3.苦しみは半分でいい

 マウントスノー・・・雪深いその土地で、最強の剣を見つけたテリーだったが、それは無残に錆付き、剣とは言い難い形容をしていた。
 落胆するテリーだったが、同行者のは明るく「次を探せばいいじゃない!」と笑顔で言い放った。
 その彼女は今、町で買い物をしている。
 天から降り注ぐ雪を見つめる。そのテリーの脳裏に、嫌な記憶が蘇る。
 あの日も、こんな風に雪が降っていた・・・。手を伸ばし、泣き叫ぶ自分の前で、大切な人が奪われた。今でも、あの時のことを思い出すと、胸がはちきれそうに苦しくなる。
 力があれば、守れたのだ。自分が強ければ、大事な・・・大事な姉を守れたのに・・・。

 「テリー!」

 聞こえてきた声に、ハッと我に返り、視線を動かす。

 「ごめんね、寒い中、待たせて」

 鼻の頭を赤くしながら、が駆け寄って来る。ここまで走って来たのだろう。身を切るような寒さだというのに、テリーに迷惑をかけたくなかったのだ。

 「? どうかした?」

 いつもと様子の違うテリーに、が首をかしげる。もともと表情の変化に乏しい彼だが、は何となく彼の表情の変化に気づいた。

 「・・・少し、昔のことを思い出しただけだ」
 「昔のこと?」
 「ああ・・・。思い出したくもない過去だ。オレにとってはな」
 「・・・・・・」

 テリーの過去に、何があったのか・・・は知らない。ただ、過去に起きた何かがきっかけで、彼が力を欲するようになったとしか。

 「そんなことより、先を急ぐぞ」
 「あ・・・うん」

 外套を引き寄せ、テリーが冷たく言い放つ。は慌てて歩きだしたテリーの後を追いかけた。

***

 その国にたどり着き、テリーは沈んだ表情でうつむいた。出来れば近寄りたくなかった場所だが、が「近くに町があるから行こう!」と言って聞かなかったのだ。

 「あ、この国知ってる! 前の王様が、すんごく性格の悪い男でね、悪政を敷いていたのよ! 平気で奴隷とか使って、人をこき使ってたし、人身売買とかもしてたのよ! だから、ルークシスはこの国と国交を絶ってたの! でも、今の王様はすごくいい人でね・・・って、どうしたの?」

 明るい声で説明をしていただが、一歩後ろで黙ったまま険しい顔をしているテリーの様子に気づいた。

 「・・・ここは、オレの故郷だ・・・」
 「え!?」

 言われた言葉に、は「しまった」という顔をして、口を塞いだ。人の故郷を、散々悪く言ってしまった。もう後の祭りだが。

 「いいんだ・・・オレもこの国にはいい思い出なんかない。前王が人として腐りきってたことも知ってる」
 「・・・テリー・・・ごめんなさい、私が強引に行こうって言ったから」

 この国・・・ガンディーノに立ち寄ろうと言ったのはだ。まさかテリーの故郷だとも知らず、強引に事を進めてしまった自分の軽率さを呪った。

 「いや・・・気にするな・・・。ギンドロの連中も、今じゃ幅を利かせられなくなってるようだしな」

 数年前、自分から大切な者を奪った憎い連中・・・。グッとテリーは拳を握りしめた。

 「テリー・・・もう、行こうか」
 「え?」
 「そんなつらい顔、見たくないもの。私は平気。どこか湖とか川でも見つけて、水浴びすれば、体は綺麗になるし!」
 「だが・・・」

 前の町を出てから、二週間近く町には立ち寄っていない。食料も尽きかけている。

 「じゃあ、私が買い物してくるから、テリーは外で待ってて! ね?」
 「・・・ああ」

 が手を振って町の中に入って行く。当然、テリーはそれに応えず、視線を動かし、町から少し離れた。こちらからは町の入り口が見える場所に移動し、背もたれ代わりに木に寄りかかった。
 殺気を感じたのは、数分後。ハッと顔をあげたテリーの前に姿を見せたのは、優男とひょろっとした痩せた男と、背は小さく太った男だった。

 「よお、兄ちゃん。こんなところで、何してるのかな?」

***

 町の外へ出てキョロキョロと辺りを見回す。近くにテリーの姿がない。

 「あれ? おかしいなぁ・・・。待ってて、って言ったのに・・・」

 まさか、自分を置いて行った? いや、まさか、そんなことをする人ではない。現に、今までだってずっと一緒にいてくれた。いきなり自分を置いて行くなんて考えられない。

 「テリー?」

 名前を呼びながら、町から少し離れ、森の中へ入り・・・すぐそこに落ちていたものに気づく。
 青い帽子・・・見慣れたものだ。

 「これ・・・テリーの・・・!?」

 屈んでそれを拾い上げようとした瞬間、の目の前を何かが過り、近くの木に刺さる。
 ハッとなって顔をあげ、腰の剣に手を触れる。視界に入りこんだのは2人の男。痩せた男と、それとは対照的な小さくて太った男。痩せた男の手には弓矢が握られていた。

 「あの兄ちゃんのお仲間かい? カワイーねぇ・・・」

 ヒヒヒ・・・と下卑た笑みを浮かべる2人に、は身構え、いつでも剣を抜けるようにした。

 「あなたたちがテリーを・・・? 彼はどこ?」
 「あの色男なら、俺たちのアジトだ。ネーちゃんにも来てもらうぜ」
 「テリーは無事なんでしょうね?」

 剣から手を離すことなく、が睨みをきかせる。

 「さあな? 来てみりゃわかる。まあ、行けたら・・・の話だけどな?」
 「・・・どういう意味?」
 「剣を捨てろ。ネーちゃんの細腕じゃ、剣なんて振り回せないだろ」
 「・・・舐められたものね、私も」

 グッと握り締めていた柄を引き、剣を鞘から抜くと、目の前の男2人に向けた。

 「おいおい、そんなもの引っ込めた方がいいぜ? あの兄ちゃんがどうなってもいいのか?」
 「っ!!」
 「大人しくついてこいよ。そうすりゃ、イイことしてやるぜ」

 ヒヒヒと再び下卑た笑いを浮かべる男たちだが、テリーの居場所を知っているのは、彼らだけだ。はそれに従うしかない。
 剣を鞘に戻し、は男たちを睨みつけた。

 「大丈夫だ、先にいただくのはオカシラだからな。俺たちは、その後でのお楽しみだ」
 「ガキのくせにイイ体してやがるな・・・こりゃオカシラも喜ぶだろ」

 向けられるいやらしい視線に耐え、は歩き出した2人の後をついていった。

***

 森の中の小屋・・・暖炉には薪がくべられ、パチパチと火の粉が飛ぶ。
 テリーはその近くに腕を後ろ手で縛られ、座らされていた。
 抵抗した際に殴られた傷がズキズキと痛む。顔を集中的にやられた。綺麗な顔立ちのテリーに腹を立てた・・・と言っていいだろう。
 だが、そのテリーの前にいる優男も、彼に負けず綺麗な顔立ちをしていた。この男が3人組の頭らしい。部下の2人は、今ここにいない。
 何をしに行ったのかなど、考えなくてもわかる。

 「強情な兄ちゃんだな。果たして誰が助けに来るかな?」

 テリーの仲間を連れてくるために、出て行ったのだ。だが、にまで手を出させるわけにはいかない。

 「誰も来ないと言ってるだろ・・・。オレには仲間などいない!」

 今さら、苦しい言い訳だとはわかっている。だが、そうするしかないのだ。

 「じゃあ、君はあんな所で何をしてたの? 人を待っていたんだろ?」
 「っ!」

 彼の言う通りだ。テリーは明らかに人を待ってる体で、あの場にいた。実際、を待っていたのだから、当たり前なのだが。
 頭がフッと笑う。図星だと感づいたのだろう。
 有り金全部出せ、と言われた。だが、金は全てに渡した。テリーが持っているわけもなく・・・散々、殴られ蹴られ、縛られてこの有様だ。せめてが異変を感じ、誰か助けを呼んでこちらに向かってくれればいいのだが・・・。

 「君の相棒はどんなヤツかな? 君が小さな体をしてるから、相棒はガタイのいい屈強の戦士かな? それとも、魔法使い? 楽しみだなぁ」

 恐らく、この男はテリーの相棒を男だと思っているのだろう。
 それもそうだろう。まさかあんなに若い美少女と旅をしているなど、想像もしない。若い男女が2人きりで旅など、女が危険に決まっているからだ。
 フフフ・・・と楽しそうに笑う男に、テリーは心の中で舌うちする。どうにか脱出しなければ・・・。
 が、そんなテリーの考えを邪魔するかのように、勢いよく小屋のドアが開いた。驚いて、顔を上げれば・・・ドサッと痩せた男と太った男が地面に突っ伏す。確実に気を失っている。体中は傷だらけだ。
 そして、そんな倒れた男たちの背後から姿を見せたのはだ。ゆっくりと男たちを踏みつけ、小屋の入口を通る。
 だが、どこかの様子がおかしい。目が据わっている。全身から殺気が立っている。

 『・・・?』

 その違和感に、テリーは眉根を寄せる。明らかにおかしい。

 「お・・・お前たち・・・なんてザマだ・・・!」

 頭がに踏みつけられている部下の姿に、焦った様子を浮かべる。
 姿を見せたのが華奢な少女で、しかも部下たちはこてんぱんにのされているのだ。部下たちは、そこらの魔物には負けない、屈強の戦士だというのに、だ。

 「この2匹のブタのボスは貴様か?」

 が口を開く。抑揚のない、冷たい声だ。普段のからは想像もつかない。
 しかも、吐き出されたのは罵るような言葉。テリーの違和感は増すばかりだ。

 「キ・・・キミが、この子の相棒!?」

 殺気立っているに、頭も気づいているのだろう。呆気に取られながら問いかける。
 だが・・・。

 「尋ねているのは私だ。貴様は答えるだけでいい」

 バッサリと頭の言葉を跳ねのける。有無を言わさぬ口調に、テリーと頭がゴクッと生唾を飲み込む。

 「そ・・・そうだけど・・・?」

 恐る恐る、頭が答える。ああ、バカだな・・・とテリーは心の中でつぶやいた。

 「では私の連れを誘拐したのも貴様か・・・なるほど・・・」
 「へ・・・? え・・・?」
 「それなりの覚悟は出来ているのだろう? そうでなければ、盗賊の頭など出来んだろう? そうだろう?」
 「え、いや・・・その・・・キミ・・・??」
 「馴れ馴れしく呼ぶなっ! 汚らわしい! 私を誰だと思っているのだ! この下賤の民がっ!! 貴様のような腐った人間がいるから、この世の中は平和にならぬのだ! ゴミらめ・・・その腐った性根、叩き直してやる」

 テリーの背に汗が垂れる。ここ最近、感じたことのないものだ。
 がゆっくりと頭に近づく。頭は後ずさり・・・ドン、と背中が壁にぶつかる。逃げ場はない。

 「見苦しいマネはするな。案ずるな、命までは取らん」

 の手が伸び、頭の襟元をグッと掴む。頭は「ひっ!!!」と悲鳴をあげる。

 「人を攫って、タダで済むと思うなっ!!!」

 バキィ・・・まさにそんな効果音がピッタリだ。の拳が頭の顔面を捉えた瞬間、テリーは思わず目を閉じた。
 だが、それだけでは終わらない。の拳はみぞおちを容赦なく殴り、うずくまったところを踵落としを決め、頭を床に崩れ落ちさせる。
 その背中に足を振り下ろせば、ボキ・・・と嫌な音がした。

 「ぎゃああっ!!!」
 「大げさなヤツだな。骨が折れただけだろ」
 「ひ・・・ひぃぃ!!!」

 が腰の剣を抜く。刀身がキラリと光り、頭の恐怖におののいた顔が映る。

 「言っただろう? 命までは取らんと。私も人殺しなどしたくはない」
 「た・・・助けてくれ・・・! キ、キミの仲間を傷つけたことは、謝るから・・・!!」

 苦しそうに頭が呻きながらも声をあげる。が足で頭の体を転がし、仰向けにさせた。

 「貴様の部下が先ほど下品なことを言っていたぞ。私で楽しむ? 何をするつもりだったか、教えてもらいたいものだな」
 「っ!!!」

 の剣の切っ先が、頭の下半身へ向けられる。ゾッとした。

 「私が貴様らのような男に黙って抱かれるとでも? 貴様らのような下品な男に操を捧げるとでも思ったのか? ふざけたことを・・・」

 が剣を振り上げる。頭は恐怖におののき、もはや言葉も出ない。

 「二度と悪事を働かぬよう、根性を叩き直してやる」

 そのまま、剣が振り下ろされる。頭がぎゃあああ!と断末魔の声をあげた。
 だが・・・の剣は頭の顔のすぐ横に突き立てられただけだ。あまりの恐怖に頭は失禁し、気を失ってしまった。

 「・・・情けないヤツだ。それでも男か」

 フン!と鼻を鳴らし、はフゥ・・・と息を吐いた。静寂が小屋の中を包み、テリーは息を飲んだ。
 マズイ・・・次は自分かもしれない・・・。「こんなヤツらに捕まるとは、なんて情けない男だ! 一から鍛え直してやるっ! だらしない男めっ!!!」くらいは、言われるに決まっている。
 がうつむいていた顔をあげる。まずい・・・振り返る・・・!

 「テリー!!」
 「へ・・・」

 だが、振り返ったは目に涙をためていて・・・いつもの彼女だった。思わず、テリーの口から普段は絶対に聞けない間の抜けた声がもれた。

 「大丈夫!? 怪我・・・ああっ!! キレイな顔に傷が!!」

 テリーに駆け寄り、アタフタと取り乱すの姿に、思わず呆気に取られてしまう。

 「・・・お前・・・今の・・・」
 「? 今のって??」

 テリーの言葉に、が首をかしげる。自分が何をしたのか、覚えていないのだ。

 『無意識なのか・・・』

 だが、恐ろしい話だ。まさか、可憐な少女であるに、あんな一面があるとは・・・。さすが一国の王女。威厳も半端ない。

 「いや、なんでもない。それより、助かった・・・」
 「うん。今ロープ切るね!」
 「ああ・・・頼む」

 剣でテリーの腕を拘束していたロープを切る。ようやくテリーの体が自由になった。

 「そういえばテリー、なんでこんな人たちに捕まったの? テリーなら、十分に勝てる相手でしょ?」

 の言葉にドキッとする。確かに、テリーなら1人でも十分に倒せる相手だった。

 「それは・・・ちょっと油断しただけだ」

 がベホイミの魔法をかけ、テリーの傷を癒す。痛みがスッと消えて行った。

 「え〜? 油断?? テリーが?」
 「そうだ」
 「えー! テリーが油断とか、ありえな〜い!」
 「うるさい」

 顔が赤くなる。本当のことなど、彼女に言えるわけがない。

 『お前を人質に取られたってウソを真に受けて、手を出せなかった・・・なんて』

 自分のことより、の身のが大事だった。そこで反応しなければ、こんなことにならなかったかもしれない。必死に「オレは1人だ」と言い張ったところで、仲間という言葉に反応し、明らかに人を待っていた自分の姿に誤魔化すことなんてできなかっただろうが・・・。

 「でもまあ、無事だったから良かった!! あ、そうだ・・・はい」

 がそう言って差し出したのは、テリーの帽子だ。

 「ああ・・・ありがとう」
 「どういたしまして! さ、こいつらはガンディーノのお役人に突き出して、私たちは旅を続けましょ! 最強の剣を探して!」

 行こう、行こう!と笑顔で声をあげるの姿に、テリーはフッと笑んだ。
 こいつとなら、胸の痛みも半分ですみそうだな・・・ガンディーノに戻るのは、胸が痛むが、が一緒なら・・・テリーは、そう思った。
 彼の中で、の存在が特別なものになるのに、そう時間はかからなかった。