5.叶えるのは僕だけでいて

 「そろそろ行くか」
 「うん」

 食事を済ませ、立ち上がる。宿屋の受付で支払いを済ませ、外へ出る。

 「今日はどの辺に行くの?」
 「そうだな・・・もう少し森の奥まで・・・」

 地図を眺めていた2人の背後に、1人の少年の姿。

 「一目惚れです! 好きです! 付き合ってください!!」

 いきなり叫ばれたその言葉に、は呆気に取られ、テリーは心の中で「あん?」とガンを飛ばす。

 「えと・・・私のこと?」

 自信が持てず、少年に尋ねれば、彼は大きく首を縦に振った。

 「昨日、ここで見かけて・・・宿屋に入ってくのが見えたので、ずっと待ってたんです」

 鼻の頭にそばかすのある少年は、年の頃14か15か・・・。照れくさそうな表情で、うつむきながらつぶやくも、テリーは心の中で「ストーカーかよ」とつぶやく。

 「あのね・・・お互いのこととか、よく知らないのに付き合ってっていうのは・・・」
 「それは、これから知っていけばいいんです! とにかく、僕のことを好きになってください。両親にも紹介します」
 「え・・・あ、あの・・・」

 なんという飛躍した話だろう。いきなり告白してきて、両親に紹介するとは・・・。
 と、それまで口を挟んでこなかったテリーが、グッとの首に腕を回し、引き寄せた。

 「坊主、目の付けどころは誉めてやる。だけど、こいつはオレのモンだ」

 テリーの言葉に、の頬が赤くなる。今まで誰かに向かって所有物発言などしたことがなかっただけに、照れくさい。
 対して、目の前の少年はテリーのその態度にあ然とし・・・次いでキッと睨みつけてきた。

 「な、なんですか、あなたは!?」
 「今ので察しろ。こいつの恋人だよ」
 「恋人!? あなたみたいな人が、こんなにお美しい人の恋人なわけないじゃないですか!」
 「・・・どういう意味だ」

 こんなことを考えるのもどうかと思うが、テリーは今まで容姿についてけなされたことなど、一度もない。女は皆、テリーを振り返り、男共は恨めしそうな視線を向けて来る。
 そんなテリーに向かって「あなたみたいな人が、こんなにお美しい人の恋人なわけがない」と言い放つとは。自分では美しいにふさわしくないと、そういうことか。
 お前だってチンチクリンじゃないか・・・と思わず口を突いて出そうになったが、ここでケンカに発展するわけにもいかない。

 「とにかく、一度両親に会ってください! きっと両親も喜びます。こんなにお美しい方なんですから!」
 「あ・・・はぁ・・・どうも・・・」

 自身も美しいと誉めたたえられたことは何度もある。城にいた頃は、貴族たちから何度も言い寄られたものだ。ただの賛美かと思ったが、ミレーユからは「本当に美人なのよ」と言われた。美女であるミレーユの賛辞に「そうなのかな・・・?」と思い始めたところである。

 「とにかく、家へ来て下さい。両親に会えば、色々と考えも変わると思いますので」
 「え・・・」
 「おもてなしさせていただきます。さあ、どうぞ!」

 おもてなし・・・とは言っても、王宮生活の長かったを満足させられるかどうか・・・。
 歩きだした少年の後を、がついていくのを見て、テリーはギョッとし、思わずその肩を掴んだ。

 「お前、あの坊主についていくつもりか!?」
 「え・・・だって、ここで無視するのも気分的に悪いし・・・」
 「あんなわけのわからない男の言うことを真に受けるのかよ!? もしかしたら、何かの罠かもしれないだろ」
 「そのときは、テリーが助けてくれるでしょ?」

 ニッコリ笑ってそんなことを言われては、テリーも二の句が告げない。仕方なく、と一緒に少年の後をついていくことにした。
 少年が向かった先は、町の中央にある、大きな建物だ。まるで神殿か・・・というような真っ白な外壁に、立派なバルコニー、大きな窓・・・。思わず、テリーは圧倒されてしまうが、は巨大な建造物には見慣れているようで、これといって反応もない。
 おぼっちゃまかよ・・・とテリーが小さくつぶやく。なるほど、世間知らずのおぼっちゃまか。それなら、この突拍子もない行動もなんとなく理解できる。今まで、金の力で何でも手に入れてきたのだろう。
 だが、はそうはいかない。彼女は金に目がくらむ女ではないし、何より、テリーを愛している。彼女の愛情を、テリーは疑ったことなどない。

 「
 「え?」

 名前を呼ばれ、視線を恋人に移せば、どこか緊張した様子のテリーが真っ直ぐ前を見据えていて・・・。

 「あいつのペースに飲まれるなよ?」
 「う、うん・・・大丈夫」
 「本当に大丈夫か? 流れに乗って、本気で結婚とか考えるなよ?」
 「そ、そんなこと考えないよ! だって・・・私には・・・テリーしかいないもん・・・」

 顔を真っ赤に染めて、そんなカワイイことを言う恋人の姿に、テリーはギュッとの手を握りしめた。

 「さ、入ってください」

 そんな仲睦まじい2人の姿に気づくことなく、少年が声をかけてきた。大きな玄関扉を開き、中に入れば、やはり中も煌びやかだ。
 大きなシャンデリアに立派な調度品。一体、いくらくらいするものなのか、想像もつかない。

 「あら、ジョー。帰ってきたのね」
 「あ、お母さん」

 大階段の上から、綺麗な服に身を包んだ女性が下りてきた。どうやら、少年の母らしい。その女性がとテリーの姿に気づくと、目を丸くした。

 「まあ、お客様?」
 「お母さん、お父さんはいますか?」
 「ええ、居間の方に・・・」
 「お母さんとお父さんに大事なお話があるんです。お時間大丈夫でしょうか?」
 「ええ」

 再び階段を上がって行く女性。ジョーと呼ばれた少年が、を振り返って笑顔を浮かべる。

 「さ、どうぞ。両親に紹介します」
 「ちょ・・・ちょっと待って!」

 慌てて、が両手を前に突き出した。さすがに事の重大さに気付いたようだ。一歩後ずさる。

 「出会って間もないし、これからお互いを知るにしても、こんなの唐突すぎるわ! それに、私は旅の途中だし、何より・・・恋人が・・・」
 「旅なんてやめてしまえばいいじゃないですか! 僕が幸せにしますよ。僕はこう見えても武器商人の息子なんです。お金の苦労はしませんよ!」
 「そ、そういう問題じゃなくて・・・」

 なんて話の通じない男だ・・・。次第にテリーのイライラが増して行く。

 「あなたは、僕が21年間生きてきた中で、一番素敵な女性です!」
 「21!!?」

 ジョーの言葉に、思わずテリーとが同時に声をあげる。そばかすにおかっぱ頭・・・どう見ても少年にしか見えないのだが・・・。

 「・・・21だって」
 「見えないだろ・・・」

 思わず顔が引きつる。先ほど、「坊主」と言ったが、テリーよりも4つも年上だとは・・・。

 「そういうわけで、結婚してください」
 「え・・・あ、いえ、だから・・・」

 手を握りしめ、いきなりプロポーズの言葉を告げるジョーに、は呆気に取られてしまう。
 だが、そのの肩をテリーが抱き寄せた。

 「言葉で言うより、態度で示した方が早そうだな」
 「え?」

 疑問に思うの唇に、テリーが口づける。しかも触れるだけではない。口内に舌が入りこんできた。

 「ん・・・う・・・」

 の苦しそうな声に、ようやくテリーが唇を離した。

 「ま、こういうことだ」

 顔を真っ赤に染め、うつむくと、ポカーンと口を開き、間抜けな表情のジョー。

 「な・・・なんてことするんですか! あなたは・・・!!! 僕の婚約者に・・・!」
 「いつからこいつがお前の婚約者になったんだよ。いいか、こいつはオレのものだ。さっきも言っただろう。お前の入りこむ隙はない。昨日だって、散々愛し合ったんだ」
 「な・・・テ、テリー! 余計なこと言わないでよっ!!!」

 真っ赤な顔のまま、が抗議の声をあげる。昨夜は久しぶりに激しかった。思い出すだけで、顔に熱が集まる。

 「ハッキリ言うぞ。はオレのものだ。誰にも渡すつもりはない。もオレを愛している。迷惑してるのが、わからないのかよ」
 「そ・・・そんなこと・・・!」
 「相手の気持ちも確かめず、勝手なこと言うな。じゃあな、そういうわけだ」

 行くぞ、・・・と言いながら、テリーがの腕を引っ張り、屋敷を出て行く。は慌てて振り返り、ジョーに「ご、ごめんなさい・・・!」と告げた。
 屋敷を出て、ズンズンと進むテリーの足に、必死に追いつく。引っ張られているので、足がもつれそうだ。
 歩きに歩き、とうとう町の入り口まで来たところで、ようやくテリーが足を止めた。

 「とんでもないのに捕まったな」
 「ビックリしたねぇ・・・。いきなり求婚されるとは思わなかったもん」
 「いい迷惑だ。お前がいい女だっていうのは、わかるけど・・・あんなこと、今までなかったからな」
 「うん・・・」

 テリーにまで「いい女」と言われ、思わず恥ずかしくて顔をうつむかせる。そんな恋人の様子に気づくことなく、テリーは町の奥へと視線を向ける。追いかけては来ていないようだ。

 「目の付けどころはいいんだけどな・・・。相手の気持ちを考えないのは、大問題だな」
 「そうだね・・・」
 「それに・・・お前の願いを叶えるのは、オレだけだしな」
 「え?」

 顔をあげたの顎を、テリーがクイッと指で持ち上げる。アメジストの瞳と、視線がぶつかった。

 「お前を嫁にもらうのは、オレだけだ」
 「テ、テリー・・・!」
 「なんだ、不服か?」
 「そ、そうじゃないけど・・・そんな・・・未来のこと・・・」
 「未来? そう遠くない未来じゃないだろ?」

 言いながら、テリーが顔を近づけて来る。ギュッと目を閉じたの額に、柔らかいものが触れた。

 「なんなら、愛を確かめてもいいぜ?」
 「え・・・何それ??」
 「昨夜よりも、もっと激しくしてやろうか?」
 「!!!!」

 ボソッと耳元でささやかれた言葉に、が真っ赤になり、耳を押さえてテリーから飛び退いた。

 「馬鹿、冗談だよ」
 「う・・・」
 「それとも、それがご所望か?」
 「い、いいえ! ちっとも!!!」

 慌ててブンブンと首を横に振れば、途端にテリーが不機嫌そうな表情を浮かべた。

 「そこまで拒否されると傷つくな」
 「あ・・・ごめんなさい・・・で、でも、まだお昼前だし! そんなこと・・・」
 「時間は関係ないけどな。まあ、いいさ。別に今すぐじゃなくても・・・な」

 言いながら、テリーが町を出て行く。はしばし呆然とし・・・やがてテリーが振り返って名前を呼ぶまで、そこに立ちつくしてしまっていた。