4.君だけのヒーロー

 「ね〜え、テリー」

 声をかけると、テリーが立ち止まって振り返る。振り返った先にいたのは、金髪の美少女。キョロキョロと辺りを見回している。

 「どうした?」
 「この辺って、どこになるのかなぁ? 結構歩いたよね」
 「そうだな。・・・疲れたのか?」
 「え? あ、ううん! そうじゃないよ。ただ・・・初めて行く土地だと、いきなり魔物が変わったりするでしょ? いきなり強いのが襲いかかってきたりして」
 「そうだな・・・。注意が必要かもな」
 「でしょ?」

 ニッコリ笑うから、テリーは慌てて視線を逸らす。
 最近のテリーは、どこか変だ。はそう感じていた。どこが変なのかといえば、今のような態度。普通に話していたと思ったら、不意にプイッとそっぽを向く。そんなこと、今まではなかった。
 最初の頃は、話しかけた時から視線は外されていた。それが、徐々に自分を見て会話をしてくれるようになり・・・そして、最終的に今の状態になってしまったのだ。
 何かしたかなぁ・・・?と、いつも思う。自分は何もしていないつもりだが、テリーからしてみたら、何かされているのかもしれない。
 首をかしげながら、歩きだしたテリーの一歩後ろをついていく。手を伸ばせば届く距離なのに・・・どこかそれは遠い。

 『・・・バカだな、オレは』

 がそんなことを考えてるとも知らず、テリーはテリーで1人思い悩んでいた。
 ガンディーノで荒くれに襲われ、みっともなくも捕まり、に助け出されてから、テリーの中で生まれていた気持ちは、確かなものと変化した。
 今までは気づいていても、気づかないフリをしていた。相手は王女だ。自分がどんなに想っても、けして受け入れられない関係だ。
 気持ちの変化は前からあった。あの日、あの夜、マウントスノーの山小屋で一夜を過ごしてから。暖を取るために取った行動。自身は“生きるための手段”としか考えていないようだが、テリーにとってそれは大きな意味を持った。
 男と女・・・意識してしまっては、2人で旅など出来るはずもない。それでなくとも、行く先々の宿屋で気を遣って同室にしようとするのを断ってきたというのに。
 は・・・自分の事を、どう思っているのだろうか? チラッと横目で後ろを窺えば、が何かを見つけたのか、うれしそうに微笑んでいる。空を飛ぶ鳥だろう。
 二羽の鳥が空を飛んでいる。つがいだろうか。仲良く飛んで行くその姿に、テリーは思わずボンヤリとしてしまう。
 自分とは、恋人同士に見られることが多い。容姿端麗なテリーと、美少女の。どこからどう見てもお似合いだ。そう思われるのはうれしいが、果たしてがどう思っているのか・・・。
 足が止まった。空を見上げていたが、立ち止まったテリーの背中に突進してきた。「うぶっ!」と色気のない悲鳴が聞こえてきた。

 「イッタァ・・・ど、どうしたの? テリー」

 ぶつけた鼻を押さえながら、がテリーの横からヒョイと前を見れば・・・なぜ彼が立ち止まったのか、理由が判明した。
 斧を持った赤い2本足のドラゴンが、こちらを敵として見なして立っている。慌ててはテリーから離れ、腰の剣を抜いた。
 1体なら、2人でなんとか倒せるだろう。間合いを詰めながら、対峙する。先に動いたのは、テリーだ。
 雷鳴の剣を振るい、ドラゴンに隼斬りをお見舞いする。ドラゴンが巨大な斧を振りかぶり、テリーに振り下ろすも、それを素早い動きで避ける。

 「メラミっ!!」

 呪文を詠唱し、が火の玉をぶつける。ドラゴンの体が炎に包まれる。止めと言わんばかりに、テリーが雷鳴の剣を振りかざした。稲妻がドラゴンに降り注ぐ。たいていの敵は、これで倒せるのだが、相手のドラゴンはそれだけでは倒れなかった。
 斧を振り回し、テリーに襲いかかる。なんとか避けたと思ったが、掠ったのか、テリーの左腕から鮮血が走った。痛みに一瞬、顔が歪む。

 「テリー!!」

 慌てて剣を握り、テリーとドラゴンの間に割り込む。手にした剣で、ドラゴンの腹を切り裂く。痛みに咆哮をあげ、ドラゴンが火炎の息を吐いてきた。
 炎をがテリーとを包み込む。肌が焼ける。回復は・・・間に合うか・・・。
 テリーが時間を稼ぐと言わんばかりに、ドラゴンに斬りかかる。は呪文の詠唱をしながら、後退する。ベホイミなら、そんなに時間はかからない。
 そう思った瞬間だった。の背後に殺気を感じたのは。

 「!!?」

 振り返ったの目に飛び込んできたのは、今テリーが相手をしているドラゴンと同じモンスターだ。しかも、すでに巨大な斧を振りかぶっている。そのまま、魔神のごとくすさまじい力を込めて、ドラゴンが斧を振り下ろした。

 「キャアアッ!!!」

 すさまじい攻撃だ。袈裟がけに斬られ、胸から左腕にかけて大きな傷が開き、鮮血が吹き出した。とっさの判断でスカラの魔法に切り替えたが、それがなければ死んでいたかもしれない。

 「ツッ・・・!!」

 ズキン!と走った激痛。思わずうずくまってしまう。ドラゴンがニヤリと笑みを浮かべた。
 左腕は千切れる寸前だ。切られた胸の部分からはドクドクと血が溢れ出る。貧血で、気が遠くなる。
 殺される・・・! そう思った。ドラゴンが斧を再び振りかざし、それをの頭目がけて振り下ろした。

 ギィン・・・! 金属と金属がぶつかり合う音がした。ハッとなって顔をあげれば、見慣れた背中が目に飛び込んできた。

 「テ・・・リー・・・」
 「っ! 魔法で援護、しろ・・・!!」

 力任せにドラゴンの斧を弾き、テリーが後退する。はうなずき、再びメラミの魔法を放った。とどめの一撃として、テリーの雷鳴の剣がドラゴンの心臓を一突きにする。巨体が倒れ、消滅した。
 フゥ・・・と息を吐き、テリーが剣をしまう。そのまま、チラッとに視線を向けてきた。

 「あの・・・ありがとう、庇ってくれて・・・」
 「礼を言う前に治療しろ。腕、千切れるぞ」
 「あ・・・うん・・・」

 血は止まらず、今にも気絶しそうだが、必死にベホマの呪文を詠唱した。緑の風が全身を包み、千切れかけた腕と、切り裂かれた胸を一瞬にして癒す。

 「・・・ごめんなさい、迷惑かけて」

 自分に背を向けたままのテリーに、謝罪の言葉を投げかければ、彼は不機嫌そうな表情で振り返った。

 「別に迷惑じゃない。こっちのドラゴンは始末していたしな。お前に死なれちゃ、色々と困る」
 「え・・・?」
 「娘さんは亡くなってしまいました・・・なんて、オレにルークシス王に土下座させるつもりか」
 「・・・あ、そういうこと」

 なんだ、てっきり悲しんでくれるのかと思った・・・と、少し残念に思った。

 『残念・・・?』

 頭に浮かんだその言葉に、は首をかしげる。テリーが自分のことを心配してるわけではないことが、残念だと思った。

 「あ・・・! そんなことより!」

 とあることを思い出し、はテリーに駆け寄ると、左腕を掴んだ。

 「な・・・なんだよ・・・!?」
 「ほら、怪我してる! さっき、見てたんだからね」

 テリーの左腕に手をかざし、ベホイミの呪文を詠唱する。
 至近距離にの手がある。この手を掴んだら、彼女はどんな反応をするだろうか・・・?

 「テリー? どうしたの??」

 ハッと我に返る。治療はすでに済んでいた。慌てて、に背を向ける。

 「そろそろ、次の町が見えてくる頃だろ。もう少し歩くぞ」
 「うん」
 「・・・それから、さっきのことだが・・・」
 「うん?」

 が首をかしげる。テリーは、どこか照れたような表情だ。

 「・・・気に、するな・・・。お前がピンチのときは・・・オレが、ちゃんと助けてやるから・・・」
 「・・・え?」
 「深い意味はない。ただそれだけだ。それじゃあ急ぐぞ」
 「あ・・・えっと・・・うん・・・」

 つっけんどんに言われた言葉だったが、うれしかった。
 先を歩くテリーの横に、小走りで歩み寄る。テリーが、こっちを見たのが気配でわかった。

 「ありがとう、テリー」

 つぶやいて、彼の右手を握りしめた。途端、テリーの体が強張ったのを感じる。そんな彼の態度がおかしくて、は思わず笑ってしまう。

 「な、なんだよ・・・」
 「だって・・・テリーってば、女の子と初めて手を繋いだ男の子みたいなんだもん。慣れてるんでしょ? こういうこと」
 「・・・お前、オレのことどう思って・・・」
 「でも、いいでしょ? たまには。王女様と手を繋ぐっていうのも」

 そう言いながら、スルリ・・・と手を離す。途端に、テリーがどこか寂しそうな表情を浮かべたように見えた。きっとそれは、気のせいだろうけれど。

 「ね・・・さっきの言葉」
 「うん?」
 「私がピンチの時は、テリーが助けてくれるって、あれ」
 「・・・ああ」

 途端に、テリーが照れくさそうに視線を落とす。

 「じゃあ、テリーは私だけのヒーローだね!」
 「・・・は?」
 「そういうの、憧れるかも。あ、じゃあ、テリーがピンチの時は、私が助けに行くよ!」
 「・・・いや、そうならないように気をつける。相手のためにも」
 「えぇ!?」

 テリーの脳裏によぎったのは、過去に彼を誘拐した荒くれたちの姿。
 豹変したによって、地獄を見たであろう彼ら。あの姿は、見てるこっちまで体中が痛くなる。

 『そういえば・・・あのは、一体なんだったんだろうな?』

 王女としての威厳なのか・・・それとも、過去にあった何かトラウマもようなものか。
 とにかく、恐ろしかったと言うしかない。普段は可憐な少女にしか見えない彼女に、あんな一面があろうとは、誰も思わないだろう。

 「あ・・・! ねえ、町が見えてきたよ!」

 が声をあげる。の指差す先に、確かに町並が見えてきた。

 「ほら、行こう!」

 パシッとがテリーの手を取る。無邪気なのその行動に、テリーはため息をついた。
 不思議な少女だ。けして臆することなく、自分に接してくる。これが王女としての気質なのだろうか・・・?

 「ん? なに??」
 「・・・不思議なヤツだな、お前は」
 「え? そっかなぁ・・・?? 私は普通だと思うよ。・・・あ! た、確かに料理と裁縫は苦手だけど」
 「“苦手”じゃない。“できない”って言うんだ、あれは」
 「う・・・」

 眉根を寄せるだが、身の回りのことは侍女がしてきた生活を送って来たのだ。料理も裁縫もする必要がなかったのだから、仕方ないと今では思える。
 生きるために必死だった自分とは、住む世界が違うのだ・・・。

 「テリー・・・?」

 が顔を覗きこんできたので、ハッと我に返った。心配そうな顔をしている。きっと、今の自分は過去を思い出して険しい顔をしていたのだろう。

 「・・・大丈夫だ。それより、先を急ごう」
 「うん!」

 笑顔でうなずき、が再びテリーの手を握る。
 今はまだ、自分の気持ちを彼女に伝えるつもりはないけれど・・・もしも、もしもがあったなら・・・。

 君だけのヒーローに、なってもいいですか・・・?