1.独占欲の甘い蜜

 「うわぁ〜・・・懐かしいね!」
 「ああ・・・そうだな・・・」

 城門をくぐって城の中に入り、が声をあげた。後ろを歩くテリーも、どこか懐かしそうな表情だ。

 「ここで、私とテリーは出会ったんだよね」
 「そうだったな」
 「1人で棺桶引きずってて・・・何してるのかと思ったんだから」
 「魔物討伐のための棺桶か・・・」
 「すごいよね、テリー。1人でバトルレックス倒しちゃうんだもん!」

 その戦いっぷりを見ていたは、当時のことを思い出したのか、興奮気味に声をあげ、拳を握りしめた。

 「そういえば・・・アークボルトの国王は、お前のことを知っていたのか?」
 「ううん。あまり交流がない国なんだ、ここは。ルークシスと離れてるでしょ?」
 「ああ、言われてみればそうだな」

 ということは、この国の人間は未だにが王女であることを知らないままなのか。
 懐かしさと共に城の中を歩いていると、前方から「あっ!」と声がした。驚いて視線を向ければ、かつて戦わされた兵士の1人、スコットが慌てた様子でとテリーに駆け寄って来た。

 「お前は・・・あの時の旅人だな!? 雷鳴の剣を授けた・・・」
 「あ、ああ・・・。あの時は世話になったな」
 「大変なんだ! あの魔物が突然蘇って、お前のことを探している!」
 「え?」

 信じがたいその言葉に、思わずテリーとは顔を見合わせる。

 「“青い人間を待つ”と言ってるんだ。打ち負かしたお前のことだろう」
 「オレを探している・・・? 一体どういうことだ? まさかやられた復讐でもしたいっていうのか」
 「それならそれで、構わない。とにかく、こちらとしてはあの魔物が蘇って迷惑しているんだ。倒すなり説得するなり、お前に任せる。なんとかしてくれ!」

 そうまで言われては、放っておくわけにもいかない。テリーがスコットに案内された場所に行けば、牢屋の前にアークボルト兵団長のブラストが立っていた。

 「おお、お前はあの時の・・・! スコットから話は聞いているか?」
 「ああ。オレが倒した魔物が蘇ったとか・・・」
 「そうだ。確かに息の根は止めてあったのだが・・・どういうわけか、突然蘇り、お前の事を探している」

 そっと牢屋の中を覗けば、確かにテリーがあの時倒したバトルレックスが鎖に繋がれていた。

 「どうやら、こいつは子供のバトルレックスのようだな。普通のバトルレックスよりも、幾分か小さい」

 とは言っても、確実にテリーや、ブラストよりも大きいのだが・・・。
 そのバトルレックスが、牢屋の外にいたテリーの姿に気づき、暴れ出した。

 「ギルルン・・・青い人間・・・待っていた・・・お前・・・青い人間・・・私を・・・打ち負かした・・・」
 「あ、ああ・・・そうだ」
 「私・・・ついてく・・・私を・・・打ち負かした・・・お前に・・・ついていく・・・」
 「え」

 そのバトルレックスの言葉に、が顔を引きつらせた。ついてくるとは・・・まさか、自分たちの仲間になるというのか。

 「そうか、こいつらと一緒に行くと言うのか! そういうことなら、鎖を外してやる。さあ、どこへなりとも連れて行ってくれ!」
 「ちょっと待ってくれ、オレたちは・・・」
 「さあ、行け! 連れて行ってくれ!」

 バトルレックスの鎖を外すと、大きな巨体のドラゴンは、テリーにズシンズシンと歩み寄り、頬ずりをしてきた。思わず、テリーの顔が引きつる。

 「ギルルン・・・私・・・ドランゴ・・・青い人間・・・名前は・・・?」
 「オレはテリーだ・・・」
 「テリー・・・私・・・テリー・・・ついていく・・・どこまでも・・・」

 あ然としてしまったのはだ。まさか、打ち倒した人間についていくなんて、そんなことになるとは夢にも思わなかった。
 巨体を揺らしながら歩いて行くドランゴと、そのドランゴに引っ張られていくテリーの背中を、呆然としながら見送ってしまう。
 と、ポンと肩に手を置かれ、が振り返る。そこに立っていたのは、ブラストだ。

 「あんたも大変な恋敵を持ったな。まあ、がんばれ」
 「はぁ!? 魔物が恋敵!!? 冗談じゃないわよっ!!!」

 その一言に、ブラストが縮みあがる。ものすごい形相だった。
 まさか彼女が一国の王女だとは、誰も思うまい。

***

 テリーとがドランゴを連れて仲間たちのもとへ戻ると、さすがにイザティードたちも目を丸くした。

 「えっと・・・それで、そのバトルレックスを連れて行くの?」
 「仕方ないだろう。オレについて行くって言ってるんだし・・・それに、こいつなら戦力になるんじゃないか?」

 視線をドランゴに向け、テリーがそう言うと、ドランゴはうれしそうに再びテリーに頬ずりした。

 「なんか・・・懐かれてるね・・・」
 「打ち負かした人間についてくらしい」
 「なるほど、それでテリーに懐いてるのね。まあ、そうなった以上、責任持って育ててあげなさいよ」
 「ちょっと待て、オレはこいつの保護者になった覚えはないぞ」
 「何言ってるの。その子、テリー以外の言うことはきかないみたいじゃない」
 「う・・・」

 確かに、先ほどからイザティードたちが挨拶をしているにも関わらず、ドランゴはテリーに擦り寄るばかりで目も合わせない。

 「こりゃ、戦闘の時も大変だ・・・うおっ!?」

 笑いながらテリーをからかったハッサンだったが、その背後からすさまじい殺気を感じ、振り返った瞬間、声をあげた。

 「ひ・・・姫さん・・・?」
 「なぁに、ハッサン・・・余計なこと言ったらぶっ飛ばす」
 「おいおい、お姫様ともあろう方が“ぶっ飛ばす”はないだろ・・・」

 嗜めるハッサンの言葉など聞こえていないのだろう。の視線はテリーとドランゴに向けられている。あまりの殺気に、ハッサンは逃げるようにミレーユの傍に避難した。ここなら安全だ。

 「あら、どうしたの? 姫」
 「別に・・・なんでもないよ、ミレーユ・・・」

 しかし、なんだってテリーはあんなに魔物に好かれるのだろうか?
 今まで仲間になったスライムや、スライムナイト等々、なぜか皆、テリーによく懐いていた。テリーも慣れた様子で魔物たちを手なずけていたが、彼は魔物マスターの職には就いたことがないはずだ。
 不思議なこともあるものだ・・・と思っていたが、これは手懐けるの範疇を超えているように思える。
 何をするにも、ドランゴはテリーにベッタリで・・・逆にがテリーに近寄ろうものなら、ものすごい勢いで突進してくるので、慌てて逃げ出す始末。
 さすがにこれは可愛そうだ・・・と思い始めたイザティードは、馬車の中にとテリーを押し込めた。2人でゆっくり話し合え、ということだろう。
 だが・・・なかなか言葉が出てこない。ガタガタと馬車の揺れる音だけが、2人の空間を支配している。

 「・・・何か言いたいことがあるんじゃないのか?」

 沈黙に耐えかねたように、口を開いたのはテリーだ。はチラッと恋人に視線を向け、立てた膝に顔を埋めた。

 「別に・・・特にないけど」

 視線を逸らしたまま、が小さくつぶやく。そんなの態度に、テリーはため息をつき、立ち上がるとの横に腰を下ろした。

 「

 テリーの声が、耳元で聞こえる。そっと顔をあげ、傍らに座るテリーを見つめ・・・キッと睨みつけた。

 「どうしてテリーは、ドランゴばっか構うのよ!!」
 「言いたいこと、あるんじゃないか」
 「誤魔化さないで! ひどいじゃない! 私は恋人なのに、あんな扱い受けて、黙ってるなんて!」
 「あんな扱い?」
 「私がテリーに近づくと、ドランゴが怒るの!!」
 「そんなこと言ったって、仕方ないだろ。あいつはオレに従うって言ってるわけだし・・・」

 ムカムカしてきた。なぜ、彼は自分の気持ちをわかってくれないのだろう。魔物に嫉妬するなんて、バカバカしいと思っているのに、彼が「仕方ない」と冷たく言い放ち、イライラは増すばかりだ。

 「なんでそんなこと言うんだ? ドランゴがオレに懐くのが何かいけないことか?」
 「〜〜っ!!!」

 サラッとそんなことを言われ、とうとうも我慢の限界だ。

 「鈍感っ!! テリーのバカ!!」

 そう叫ぶと、は移動している馬車の後ろから飛び降りた。

 「っ!!!」

 驚いて、テリーが幌をめくれば、地面に転がったに、チャモロが駆け寄った。慌ててホイミの魔法をかけ、傷を癒す。

 「大丈夫ですか、王女!」
 「うん・・・大丈夫、ごめんね」
 「どうして動いてる馬車から飛び降りたりしたんですか。危ないですよ」
 「ごめんね、チャモロ。ホイミ、ありがとう」

 の後を追って、テリーが馬車から下りる。だけど、はけしてテリーの方を見なかった。

 「少し、休憩にしようか」

 イザティードの言葉に、仲間たちは歩みを止めた。

***

 テリーから逃げるようにして、水汲みに名乗り出た。桶を持って、川まで向かい、その澄んだ水を桶に汲む。
 水面に映った自分の姿に、ハァ・・・とため息をつく。未だに、自分の容姿に自信を持てなかった。

 「姫、大丈夫?」

 聞こえてきた声にハッとなる。振り返れば、やはりそこにいたのはミレーユ。テリーとのこともあって、ミレーユと顔を合わせるのが心苦しい。

 「ケンカしちゃったの? テリーと」
 「ううん・・・私が勝手に嫉妬しただけなの・・・」
 「嫉妬?」
 「・・・ドランゴに」

 はポツリポツリと今まであった出来事を話した。
 ドランゴがテリーにベッタリなこと。がテリーに近づこうとすると、ドランゴの妨害が入ること。それをテリーに訴えたところ「仕方ないだろ」の一言で済まされたこと。

 「私・・・自分で自分がイヤになって・・・。ドランゴに嫉妬してる自分が、恥ずかしいしイヤだ・・・」
 「それは、仕方のないことよ」
 「え・・・?」

 ミレーユの優しい言葉に、顔をあげて彼女を見れば、ニッコリと優しく微笑まれた。

 「姫は、本当にテリーのことが好きなのね。あの子も幸せ者ね。こんなに可愛い子に心から想われるなんて」
 「・・・ミレーユ」
 「好きだから嫉妬するのは、当然でしょう? その人を独占したいって思うのは、当然のことだわ。それが人を愛するってことだもの」
 「そう・・・かしら・・・?」
 「好きじゃなかったら、嫉妬なんてしないでしょう? 好きな人に好意を抱く人が近づけば、恐怖が出てきて不安になって、嫉妬するものだわ。例えば、イザとバーバラが仲良くしてても、姫は何とも思わないでしょう?」
 「うん・・・。2人が仲良くしてるのを見るのは、微笑ましい」
 「私がテリーと仲良くしてても、イライラしないでしょう?」
 「・・・うん」
 「それは、私がテリーの姉だから。家族としての愛情は抱いても、恋人としての愛情を抱くはずがないからよ」
 「・・・・・・」

 ミレーユの言葉に、は再び水面を見つめた。嫉妬なんて醜いと思っていた。だけどそれは、独占欲の表れなのだ。それだけ、はテリーを愛しているということ。

 「

 テリーの自分の名を呼ぶ声にハッと顔を上げる。ミレーユがポンとの肩を叩き、その場を離れた。
 振り返ってテリーを見れば、どこかバツの悪い表情を浮かべていて・・・ゆっくりと、の隣に座りこんだ。

 「・・・悪かったな、さっきは」

 ボソッとつぶやくように、テリーが謝罪の言葉を告げる。だが、はテリーと視線を合わせようとしない。川面を見つめ、表情一つ変えなかった。

 「だけど、不安になる必要なんかないだろ。オレはお前を愛してる。他の誰か・・・ましてや魔物であるドランゴに心惹かれるわけがない」
 「・・・・・・」
 「オレからも、あいつには言っておいた。“もう少し、他の仲間と仲良くしろ”ってな」

 テリーが手を伸ばし、の肩を抱き寄せる。強張っているの体を、優しく撫でてやった。

 「

 再び、テリーがの名前を呼ぶ。今度は、その澄んだ赤紫の瞳で、テリーを見つめてきた。少し潤んだその瞳に、少しだけ欲情する。
 そっと頬に触れ、顔を近づけ口づけを交わす。触れるだけだったそれが、次第に深くなっていき、お互いの舌と舌を絡めあった。

 「ん・・・ふ・・・ぁ・・・」

 が苦しそうにし始めたので、ようやくそこでテリーは唇を放した。

 「オレの気持ちを疑うようなことするな。それに・・・独占欲なら、オレも持ってる」
 「え・・・?」
 「お前がイザティードやハッサン、チャモロと仲良くしてる姿を見るのは、面白くない」

 グイッと抱き寄せられる。耳元でささやかれた言葉に、はそっと微笑み・・・抱きしめるテリーの背中に腕を伸ばして抱きついた。