2.あなたは今誰を見てる?

 ドサッとその体が崩れ落ちる。やむを得なかったとはいえ、彼に剣を向けてしまった。

 「っ・・・! テリーっ!!」

 慌てて倒れた彼に駆け寄り、その体を抱き起こす。さすが、イザティード・・・止めは刺さなかった。
 だけど、まだ戦いが終わったわけじゃない。イザティードたちの前に、憎きデュランが立ちはだかったのだ。

 「テリー、ごめんね・・・もう少し待ってて」

 その体を安全な場所へ横たえ、私は剣を握り締めた。
 許せなかった。テリーの心へ付け込み、そして操ったあいつが。
 イザティード、ハッサン、ミレーユ、バーバラ、そしてチャモロ・・・あの頃と変わらない仲間たちがデュランと戦っている。そこへ、私も加わった。
 私が加わったことで、デュランが劣勢になる。もちろん、だからって手加減をするつもりなんかない。

 「よくもテリーを・・・許さないっ!!!」

 咆哮にも似た声をあげ、私は床を蹴って高々と跳躍し、剣を振り下ろす。
 渾身の力を込めたそれは、デュランの体を切り裂いていて・・・止めといわんばかりに、バーバラがメラミの魔法を放った。
 デュランは目を見開き、私に掴みかかろうとして・・・そのまま倒れた。その体が音もなく消滅する。

 「勝った・・・」

 イザティードが小さくつぶやく。仲間たちもホッとした表情を浮かべていた。

 「テリー!!」

 ハッと我に返り、テリーを振り返れば、彼は気が付いていて・・・痛む体を押して、こちらへ歩み寄って来た。そんな彼に、私は慌てて駆け寄り、肩を貸した。もちろん、ベホマの魔法も忘れない。

 「いや、いい・・・」
 「え?」

 だけど、そんな私の手を取り、テリーが小さくつぶやくと、私の体を押し止め、テリーはそのままイザティードたちに歩み寄った。

 「・・・殺せ」

 持っていた雷鳴の剣を差し出し、テリーがつぶやく。その言葉に、私は愕然とした。

 「オレはお前たちに剣を向けた。お前たちの敵だった。生きている意味もなくなった。殺せ」
 「テリー!!」
 「待って! イザ・・・お願い、彼を殺さないで!」

 私とイザティードの間に割って入ったのは、ミレーユだった。必死な表情で、イザティードに語りかける。そして、ミレーユは私たちを振り返った。

 「テリー・・・テリーなんでしょ?」
 「ハッ・・・誰だか知らないが、気安く名前を呼ばないでほしいね」
 「テリー・・・そうよね・・・忘れてしまうほど、長い時間が流れたものね・・・私のことなんて、忘れて当然よね」

 寂しそうなミレーユの表情に、これはただ事ではないな、と察する。テリーは眉間に皺を寄せ、ミレーユを見つめ・・・そしてハッと表情を変えた。

 「まさか・・・ミレーユ・・・ミレーユ姉さん!?」
 「テリー!!」

 ミレーユがテリーを抱きしめた。意外な展開に、私たちはあ然とするばかりだ。
 まさか、ミレーユとテリーが姉弟だなんて・・・今まで一緒にいたのに、ちっとも気づかなかった。

***

 イザティードたちと、テリーは私の説明を聞いてお互いに納得し合った。

 「つまり・・・姫は僕たちと別れた後、テリーと一緒に旅をしてたんだね?」
 「そういうこと。ごめんね、今まで言ってなくて」
 「ううん。1人で旅をさせてたらマズかったけど、テリーが一緒だったなら、心配ないよね」
 「そうかぁ? イザ、考えてもみろ。若い男女が2人きりで旅してたんだぞ? そんなこと、ルークシスのとっつぁんにバレてみろ。テリーだけでなく、オレたちまで縛り首だぞ?」

 ハッサンの言葉に、イザティードがサッと顔色を変える。一体、何を心配してるんだか。

 「・・・まさかとは思うけど・・・姫、テリーとは・・・」
 「何もありません!」
 「そっか・・・そうだよね・・・アハハ・・・」

 何か・・・なかったとは、ちょっと言い難い。
 そっと、唇に触れる。あの日・・・テリーがデュランに操られた時、私はテリーと口づけを交わした。だけど・・・テリーは半分操られてたわけだし、あの口づけに意味なんてないのだろう。

 「姫?」
 「えっ? あ、ごめん、聞いてなかった」
 「僕たちには、まだ心を開いてないみたいだけど、姫には心を開いてるみたいだね」
 「えぇ? そうかなぁ・・・」

 視線の先は、もちろんテリーだ。一匹狼よろしく、まるで人を寄せ付けないその態度。だけど、町を通る若い女の子がそんなテリーを見てキャーと声をあげる。

 「あの人、カッコよくない!?」
 「うんうん!」

 通り過ぎた女の子たちの声に、なぜかドキッとした。
 テリーはカッコいい。それは、一緒に旅をしていた時に何度も言われたことだった。
 キレイな銀髪と澄んだ紫の瞳・・・端正な顔立ちと、優雅な仕草・・・。今まで、何人もの容姿端麗な貴族を見てきたけれど、テリーはそれらの人物に引けを取らない容姿をしていた。
 そういえば、ミレーユも絶世の美女だもんね。美男美女の姉弟だ。言われてみれば、姉弟というのも納得がいく。

 「あ! ねえねえ、イザ!!」

 聞こえてきた明るい声に、私たちは視線をそっちへ向ける。買い出しに行っていたバーバラ、ミレーユ、チャモロの3人が私たちに歩み寄って来た。

 「見て見て〜! めずらしい食料見つけちゃった」
 「へぇ〜・・・今日は宿屋の食事だけど、明日の食事に使うの?」
 「うん! あたしとミレーユが腕によりをかけて作ってあげる!」
 「・・・姫さんは料理からきしダメだもんな」
 「あ〜! もう、ハッサン! 一言余計よ!」

 頬をふくらませて抗議の声をあげれば、イザティードたちが笑い声をあげた。
 フト、テリーの方を見れば、彼はこっちを見ていて・・・視線の先を追いかけ、ドキンと心臓が跳ねた。

 バーバラ・・・?

 イザティードに笑顔で話しかけるバーバラの姿を、テリーは見つめていた。
 その視線の意味を、わからないほど子供じゃない。

 「みんな、私、先に宿屋行ってるね!」
 「え・・・どうしたの、姫」
 「なんか、ちょっと疲れちゃったみたい・・・。ほら、デュランとの戦いもあったし」
 「そうだね・・・久しぶりの激しい戦闘だったからね。うん、わかった。僕たちも武器と防具の店を見たら、宿屋に行くよ」
 「うん、ごめんね、みんな」

 ヒラヒラと手を振り、私はみんなから離れ、宿屋へ向かった。
 テリーとバーバラの接点は、特にない。つまり、テリーの一目惚れなのだろう。
 バーバラは明るくて、元気ないい子だ。テリーがそんな元気なバーバラに惹かれるのもわかる。それに・・・私はルークシスの王女だ。どんなに想ったって・・・テリーとは・・・。

 「あれ・・・?」

 ジワリ・・・涙が浮いてきた。なぜだろう? 涙が出るほど、何が悲しいのだろう?
 テリーと・・・結ばれることがないから・・・?
 私は・・・テリーが好きだから・・・?
 気がついたら、想いがあふれて止まらなかった。胸が苦しい。今まで、こんな気持ちを抱えたことなんてなかった。
 王家の人間として育ち、欲しいと思ったものは両親が与えてくれた。ワガママは言ったことはなかったけれど、それでも「欲しい」と言えば、手に入らないものはなかった。
 だけど・・・今回は・・・人の気持ちまでは・・・どうしたって手に入らない・・・。
 私が望めば、両親はテリーを国に置いてくれるかもしれない。だけど、それは彼を縛り付けるだけにすぎない。彼の気持ちを手に入れたことにはならない。
 気づいてしまった。自分の気持ちに。気づいたら・・・胸の痛みにも気づいて・・・。
 こんな気持ちになるのなら・・・テリーへの気持ちになんて、気づきたくなかった。

 「ただいま〜! !」
 「あ・・・おかえりなさい、バーバラ・・・」

 元気な声でドアが開き、部屋に入って来たのはバーバラとミレーユ。2人とも、手に何か持っている。ああ、そっか。さっき食料が手に入ったとか言ってたっけ。

 「どうかしたの?? なんか元気ないね」
 「う・・・ん、ほら、さっきも言ったけど、久しぶりの大きな戦闘で疲れちゃったみたい」
 「そっかぁ〜。無理はしないでね? ゆっくり休んで!」
 「ありがとう、バーバラ・・・。ちょっと気分転換に外へ出るね!」
 「気をつけて、姫」
 「うん、ありがとう、ミレーユ」

 部屋を出て、向かった先は宿屋の屋上。外の空気に触れて、少しだけモヤモヤしていた気分が晴れてきた。

 「姫・・・?」
 「・・・イザティード」

 聞こえてきた声に体ごと振り返れば、青い髪の少年が微笑みを浮かべながら歩み寄って来た。

 「体調は? 大丈夫?」
 「ええ。ちょっと気分転換したくて、ね」
 「そっか・・・」

 私の隣に来たイザティードは、並んだまま視線を町並に移した。

 「そういえば、イザティードはレイドックの王子よね」
 「何? 突然。そうだけど、一応」

 記憶を取り戻したという話は聞いている。そして、実際の彼はレイドックの王子なのだということも。

 「だったら・・・私と恋に落ちるってどう?」
 「え・・・!?」

 アハハ・・・と笑いながら告げれば、イザティードは困った表情を浮かべて。ああ、彼には他に想い人がいるんだな、と察した。

 「ヤダ、イザティード。冗談よ、冗談。そりゃ、確かにレイドックに嫁いだらルークシスも安泰だろうけれど・・・王位は兄様が継ぐし・・・」
 「姫・・・」
 「でも、少しは私のこと・・・考えてくれてもいいんじゃない?」

 いたずらっぽく笑って、イザティードを困らせようとすれば、彼は目を丸くして私の背後を見つめていた。
 一体何があったのか・・・と振り返れば、そこには意外な人物が立っていて・・・。

 「テリー・・・」

 あ然とする私とイザティードを無視し、テリーはツカツカと私たちに歩み寄ると、グイッと私の腕を引っ張った。足がもつれて、その勢いのまま、テリーの胸に飛び込んでしまった。

 「あ・・・えと、ごめん・・・!」

 離れようとした私の肩を、テリーが抱きしめる。グッと力を込められ、カァ・・・と頬に熱が集まった。

 「・・・悪いが、こいつは渡せない」
 「え・・・?」
 「よそを当たってくれ。じゃあな」
 「え・・・? え・・・?? ちょ・・・テリー!?」

 慌てふためく私と、あ然としているイザティード。テリーはそんなことを気にもしないで、私の腕を掴んだまま、屋上を出た。

 「どうしたの? なんでいきなり、こんなこと・・・」
 「・・・・・・」
 「テリー・・・」

 名前を呼ぶのと同時に、テリーが振り返り・・・その端正な顔が近づいてきた。咄嗟に目を閉じた私の唇に柔らかい物が押しあてられる。あの日、感じたあの感触と同じ・・・。
 触れ合っていた唇が離れる。目を開けてアメジストの瞳を見つめると、真剣な眼差しのテリーと視線がぶつかって・・・。

 「悪い・・・」

 告げられたのは、そんな言葉。もしかして・・・と思った気持ちが萎えていく。代わりに胸の中の激情が涙となってボロボロとこぼれ落ちた。

 「何よ、それ・・・! ひどいじゃない! あの日のキスだって、私・・・初めてだったのに! 今回だって、いきなりこんなこと・・・! 国の者が知ったら、どんな目に遭うかわかってやったの!? しかも謝るなんて・・・! キライ・・・大嫌いっ! テリーになんか・・・出会わなければよかった・・・! そしたら、こんな醜い気持ち、知らずにすんだのに・・・!!」

 拳を握りしめ、そのままテリーの胸を叩いた。ボロボロとこぼれる涙は止まることを知らない。

 「どうして・・・バーバラがいるのに・・・なんで私にこんなこと・・・!」
 「バーバラ? 何の話だ?」
 「だって、テリーはバーバラに一目惚れしたんでしょ!? さっき、見てたじゃないっ!!」
 「・・・お前は誰かを見てるだけでそれを恋だと決めつけるのか? じゃあ、見ていたのが姉さんだったら、オレが姉さんに惚れてると思うのか?」
 「え・・・だって・・・」
 「あいつを見てたのは、元気のないお前と対照的だったからだ。が落ち込んでる様子なのに、よく騒げるな・・・と感心してただけだ」

 ポツリポツリと告げられる言葉に、私は目を丸くする。
 テリーの手がそっと私の頬に触れる。両手で両頬を押さえられ、澄んだ紫の瞳から視線を逸らすことができない。

 「大嫌いか・・・そうだよな。お前のことを思いやれず、王子でもないオレのことなんか、嫌いだよな」
 「あ・・・それは・・・」

 思わず弾みで出てしまった言葉だ。だって、本当は・・・。

 「だけど・・・オレは、お前のことが好きだ」
 「!!!」

 つぶやくように発せられた言葉に、私は目を見開く。信じられない言葉だった。

 「答えろ、。オレが今見てるのは誰だ?」

 頬を押さえられたまま、テリーがつぶやく。私の瞳にたまっていた涙が、まばたきと共にこぼれ落ちた。

 「っ・・・わ、私・・・」

 答えを口にした次の瞬間、再び唇が触れていた。
 すがりつくように、テリーの背中を掴む。こんなに心惹かれた人は初めてだった。
 どんな素敵な貴族たちよりも、私はテリーが1番素敵だと思える。

 「・・・返事、聞かせろよ」
 「キスしといて、今さらそんなこと言う?」

 拒まなかったのだから、答えなんてわかってるはずなのに・・・。

 「・・・私も好きよ、テリー」

 そっと、その耳元で、私は愛の言葉をささやいた。

***

 「・・・えっと〜・・・そろそろ出ていってもいいかな?」

 屋上にいたイザティードが、困った顔してつぶやいた言葉は、寄り添う恋人たちの耳に届くことはなかった。