1.傍にいて気付いたこと

 昨日、出会い、強引に仲間になったという少女は、どこかおかしい。
 テリーの荷物一つ一つに目を輝かせ、装備品や装飾品を楽しそうに眺めている。

 「これはなあに?」
 「スライムピアスだ。残念ながら、オレは耳に穴を開けてないから、つけられないが」
 「これは?」
 「力の種だ。食べると腕力がつく」
 「これは??」
 「ガンコどりの肉だ」
 「え!? 魔物の??」
 「食べられる魔物は食べる。旅の間に食料が尽きたら必要なことだろ」
 「・・・魔物食べるなんて、信じられない」

 愕然とした様子のだが、旅人の間ではごく普通なことだと思う。何せテリーは1人で旅をしてきたのだ。旅費だって、そんなにない。今まで大所帯だったとは違うのだ。生きるために必死だった人間にしか、わからないことだと思うが。

 「へぇ〜・・・テリーって、面白い物持ってるのね! あ、これは知ってる。キメラの翼! 初めて使った時、ビックリしたもの。体が鳥みたいにピューって飛んで」
 「・・・ガキみたいな発想だな」
 「え? なんで?? そう思わなかった?」

 物珍しそうなの視線を無視し、テリーは旅に必要なものを袋に詰めて行く。

 「そろそろ出発するぞ」
 「うん」

 だいたい、自分の部屋でジッとしていればいいものを、なぜこっちの部屋に来てあれこれ聞くのか・・・。テリーに興味があるようなのだが、人と関わり合いになりたくないテリーからしてみれば、かなり迷惑な話だ。
 それでも、と一緒に旅をしようと思ったのは、彼女の不思議な魅力のせいなのかもしれない。

 「あ・・・これが雷鳴の剣??」

 立てかけてあった剣を手に取り、が声をあげる。

 「危ないぞ。お前の手で扱えるものじゃ・・・」
 「あ〜! 失礼ね! 私だって剣くらい扱えます! というか、剣が攻撃手段です!」

 言うやいなや、雷鳴の剣を鞘から抜き、その刀身を見つめる。

 「へぇ〜・・・この剣、魔法が込められてるね。戦闘中に使えば、何かの魔法が出るはずだよ。なんだろう・・・楽しみだねぇ」

 はい、と鞘に剣を戻し、がそれをテリーに手渡した。仏頂面を浮かべながら、それを受け取り、腰に下げる。

 「お前も早く準備しろ」
 「うん」

 そう言うと、自分の部屋に戻り、しばらくすると廊下へ出てきた。なるほど・・・確かに腰には剣を下げている。それが彼女の愛刀らしい。
 見たことのないデザインだ。テリーの雷鳴の剣と同じく、店に出回っている代物ではないのだろう。

 「変わった剣だな」
 「え? あ、うん。扱いやすいように、私が指示して作らせたの。軽いけど、威力はあるんだよ。ま、私の剣の腕は、後ほど戦闘でね」

 そう言って、ニッコリ笑うから視線を逸らす。なんというか・・・彼女の雰囲気に飲まれる。

 「よっ! お姉ちゃん、可愛いねぇ!」

 宿屋を出て、城の外へ出ると、いきなり横合いから声をかけられた。見れば、覆面をしたいかつい男が手揉みしながら近づいてきた。

 「そっちのお兄さんも男前だね〜。どうだい、ウチのお店でちょっと働いてみないかい?」
 「働く?」
 「そう! 簡単なお仕事だよ〜。1日働けば、10000ゴールド稼げちゃう!!」
 「そうなの・・・!?」

 と、が顔を輝かせると同時に、グイッと腕を引っ張られた。そのまま、ズルズルと城の外まで引きずられてしまう。

 「ちょ、テリー!! 今の聞いた!? 1日で10000ゴールだよ!? ものすごい価格じゃない!!?」
 「・・・あのなぁ」
 「ね、そう思わない?」
 「馬鹿か、お前は・・・。あれは、真っ当な商売じゃない。体を売り物にしてるんだ」
 「?? 体を売り物?」

 の頭にクエスチョンマークがいくつも浮かぶ。一体、どういう仕事なのか。

 「わからないのか? 客に売春させるんだよ。ああいうのは、普通は違法な商売で、厳しく取り締まれてる。関わったら痛い目に見るぞ」
 「・・・バイシュンって何?」
 「はぁ??」

 初めて聞いた言葉に、テリーが呆気に取られ・・・ハァ〜とため息をつき、頭を抱えた。

 「なぁ・・・」
 「え?」
 「お前、なんでそんなに世間知らずなんだ?」
 「そ、そうかな??」

 ギクッと肩が震えた。はまだ、自分の身分をテリーに言っていない。もしもそれが判明したら、きっと彼は自分から離れて行く。ここでテリーに置いていかれたら、どうしていいのかわからない。

 「見るもの全てが物珍しい、いいとこのお嬢様みたいだな」
 「・・・・・・」

 クイッとテリーがの顎に手をかけ、上向かせる。当たらずとも遠からず・・・な発言に、心臓がドキドキした。

 「答えろ。お前、一体何者なんだ?」

 問い詰めるテリーの瞳は、鋭く細められ・・・その眼光は鋭い。魔物と対峙しているかのような、その眼差しには知らず委縮した。
 これ以上、もう誤魔化せないか・・・そう観念した。あの賑やかな仲間たちは、今頃どこにいるだろうか? どこかで合流できるだろうか。

 「あのね・・・私・・・ルー・・・」
 「テリー!!」

 が真実を話そうとした瞬間、横合いからテリーの名前を呼ぶ女の声に遮られた。
 駆け寄って来た女が、テリーにガシッと抱きついたので、思わず「おお・・・!?」と声をあげてしまう。だが、テリーはそんな女の体をグイッと押しのけた。

 「何よ、久しぶりに会ったのに・・・! ねえ、聞いた? この国に“雷鳴の剣”っていう、すっごい剣があるんですって!」
 「それならもう手に入れた」
 「え・・・?」

 女がテリーの腰に佩いた剣に目を向ける。その途端、その目が輝いた。

 「すっご〜い! さっすが“青い閃光”! 私が何かするより先に、手に入れちゃうなんて・・・!」
 「・・・どうでもいいが、オレは先を急いでるんだ。悪いな」
 「え・・・ちょっと待ってよ、テリー!!」

 歩き出すテリーの後を、女が追いかけ、グルリと前に回り込む。ショートヘアの少女は、澄んだ紅茶色の瞳を大きくし、甘えるようにテリーを見上げた。

 「ねえ、1か月前のこと、覚えてる? 一緒に洞窟探検したでしょ? あの時は、何もなかったけど・・・。そろそろ、アタシを仲間にしてくれてもいいんじゃない?」
 「・・・悪いが、興味ない」
 「そんなこと言わないでよ! 回復魔法も使えるし、攻撃魔法も使えるアタシがいたら、テリーの役に立てるでしょ!?」

 そう言って、テリーの腕を抱きしめる女に、はあ然呆然だ。このままでは、自分は置いてかれてしまうのではないか・・・。

 「魔法の使い手なら、間に合ってる。行くぞ、
 「え・・・あ、はい・・・!」

 振り返り、の名前をそこで初めて呼んだテリーに、は少しだけ安心した。この先ずっと「お前」と呼ばれ続けたら寂しいと思っていたからだ。

 「ちょっと、待ってよ! まさか、その女と一緒に旅をしてるわけ!?」

 呼びとめられるような言葉に、は思わず足を止めるが、テリーは無視して先を歩いて行く。

 「信じられないっ! アタシより、こんな女を選ぶなんて・・・!!」

 キッと女がを睨んでくる。そのままドン!と肩を突き飛ばされた。

 「あんた、どうやってテリーに取り入ったのよ。まさか・・・体で!?」
 「え? 体って・・・??」
 「何も知らない純情そうな女を装って、それでテリーを誘惑したんでしょ! そうに決まってる!!」
 「私は、何もしてないわ。誘惑なんて、そんな・・・」
 「じゃあ、なんであんたなんかを選んだのよっ!!」

 グッと胸倉を掴まれる。いきなりの展開に、は呆気に取られるばかりだ。なぜ、こんなことになったのか・・・。

 「おい・・・いい加減にしろ」

 その女の手を、誰かがグッと掴んだ。視線を動かせば、不機嫌極まりない顔のテリーが立っていて・・・を自身の背後にかばった。

 「テリー! どうしてよ! どうしてそんな女・・・!!」
 「お前みたいに執着しないからだ」
 「そんな・・・!!」
 「お前みたいに媚びてもこないしな。まあ、ちょっと世間知らずなのが問題ありだが、そんなことは戦闘と関係ないし」

 掴んでいた腕を放し、テリーが冷たく言い捨てる。

 「とにかく・・・お前にどうこう言われる筋合いはない」

 冷たくそう言い放つと、そのままの腕を掴み、アークボルトの国を足早に去った。

 「あ・・・」

 思わず、声をあげる。見慣れた集団が、昨日の洞窟向けて歩いて行くのが見えた。
 勝手なことを言い、パーティを抜けただったが、彼らは嫌な顔一つしなかった。それどころか「姫には姫の目的があるんだろう? 気にしないで」と笑顔で送り出してくれたのだ。

 「あいつら、お前の仲間だな・・・」
 「え? 知ってるの??」
 「昨日、洞窟ですれ違っただろ。あの時、お前のことも見てた」
 「そうなんだ・・・」

 昨日は確か、イザティード、ハッサン、バーバラ、の4人で行動していた。目立つハッサンがいたし、テリーが気づいていても不思議ではない。

 「・・・テリーは、優しいんだね」
 「・・・?」

 の言葉に、テリーが動きを止め、振り返った。“優しい”なんて言われたのは、初めてだ。

 「私は・・・確かに世間知らずで、前のパーティでも色々と迷惑をかけた。そんな私みたいな足手まといを、ちゃんと仲間として見てくれて、助けてくれたんだもん。うれしかった、さっきの」

 笑顔で言われ、テリーは慌てて視線をそらす。彼女には、不思議な魅力がある。人を引き付けるような笑顔だ。

 「ごめんね、変なこと言って。さ、私たちも行こう!」
 「・・・ああ」

 すでにの仲間たちの姿は見えない。テリーたちも、彼らと同じ道を通って、次の目的地へ急いだ。

***

 予想外だった。がこんなに戦えるとは。
 テリーの使えない魔法をいくつも駆使し、剣を振るい、敵を倒していくその様は、華麗と言わざるをえない。思わず見惚れてしまいそうな動きだ。
 自分も“青い閃光”と謳われるだけあって、その戦闘力は誰にも負けないつもりだったが・・・。彼女はそれに匹敵する強さだ。
 しかも回復魔法もベホイミまで覚えている。これは大いに助かった。
 しかし・・・。

 「イッタァ・・・!!」

 声がし、振り返る。野宿の準備中だ。テリーとが夕食の準備をしているとき、それは起こった。
 見れば、の指からは血がボタボタと溢れている。思わずギョッとした。戦闘でもないのに、そんな大量出血をするとは、どこまで深く切ったのか・・・。

 「お前・・・ナイフ扱ったことないのか?」
 「え? あ、いや・・・魔物を斬るのに使ったことはあるけど・・・こういうのは・・・」
 「・・・もういい。オレがやる。お前はそっちの味付けを頼む」
 「うん」
 「その前にホイミしろよ」
 「・・・うん」

 彼女が皮をむいていた芋を受け取り、テリーは黙々とそれをむいていく。鮮やかともいえるその動きに、は思わず見惚れてしまった。

 「はぁ〜・・・うまいねぇ」
 「このくらい普通だろ。まったく、今までどんな生活を送って来たんだ。皮もむけないなんて」
 「え・・・それは、ほら・・・他の仲間がやってくれてたから・・・」

 誤魔化すように笑って、が袋の中から調味料を取り出し、ドバドバと入れて行く。

 「ちょ・・・ちょっと待て!!」

 慌ててガシッとテリーがその腕を掴む。彼女が持っているのは胡椒。大量に入れるものではない。

 「お前・・・なんてことしてるんだ・・・」
 「え? なんで??」
 「胡椒を大量投入するヤツがどこにいる!!」
 「え・・・あ、これって胡椒なの? ごめんなさい、よくわからなくて・・・」
 「・・・・・・」
 「テリー??」
 「・・・もういい。料理はオレが作る。お前は、荷物袋に穴が開いてたから、それを繕っておいてくれ」
 「・・・はい」

 シュンとしながらも、荷物の中から針と糸を取り出し、呆然とする。

 「えっと・・・これは、どうすればいいの?」
 「は?」
 「針と糸を持って、どうやって縫うの?」
 「・・・・・・」

 これにはもう、頭を抱えるしかなかった。

***

 テリーが作った料理を食べ、テリーが袋の補修をし、今現在、テリーが見張りのために起きている。
 は焚火の向こうで横になり、小さく丸くなっている。その姿が小動物を連想させ、どこか可愛く見えた。

 「・・・ごめんね」

 そんなことを考えていたテリーの耳に、小さくの声が響く。

 「うん?」
 「私、足手まといだよね・・・料理もお裁縫もできなくて・・・」
 「別に、それだけが旅の目的じゃないだろ。お前は戦闘では大いに役立ってるよ」
 「ホント!?」

 ガバッとが起き上がる。必死なその形相に、思わず笑みがこぼれた。

 「ああ、本当だ。だから、早く休め。後で見張り交代してもらうからな」
 「うん!」

 ニッコリ笑顔でうなずく。ああ、まただ。またその笑顔だ・・・。
 安心したのか、がホッとした様子で、ポテンと地面に横になった。しばらくすると、小さな寝息が聞こえてくる。
 まだ出会って1日しか経ったいないけれど・・・この1日で、色々と気付かされた気がする。
 そういえば、結局彼女が何者なのか、聞きそびれてしまった。
 だが・・・まあ、いいか、と思った。悪い人間ではない。今まで、何人もの悪人を見てきたテリーだ。そのくらい、雰囲気や仕草でわかる。
 こんなにも世間知らずな悪人がいるはずがない。
 だが、テリーはこの時、まだ気が付いていなかった。

 自分は、にどこか惹かれているのだということを・・・。