3.離さないでね?

 「次の相手は、お前たちと同じ、人間だ」

 デュランの背後から姿を見せた人物に、は目を見開いた。

 「テリー!!」

 名前を叫ぶも、銀髪の少年は反応しない。淀んだ紫の瞳は、どこを見ているのかわからない。

 「ほう・・・お前はこの前の小娘だな。残念だったな。お前の声は、もはやテリーには届かぬ」
 「テリーに・・・何をしたの!?」
 「私は、こいつの欲望を満たしてやったに過ぎん。力が欲しいと願っていたからな」

 キッとデュランを睨みつける。剣を抜き、斬りかかろうとしたところで、テリーが動く。
 の振り下ろした剣を、テリーが雷鳴の剣で受け止めた。デュランをかばったことに、愕然とするに、テリーが強烈な蹴りをお見舞いした。

 「姫!!」

 イザティードとハッサンが飛び出す。チャモロが慌ててに駆け寄り、彼女に肩を貸し後退する。

 「テリー・・・!!」

 ハッサンの正拳突きをよけ、イザティードの剣を受け止め、テリーが隼斬りをお見舞いする。また、雷鳴の剣を掲げ、そこから稲妻を呼び寄せた。

 「強い・・・!!」

 同じ人間だからといって、気を抜けば、逆にこちらがやられる。には悪いが、全力で相手をするしかなさそうだ。

 「バーバラ! 魔法で援護を!!」
 「オッケー! 任せて!」

 止めようと、声をあげようとしただが・・・その言葉は喉の奥に引っ込んだ。
 今のテリーは、の知っているテリーではない。どうにか気絶させ、その隙にデュランを倒せば、テリーの洗脳は解けるだろう。
 迷っている場合ではない。テリーを傷つけることなんてできないと、悩んでいる場合ではない。倒さなければ、テリーを元に戻すことなんて、出来ないだろうから。

 「王女!?」
 「大丈夫・・・ありがとう、チャモロ・・・」

 心配そうに声をかけてきたチャモロに、は笑みを浮かべた。

 「救ってみせるから・・・絶対に・・・!!」

 キッとテリーを睨みつけ、は力強く言い放った。

***

 無事、ゼニスの城は解放され、仲間たちはホッとした。巣食っていた魔物たちも、デュランが倒されたと知ると、蜘蛛の子を散らすように逃げて行った。
 ゼニス王から礼を言われ、今日は一晩この城で滞在することとなった。
 姉弟の再会を果たしたミレーユとテリーは、まだ2人で何か話している。今まであった出来事を話しているのだろう。

 「・・・」

 そんな姉弟を見つめていたに、バーバラが声をかけてきた。

 「彼のこと、気になる?」
 「それは・・・そうだよ・・・。今まで、デュランに操られていたとはいえ、私たちに剣を向けたんだし・・・。とくに、ミレーユは実の姉だったんだよ? ショックだっただろうね」
 「だって、ショックだったでしょ?」

 今まで、テリーと一緒に旅をしてきたのだ。けして短い旅路ではない。抱いている感情だって、けして嫌悪ではないのだから・・・。
 少し、話したいな・・・とは思ったが、今はミレーユに任せるべきだろう。はその場を離れた。
 イザティードと合流し、彼らに事情を説明し、「助けてほしい」と懇願した。誰を・・・とは言わなかった。彼とは何度か遭遇しているようだし、あまりいい印象を抱いていないだろうからだ。
 だが・・・いつまで経っても、がテリーと話す機会は訪れなかった。
 避けられてる・・・と感じたのは、テリーが仲間になって2日ほど経った時。が声をかけようとすると、「今ちょっと忙しいから」と言い放ち、さっさと離れてしまった。
 分かれる前までは、テリーもに心を開いて、やっと仲間らしくなったと思ったのに・・・なんだか、また距離を感じる。いや、旅に出た頃よりも、険悪になっている気がした。

 「ミレーユ・・・」
 「あら、姫。どうしたの?」

 仕方なく、はテリーの姉に相談することにした。
 テリーと話したいのだが、彼が自分を避けていること。ミレーユと、どんな話をしたのか。自分のことを、何か言っていたか・・・。

 「そうね・・・テリーとは、今まであったことを話したわ。ガンディーノから、どうやって逃げたのか、今まで何をしていたのか・・・」
 「・・・そう」
 「姫のことは、口には出さなかったけど、気にしてると思うわ。今まで、姫と一緒だったの?って聞いたときに、バツの悪そうな顔をしていたし」
 「・・・・・・」
 「避けてるのは・・・やっぱり、姫に剣を向けてしまったことを、心から後悔してるからだと思う。どんな顔をして、接すればいいのか、わからないのよ。テリーが操られるところを、見られてしまっているわけでしょう? 自分の弱い心の隙間を狙われたこと、恥ずかしいと思ってるんじゃないかしら」
 「・・・でも、私はそんなこと気にしてない! テリーに会えて・・・助かってよかったって思ってる!」

 の言葉に、ミレーユが微笑む。優しい微笑みだった。

 「そうね・・・テリーも、そのことはわかってるはずよ。だけど、やっぱり心のどこかで、姫に弱い自分を見せたくなくて、意地を張ってる部分もあるんだと思うわ」
 「私に・・・弱い部分を・・・?」
 「そう。だから姫、今は少し待ってあげて? あの子が、自分の弱い心と向き合えるようになるまで。姫が支えてあげて?」

 そう言うと、ミレーユは優しくの肩に手を置いた。
 ゼニスの城を出て、今度は天馬の塔へ。その道中も、テリーは明らかにを避けた様子だった。いっそ、馬車に押し込めて、強引にでも顔を突き合わせてやろうかと思うほどに。
 知らず、ため息がこぼれた。こんなにも、テリーに無視されるのがつらいということは、テリーに対して何か特別な感情を抱いているということだろうか?
 野宿の準備中も、どこか上の空で・・・。どうせ、自分には料理も作れないし、やることなどないのだが、手持無沙汰が気になって、その場を離れた。
 少し離れた場所にあった川辺で、その姿を見つけたとき、ドキッとした。憂いを含んだ横顔は、何を思っているのか・・・。
 グッと拳を握りしめる。ここで逃げられたら、確実に自分はテリーに嫌われているということだろう。

 「・・・テリー」

 声をかけると、ビクッと肩を震わせ、テリーが振り返った。眉根を寄せ、バツの悪そうな表情を浮かべる。

 「ごめんね、テリー・・・私、なんだか・・・」
 「なんでお前が謝るんだ・・・。謝るのは、オレだろ」
 「でも・・・! テリーが自分を責めてるのは、私があの時、ちゃんとテリーを止めなかったせいで・・・」
 「操られたのは、オレの心が弱いせいだ。お前は関係ない」

 そのまま、スッとの横を通り過ぎ、仲間たちのところへ戻って行ってしまった。
 だが、少しだけでもテリーと会話をすることができた。それが、とてもうれしい。気さくな感じではなかったけれど、今はそれも仕方ないのだろう。

***

 剣を振るい、目の前の敵を倒す。確実に、手応えがあった。
 目の前の敵から飛んだ鮮血が、テリーの端正な顔に飛ぶ。虚ろな瞳が、そこでようやく地面に倒れたものの正体を捉える。
 長い金髪・・・細い腰・・・その体からドクドクと溢れ出る鮮血・・・。

 「あ・・・あ・・・」

 瞳孔の開いた目。口から溢れる血。愕然とした表情。それを認めた瞬間、頭の中が真っ白になった。

 「あ・・・うあ・・・」

 自分の手を見れば、真っ赤だ。

 コレハダレノチダ・・・? メノマエノコレハナンダ?

 ガクガクと体が震えた。手にした剣が地面に落ちる。

 「・・・!」

 命を奪われた少女の名前を呼ぼうとしても、喉の奥から言葉が出ない。もう二度と、彼女にその声は届かないというかのように。

 「うわあああああっ!!!!」

 頭を抱え、絶叫する。自分は彼女の命を奪ってしまった。
 誰よりも、大切な少女の命を・・・。

 『・・・リー!』

 どこかで声がする。

 『テリー! しっかりして!!』

 肩を揺すられ、ハッと目を覚ました。ハァハァハァ・・・と荒い息をしていることに気づく。全身は汗びっしょりだ。慌てて視線を動かせば、心配そうな表情で自分を見つめていたのは・・・。

 「・・・

 その言葉が、口を突いて出て、テリーはホッとした。
 夢・・・だったのだ。なんてイヤな夢なのか・・・。

 「大丈夫? ごめんね、すごいうなされ方だったから、思わず起こしちゃった」
 「・・・お前のことも起こしてしまったのか?」
 「ううん、私は見張りで起きてたの。大丈夫? 汗びっしょりだよ。何か怖い夢でも見てた?」

 そう言うと、の手がテリーの額に触れる。その手を振り払うように、テリーは顔を背けた。
 そのテリーの態度に、が立ちあがって彼から離れる。機嫌を損ねさせてしまったか・・・罪悪感が胸を支配する。

 「はい、お水」

 だが、はすぐに戻って来て、自分に水筒を渡してくれた。目を丸くするテリーに、はニッコリと微笑んだ。お礼を小さく言い、それを受け取った。

 「ねえ・・・? ゼニスの城でのことなら、私はちっとも気にしてないよ? テリーが無事でよかった、って思ってる」

 ポツリと、がつぶやく。テリーは視線を落したまま、何も答えない。

 「話したくないなら、別に構わないけど・・・すごいうなされ方だったから、気になって・・・。もしも、あの時のことを夢に見るなら・・・」
 「・・・お前を殺す夢を見る。あの日から、ずっと」

 テリーの言葉に、が驚いたように視線を向けて来る。こんな弱い自分を、彼女には知られたくなかった。だが・・・誤魔化すこともできないだろう。彼女にうなされているところを見られているのだから。

 「デュランに操られて、オレはお前を殺すんだ・・・。お前の返り血でオレは汚れて・・・お前は、オレに斬られたことに愕然とした表情で・・・」

 顔を手で覆い、テリーが低く唸るような声で告げる。苦しそうだ。操られていたとはいえ、彼はと自身の姉に剣を向けた。一歩間違えれば、命を奪っていたかもしれない・・・。
 愛してしまった少女と、大切な姉を・・・。

 「テリー・・・」

 そっと、が手を伸ばし、横合いからテリーの体を抱きしめた。
 柔らかい体の感触に、テリーはドキッとした。そのまま、は慈しむようにテリーの頭を撫でた。

 「大丈夫だよ・・・。過去は過去だもの。今は、結果だけを見つめよう? 過去を悔むことは大事だけど・・・ありもしない過去を振り返るのは、愚かなことだと思う。そんなことは、起こらなかったんだもん。“ありえない過去”に捕らわれるのはやめて」

 テリーの頭を、胸に抱き寄せる。トクン、トクン・・・の鼓動が聞こえ、テリーはそっと目を閉じた。

 「私は、ここにいる。テリーと一緒に、最後まで一緒にいるから・・・だからテリー、もう離さないでね?」
 「・・・

 まるで愛の告白のようだと思った。驚いて顔をあげれば、至近距離にの顔。ドキッとして、慌てて視線を落とした。

 「私が小さい頃、お母様にしてもらったおまじない。もう怖い夢を見ないように」

 そう言うと、の唇がテリーのこめかみに触れた。

 「!!!」

 ドクン・・・と心臓が大きく跳ねた。にとっては、なんてことないこと。おまじないだ。だが・・・テリーにとっては・・・。

 「夜明けまで、まだあるよ。もう少し休んで」
 「あ・・・ああ」

 とは視線を合わせないように、テリーは再び横になった。胸の鼓動は収まらない。
 彼女を意識し始めたのは、いつだっただろうか? アモールで盗賊を倒しに行ったとき? アークボルトで助けてもらったとき?
 いや・・・マウントスノーで彼女をこの腕に抱いたとき、テリーは確かにを女と認識し始めた。
 はあの時のことを、単なる“生きるためにしたこと”と思っているようだが・・・テリーには違った。
 背中には人の気配を感じる。は、ここを離れるつもりはないらしい。小さく鼻歌が聞こえてきた。優しいメロディだ。テリーを眠らせようと、子守唄でも歌っているつもりか。
 幼い頃の思い出が蘇る。なかなか眠らず、暴れまわる自分に、ミレーユが子守唄を歌って聞かせ、眠らせようとしたこと・・・。
 そういえば、昔、何かがあった気がする。どこか、知らない土地で、魔物を従えて走り回った記憶が・・・。
 の子守唄のせいだろうか。そんな過去を思い出したのは・・・。
 そっと目を閉じ、の優しい声を耳に、テリーはいつの間にか、眠りに落ちていた。

 「大丈夫だよ、テリー・・・私が傍にいるからね」

 そっとささやき、がテリーの頬にキスを落とす。親愛の証。それに深い意味などない。

 「おやすみなさい、テリー」

 澄んだ優しい声が、落ちて行く意識の片隅で、聞こえた気がした。