4.なんて身勝手で愛おしい
真剣な表情で魔道書を読む彼女を見つけた。眉間に皺を寄せ、何か唸っている。
そんな彼女の正面に座り、ジーッと見つめるが、彼女が自分に気づくことはない。
数分後・・・本から目を離し、大きく伸びようとした彼女が、目の前でテーブルに肘をつき、そこに顎を乗せた状態で自分を見つめている恋人に気づいた。
「な・・・テリー! いつからそこにいたの?」
「数分前だ。お前が唸ってるの、見させてもらったぞ」
「う・・・もう! 声かけてくれればいいのに!」
そう言って、は拗ねた様子で読んでいた魔道書を閉じた。
「いいのか?」
「え?」
「それ。勉強してたんだろ?」
「う〜ん・・・ちょっと目が疲れたから、休憩」
そう言って、「う〜ん・・・」と大きく伸びをする彼女。テリーはの前に置かれている魔道書を手に取った。
「あれ? テリーも魔法に興味あった??」
「まあな・・・。ルカナンしか使えないが」
「そうだっけ? でもまあ、テリーは剣士だし。魔法使いはチャモロやミレーユ、バーバラがいるから必要ないよね」
「じゃあ、なんでお前は魔法を覚えようとしてるんだ?」
彼女が読んでたのは、恐らく攻撃魔法の部分だろう。僧侶の魔法が少し使えるだけで、攻撃魔法は苦手で、初期の魔法しか使えないと言っていた。現在、修行中なのだが、うまくいってないらしい。
だが、返って来たのは予想と反する答え。
「う〜ん・・・今覚えようとしてるのは、ザオリクなんだけど・・・難しいんだよね、これが」
ザオリク・・・確か、死者の魂を呼び寄せる魔法だったな、とテリーは思い出す。徳の高い僧侶の使う、超高等魔法だ。確かに、それを使えるようになれば、万が一・・・というときに大いに役立つだろう。
「僧侶の魔法だろ? チャモロに任せればいいじゃないか」
「うん、でも使える可能性があるなら、覚えたいし・・・。少しでも、みんなの力になりたいしね」
エヘヘ・・・と笑いながら、照れくさそうに頭を掻く。城にいた頃から、勉強は苦手で読書も嫌いだったと言っていた。好きなのは体を動かすこと。剣術、体術、そういったことだという。
「そうか・・・まあ、使えるにこしたことはないよな」
「そうでしょ? ホイミだって、使える人が多い方が、助かるしね〜」
そこで、テリーは黙り込んでしまう。確かに、誰かに頼るよりも自分の力で回復をした方がいいに決まっている。
だが、テリーはルカナン以外の魔法は使えない。僧侶の職に就いたこともない。
「・・・オレ、ダーマで僧侶に転職してくる」
「え・・・!?」
ボソッとつぶやかれたテリーの言葉に、が目を丸くする。
「な・・・なんで!?」
「お前が今言ったんだろ。ホイミを使える人が多い方が助かる、って」
「そ、それは、そうだけど・・・! でも、ムリして僧侶に転職しなくても・・・」
「ムリじゃないさ。それに、そろそろオレもバトルマスターの職をマスターするしな。新しい職業にも就きたいと思ってた」
そう言って、立ち上がろうとしたテリーの手を、がパシッと掴んだ。
「・・・なんだ?」
「テリーは、今のままでいいよ。スーパースターとかどう?? 華やかで、テリーに似合うんじゃない?」
「遊び人と踊り子か・・・踊り子ねぇ・・・」
「う・・・」
何をしても様になる男だとは思うが、少しだけ踊り子のテリーというのは想像がつかなかった。
「じゃ、じゃあ、私と同じく魔法戦士とか・・・!」
「パラディンでもいいじゃないか。僧侶をマスターすればいいんだろ?」
「だ、だから・・・僧侶はいいって」
「どうして、そんなにオレが僧侶になるのを拒むんだ? 魔法使いは止めないのに」
「えっと・・・いや、テリーに似合うのは、他にあるんじゃないかな〜って。ほら、魔物使いとか!」
「答えになってない」
ズイッとテリーがテーブル越しに顔を近づけて来る。は思わず「うっ・・・」と言葉に詰まった。
「それは、その・・・」
「なんだ?」
の視線が泳ぎ、頬が赤く染まる。一体、何が彼女をそんなに躊躇させているのだろうか。
「・・・テリーの回復は、私がしたいから」
「・・・は?」
ボソッとつぶやかれた言葉に、思わず間の抜けた声をあげてしまった。
の顔は真っ赤に染まり、恥ずかしさからか顔をうつむかせる。
「ごめんなさい、こんな下らない理由で・・・。でも・・・!」
言葉を続けるに、テリーはテーブルを回りこみ、の足元に跪いた。そのまま、膝の上に置かれていた彼女の小さな手に触れる。
「下らなくなんてないさ・・・。立派な理由だ」
「テリー・・・」
「だけど・・・オレも同じ気持ちなんだ。チャモロに回復してもらっている姿を見るのは、面白くない。ましてや、は自分でも回復できるんだ。出来れば、誰かの手で回復はしてもらいたくない」
「・・・!!」
を見上げ、フッと微笑むテリーに、ドキッとした。
そのままテリーが立ちあがり、今度はを見下ろす。そして、クシャリと頭を撫でられた。
「オレが僧侶になって、回復魔法を覚えても、お前はオレにホイミかけてくれるだろう?」
「あ・・・当たり前だよっ!! むしろ、それは私の役目・・・」
「じゃあ、問題ないな。僧侶に転職する」
「で、でも・・・」
それ以上、何かを言うことは許されなかった。テリーの唇が、の唇を塞いだからだ。
「・・・テリー」
「自分勝手で身勝手だけど・・・なら許してくれるだろ?」
「・・・うん」
あとは、パーティのリーダーであるイザティードが何と言うかだ。もしかしたら、彼は今後のテリーの転職予定を立てているのかもしれない。
「でも・・・僧侶のテリーって、なんだか想像つかないね。魔法が使えるのが、なんだか不思議」
「どういう意味だ」
「だって、テリーって剣1本で生きてきた、っていう感じじゃない? 誰にも頼らず、自分の力だけで生きてきたっていう・・・」
「実際、そうだったろ。お前に会うまでは」
「ああ、そうだね・・・。テリー、今までずっと1人で旅をしてきたんだもんね。強さを求めて・・・ミレーユを探して・・・」
が立ちあがり、ギュッとテリーの体を抱きしめる。そのまま、母親が子供をあやすように、背中をポンポンと撫でられた。
「これからは、私がいるよ。ずっとずっと・・・私がテリーの傍にいる・・・」
「・・・・・・」
自分を慈しみ、愛してくれる女性がいる。今まで、そんな存在に触れたことはなかった。
性欲処理のために、行きずりの女と体を重ねたことはあるが、それは愛情とはかけ離れたもの。
に出会って、彼女と愛し合い、何もかもをさらけ出して・・・そんな自分の姿など、かつての自分からは想像もつかなかった。
「あ、テリー、こんなところにいたのか」
抱きしめ合う恋人たちのもとへ、一行のリーダーが姿を見せ・・・2人の姿を目に止めると「お邪魔しました・・・」と部屋を出て行こうとする。
「イザティード、ちょうどよかった。お前に話がある」
の体を放し、イザティードに声をかけると、閉められかかった扉が、申し訳なさそうにゆっくり開かれた。そんな仕草がおかしくて、は思わず笑ってしまう。
「今後の、転職の予定なんだが・・・」
「ああ、何かなりたい職があるのか?」
「僧侶になろうと思う」
テリーの言葉に、イザティードが目を丸くする。やはり、彼もと同じ意見なのだろう。
「・・・意外だね、テリーの口から魔法を使う職業になりたい、なんて出るなんて」
「まあ、な。色々と考えがあるんだよ」
「こっちとしては、問題ないよ。ちょうど今、僧侶の職に就いてる人はいないし・・・。回復要員が増えるのは、悪いことじゃないからね」
ところがどっこい、恐らくテリーがホイミをかけるのはだけになるだろう。
「うん、わかった。じゃあ、近いうちにダーマ神殿に行こう。他のみんなも、転職したい人がいないか、確認しておこうっと」
「よろしくな、リーダーさん」
「お邪魔しました。ごゆっくり」
ニヤリ・・・と笑い、イザティードが部屋を出て行く。
パタン、と扉の閉まる音が響き、思わず目を目を合わせる恋人。
「・・・何か言いたそうだね」
「イザティードも、ああ言ってたことだし・・・。ゆっくりと楽しむとしようか?」
「何を楽しむ気??」
「それはもちろん、2人きりの時間だ」
キスを交わしながら、の体をテーブルの上に押し倒す。そのまま、スリットの大きく入ったスカートの隙間に手を差し入れた。
「ちょ・・・っと、テリー・・・!!」
「悪いが、止めてもムダだ」
「こぉらぁ〜!!!」
抵抗したところで、何の意味もないことは、自身が一番よく知っていた。