2.可愛い願いゴト

 「熱がある」

 ベッドに眠る恋人の姿を見下ろし、テリーは短くそう告げた。
 言われた本人は布団を口元まで上げ、ジッと申し訳なさそうな表情を浮かべる。

 「風邪だな、確実に」
 「・・・ごめん」

 体を鍛えている分、病原菌には強いのだが、ここ数日、の体力は低下していた。
 まあ、その原因はテリーにあるのだが・・・。少し無理強いをさせすぎたようだ。

 「仕方ないだろ。しばらく寝てろ。別に急ぐ旅でもない。2、3日ここに滞在しても構わないさ」
 「うん・・・ありがとう」

 ポンと布団を叩き、部屋を出る。向かう先は宿屋のフロントだ。道具屋の場所を聞き、連れが風邪を引いたので、氷を用意してくれと頼んだ。
 道具屋へ行き、風邪に効く薬草を買い、店を出ると、周りにいた女性が自分に視線を投げていることに気づく。だが、それを相手している場合ではない。興味もない。
 以前、1人で旅をしている時はいつもこうだった。勝手に女が寄って来るので、そういったことに苦労はしなかったが、1人の女に決めた今、こういう視線は迷惑だ。
 その視線を無視し、テリーは宿屋に戻る。部屋に入れば、彼女の額には氷嚢が置かれていた。

 「大丈夫か?」

 声をかければ、がそっと目を開ける。眠っていなかったようだ。

 「おかえりなさい、テリー・・・」
 「ああ。氷、持ってきてくれたんだな」
 「うん。宿屋のおば様が。テリー、頼んでくれたんだね。ありがとう」
 「いや・・・」

 熱があるせいか、目が少し潤んでいるのが、やたらと扇情的だが、それが原因で体調不良を起こしたというのに、手は出せない。
 誤魔化すように、テリーは持っていた袋を掲げ、に見せる。

 「薬、買ってきてやったぞ」
 「え・・・」

 途端、の表情が曇る。そろそろと、再び布団を口元まで上げた。

 「・・・飲まなきゃダメ?」

 上目遣いに、そんなことを言われ、テリーは「うっ・・・」と言葉に詰まる。だが、慌てて気を取り直す。

 「飲んだ方が早く良くなるだろ」
 「・・・うん」
 「なんだよ、薬苦手なのか?」
 「うん・・・」

 小さくうなずくが可愛らしい。弱ってる姿がこんなに可愛らしいものだとは、思いもしなかった。

 「苦手でも飲まなきゃ良くならない。子供みたいなこと言うな」
 「でも・・・ホントに苦手なんだもん・・・苦いし・・・」
 「口移しで飲ませてやろうか?」
 「何されても、イヤなものはイヤ」

 プイッとそっぽを向かれ、テリーはため息をつく。まるで子供のような態度だが、彼女は王女として育てられた。ワガママ放題だったのだろう。

 「甘いシロップじゃないと飲めないとか、そういうことか」
 「・・・そんなんじゃないけど」
 「じゃあ飲め。せっかくオレが買ってきてやったんだ」
 「・・・・・・」

 チラッとテリーを見て、やはりそっぽを向く。いつもはワガママなど言わない彼女が、めずらしい。だが、このままというわけにもいかないだろう。
 ほら、と薬を渡すも、なかなか起きて飲もうとしない。

 「なあ・・・お前だって今の状態はつらいだろ?」
 「・・・・・・」
 「お前がつらい姿見てるオレだって、つらいのわかるだろ? だったら、早く良くなって・・・」
 「・・・・・・」

 テリーが何を言おうと目を合わせないに、とうとうプツンと頭のどこかで何かが切れる。

 「お前! いい加減にしろよっ!! 人が優しくしてやってんのに・・・!! ガキみたいなワガママ言うな! いいから飲めっ!!!」
 「キャ・・・!!」

 ガバッと布団をはぎ、乱暴にの口に薬を押し付けようとして・・・が目を潤ませ、とうとう泣き出してしまった姿にハッと我に返った。

 「わ・・・悪い・・・!!」

 だが、もう遅い。は完全にむくれ、今度は頭から布団をすっぽりかぶってしまった。

 「・・・本当に・・・」
 「出てって。テリーなんか大嫌い」
 「!!!」

 冷たい声で、“大嫌い”と言われ、テリーは激しくショックを受ける。再度から「出てって」と冷たく告げられ、フラフラする足取りで部屋を出た。
 部屋を出て、壁に背を預けクシャリと前髪を掻き毟る。いくらイライラしたとはいえ、なんて乱暴な手段に及んでしまったのか・・・。あれでは、確実には薬を飲もうとしないだろう。
 心配なあまり、つい乱暴になってしまった。自分らしくもなく。

 「・・・参ったな」

 とりあえず、しばらくは放っておくしかない。もうしばらくしたら、怒りも収まるか、眠っているかしているだろう。そう思い、宿屋のロビーに移動した。

 「あら、お兄さん。お連れの可愛いお嬢さんの具合は?」

 宿屋のおかみが声をかけてきた。氷嚢のお礼を言い、テリーは視線を下げた。具合どころか、機嫌を悪くしてしまった。

 「無理に薬を飲ませようとして・・・機嫌を損ねてしまった」
 「あら・・・。まあ、心配なのはわかるけどねぇ。ムリはさせちゃいけないよ。まあ、しばらくゆっくり休めば良くなるさ。それでも駄目なら、どこかいいお医者様でも紹介するけど・・・」

 医者・・・という言葉に、テリーは一つ思い出す。そうだ、この方法なら、に薬を飲ませずに具合を良くさせることができるはずだ。

***

 目が覚めると、部屋には1人だった。額に乗せられていた氷嚢が、寝返りの際に落ちたらしく、枕元に転がっている。
 体がだるい。先ほどよりも体調が悪くなっているようだ。頭がガンガンし、吐き気もする。
 枕元の小さなテーブルの上には、薬が置いてある。先ほど、テリーが自分に強引に飲ませようとしたものだ。悪いとは思ったが、どうしてもは薬が苦手だ。ああやって無理強いさせられると、余計に拒絶してしまうのだ。

 「テリーに悪いことしちゃったな・・・」

 熱に浮かされた頭で、ボンヤリとそんなことを考える。今、彼はどこにいるのだろう? 宿屋のどこかにいるのなら、顔を見て謝りたい。
 少しくらいなら、探し歩いても大丈夫だろう。クラクラするが、歩けないことはないと思う。
 重い体をゆっくりと起こし、ベッドから下りる。途端にずっしりと体に倦怠感が襲ってくるが、必死にそれと戦った。
 ゆっくりと部屋のドアを開け、階下へ向かう。足を引きずるような形でロビーへ向かえば、見慣れた青い服が視界に飛び込んでくる。よかった・・・いた。安堵からか、体から力が抜ける。

 「あら! お嬢ちゃん!! 大丈夫なの??」

 先ほど、氷嚢を届けてくれた、宿屋のおかみさんだ。驚いた様子で声をあげれば、テリーがハッとなって顔を上げる。と視線がぶつかった。慌てた様子で立ちあがり、のもとへ歩み寄ると、肩を支えてくれた。

 「お前・・・大丈夫なのか?」
 「えへへ・・・ちょっとクラクラするけど、大丈夫だよ・・・」
 「顔色悪いよ・・・お嬢ちゃん、無理しちゃダメじゃないの! もう少し休んだ方がいいよ!」
 「ありがとうございます、おば様。だけど、だいじょ・・・うぶ!?」

 言いかけたの言葉を遮るように、テリーがの体を抱きかかえる。

 「大丈夫なものか。部屋に戻るぞ」
 「ちょ・・・! テリー、自分で歩けるよっ!!」
 「クラクラするって言ったのは、どこのどいつだ。いいから黙って運ばれろ」
 「テリー!!」

 暴れようにも、体に力が入らない。もういいや。ここはテリーの言う通り、黙って運ばれよう・・・。
 部屋に戻り、ベッドに寝かされる。手袋を外したテリーの手が、の額に触れる。

 「さっきは、悪かった・・・ムリヤリ・・・」
 「ううん・・・私こそ、大嫌いなんて言って、ごめんなさい・・・」
 「・・・薬がイヤなら、他の方法を考えた。それで・・・ゲントの村へ行こう」
 「ゲントの村? チャモロのとこ??」
 「ああ」

 の言葉に、テリーがうなずく。かつての仲間であるチャモロのところへ行くとは、一体どういうことなのか・・・。

 「忘れたか? あいつには病気を治癒する不思議な力があることを」
 「あ・・・」

 それは、ゲント一族の持つ不思議な力。先祖代々受け継がれ、今はチャモロにもその力が備わっている。その力を頼って、世界各地から彼のもとへ病人が多く訪れるという。

 「ゲントの村なら、キメラの翼で飛べる。またこの町にはお前のルーラで戻ってくればいい。簡単なことだろ?」
 「・・・テリー・・・」
 「オレだって鬼じゃない。嫌いなものをムリヤリ飲めとは言わないけれど・・・お前の具合が悪いのは見過ごせないからな」
 「テリー!!!」

 彼のその気持ちがうれしくて、は腕を伸ばしてテリーに抱きついた。抱きついてきたの体を、テリーが優しく抱きしめ返す。

 「すぐに出るぞ。着替えられるか?」
 「・・・うん。ちょっと待って」

 臆面もなく夜着を脱ぎ捨て、いつもの旅装に着替えると、はベッドから立ち上がった。

 「それじゃあ、出発だ」

 宿屋を出て、道具袋の中からキメラの翼を取り出すと、テリーはそれを空に向かって放り投げた。

***

 のどかなその村は、神の使いと呼ばれるゲント族が住んでいて、テリーとのかつての仲間である、チャモロの故郷でもあった。
 やっとの思いでチャモロのもとへ向かえば、ズラリと行列。小さな子供から老人まで、まさに老若男女がチャモロの治癒を必要としていた。

 「・・・かなり待たされるな」
 「うん・・・」
 「大丈夫か?」
 「うん・・・」

 うなずくが、本当に大丈夫か・・・と心配になる。熱があるせいか、顔は赤みを帯びていて、呼吸も荒くなってきた。ホイミで病気が治らないのが苛立たしい。

 「チャモロに会うの、久しぶりだよね」

 が顔をあげて微笑む。しゃべるのもつらいだろうに。テリーは彼女の言葉にうなずく。

 「でも・・・すごいよね・・・チャモロの力を頼って、こんなにいっぱい人が・・・」
 「おい、無理してしゃべるな。立ってるのがつらいなら、おぶってやる」
 「大丈夫だよ。このくらい、大丈夫」

 そう言って気丈に笑うが、本当に大丈夫なのだろうか?
 テリーとが呼ばれたのは、それから1時間ほど経った頃だった。

 「王女! テリーさん! お久しぶりですね!!」

 チャモロの顔がぱぁ・・・と輝く。彼もまた、懐かしい仲間に会えたことがうれしいのだろう。

 「ああ、久しぶりだな」
 「チャモロ、元気にしてた?」
 「ええ、元気ですよ! でも・・・王女はそうでもないみたいですね」

 心配そうな表情のチャモロに、は「えへへ・・・」と苦笑いだ。

 「さあ、座って下さい。治癒をしますよ」
 「うん」

 チャモロの前に置かれた椅子に座り、目を閉じる。チャモロはゲントの杖を持ち、何かぶつぶつとつぶやく。ゲントの杖が光り、の体を優しく包むと、一瞬にして具合の悪いのが収まった。

 「わ・・・! すっごい!!」
 「お元気になりましたか?」
 「うん! もう平気!」
 「ですが・・・しばらくは無茶をなさらぬよう。薬を念のため飲むことをお勧めします」
 「え・・・薬飲まなきゃダメ?」

 チャモロの言葉に、の表情が一瞬にして凍りつくが、チャモロが笑顔で「はい」とうなずいた。
 テリーがため息をつき、の頭をクシャリと撫でる。「先生の言うことはちゃんと聞け」と言い聞かせた。

 「・・・お二人は、今も一緒に旅を続けてらっしゃるんですよね。でも意外です。他人を寄せ付けなかったテリーさんが、王女と一緒にいるなんて。テリーさんにとって、王女はかけがえのない、大切な存在なんですね」
 「・・・まあな」

 チャモロが微笑んで安心した表情を浮かべる。一匹狼だったテリーに、こうして仲間ができたことは、もうれしい。

 「あ、そうだ。チャモロ、私もう王女じゃないのよ」
 「そうなのですか? あ、そういえば髪の毛が短くなってますね。そのお姿も可愛いですよ」
 「ありがと〜」

 もうしばらく、仲間と話していたかったのだが、チャモロは多忙な身。お礼と謝礼金を渡し、テリーとは滞在先の町に戻って来た。

 「さて・・・チャモロ先生の言う通り、薬を飲んでもらうぞ」
 「う・・・」

 突き出された薬に、は眉をしかめる。さすがに今回はチャモロの命令ともあり、テリーは強気だ。

 「飲まないとゲントの神からお仕置きが飛んでくるかもな」
 「や、ヤダ! 脅かさないでよ!!」
 「じゃあ、素直に飲め。苦いのは一瞬だろ」
 「う・・・」

 の手に薬を渡し、テリーは腕を組んで彼女がそれを飲むのを見届けるつもりだ。

 「・・・じゃあ、あの・・・テリー・・・お願いごと、してもいい?」
 「? なんだ?」
 「私が薬飲んだら・・・その・・・キス、してくれる? 薬の味、忘れるように」

 上目づかいにそんなことを言われ、テリーの心臓がドキンと跳ねる。そんな可愛いお願いを、どうして断れようか。テリーはこくんとうなずいた。
 それを見て、は微笑み、意を決して薬をのみ込んだ。薬特有の苦さに、眉根が寄せられる。

 「飲んだか?」
 「う・・・ん・・・」
 「じゃあ、約束通り」

 テリーがの顎を持ち、上向かせ、その唇にキスを落とした。唇を割って、テリーの舌がの口内に入りこむ。口の中に残った薬を舐め取るように、テリーの舌がの口内を舐めまわした。

 「・・・苦いな」
 「だから言ったでしょ!」
 「でも苦い分、効果は高いぞ」
 「・・・だといいけどなぁ」
 「とりあえず、今日はもう少し寝てろ。体力が低下してるのは変わりないからな」
 「うん。チャモロのおかげで、ずい分元気になったけどね!」

 じゃあ、ちょっとくらい無理しても・・・と、頭に浮かんだ考えを、必死に振り払う。それでまたぶり返したら、話にならないし、チャモロに呆れられるだろう。

 「ゆっくり休めよ」
 「うん」

 ポンポンと頭を撫で、テリーがベッドから離れる。今のうちに荷物の整理をしようと思った。
 しばらくすると、静かな寝息が聞こえてくる。その寝顔を見つめ、テリーはそっと微笑んだ。