5.叶えてあげるしかないじゃないか

 町の中をブラブラし、宿屋の部屋に戻ると、ミレーユが何か袋から引っ張り出していた。煌びやかでどこか清楚なデザイン・・・それは、ドレスだった。

 「ミレーユ? 何してるの?」
 「あら、姫。おかえりなさい」
 「うん、ただいま。それ、なぁに?」

 ミレーユの隣にしゃがみこみ、彼女が手にしているドレスに触れる。そうとう高そうな生地だ。防御力も高いのだろう。

 「これは、光のドレスよ」
 「光の・・・ドレス・・・??」
 「そう。ベストドレッサーコンテストで、イザが優勝した時にもらったの」
 「・・・ベストドレッサーコンテスト??」

 の聞きなれない言葉がポンポンと出て来る。いや、ドレスのことは、よく知っている。何せ、彼女が旅に出る前の普段着だ。動きづらい裾の長いスカートに、ヒラヒラしたレース、これでもか!というくらに絞られたウエスト・・・思い出すだけで、ゲンナリしてしまう。
 聞きなれないのは「光のドレス」という名前だ。普通のドレスとは違うのだろう。
 そして、「ベストドレッサーコンテスト」・・・こちらも聞きなれない名前だ。

 「あら、姫は知らないの? この前、テリーも参加したんだけど・・・」
 「・・・知らない」
 「ジャンポルテさんというお金持ちが開催している、コンテストなの。その人の見た目の美しさやカッコよさを競うものよ」
 「へぇ・・・」
 「そこでテリーはランク8の一番高度なランクで、見事優勝したのよ? 自分の弟を誉めるのも、おかしいけれど、あの時のテリーは輝いて見えたわ!」
 「・・・そうなんだ」

 そんなコンテストがあったというのに、なぜ教えてくれなかったのか・・・。そういえば、イザティードとミレーユ、チャモロ、テリーの4人で別行動をしたことがあったが、その時に行ったのだろう。その時、自分はハッサンとバーバラと一緒に、ロンガデセオで大人の遊びなるものを、ハッサンから教わっていたのだが・・・。

 「お金持ちの道楽、っていう感じだから、てっきり姫も知ってるかと思ったわ」
 「フーン・・・」

 なんとなく、つまらない。見た目の良さを競う競技で、自身の恋人が優勝したのだ。自慢したくもなり、見たくもなるだろう。

 「そうそう、それでね・・・今度、特別企画として、ランク9というのが発表されたのよ」
 「へぇ〜・・・」

 もはや、興味はない。半分上の空でミレーユの話を聞き流した。

 「姫、出てみない?」
 「・・・へ?」

 だが、続いたミレーユのその言葉に、は一瞬にして我に返った。

 「今度のランク9は男性と女性の組み合わせが条件なのよ」
 「え・・・だったら、ミレーユとテリーで出ればいいじゃない。美男美女で、優勝間違いなしだよ」
 「あら、テリーは姫と出たいに決まってるでしょ。それに・・・私より、姫の方が絶対に優勝間違いなしよ」
 「えぇ?? 私なんか、ダメだよ」

 眉根を寄せ、声をあげる。どう見ても、自分なんかよりミレーユの方が美人だ。優勝を狙うなら、自分が出るよりミレーユが出た方がいいに決まっている。

 「姫、あなた、鏡見たことある?」
 「・・・バカにしてる?」
 「そうじゃないわ。どうしてあなたが自分をそんなに卑下するのか、わからないだけ。あなたは王女としての威厳も気品も持ち合わせているし、もちろん顔立ちだって綺麗だわ。まだ若いから、可愛らしさも残っているし、私なんか、全然敵わない」
 「ミレーユ・・・」
 「今まで、言われなかった? “あなたは絶世の美女です”って」
 「・・・・・・」

 確かに、言われたことはある。それも数回ではない。何十回もだ。
 だが、それは王女である自分への、単なるお世辞だと思っていた。王女なのだから、褒め称えなければならない・・・そう思っての発言だと思っていたのだ。

 「今は旅の途中で、髪の毛も満足に手入れできないし、服装も動きやすいものだけど・・・キレイにお化粧をして、髪の毛を整えて、この光のドレスを着たら、誰もあなたに勝ち目はないわ。私なんか、完全に霞んじゃう」
 「そんなこと、ないよ」
 「あるわよ。ね? この話、もうテリーに持ちかけてるの。優勝賞品もなかなか手に入らないものだろうし、期待がかかってるのよ。テリーは絶対、姫と一緒に出たいに決まってる。2人並んでスポットライトに当たりたい、って。あの子の願い、叶えてあげて?」
 「・・・・・・」

 そこまで言われては、断れない。は小さくこくんとうなずいたのだった。

***

 そこは大きなお屋敷で・・・思わずは口をポカーンと開けてしまった。
 いや、大きな建物ならば、自分の国の城を何度も見ているので、驚かないのだが・・・なんというか、見るからに煌びやかなその外観に圧倒されてしまったのだ。
 “美”を追求する人だというから、住む家も煌びやかなのだろう。
 しかし、自分の家にコンテスト会場を設けるとは・・・よっぽどの入れ込みようである。

 「ほら、見て。ここに、歴代の優勝者の名前と、ポイントが書かれてるの」
 「へぇ・・・」

 ミレーユが会場の入り口近くにあった掲示板を指差す。が「どれどれ・・・」と覗きこみ、思わずギョッとした。

 「・・・何これ・・・イザティード・ラートシュタ、バーバラ・カーリュベラ、ミレーユ・ルナハート、テリー・ルナハート・・・ドランゴまで・・・!?」

 書かれていた名前は、のよく知る仲間のものだ。名字まで同じな人物がそうそういるはずがない。これは、間違いなく彼女の仲間の名前だ。しかも、魔物であるドランゴの名前まであるとは・・・。

 「ドランゴは、モンスター限定のランクで見事優勝したのよ」
 「・・・そ、そうなんだ・・・」

 思わず、顔が引きつった。自分の知らないところで、こんなコンテストに出ていたとは・・・。

 「おお、姫さん、来たか!」
 「ハッサン・・・」

 会場の奥から姿を見せたのは、ハッサンだ。ニヤニヤとを見て、何か言いたそうにしている。

 「お相手さんは、もう準備完了してるぜ? 姫さんが来るのをソワソワして待ってるからな」
 「え、そうなの? 早いなぁ、テリー・・・」
 「じゃあ、私たちも準備しましょう? さ、姫。こっちよ」
 「うん」

 さすが出場経験者。迷うことなく控室に入り、持っていた袋を下ろした。その中に何が入っているのか、は知らない。ミレーユに全て任せてしまったのだ。
 キョロキョロと辺りを見回せば、自分以外に4人の女性が準備をしていた。
 鎧兜に身を包み、手には剣を持った女性。バニーガールの姿の女性。見たことのない民族衣装のような格好をした女性。奇抜な衣装の女性。

 「姫、ほら着替えて」
 「え・・・あ、うん」

 ミレーユが袋から取り出したのは、キラキラと光るドレス。そう、先日、ミレーユが手に持っていた光のドレスだった。

 「それと・・・銀の髪飾りをつけて・・・ピンクパールのネックレスをつければ完璧ね」
 「な、なんか・・・嫌な思い出が蘇るなぁ・・・」
 「あら? どうして?」

 いつもの旅装を脱ぎ、慣れた手つきでドレスを着始めたの言葉に、ミレーユは首をかしげる。

 「だって・・・お城にいた頃のこと思い出しちゃう・・・」
 「嫌な思い出なの?」
 「色々と、うるさいこと言われてたから」

 ハァ・・・とため息をつき、ドレスを着終えると、ミレーユが「まあ・・・」と感嘆の声をあげた。

 「まだドレス着ただけなのに、こんなにキレイだなんて・・・。やっぱり、着慣れてるし、映えるのね。さ、お化粧と髪の毛をやりましょう」
 「え・・・まだ何かあるの?」
 「優勝するためには必要なものよ」

 椅子に座らされ、はミレーユの好きにさせることにした。彼女なら、間違ってもおかしなことはしないだろう。
 「さ、出来た」とポンと肩を叩かれるのと、出場者全員に声がかかったのは、ほぼ同時であった。

***

 カツカツ・・・とヒールの音を立てて歩く。礼儀作法、所作、そういったものは幼い頃からみっちりと叩きこまれた。今では、高いヒールで駆けだすこともできる。今は、厳しく指導してくれた先生にお礼を言いたい気分だ。長いドレスの裾を踏むこともなく、優雅に歩くその姿は美しく、それだけで目を引く。
 控室を出て、しばらく廊下を歩けば、男性の集団が目に飛び込んでくる。もしかしなくても、コンテストの出場者だろう。
 そして、その中にひと際目を引く少年の姿を発見し、の胸はドキッと高鳴った。
 絹のタキシードと蝶ネクタイをした、銀髪の少年。出場女性たちが、彼の姿を見て黄色い歓声をあげている。それほどまでに、彼はカッコよかった。

 「テ、テリー・・・!」

 震える声で、名前を呼ぶ。彼が自分のパートナーだということが、少しだけ気恥ずかしい。隣に立ってもいいのだろうか?と思ってしまう。
 案の定、がテリーに近づけば、女性たちの空気が変わる。「あんたがパートナーなの!?」という雰囲気だ。
 テリーが近づいてきたを見て、目を丸くし、プイッとそっぽを向いた。その態度に、はショックを受ける。

 『え・・・何、今の態度・・・。や、やっぱり似合ってないんじゃないの!? どこかおかしいんじゃないの!!? ミレーユ〜!!!』

 泣きそうになりながら、心の中でミレーユに助けを求めるが、当然ながら、彼女は現れない。
 そうこうするうちに、出場者が呼ばれ、10人の男女が舞台上に上がった。会場は、ものすごい熱気に包まれていた。
 司会進行役の男がその場をさらに盛り上げ、会場が歓声にわく。
 1組1組ずつ、細い通路を歩き、観客にその姿をアピールしていく。テリーとは5番目、一番最後だ。
 出場者がスポットライトを浴びながら、ランウェイを歩く。そろいの鎧兜に身を包んだカップル、酒場からそのまま出場したのかと思われる、バニーガールとバーテンダー、デザインこそ違えど、見たことのない民族衣装をそろって着ているカップル、そして不思議なボレロと一風変わった帽子をかぶったカップル・・・。

 「行くぞ、
 「う、うん・・・」

 とうとう、自分たちの出番だ。テリーがそっとの手を取り、エスコートするように歩き出す。大勢の人間に見られることには慣れている。国民の前に姿を見せ、優雅に手を振るのは王族の仕事だからだ。
 堂々とした仕草で歩けば、客席から感嘆のため息がもれる。タキシード姿のテリーと、ドレス姿のは、まるで王子様と王女様のようだ。は正真正銘、王女様だが・・・。
 客席に、イザティードたち仲間の姿を見つけ、そっと微笑む。そのの微笑みを見た観客が、うっとりとした表情を浮かべていた。
 元の場所に戻ると、審査が始まる。は、ドキドキしながら結果を待った。

 「さあ、結果が出たようです・・・。ベストドレッサーランク9、栄えある優勝者は・・・!!!」

***

 ハァ・・・と深いため息をつき、は椅子に腰を下ろした。なんだか、急に疲れが出たような気がする。

 「・・・どうすんのよ、コレ」

 チラッと見た視線の先は、水着。とは言っても、これは立派な防具である。魔法の力で防御力を高めた、その名も「魔法のビキニ」。
 見事、最高得点で優勝を決めたテリーとに贈られた商品が、これだったのだ。
 渡された瞬間、とテリーが凍りついたのは言うまでもないだろう。
 ジャンポルテの館を出て、滞在先の町まで戻り、今は宿屋で一休みだ。仲間たちは意気揚々と食事へ向かったが、とテリーは着替えがあるため、後から合流することになった。
 ハァ〜・・・と再び重いため息をつくと、コンコンと扉がノックされた。

 「はーい・・・テリー・・・?」

 扉を開けると、そこにはすでにいつもの旅装のテリーが立っていた。もう少しタキシード姿を見たかったな、なんて寂しく思ったのは内緒だ。

 「お前、まだそんな格好してるのか? 食事に行かないのか?」
 「あ、ごめん・・・すぐ着替える! なんか、ごめんね、ホントに。似合ってないのに、いつまでも着てて」
 「・・・似合ってない?」
 「きっと、優勝できたのは、テリーのおかげだよね! 私、完全に引き立て役だったし・・・。すぐ着替えるから、ちょっと待ってて・・・」

 言いかけたの腕を、テリーが掴む。ビックリしてテリーを振り仰げば、真剣な眼差しのアメジストの瞳と目が合った。

 「テリー・・・??」
 「なんで似合わないなんて言うんだ?」
 「え・・・だって、さっきテリー、目逸らしたじゃない! あれ、ちょっとショックだったんだから! ミレーユが大絶賛してくれた後だったから、余計に・・・」
 「馬鹿、あれは・・・似合ってなかったんじゃなくて・・・」

 そこで、言葉に詰まる。眉根を寄せ、はテリーを見つめる。視線が痛い。テリーはハァ・・・とため息をつくと、クシャリと前髪を掻き毟った。

 「・・・キレイだったから・・・直視できなくて・・・逸らしただけだ・・・」

 ボソッとつぶやかれた言葉に、今度は目を丸くする。テリーの顔は、耳まで真っ赤だ。そんな顔を見られたくなくて、誤魔化すようにを腕の中に閉じ込める。

 「テリー・・・テリーも、すっごくカッコよかったよ。もうちょっと見てたかったな、タキシード姿」
 「・・・そうか?」
 「うん」

 そっと体を放し、見つめ合い、キスを交わす。テリーがマジマジとの格好を見るので、少しだけ気恥ずかしい。

 「・・・で、このドレスはオレが脱がせていいんだよな?」
 「え!!?」
 「なかなか着替えなかったのは、そういうことだろ?」
 「え! い、いや、そうじゃないけど・・・あの・・・!」
 「遠慮するな。ドレス脱がすくらい、わけないことだ」
 「ちょっと・・・!! テリー!!?」

 背中のファスナーが下ろされ、そのままドレスを脱がされる。キスを交わし、ベッドに倒れ込む。

 「ドレス姿もいいけど、何も着てないも魅力的だぞ」
 「バカ!!!」

 顔を真っ赤にさせて怒鳴る恋人の姿に、テリーはニヤリと不敵に微笑んだのだった。



もちろん、ベストドレッサーコンテストのランク9なんて捏造ですし、魔法のビキニも6には出て来ません。