2.「大丈夫」そう言って笑って

 はざまの世界・・・大魔王デスタムーアに支配されたその世界は、今までイザティードたちがいた世界と違い、薄暗く、混沌とした空気に包まれ、淀んだ空気が辺りを漂っていた。
 そこに住む人々は、みな無気力で・・・イザティードたちもたどり着いたときは、無気力感に襲われた。
 だが、なんとか気を取り直し、はざまの世界に存在する町を歩き、少しずつ自分たちがするべきことを思い出してきていた。

 「みんな、大丈夫か?」

 パーティのリーダーであるイザティードが仲間たちを気遣う。7人の仲間たちは、苦しそうな表情を浮かべながらも、うなずいてみせた、
 デスタムーアの作り上げたこの世界は、いるだけで精神に影響を及ぼしそうだ。なんとかしなければならない。
 なんとか町らしき集落にたどりつき、そこで休むことにした。だが、誰一人、探索に出ようとする者はいない。
 は、立てた膝に顔を埋め、襲いかかって来る倦怠感と必死に戦った。

 「大丈夫か・・・?」

 聞こえてきた愛しい人の声に、顔をあげる。目の前に立っていたのは、やはり銀髪の少年。気遣うように顔を覗きこんできた。

 「顔色悪いな・・・」
 「みんな同じだよ。テリーだって、良くないよ?」
 「そうか・・・」

 ハァ・・・と息を吐き出しながら、テリーがの隣に腰を下ろす。

 「・・・怖いね」
 「うん?」
 「・・・デスタムーア・・・怖いね・・・」

 めずらしく弱気な発言をするに、テリーは目を丸くする。

 「この世界にいるだけで、どんどんと不安になってく・・・。私たちは、このままここで無気力になって、ここにいる人たちみたいに絶望して、死んでいくんじゃないか、って」
 「・・・」
 「テリーがいれば、何も怖くないと思ってたけど・・・。でも、テリーをそれで失うと思うと、もっと怖い・・・」
 「勝手にオレを殺すなよ」

 の肩を抱き寄せ、引き寄せる。コツンとの頭がテリーの肩にぶつかった。

 「絶望しちまったら、本当におしまいだぞ。気をしっかり持て」
 「・・・うん」
 「お前は、いつだって前向きだっただろう。つらい時でも前を向いてた。オレが、どれだけ、そんなお前に勇気づけられたと思う?」
 「え・・・?」

 意外なテリーの言葉に、は目を丸くし、恋人の顔を見上げる。だが、テリーはそっとの目に手をかざしてしまう。

 「見るな」
 「え??」
 「情けない顔をしてる・・・。見るなよ」
 「・・・テリー」
 「お前のそんな顔は見たくない」

 いつだって、元気に笑っていた彼女だから・・・落ち込む姿など、見たくない。
 はバーバラと2人で、いつもパーティに笑顔を与えてくれた。明るい2人の笑顔に、どれだけみんなが救われたか、わからない。
 テリーにとって、の笑顔は特別だ。それだけで愛しい気持ちがあふれてきて・・・その笑顔を守りたいと思わされる。

 「テリー」
 「・・・なんだ?」
 「名前、呼んで」

 不思議なことを言い出す。首をかしげるが、そのくらいのことは、たやすい。

 「

 テリーの声が、の名前を呼ぶ。空気を振動させて、の耳に心地よく響く声。もう何度もこの声に名前を呼ばれた。
 時には優しく、時には愛しそうに、時には熱っぽく。

 「・・・」

 再度、テリーの口がの名前を紡ぐ。愛しい少女の名前だ。そっと、目を覆っていた手をどかせば、金の髪の少女は、穏やかに微笑んでいた。ああ、自分が見たかったのは、この笑顔だ。

 「ありがとう・・・」

 そっと、が小さく礼を言う。礼を言うほどのことではない。だけど、は言いたかったのだ。

 「私の名前・・・忘れないでね?」
 「は?」
 「何かつらいことがあったら、呼んで? お守り代わりにしていいから」
 「なんだそれ」

 キュッとがテリーの服を掴む。その手に視線を落とし、次いでへ視線を向ければ、目を閉じていて・・・その唇にそっとキスをした。

 「・・・私も、テリーの名前をお守り代わりにするよ」

 「だから、つらくなったとき、負けそうになったとき、くじけそうになったとき・・・テリーの名前を呼ぶ。叫ぶ。だから、テリー・・・その時は、私を助けてね?」

 「テリーがつらいとき、私の名前を呼んでくれれば、私はテリーを助けるからね」

 ああ、そういうことか・・・合点がいく。愛しい人の名前は、その響きだけで力になる。その存在を思い浮かべ、力に変える。

 「大丈夫だよ、テリー」

 ニッコリと、が笑う。先ほどまでの不安そうな表情はどこかへ消えていた。

 「私は大丈夫」

 強い少女だ。腕力だけではない。心も強い。心の弱さに付け込まれ、敵に操られてしまったテリーとは大違いだ。

 「ね、テリーも言って。“大丈夫だ”って」

 首をかたむけ、可愛くおねだりする恋人に、テリーはフッと微笑んだ。

 「大丈夫だ、

 ポン、と頭に手を置く。そして、そのままクシャクシャと頭を撫でた。

 「んもう・・・! 子供扱いだよ、それっ!」

 頬をふくらませ抗議の声をあげるが、今のは子供そのものだ。

 「お前は大丈夫だな・・・」
 「え?」
 「イザたちのところへ行ってくる」
 「・・・あ」

 が咄嗟に声をあげる。テリーが「ん?」と首をかしげた。

 「テリー・・・今、“イザ”って言った」
 「!!」

 それは、テリーが少しずつイザティードたちに心を開いている証拠。

 「いや、言ってない」
 「言ったよ〜! えぇ〜! なんで否定するのぉ!?」
 「言ってないからだ」
 「言ったもん!」

 歩き出したテリーの後を、がついてくる。何度も「言ったよ!」と声をあげる彼女に、少々げんなりした。いや、確かに言ったかもしれないが、それは咄嗟に口をついただけだ。特別な意味なんてない。

 「・・・元気なヤツだな、お前は。さっきまで落ち込んでたのに」
 「テリーのおかげだよ」

 そう言って、無邪気に笑う彼女の手を握りしめた。

 「じゃあ、その元気をイザたちにも分けてやれ」
 「うん!」

 行こっ!と声をかけ、がテリーの手を引っ張って走り出した。
 絶望に包まれた町でも、愛しい人がいるから、無気力から抜け出せる。

 あなたがいるから、私はいつでも笑っていられる・・・そう思った。