1.頭を撫でてくれた優しい手
テリーを連れだって王宮内を歩く。兵士たちが、突然帰って来た王女の姿に目を丸くしている。
はその視線を気にすることなく、玉座の間に向かって歩いた。
大きな扉の横に立っていた衛兵が、の姿を見て敬礼する。そんな2人の兵士に、は「ご苦労様」と声をかけた。
「王女がお戻りです!」
衛兵が声をかけ、扉を開く。立派な絨毯の敷き詰められた先、王座に座る父王の姿が目に飛び込んできた。
「おお・・・! !」
国王が立ち上がり、感激に打ち震えた様子で一歩、また一歩と歩み寄って来る。は微笑みながら、そんな父王に近づいた。
「王妃と王子を連れて参れ」
「はっ!」
王の近衛兵に声をかければ、敬礼をし、兵士が出て行く。
「よ・・・よくぞ戻った!」
「お元気そうで何よりですわ、お父様」
「・・・!」
国王がの体を抱きしめる。そんな親子の再会を、テリーはどこか遠い目で見守った。
自分とガンディーノに住む養父母は、けしてあんな関係にはならない。テリーは未だにミレーユを奴隷にした養父母を許せないし、許す気もなかった。ミレーユは、あの2人を「お父さん、お母さん」と呼んでいたが・・・。
しばらくすると、先ほどの近衛兵と共に、どこかに似た女性と、1人の青年が玉座に駆け込んだ。
「っ!!」
「・・・お母様、お兄様」
「、本当になんだな!」
兄王子が満面に笑みを浮かべ、の頭を撫でる。くすぐったそうに、が肩をすくめた。
「あなたが兵士を振り切って、旅に出たと報告を受け、どれだけ心配をしたと思うのですか! 一度も国に戻らず、今までどこに・・・」
「ごめんなさい、お母様・・・。私、大魔王を倒すために旅をしていたの。それで、仲間たちと一緒に大魔王を倒して、戻って来たところなのよ」
「まあ・・・! 大魔王ですって!?」
にわかには信じられない話だ。確かに、この世界には魔物がはびこり、それを統治する魔王がいることは知っている。ムドーという名の魔王だったはずだが・・・。
「お父様、お母様、お兄様・・・大事な話があります」
「なんだ? これ以上、何を言うつもりなのだ?」
「テリー、来て」
そこで、ようやくが振り返り、扉の近くで所在なさげに立っていた銀髪の少年を呼んだ。
見目麗しい少年のその姿に、王妃が「まあ、素敵な方ね」と声をあげる。
「お父様、お母様、お兄様、こちらはテリー・ルナハートさん。私の恋人です」
「初めまして、国王陛下、王妃、王子」
「・・・何?」
礼儀正しく頭を下げたテリーだったが、国王陛下の眉間に皺が寄る。
勝手に旅に出た挙句、恋人を勝手に作り、勝手に帰ってくるなど・・・いくら自由奔放な王女とはいえ、これはあんまりである。
「お父様たちのおっしゃりたいことは、わかります。勝手に帰って来て、何を言ってるんだと言いたい気持ちもわかります。だけど・・・私は、もう決めたの」
「決めた? 何をだ?」
「・・・私、王女の座を下りて、彼と一緒に行きます」
「何!!?」
開いた口がふさがらない。3人とも、愕然とした表情でを見つめている。
「今までお世話になりました。私はルークシスの名前を捨て、・フィアナとして生きて行きます。お父様、お母様、お兄様・・・どうかお元気で」
***
「まあ・・・そんなことをしたの?」
「ああ・・・」
グランマーズの館へ行き、そこにいたミレーユに先ほど起きた一連の出来事を話すと、ミレーユは呆気に取られた。というか、それが普通の反応だろう。
はマーズのもとへ行き、何か作業をしているその手元を覗きこんでいる。興味津々、といった様子だ。そのを見つめ、テリーはハァ・・・とため息をつく。
「呆気に取られる両親たちを尻目に、勝手に国を出てきちまった。まったく、あいつはやることが大胆だよな・・・」
「でも、そこが姫のいいところでしょう? あっさりきっぱりばっさり」
「・・・いいところなのかは、疑問だけど」
確かにミレーユの言う通り、はあっさりしていて、きっぱり物事を判断して、ばっさりと人の意見を切り捨てる。竹を割ったような性格・・・とでも言うのだろうか。世間一般の王女とは、ちょっとかけ離れている気がした。
「でも・・・テリーも姫のその行動には賛成なんでしょう? 一緒に来て欲しいって伝えたんでしょ?」
「・・・ああ」
弟が最後まで悩み抜き、ようやく出した答えだ。姉としては応援したいに決まっている。
「でも意外ね・・・。イザたちにもなかなか心を開かなくて、今もどこか一歩線を引いているテリーが、姫にそんなに執着するなんて」
ミレーユがクスッと笑う。それは、自分でも不思議だった。テリーにとって、は今ではかけがえのない存在だ。
「・・・あいつの笑顔を守りたいんだ・・・。“テリー”ってオレの名前を呼んで、幸せそうに笑うあいつを・・・」
目を細め、眩しそうにを見つめるテリー。弟のそんな姿に、ミレーユは安心したように微笑んだ。
「よかったわ・・・あなたにも、そんな大事な存在ができて」
「姉さん・・・?」
「本当、姫には感謝してもしきれないわ。あなたがデュランに操られた時、あの子は本当に必死だった。姉だと名乗り出れなかった私と違って、姫は真っ直ぐにあなたに向かって行った。全てを受け入れた」
いつからだったかなんて覚えていない。テリーにとっては、にとってテリーは、お互いに大切で、かけがえのない存在に変わっていた。
「姫のこと、泣かせちゃダメよ? そんなことしたら、姉さん、許さないから」
「・・・わかってるよ、姉さん」
「あ・・・そういえば、もう王女じゃないのよね。“姫”じゃおかしいわね」
「そうだね・・・」
「じゃあ、これからは“ちゃん”って呼ぶことにするわ。フフフ・・・本当、妹が出来てうれしいわ」
うれしそうに笑う姉の姿に、テリーも微笑んだ。かつては、地獄のような場所に放りこまれ、思い出したくもない扱いを受けていた姉が、こんなにも幸せそうに笑うなんて・・・。
「ねえねえ、見て! テリー! マーズさんって、すごいのよ! 私の昔のこと、ズバリ言い当てたの! すっごいよ! テリーも見てもらってよ!!」
「え・・・いや、オレは・・・」
水晶玉の前に座り、不気味な笑みを浮かべるグランマーズの姿に、テリーが逃げ出そうとするが、ガシッと両脇から腕を掴まれた。
「ね・・・姉さん??」
「ウフフ・・・テリー、おばあ様の占いは、本当によく当たるのよ? 見てもらいなさい」
「い、いいって! そんなの・・・!!」
「遠慮しなさんな、テリー。ほれ、占ってやるぞ」
「ほ〜ら、マーズさんもそう言ってるんだし。タダだよ、タダ! 普段は500ゴールド取るんだって!」
さすが評判の占い師。なかなかの値段だ。
ほら!ととミレーユに強引に座らされ、テリーは慌ててそっぽを向くも、マーズは水晶玉に手をかざし、何やらつぶやいている。
「ほぉ・・・フムフム・・・これは、どこかの王国じゃな。そなたと・・・の姿が見える」
「え?」
「素っ気ない態度を取ってはいるが、そなたはのことが気になっておるようじゃな。心の内は隠せん。わしにはお見通しじゃ」
「何を勝手な・・・!」
ガタッと立ち上がろうとしたテリーの肩を、が有無を言わさず押し付ける。テリーは再びマーズの前に座らされてしまった。
「ほぉ・・・なるほど・・・見た目はクールでつっけんどんじゃが、なかなか熱い男のようじゃな。あちらの方もお盛んのようじゃな、ヒッヒッヒ」
「!!!!」
ボッと顔から火が出そうだ。まさか、そんなことまで見えているのか。
「・・・お盛ん?」
が意味がわからず首をひねるが、ミレーユが咄嗟に「仲がいいってことよ」とフォローを入れた。
「なるほど・・・ようやく手に入れた大切な存在、というところじゃな。お主とは強い絆で結ばれておる。そう簡単に解けない絆じゃな」
「・・・絆?」
「そうじゃ」
言葉を反復するに、マーズが微笑みうなずいた。
「大丈夫じゃよ。お主たちの先に、暗雲は見えん。これから先、穏やかな時間が流れるじゃろう。信じることじゃ。お互いのことを、気持ちを」
グランマーズの言葉に、テリーは人知れずギュッと拳を握りしめた。今の言葉を胸に深く刻む。忘れないように、と心の中でつぶやきながら・・・。
***
「あ〜あ・・・マーズさんに、色々とお世話になっちゃったね!」
「・・・そうだな」
マーズの館から歩いてしばらくすると、小高い丘に出た。2人はそこで休憩を取ることにした。
テリーのバッグの中には、マーズからもらった薬草や食糧が入っている。旅をする2人には必要なものだ。
「お父様たちにも挨拶したし、これで私も晴れて自由の身だね〜」
まさか追手がかけられた・・・ということはないだろう。は王女の座を捨て、普通の女の子になったのだ。テリーのために、テリーと一生共に過ごすために。
「王女様・・・か」
そっと、が自分の長い髪に触れる。サラサラと指の隙間をこぼれる絹糸のような金色の髪。幼い頃から王女らしく、と言われ、伸ばしてきた髪の毛だ。
「テリー、ナイフ持ってたよね」
「うん? ああ、持ってるぞ」
「ちょっと貸して」
手を差し出したの手に、テリーはナイフを乗せる。「ありがと」とが微笑む。
何をするつもりかと思うテリーの前で、は髪を束ね、首の後ろでナイフを宛がう。テリーが「あっ・・・」と声をあげ、止めるヒマもなく、がバッサリと長い金髪を切り落とした。
「あ〜さっぱりした!」
手に持った金髪の束が、風に乗って飛んで行く。その様を、テリーはあ然として見守った。
「変、かな?」
「・・・いや」
「そ? 短いのも似合う?」
「・・・お前は、何でも似合うよ」
めずらしいテリーの口説き文句に、が目を丸くし・・・クスッと微笑んだ。
「行こう! テリー!!」
「ああ」
軽くなった頭と一緒に、どこか心も軽くなった気がした。
「早く、早く〜! 次はレイドックに行くよ!!」
「わかってるよ」
大きく手を振り、自分を呼ぶのもとに、テリーはゆっくりとした歩調で歩み寄った。
「」
「何?」
名前を呼び、振り返ったの頭を、テリーが優しく撫でる。その手に触れ、がうれしそうに笑う。
「これからは、ずっと一緒だ」
「うん!」
触れてきた大きな手を頬に当て、が幸せそうに微笑んだ。
そう、これからはずっと一緒だ。この命ある限り、自分はと共にあるのだ・・・。