4.君の勇気になってあげる

 「たっ・・・助けてくれぇ〜!!!」

 聞こえてきた悲鳴に、テリーとが足を止める。振り返れば、中年の男性が息せき切ってこちらへ走り寄って来ていた。

 「あ、あんたら旅の人だろ!? 助けてくれっ!!」
 「え・・・えっと・・・何から・・・」
 「あいつらだ! ビビグド団だよ!」

 男性が指差した先・・・後方から大剣を担いだガラの悪い男が2人、走って来た。2人はテリーとの姿を見つけると、足を止める。

 「なんだ? 用心棒か?」
 「構うこたぁねえ、やっちまえ!」

 こちらの話など一切、聞く耳持たず、男2人が手にした大剣を振りかざして襲いかかって来る。

 「、そっちは任せる」
 「うん」

 2対2なら、確実に負ける気はしない。テリーとはそれぞれの男と対峙し、軽くあしらってやった。剣を抜くまでもない。テリーは武闘家をマスターしているし、も格闘技はそこそこ使える。あっさりと男をのした2人は、助けを求めてきた男に視線を向けた。

 「大丈夫ですか? お怪我は?」
 「い、いや・・・怪我はありませんが・・・。あんた方、強いんですなぁ!」

 テリーの眉根がピクッと動く。何か嫌な予感がした。

 「ぜひお礼がしたいです! 一緒に町まで来て下さい! ああ、町はすぐそこ! 綺麗な水で有名なアモールの町ですよ!」
 「えっと・・・」
 「ほら、早く!! 助けてくださったお礼に、ごちそうしますよ!」

 有無を言わさぬ口調でそう言い放ち、男はの腕を引っ張る。困った表情でがテリーを振り返るが、テリーは仏頂面のまま、ハァ・・・とため息を吐き出した。

***

 助けた男は、アモールの町の町長だったらしい。屋敷に招かれ、豪華な食事を振る舞われた。久しぶりの贅沢だ。は城の料理を思い出し、懐かしい気分になるが、テリーは先ほどから一言も口をきかない。それが気になった。

 「テリーさんとさんとおっしゃるのですね! いやはや・・・助けていただいて、本当にありがとうございます!」

 町長の言葉に、はニッコリ微笑み、町長の隣に座っている少女に視線を向けた。

 「これは、娘のキャシーです」
 「初めまして。父を救っていただいたそうで、ありがとうございます」

 ペコリと頭を下げる令嬢に、も頭を下げた。

 「ところで・・・図々しいとは思うのですが、一つ頼みがありまして」
 「頼み・・・?」
 「我々、アモールの町民は、ビビグド団にここ数ヶ月間、悩まされております。奴らは人攫いをし、金品を強奪し、やりたい放題をしているのです。そこで・・・! ぜひ腕の立つテリーさんとさんに、ビビグド団を退治していただきたいのです!」
 「盗賊団に悩まされているのですね・・・。わかりました、そういうことなら・・・」

 言いかけたの言葉を遮るように、テリーが立ちあがる。が「テリー?」と声をかけるも、返事はせず、そのまま部屋の入口へ向かった。

 「・・・宿屋にいる」

 ただ一言、それだけを告げるとテリーは部屋を出て行ってしまった。

 「テリーさん、どうなさったのかしら・・・? 何か、気に障ることを言ってしまったのでしょうか?」
 「・・・わかりません。ただ、長旅で疲れてるのかもしれないですし・・・。町長さん、ごめんなさい。テリーが気になるので、私も宿屋へ行きますね」
 「え、ええ・・・わかりました」

 その場では明確な返事をせず、は町長の屋敷を出ると、宿屋へ向かった。受付で部屋を聞き、そこへ向かう。ドアを開けて中を覗けば、テリーは窓辺に座って町の風景を眺めていた。

 「テリー・・・なんでいきなり出てっちゃったの? さっきから、様子も変だし。ねえ、盗賊団、倒しに行くよね?」
 「なんでオレがそんなことをしなければならない。冗談じゃない。イヤだね」
 「え・・・?? そんなこと言わないで、一緒に・・・」
 「イヤだ、と言っただろ」

 突っぱねるようなテリーの物言いに、はあ然とする。盗賊団に悩まされている人々を無視し、このまま放っておけというのか・・・。

 「なんで!? 人助けだよ!?」
 「オレがいつ、人助けをしたいと言った?」
 「う・・・」

 確かに、テリーはそんなことを一度も口にしたことはない。自らの目的・・・最強の剣を手に入れるために旅をしているのだ。

 「で・・・でも!!」
 「余計なことに首をつっこむな。面倒なことになる」
 「そんな・・・! だって、困ってる人を放っておけないよ!」
 「オレはお前みたいなお人よしじゃない。さすが王女様だな。善良な市民を助けたい、なんて」

 テリーの冷たい言葉に、はうつむく。まさか、彼が協力を拒否するとは思わなかった。一緒に旅をするうちに、はテリーも自分と同じ考えの元、行動していると錯覚していたのだろう。

 「もういい・・・」

 小さくつぶやくが、テリーは視線を窓の外に向けたままだ。

 「テリーなんかに頼らない! 私1人で倒しに行く!!」

 そう言い放つと、は部屋を飛び出して行ってしまった。それでも、テリーは表情一つ変えず、窓の外を眺め続けた。

***

 町長の屋敷に戻ると、娘のキャシーが出迎えてくれた。1人だけのその姿に、驚いた様子だ。

 「まあ・・・! さん」
 「キャシーさん、お父様はいらっしゃいます?」
 「ええ、書斎に。どうぞ」

 書斎に入ると、確かにソファに町長が座っていた。どこかソワソワした様子の彼に、「盗賊団を退治します」と笑顔で告げると、曇っていた顔がパァ・・・と明るくなった。やはり、自分の判断は間違っていない。困っている人を放っておくなど、には到底できなかった。
 町長にビビグド団の居場所を聞き、お礼を言って屋敷を出る。キャシーがを見送るため、一緒に屋敷を出てきた。

 「少し、お話しませんか? 私、同い年くらいのお友達が少なくて・・・」
 「ええ、もちろん。いいですよ」

 そのまま、庭に置かれていたベンチに2人並んで腰を下ろした。思えば、もイザティードたちと別れてから、同年代の女の子と接するのは初めてだった。

 「さんとテリーさんは、恋人同士なの?」

 突然、問われた内容に、はあ然とした。何を言い出すのか・・・。

 「や・・・やだ! そんなわけないじゃない!」
 「え・・・でも・・・」
 「私とテリーは、ただの仲間! そうじゃなきゃ、2人旅なんてできないわよ」

 お互いに特別な感情を抱いてしまっては、ギクシャクしてうまくいかないだろうと、はそう考えていた。だから、テリーのことは異性として考えず、友人のように思うようにしていた。

 「では・・・さん自身のお気持ちは? テリーさんのこと、どう思ってるのですか?」
 「え・・・?」

 キャシーの言葉に、は目を丸くし・・・視線を地面に向け、うつむいた。

 『私は・・・テリーのこと・・・』

 特別な感情なんて抱いていない。

 『強いし、頼れるし、心強い仲間だと思ってるけど・・・。けど、それだけだ・・・』

 淡い感情など、一切持ち合わせていない。テリーは仲間だ。そこに特別な感情などない。イザティードやハッサン、チャモロと同じく、大事な異性の仲間・・・。
 考え込むの様子に、キャシーが心配そうに視線を向ける。沈黙が、訪れた。

 「こんな所で何を油売っている」

 だが、聞こえてきた男の声に、2人はハッと我に返った。の見上げた先、そこに立っていたのは、彼女の相棒。

 「テ・・・テリー!? な・・・なんでここに・・・?」
 「盗賊団を倒しに行くんだろ。さっさと行くぞ」
 「え・・・テリー・・・一緒に・・・?」
 「気が変わった。おい、お前・・・オレたちが盗賊団を撃退したら、それなりの報酬はもらえるんだろうな?」

 テリーの視線がキャシーに向けられる。その視線を受け止め、彼女は頬を赤く染め・・・うつむきながらも、こくんとうなずいた。

 「そういうことなら、話は別だ。ほら、さっさと来い。アジトの場所は知ってるんだろうな?」
 「ちょ・・・ちょっと待ってよ〜!!」

 さっさと歩きだしてしまうテリーの背中を追いかけ、は慌てて立ちあがった。

 「それじゃあ、キャシーさん! 行ってきます!!」

 手を振り、テリーを追いかけるの背中を、キャシーは複雑そうな表情で見送った。

***

 教えてもらったアジトに向かえば、洞窟の前にたむろしている盗賊が数人。見張りなのだろう。

 「・・・10人程度、ってところか」
 「あまり大きな盗賊団じゃないみたいね。聞いたことないし、ビビグドなんて」
 「オレたちがアモールに住んでないから、知らないだけだろ。レイドック辺りじゃ名の知れた盗賊団なのかもしれないぜ」

 言いながら、テリーは頭の中で作戦を立てる。一気に10人もの相手を倒すのは、さすがに大変だろう。相手の実力もわからない。先ほどの2人と同レベルの相手ならば、余裕で勝てるのだが・・・。

 「普通に考えて、5人5人・・・だよね。そのくらいなら、なんとかなるかなぁ・・・」
 「洞窟の中に、何人いるか、だな。見張りは3人だが、中には20人・・・なんてことがないといいが」

 恐らく、先ほどのテリーの観察通り、10人ほどの規模だとは思うが・・・もし読みが外れていたら、洒落にならない。何せ、こちらは2人しかいないのだから。
 と、洞窟の奥から新たに5人、外へ出てきた。うち2人は見覚えがある。先ほど、テリーとがのした盗賊だ。
 その2人が声をかけている図体のでかい男・・・あれが頭領か。の3倍はありそうな巨体だ。

 「ボス!! 間違いなく、あいつらはアモールの町長が雇った用心棒ですよ! きっと、このアジトに向かってます!!」

 残念。もうここにいる。

 「何をビビってやがる! 聞いた話じゃ、まだ青臭いガキと小娘だっていうじゃねぇか。そんな奴らに俺たちビビグド団が負けてたまるか!」
 「ボス、でもめっぽう強いんですよ! 気をつけてくだせぇ!」
 「まあ、見てろ・・・俺様の大刀の錆にしてやるからよぉ」

 そう言って、腰の片刃の剣を抜く。巨体に見合ったその巨大な刀身に、は思わず引きつった。アレで斬られたら、痛いどころの騒ぎではない。

 「よし、お前ら! 全員で待ち受けるぞ!! 総攻撃だ!」
 「へい!!」

 どうやら、今外にいる8人がメンバーらしい。部下の連中は大したことなさそうだが、問題は・・・頭領のビビグドだろう。

 「普通に考えて・・・4人4人だけど・・・頭領の相手しながら、他3人はキツイよね」

 いくら雑魚とはいえ、人数が多ければ、邪魔になる。

 「・・・、イオが使えたよな」
 「うん」
 「まずはそれで奇襲をかけろ。うまく行けば、何人か戦闘不能にできるはずだ。イオを打ったら、次はオレが雷鳴の剣を使う。これで相当の人数がさばけるだろ」
 「うん、わかった。じゃあ・・・行くよ?」

 の言葉に、うなずくテリー。腰の剣を抜き、の合図のイオを待つ。呪文を詠唱し、が凛とした声を響かせる。

 「イオ!」

 声と共に、盗賊団たちを爆撃が襲う。不意打ちの攻撃に、男たちは騒然とし始める。

 「奴らが来たぞ! 落ち着け!! 配置につけ!」

 ビビグドの怒号が聞こえる。その声の直後、テリーが雷鳴の剣を掲げた。空から無数の稲妻が降り注ぎ、男たちを直撃する。
 悲鳴を上げ、倒れて行く部下たちの姿に、頭領が舌打ちする。残ったのは3人だ。

 「オレが頭領を相手する。お前は残りの2人を頼む。できるか?」
 「任せてよね!」

 も腰の剣を抜き、ニッコリ笑顔で答えた。その笑顔に、テリーも微笑んでうなずく。

 「行くぞっ!!」

 テリーの合図の声と同時に、2人は物陰から飛び出した。

***

 残った2人の部下は、の相手ではなく・・・ヒョイヒョイと攻撃を剣で受け止め交わし、魔法で翻弄し、最後は見事な回し蹴りで打ちのめした。
 テリーが相手をしたビビグドも、力こそは強かったが、体が大きい分、攻撃に隙が出来る。テリーはその隙を見逃さない。雷鳴の剣をかざし、稲妻を呼び、爆裂拳をお見舞いする。が手を出すまでもなく、体力とパワーだけの頭領はあっさりとテリーに倒されてしまった。
 気絶した8人を縄で縛りあげ、キメラの翼を使ってアモールまで戻る。そこで待ちかまえていた役人に、ビビグド団の連中は突き出され、レイドックの牢屋行きとなったのだった。

 「いやはや! まさかあっさりとビビグド団を壊滅させてしまうとは! 恐れ入りました!」

 町長が再びテリーとをもてなす。安堵からか、先ほどの表情とは大違いで、満面に笑みを浮かべている。キャシーもうれしそうだ。

 「お礼と言いましては、なんですが・・・この謝礼金3000ゴールドと、アモールの水をお持ち下さい。それと・・・テリーさん、頼みがあるのですが・・・」

 これ以上、何を頼むというのか・・・。テリーの眉間に皺が寄る。

 「キャシーを、テリーさんの嫁にもらっていただけませんか?」
 「・・・は!?」

 思わず、テリーとが同時に声をあげ、キャシーを見る。テリーに見つめられ、キャシーの頬が赤く染まる。なるほど、先ほどのへの問いかけは、そういうことだったのか・・・。

 「・・・悪いが、それは受けられない。オレは旅の途中だし、嫁をもらう気なんて、さらさらないんでね」
 「え・・・そ、そんな・・・!」
 「信じられるのは己のみ。そんなオレが誰かを愛することなんて、できると思うのか?」

 冷たい言葉を吐きかけるテリーに、が慌てて腕を掴む。「ちょっと、テリー! もうちょっと言い方に気をつけて・・・!」と訴えかけるも、彼は我関せず、だ。

 「・・・ご、ごめんなさい。おかしなことを言って・・・。テリーさん、気になさらないで」

 今にも泣き出しそうなキャシーは、そのまま立ちあがると部屋を出て行ってしまった。
 結局、気まずくなってしまったは、早々にテリーを連れて宿屋へ戻ることにした。

 「あのねぇ、テリー? 恋する女の子の心を傷つけちゃダメじゃない!」

 説教をするも、まったく聞いていない。彼が色恋沙汰に興味を持っていないのは、一目瞭然だが・・・断るにしても、もう少し言い方があるだろう。

 「それに・・・テリーが今後人を愛することが出来るかどうか、わからないでしょ! 綺麗な女の人とか、可愛い女の子に出会って、気持ちが変わるかもしれないし」
 「それは絶対にない」
 「そっかなぁ・・・? テリーは・・・人に対して、臆病になってるよね・・・」

 の声音が変わる。説教するような強いものから、慈しむような優しい声に・・・。

 「大丈夫だよ、テリー・・・。テリーの大事なものは、ちゃんと見つかるし・・・テリーのことを、大事に思ってくれる人も、現れるよ!」

 だから、少しだけ・・・少しだけ、勇気を出して一歩進んでみよう?

 の言葉に、テリーはチラッと彼女に視線を向けただけで、何も言わなかった。

 「そういえば、テリー・・・なんで一緒に盗賊団を倒しに行こうと思ってくれたの?」
 「お前のことだ。突っ走って無茶をして、結局奴らに捕まるだけだと思ったからだ。お前がいなくなると、回復役がいないからな」
 「え・・・私はベホイミだけの価値しかないの!?」
 「当たり前だろ」
 「ひっど〜い!」

 テリーとの2人が、お互いを大切な存在だと気づくのは、もう少し後の話・・・。