1.ガラス越しの口付け
「力が欲しいんだ・・・誰にも負けない力・・・大事な者を守れる力・・・」
アークボルトの城下町で、偶然出会った旅の剣士。
銀髪に紫の瞳をした少年と呼んでもいい年頃の男だ。
「力・・・それが、あなたにとって、最強の武器を手に入れることなの?」
「そうだ。だから、あんただって剣を手にしてるんだろう? 何かを守るために」
声をかけてきた少女の腰元を見つめ、少年がつぶやく。
「・・・守るための力と、傷つけるための力は違う。あなたは、守るためでなく、傷つけるために強さを求めているように感じます。いつか、自分を見失ってしまう」
「あんたに何がわかるんだ?」
冷たい紫の瞳が、少女に向けられる。澄んだ赤紫の瞳は、真っ直ぐに少年の視線を受け止めた。
「・・・私を、あなたの旅に連れていってくれない?」
「なんでだ?」
「あなたを・・・止めたいから」
少女の言葉に、少年はフッと笑う。何を言い出すのか・・・と小馬鹿にしたような態度だ。
「何を言い出すのかと思えば・・・くだらない」
「くだらなくなんてない。私は、あなたが壊れていくのを見たくないだけよ」
「・・・ホイミの礼は言う。だけど、あんたの申し出は受け入れられない」
冷たく言い捨て、少年がスッと立ち上がる。慌てて、少女も立ちあがった。
「あなたが受け入れなくても、私はもう着いて行くって決めた」
「勝手なことを言うな」
「あら、いいじゃない。どうせ、私は故郷に戻る途中だったんだし・・・。一緒にいた仲間も、先の目的地に向かっちゃったわ」
「・・・・・・」
一緒にいた仲間・・・青い髪をした少年たちのことか。
自分と同じ、洞窟の魔物を倒しに来たようだが、一足遅かった。洞窟に巣食っていた魔物・・・バトルレックスは、自分が倒したのだから。
「あんたの故郷って?」
「ルークシスよ」
「ルークシス? フォーン城の南に位置する島国か?」
「ええ」
「・・・定期船はレイドックまでしか出てないと思ったが?」
「大丈夫よ、ルーラで帰れるから」
「・・・・・・」
だったら、自分と共に旅をする理由がない。一瞬にして目的地へ飛べるルーラの魔法があるのなら、旅をする必要などないではないか。
「国に帰ろうと思ったんだけど・・・あなたが気になるから、一緒に行くことにする」
「勝手に決めるなと言っただろう」
「見たところ、あなた剣の腕は一流だけど、魔法はからっきしダメでしょ? その点、私は僧侶の修行を積んでるし、今は魔法使いの修行をしてるところだから、簡単な攻撃魔法なら使えるわ。戦士の修行もしたから、剣の腕もそこそこだし」
「・・・オレは1人で大丈夫だ」
「そんなこと言わずに、一緒に行こうよ。ね? 旅は道連れ、世は情けっていうじゃない」
ニコニコと笑う少女に、少年はハァ・・・とため息をつき、紫の目を細めた。
「足手まといだと感じたら、すぐさま置いていくぞ」
「ええ、いいわよ」
ニッコリ微笑み、少女が手を差し伸べる。
「私、。あなたは?」
差し伸べられた手を見つめ、だがその手を握らず、少年はつぶやいた。
「テリーだ」
***
それから、テリーとの2人旅が始まった。
は明るく快活な少女で、黙りこんだままのテリーを無視して、自分のことを話した。
そこで、何かおかしい・・・とテリーは気づく。薄々感づいてはいたが、彼女はどこかのお嬢様らしい。見たことのないもの、口にしたことのないもの、様々な言葉が出て来るのだ。
その上、料理がからきしダメだ。剣は持てるが、ナイフは持ったことはないらしく、何度も指を切っていた。見かねたテリーが「食事はオレが作る」と言いだすほどだった。
「それで、お父様が“お前は大人しく本を読むこともできないようだから、剣術を習いなさい”って言って、それで剣を習ったのよ」
宿屋の一室・・・できれば別室で泊りたかったのだが、部屋が満室ということで、2人は一つのベッドで寝るハメになってしまった。
「・・・よくしゃべるヤツだな」
「だって、お城にいた頃は聞いてくれる人がいたけど、今はテリーしかいないんだもの」
「・・・城?」
「あ・・・」
しまった・・・といったように、は咄嗟に自分の口を押さえる。対して、テリーは眠っていた上半身を起こし、を見下ろした。
「お前・・・ルークシスが故郷って・・・まさか・・・」
「えっとぉ・・・い、今まで黙っててごめんね? 一応、ルークシス王の娘・・・なんだ」
「!!!?」
バッと素早く、テリーがベッドから抜け出ると、そのまま部屋を出て行こうとする。
「ちょっと待って! どこ行くの!?」
「・・・ふざけるな。王女と一つベッドの中で眠れるか」
「大丈夫だって! 誰にも言わなきゃバレないもの。それに・・・」
もベッドから抜け出ると、ドアの前で硬直しているテリーの手を取った。
「外は寒いよ? 一緒に寝よう?」
ニッコリ笑顔でそう言うけれど、テリーの心境は複雑だ。こんな風に無邪気に微笑まれては、自分は男として見られていないのではないか、と思ってしまう。
いや、それでいいのだろう。男と女、と意識してしまっては、一緒に旅などしていられない。
マジマジと、テリーはを見つめた。
長い金髪は絹糸のように滑らかで、大きな赤紫の瞳は澄んでいる。形のいい鼻梁に、小さな桜色の唇。言われてみれば、王女の気品を備えていた。
「おやすみ、テリー」
「・・・ああ」
先ほどまでと同じように、ベッドの端と端に寝転んで、そっと目を閉じる。意識さえしなければ、彼女を女として見ることなどないだろう。
まして相手は王女だ。何かあってはタダでは済まされない。
いつの間にか眠りに落ちていたテリーは、翌朝、に揺り起されるまで目を覚ますことはなかった。
「おや、お二人さん、昨夜はお楽しみでしたね」
「え? お楽しみ?? 別に何も遊んでないけ・・・」
言いかけたの口を、テリーが問答無用で塞ぎ、宿屋のオヤジを睨みつける。何を勘違いしているのか・・・。
宿代を払い、さっさと外へ出る。次の目的地は岩山に囲まれた聖なるほこらだ。
「ハァ〜・・・この床の模様はなんだろうねぇ?」
ほこらの中には、大きな魔法陣と、それを囲むように設置された紋章。その横にはスイッチがあり、それを押すと紋章の模様が変わる。
「ねえ、テリー・・・?」
振り返ったは、目を丸くした。テリーが頭を押さえ、その場にうずくまっていたのだ。
「テリー!? どうしたの!! テリー!!」
「くっ・・・誰かが・・・頭の中に・・・!!」
「テリーっ!!!」
肩を揺すり、しっかり・・・!と声をかける。だが、テリーは苦しむばかりだ。
「力を求める者よ・・・私が汝の願いを聞き入れよう」
「!!?」
聞こえてきた声に、が反射的に剣を抜く。振り返った先にいたのは、大柄な男。とがった耳、ギラギラと光る目。間違いなく魔族だ。
「わが名はデュラン。そなたの願いを聞き届けた」
「どういう・・・」
「強さを求める少年よ・・・我が元へ来れば、力を授けようではないか」
手を差し伸べるデュランに、は身構える。だが、背後のテリーはスッと立ち上がると、デュランのもとへ歩み寄ろうとした。
「テリー!?」
慌てて、がその手を掴んで止める。だが、振り返ったテリーの目を見た瞬間、愕然とした。
澄んだアメジストの瞳はどこにもない。ギラギラと光る赤い瞳には、憎悪の色さえ含んで見えた。
「テ・・・テリー・・・?」
「オレは力が欲しい。誰にも負けない力が」
「しっかりして、テリー!! あなたは、操られて・・・」
テリーの肩を掴んで説得しようとしたの体が、吹っ飛んだ。見れば、デュランが自分に向けて手を突き出していて・・・ヤツの力だと判断した。
「小娘には用はない。死にたくなければ、立ち去るがいい」
「そんなこと・・・! テリーは渡さないわ!!」
ギュッと剣を握る手に力を込め、がデュランに斬りかかる。だが、寸でのところでそれを押し止めた者がいた。
テリーだ。
目を丸くするに、テリーは容赦なくその小さな体を投げ飛ばした。受け身を取ったおかげで、大事ないが、心に受けた傷は癒えない。
「テリー・・・どうして・・・!」
明らかにデュランに操られているのだが、には彼を元に戻す術が見つからない。
『・・・イザティード・・・彼らなら・・・!』
アークボルトまで共に旅をした仲間。青い髪をした、澄んだ瞳の少年。彼と、その仲間ならデュランを倒し、テリーを救いだすことができるかもしれない。
「テリー・・・」
剣を下げ、は自分と間合いを取る銀髪の少年にゆっくりと歩み寄る。剣を下げたことにより、テリーはを敵とみなしていないようだ。
「・・・さよなら」
告げた言葉に、テリーの瞳が揺らいだ。その赤い瞳が、紫に変わった。
「・・・!」
腕を伸ばし、テリーがの体を抱き寄せる。そして、そのまま2人の唇が重なった。
『ああ・・・まるで心のこもってない口づけだ・・・』
ポロリ・・・涙がこぼれた。
触れ合った唇は、ただ触れるだけの感情のこもらない口づけ。まるで、ガラスで隔てられた口づけのようだった。
ドン!とテリーの体を突き飛ばす。涙は止まらなかった。目の前に立つテリーの瞳は、すでに紫の色を失い、赤に染まっていた。
「行くぞ、テリー。我が城へ案内しよう」
デュランの声が響く。テリーは無言のままデュランに歩み寄り、2人の姿が消えた。
はその場に膝をつき、顔を手で覆った。涙が止まらなかった。