行っちゃうよ?」
 「〜っ!! べっ、別に・・・! 関係ないし!」

 ニヤニヤと笑うバーバラとは対照的に、ミレーユはどこか心配そうな表情だ。は問い詰めるようなバーバラの視線から逃れるように、その場を離れた。

***

 ガラガラと馬車の車輪の音を聞きながら、は神経を研ぎ澄ませていた。いつ、どこから魔物が襲ってくるか、わからない。
 現在、馬車の外に出ているのはイザティード、ミレーユ、テリー、そして自分だ。いつでも戦闘に対応できるため、腰の剣に手を触れる。
 先を進むほどに、敵の魔物も強さを増す。もはや、スライムなどといった可愛らしい魔物の姿はどこにも見えない。どれも強力な力を持つ魔物たちばかりだった。
 そして、容赦なく襲いかかって来る魔物。馬車の外に出ているメンバーが、それぞれの武器を手に取る。
 イザティードがラミアスの剣を振るい、ミレーユも魔法で応戦する。テリーとも剣を手に、魔物へ斬りかかった。
 やはり、その強さは今までの敵と段違いだ。力勝負では、勝てそうもない。の体がジリジリと後退する。だが、こんなところでやられるわけにはいかない。

 「キャア!」

 聞こえてきたミレーユの声。魔物の攻撃がミレーユを狙う。だが、その魔物とミレーユの間に割って入った人物がいる。彼女の弟、テリーだ。
 ミレーユを庇い、テリーは雷鳴の剣を振りかざす。強力な雷が降り注ぎ、魔物の体が消滅する。
 ホッとしたのも束の間、の目の前にいるモンスターは気が緩んだ隙を逃さない。まともに攻撃を食らい、吹っ飛んだ。
 だが、すぐさま体勢を整え、は呪文を詠唱する。その手に冷気が集う。

 「ヒャダルコ!!」

 凛とした声が響き、魔物を吹雪が襲う。足元を凍りつかせ、はそのまま斬りかかり、魔物の息の根を止めた。

 「姫、大丈夫か?」
 「うん、イザティード、大丈夫よ。ありがとう」

 持っていた剣をしまい、イザティードがに駆け寄る。無事だということを知らせるように、ニッコリ微笑んでみせた。

 「でも・・・テリーも薄情だな。いくら姉さんの危機とはいえ、恋人を無視するなんて・・・」
 「いいのよ、イザティード。私よりも体力のないミレーユを庇うのは当然のことだわ。私が守られるだけの女じゃないってこと、知ってるでしょ?」
 「だけど・・・姫だって女の子じゃないか」
 「ありがとう。でも、私は大丈夫よ」

 ニッコリ微笑んで、剣をしまう。視線を姉弟に向ければ、先ほどの戦闘で傷ついたのだろう。ミレーユがテリーにベホイミをかけていた。

 『あの役目・・・今までは私のものだったのに、な・・・』

 何せ、このパーティには回復魔法の使える者が多く存在する。ミレーユだけでなく、イザティード、チャモロも使うことができる。とくにチャモロは神職のため、扱える回復魔法は群を抜いていた。

 『チャモロにベホマ教えてもらったんだよね。ザオラル、ザオリクまで使えるし、大した僧侶よね』

 自分の右手を見つめ、グッと拳を握りしめる。いつか、自分の手でテリーの傷を癒すことができるだろうか? 今のパーティでは難しそうだ。
 今日はここまでにしようと、と岩陰で野宿をすることになった。食事の準備をするミレーユとバーバラ、チャモロの元へは近づく。

 「何か手伝おうか〜?」
 「いいえ、結構ですよ、王女」

 ニッコリ笑顔で、それでもどこか棘を感じる言葉に、はウッ・・・と後ずさった。彼女が手を貸したがため、夕食がとんでもないことになったのは、彼らにとって忘れられない出来事なのだろう。
 バーバラだって料理苦手そうなのに・・・1人旅が長かったせいか、その腕前は大したものである。確実に負けた・・・と思わされた。

 「おい、料理オンチ」
 「なっ・・・! 失礼ね!!」

 1人、打ちひしがれていたに、容赦ない声がかけられる。振り返った先にいたのは、テリーだ。

 「余計なマネするなよ。お前の料理は食えたもんじゃないからな」
 「わ・・・わかってますよ〜だ!! 悪かったわね! 料理オンチで!!」

 茶化すテリーの横を通り過ぎ、は火を起こし野宿の準備をしているイザティードとハッサンに歩み寄った。

 「また邪険にされたの?」
 「せっかく手伝おうと思ったのに・・・」
 「姫さんの気持ちだけ、ありがたく受け取っておくよ。ちょうどいいや、焚火に火をつけてくれ」
 「は〜い」

 行儀の悪い返事をするが、今は咎める者もいない。城の中でこんな態度を取れば、すぐさま教育係のばあやに怒られるだろう。
 小さく呪文を詠唱し、メラの小さな火の玉が薪に火をつける。
 広がって行く炎を見つめ、ため息をつく。そういえば、野宿にも慣れたものだ。最初の頃は、地面で寝るなんて考えられなかったのに・・・。イザティードたちには迷惑かけたものだ・・・。
 過去の思い出に浸っていると、誰かが自分の隣に腰を下ろした。視界の端に映る青い服。テリーだ。

 「・・・ねえ、テリー?」
 「なんだ?」
 「女の子はやっぱり、料理とか裁縫とか、出来た方がいいよね? 私みたいな、料理オンチで針仕事もロクにできない子は、女の子失格だよね・・・」

 自分でも何落ち込んでるんだろう・・・とは思ったけれど、少しだけ傷ついたんだ。慰めてもらっても、いいよね? そう自分に言い聞かせた。

 「・・・仕方ないだろ。お前は王女なんだし・・・料理も裁縫もしたことないんだろ?」
 「うん・・・」
 「そんなに気にしてるなら、今から習えばいいだろ。姉さんなら優しく教えてくれる」

 そう言いながら、テリーが立ちあがる。背後から、料理を運んでくるミレーユたちの姿が映った。テリーがそのミレーユの手から食器を受け取り、笑顔を見せる。

 「はい、
 「あ、ありがと・・・」

 に皿を渡したバーバラはそのまま隣に腰を下ろした。チャモロがハッサンに皿を渡し、ミレーユが持っていた皿はイザティードに渡る。ミレーユが料理していた場所に戻り、自分の分を持って来ると、ハッサンの隣に腰を下ろした。テリーは、そんなミレーユの隣に腰を下ろして・・・少しだけ感じた距離感に、は視線を落とした。

 「うん、今回の味付けもうまくいった! ね、、おいしい?」
 「え・・・あ、うん・・・おいしいよ」

 とは言ったものの、気持ちは別のところを飛んでいて、正直なところ味わうといった気分ではない。作ってくれたバーバラたちには悪いけれど・・・。
 笑顔で話しかけるミレーユに、何か言葉を返すテリー。その言葉を聞いて、ハッサンが何か言ってる。そこにイザティードとチャモロも加わって・・・バーバラも笑顔で会話に加わった。
 けれど・・・は1人だけ取り残された気分になり、どうしてもその会話に加われなかった。自分でも、表情が凍りついてるのがわかってるけれど・・・どうしても笑えなかった。なぜなのか、わからない。
 食事が終わり、みんなが食器を片づける。はさっきバーバラに食事を運んでもらったから、と彼女の分の皿を持って立ちあがった。バーバラがそんな彼女に「ありがとう」とお礼を言う。
ミレーユがハッサンとテリーの皿を受け取り、立ち上がる。けれど、そのミレーユを制するように、テリーが立ちあがって「オレが片づけるよ」と告げた。
 近くの川で食器を洗っていると、背後に人の気配。もちろん、テリーだ。どうやら、チャモロとイザティードの分も受け取ったらしい。
 無言のまま、2人は食器を洗う。は2枚、向こうは5枚。必然的にの方が先に作業は終わる。
 食器を洗い終え、は立ちあがってそれを仕舞おうと馬車の方へ歩きかけた。だが・・・その腕を掴まれた。もちろん、テリーに、だ。

 「テリー・・・?」
 「どうした?」
 「え?」
 「お前、食事中元気なかっただろ? 具合でも悪いのか?」

 気遣うような視線を向けられ、胸がギュッと苦しくなったけれど、は乱暴にテリーの手を振り払った。

 「知らない!」
 「おい・・・!」

 そのまま馬車まで歩いて行き、食器を仕舞う。みんなの元へ戻ろうとクルッと踵を返せば、急いで食器を洗ったのであろうテリーがこちらに走ってきた。
 慌ててその場を離れようとしたけれど、手の空いたテリーの手がの腕を再び掴んだ。

 「・・・!」

 今度は逃げられないように、がっちりとの腕を掴むテリー。痛いくらいに込められた力に、思わず眉根を寄せる。

 「何があった・・・? オレに言えないことか? まさか、料理のこと、まだ気にしてるとか・・・」
 「違う。そんなんじゃない。だけど、私もわからないの。なんだか、胸がモヤモヤして・・・テリーと・・・ミレーユのこと、見てるのがつらい」
 「オレと姉さん・・・?」

 訝しげな表情で、テリーがを見つめる。

 「テリーにとって、ミレーユが大事な姉様だってことは、わかってるけど・・・でも・・・」
 「オレが姉さんを優先させるのが気にくわないってことか。お前、そんなに欲張りだったか?」
 「そんなことない! 私が欲張りになるのは、テリーのことだけで・・・」

 言ってから、何を口走ったのか・・・と我に返り、は口を押さえた。だが、後の祭りだ。完全に今の言葉はテリーの耳に届いていたのだから。

 「バカだな、お前」
 「なっ・・・!!」
 「どんなに姉さんを優先したって、お前への気持ちが変わるわけじゃないだろ? わかったよ、こんなことでヤキモチ妬くのなら、今度からはお前を優先する」
 「で、でも・・・」
 「それで、お前の機嫌が直るのなら安いもんだ」

 そっと抱き寄せられ、口づけられる。近くには仲間たちもいるというのに、こんなところでイチャイチャしている場合ではない。
 だが・・・自分を想ってくれるテリーの気持ちがうれしくて・・・ついつい突っぱねていた腕を下ろし、テリーの背中にその腕を伸ばして抱きついた。