5.伝える言葉を知らなかった二人に

 大魔王デスタムーアを倒し、世界に平和が戻った。仲間たちは大魔王撃破を喜び、世話になった人々に挨拶をするべく、ペガサスで空を駆った。
 馬車の中から外の様子を見ていたは、知らず小さなため息をついた。1人、また1人と去って行く仲間たちの姿を見送る。
 ガンディーノでは、ミレーユとテリーの育ての親に会うことができたが、テリーは仏頂面を隠すこともなく、終始無言だった。
 過去にあった出来事を思えば、無理もない話だ。この場所で、姉は奴隷として働かされ、テリーもひどい目に遭った。あの頃、今のような力があれば・・・と、テリーは今でもそれを悔やんでいる。
 子供だったのだから、仕方ないよ・・・と触れた手は微かに震えていたのを思い出した。

 「

 聞こえてきた明るい声に、は去って行ったチャモロの背中から、傍らに立つ親友に視線を動かした。
 バーバラはニッコリ笑うと、そっとの手を握ってきた。

 「あのね・・・には伝えておこうと思って」
 「え? 何を?」
 「・・・ほら、あたし、こっちの世界では実体が滅んじゃって、存在しないでしょ? だから・・・夢の世界が消えたとき、あたしも消えちゃうんだ・・・」
 「!?」

 デスタムーアの力によって、生み出された夢の世界。その夢の世界の住人であるバーバラ。夢は夢のまま続くが、この現実の世界から夢の世界への繋がりが消えてしまうのだ。

 「それ、イザに話したの!?」
 「ううん・・・まだだけど・・・でも、話したところで、どうしようもないんだよね」

 悲しそうに笑うバーバラの姿に、は思わずその小さな体を抱きしめた。
 消えてしまうなんて・・・しかも、唐突にこの大魔王を倒した直後の幸せな時に聞かされるなんて・・・。

 「ね、。あたしからのワガママ、聞いて?」
 「ワガママ・・・?」

 そっと体を離し、バーバラを見つめる。ジワリ・・・視界が滲んだ。

 「あたしは、イザと結ばれることはできないけれど・・・は、絶対にテリーと幸せになって」
 「え・・・」
 「このままお別れなんて、イヤでしょう? ね? 約束して」
 「・・・・・・」

 ギュッと手を握りしめ、バーバラが告げる。だが、はそれにうなずくことができなかった。
 バーバラとイザティードがお互いを想い合っているのは、知っていた。仲睦まじい2人の姿に、自分とテリーにはないものを感じ、うらやましくも思ったものだ。
 だが・・・バーバラはもうすぐ消えてしまう。イザティードと結ばれることはないと言う。

 「でも・・・テリーは・・・きっと、また放浪の旅に出ちゃうよ・・・」
 「じゃあ、ついて行けばいいじゃない!」
 「そんなの・・・ムリだよ・・・だって、私は・・・」

 ルークシスの王女なのだから。そんな流浪の剣士について行くなど、許されるわけがない。
 王女の相手が元奴隷だなんて・・・魔物の手先になっていたなんて・・・話せるわけもなかった。

 「じゃあ・・・テリーに“一緒に来てほしい”って言われたら、は断っちゃうの?」

 ドキン・・・と心臓が高鳴った。それは、が願っていたことだった。テリーの口から「一緒に来てほしい」と言われれば、自分はきっと王族の地位を捨ててでも、彼について行くだろう。
 だが、テリーはを王族から引き離すことなどしない。いつまでも、王女であってほしいと願うだろう。
 だから、お別れなのだ。刻一刻と、その瞬間が近づいて来る。
 グランマーズの館で、マーズにテリーを紹介するミレーユ。だが、マーズはテリーのことをずっと見ていたという。そして、を見てニコリと笑った。そこまでお見通しなのか・・・。
 そのまま、サンマリーノへ向かい、ハッサンと別れた。

 「姫さん」

 家を出て行こうとしたの背中に、ハッサンが声をかけてきた。振り返ると、ガシッと肩を組まれた。目を丸くするに、ハッサンはニヤリと笑った。

 「テリーと、うまくやれよ?」
 「ハッサン・・・」
 「結婚式には呼んでくれ! 待ってるからな!」
 「・・・ありがとう」

 肩を組まれ、接近してきたハッサンの行動に、テリーがあからさまに不機嫌な顔を見せる。
 ああ、嫉妬してくれてるんだな・・・とうれしくもあり、この後訪れる別れの時に、胸が苦しくなった。

 「それじゃあ・・・次はルークシスに向かうけれど・・・」

 イザティードがそう言って、を振り返る。残った仲間はバーバラ、テリー、の3人だ。途端、の表情が曇る。

 「・・・出発する前に、ちょっと休憩しようか。ファルシオンも飛びっぱなしで疲れただろうし」

 そう言うと、各自解散・・・となった。
 だが、はテリーのもとへ寄らず、1人サンマリーノの港へ向かった。別れがつらいのだ。テリーの傍にはいられなかった。

 「姫」
 「イザ・・・」

 そんなを気遣ったのは、イザティードだった。静かに波間を見つめるの隣に歩み寄ると、優しい笑顔を見せた。

 「このままで、いいの?」
 「え・・・?」
 「ルークシスに、帰っていいの? 本当は、テリーと別れたくないんでしょ? 当たり前だよね」
 「・・・・・・」

 やはり、仲間たちにはお見通しか。きっと、別れたチャモロとハッサン、ミレーユも、同じことを危惧していたに違いない。

 「王子であるイザなら、わかるでしょう・・・? 私とテリーが、結ばれるわけがないって」
 「そうかなぁ? 僕は、ルークシスの国王様がそんなに心の狭い人には思えないけど。姫が選んだ人なら、喜んで婿に迎え入れると思うよ?」
 「違うわ・・・。テリーが王宮に入るわけがないのよ」

 それでなくとも、人を信じることに未だ慣れていないのだ。たくさんの人が集まる王宮で、テリーがうまくやっていけるとは思えない。
 容姿端麗で剣の腕も立つ彼だが、人見知りが激しいうえに、窮屈な暮らしなど出来ないだろう。

 「私・・・王女になんか、生まれたくなかったな・・・」
 「姫・・・」
 「こんなことなら・・・テリーと恋に落ちなきゃよかった・・・」
 「そんなこと、言わないで。何か考えよう? なんだったら、先にレイドックへ向かってもいい。その間に、気持ちの整理を・・・」

 イザティードの勧めをは首を横に振って拒否した。下手に時間を伸ばされれば、それだけ別れがつらくなる。わかっていた。

 「大丈夫・・・だから、ルークシスへ向かいましょう」

 ニッコリ笑って、はイザティードに告げた。だが、その笑顔は痛々しいまでに悲しそうなものだった。

***

 ─── 本当に、このままでいいの?

 別れ際、姉が自分にかけてくれた言葉を思い出す。それが何を示しているのか、すぐにわかった。
 自分とのことを、姉は心配してくれているのだ。いや、ミレーユだけではない。仲間たち全員が同じ気持ちなのだろう。
 はこのままルークシスに帰り、王女として過ごす。
 だが、自分は・・・今までと同じようにあてのない旅を続けるつもりだ。間違っても、王宮に入ることなど出来ない。
 テリーの脳裏に、の笑顔が蘇る。名前を呼んで、うれしそうに微笑む愛しい少女。いつだって、自分のことを案じてくれた人。
 それは、ミレーユの家族愛とは違う。誰よりも愛しい人。
 このまま何も言わなければ、は自分のもとから去って行く。彼女が、それを望まなくても・・・自分が何も言わなければ、彼女は自分は求められていないのだと思い、離れて行くだろう。
 だが・・・王女である彼女の運命を、自分の勝手で変えてしまうことなど、テリーには出来なかった。

 『このまま、別れた方がいいんだ・・・』

 イザティードやバーバラにも告げず、このままサンマリーノを出て、また放浪の旅に出ればいい。そうすれば、彼女の悲しそうな顔を見ないですむ。

 「逃げるの? テリー」

 だが、町を出ようとしたテリーの背中に、声がかけられた。
 振り返ったテリーの視界に飛び込んだのは、赤い髪の少女。腰に手を当て、仁王立ちのようなポーズをしていた。

 「バーバラか・・・」
 「に何も言わないで、出て行くつもりなの?」
 「何を言えばいいんだ? 一緒に来てほしいとでも? オレも一緒にルークシスへ行くとでも?」
 「そんなの、あたしが決めることじゃない。テリーの伝えたいことを伝えるしかないじゃない」
 「・・・伝えたいことなんて、ない」

 冷たく突っぱねるような物言いに、バーバラはムッとする。

 「テリー、卑怯だよ。手を伸ばせば、届く距離にがいるのに・・・これからも、と一緒にいられるのに、その手を自分から放そうとするなんて・・・ずるいよ・・・」
 「何の話だ?」
 「あたしは・・・どんなに願っても、イザとは一緒にいられないんだよ!?」

 バーバラの言葉に、テリーは言葉を失う。事情を説明しなくても、彼にはその言葉を理解できたのだろう。

 「だから・・・自分から、好きな人を手放すなんて、してほしくないんだよ・・・」
 「だが、オレは・・・」
 「のお別れの時の顔が、悲しそうな顔だなんてイヤだよ。あたしは、の笑顔を忘れたくないよ」

 バーバラの方が泣きそうな顔をしているというのに・・・。あの気丈な王女は、どんなに寂しくても、それを隠して笑顔で自分たちの前を去って行くだろう。だが・・・。

 『もしも可能性があるのなら・・・オレは、あいつを連れて行きたいと思ってるのだろうか?』

 自問するが、答えなど返ってこない。それは、テリー自身が答えを出すことだから。

 「あ、いたいた。バーバラとテリー、一緒だったんだね」

 聞こえてきたイザティードの声。顔を上げれば、イザティードとがこちらへ歩いてくるところだった。2人が一緒にいるということは、何か話していたのかもしれない。だが、それを問いかけるつもりはない。何を話していたかなんて、尋ねるまでもないからだ。

 「それじゃあ、ルークシスに向かうよ」

 ファルシオンの手綱を強く握りしめる。再び空を駆る馬車に乗り、目指すはルークシス王国。
 少しでも愛しい人と一緒にいたいと願うが、それも叶わない。あっという間に、ファルシオンはルークシスへ飛んで行った。
 城下町の入り口で、が足を止める。振り返った視線の先には、イザティードとバーバラ・・・そしてテリーの姿。

 「じゃあ・・・みんな、またね。機会があったら、会いに来てね? 待ってるから」

 笑顔で、が3人に告げる。イザティードとバーバラが、何も言わないテリーにヤキモキしているのが手に取るようにわかった。
 だが、これでいいのだ。余計な言葉は、別れをつらくする。は3人に背を向け、町へ入ろうとした。
 が・・・。

 「!?」

 その腕を、掴んだ者がいる。驚いて振り返った腕の先・・・掴んでいるのは、青い服の少年。

 「テ・・・」
 「行くな」

 ハッキリと、テリーが告げる。掴む腕に力がこもる。そのまま、腕を引き寄せられ、テリーがを抱きしめる。

 「・・・伝えたい言葉、やっと見つけた」
 「え・・・?」
 「が望むなら・・・国を捨てて、オレと一緒に来てほしい・・・オレは、それを願っている」
 「!!!」

 耳元でつぶやかれたその言葉に、の大きな瞳にジワリと涙が浮かんだ。

 「テ・・・テリー・・・!」

 背中に手を回し、ギュッと抱きつく。待っていた言葉だった。「一緒に来てほしい」それは、が心から望んだ言葉だった。

 「離れたくない・・・離れたくないよ・・・! 王女の座なんて、いらない・・・! テリーがいてくれれば、他に何もいらない・・・!!」

 訴えかけるの言葉に、テリーは目を閉じてきつくの体を抱きしめた。

***

 そして、数日後・・・。グランマーズの館へ集まった仲間たち。ミレーユの手元にある水晶から、希望が生まれた瞬間が映し出される。
 そして・・・奇跡が起こる。イザティードとたちの前に、姿を消したバーバラが現れたのだ。
 イザティードはバーバラと共にレイドックへ戻り、正式に2人は婚約した。
 ハッサンはサンマリーノで大工見習いとして、勉強をしている。
 ミレーユはグランマーズの弟子として、その占いの腕に磨きをかけている。
 チャモロはゲントの村で、怪我や病気の治療に勤しんでいるという。
 そして・・・。

 「、そこ足元滑るぞ。気をつけろ」
 「うん・・・うわっ!」
 「!」

 テリーが言ったそばから、ぬかるんだ足元を滑らせる。慌ててテリーがその腕を引き寄せ、胸の中に抱き寄せた。

 「ふわぁ・・・ビックリしたぁ。ありがとう、テリー」
 「まったく・・・そそっかしいのは変わらないな」
 「あ〜! 何よ、その言い方!!」

 大魔王を倒すための旅をしていた頃と、何も変わらない2人の姿がそこにあった。
 ルークシスへ戻ったは、そのまま王女の座を下り、テリーと共に旅に出ることを両親に告げた。国王と王妃は驚いたものの、を止めることはしなかった。
 こうして、1人の少女となったは、愛しい人と自由な旅に出ている。今日は、洞窟の探索だ。

 「・・・テリー」
 「うん?」

 焚火の前に座り、食事の準備をしていたテリーの隣に腰を下ろし、はその肩に頭を乗せた。

 「大好きよ」
 「オレも愛してる」

 幸せだった。王族の地位などなくとも、はテリーと一緒にいられるだけで、幸せだった。
 微笑みあい、顔を寄せ、唇が重なる。
 いつか見た、イリアとジーナのように、生涯一緒に冒険をしたいと、は心の底から願うのだった。それが、彼女の幸せなのだから・・・。