ドリーム小説

 テリーの斬撃が、モンスターの体を切り裂く。近頃、また強くなった。その背中が遠い。は気づかれないようにため息をつく。
 城にいた頃、は必死に勉強し、魔法使いの修行と剣の特訓をした。僧侶の魔法だって、少々なら使える。
 それでも・・・それでも剣1本で生き抜いてきたテリーには敵わないな、と思うのだ。
 いや、敵わなくてもいい。せめて、足手まといにならなければ・・・。

 「おい」

 呼びかけられ、ハッと我に返った。数メートル先に、テリーの姿。
 ここ、マウントスノー近辺は雪深く、分厚い外套を羽織っていても寒い。こんな所で野宿など、とんでもない話なので、早く集落にたどり着きたかった。
 それなのに、はノロノロとテリーの後ろを歩いて。気づけば、後れを取っていた。

 「どうかしたのか?」

 慌てて小走りでテリーに追いついたに、彼が問う。は無言で首を横に振った。

 「お前が大人しいと不気味だ」
 「なっ・・・! し、失礼な。私だって、考え事くらいしますっ!」

 言い捨て、はテリーを置いて先に歩き出した。脱げかけていたフードを、しっかりとかぶり直す。
 フゥ・・・と息を吐くテリー。は頑固だ。いくら問い質したところで、答えないだろう。それならば、その時間は無駄というものだ。
 モンスターを倒しながらたどり着いたのは、1つの村。よかった。野宿は免れた。これで、のルーラでここへ戻ってこられる。
 だが、村へ足を踏み入れ、2人は思わず足を止めた。その異常さに、すぐに気づいた。

 「何この村・・・! 全部凍りついちゃってる!」

 が声をあげる。
 そう、異常なのはそれ。いや、雪のせいで家々の屋根や、木が白い冠をかぶるのはわかる。
 だが・・・そうではない。が言ったように“全部凍っている”のだ。そう、それは村人まで。

 「とりあえず、家の中へ入るぞ」
 「え・・・不法侵入・・・」
 「宿屋なら問題ないだろ」
 「そういう問題かな・・・?」

 家の中は凍っていない。だが、不思議なことに、人間は凍りついている。その異様さに、はブルッと体を震わせた。
 宿屋の空いていた部屋を使用することに。当然、金はカウンターに置いてある。何かのきっかけで、村人たちの異常状態が治るかわからない。

 「オレは少し村の中を見回ってくる。お前は部屋の中を温めておいてくれ」
 「あ、うん」

 借りた部屋は2つ。暖炉に薪をくべ、メラの魔法でそれに火をつけた。

 「・・・・・・」

 1人になると、途端に静寂に包まれた。物音は、火が薪を燃やす音だけだ。
 テリーの部屋の暖炉に火を入れると、は自分の部屋の暖炉にも同じく火を入れた。
 次第に大きくなっていく炎を見つめる。ユラユラ揺れる炎。なぜか、心が落ち着いた。
 そういえば、子供の頃は冬になると、こうして暖炉の傍に揺り椅子を置いて、母王妃の膝に座って本を読むのをせがんだものだ。あの頃、欲しいものは簡単に手に入っていたし、野宿なんて考えたこともなかった。
 の身を守るのは、己自身・・・ではなく、城の騎士や兵士たちで。の剣は、お飾りだった。
 それが嫌だと、窮屈だと感じるようになったのは、ほんの2、3年前。城を飛び出したのは、単なる好奇心からだった。
 と、コンコンとドアをノックする音に、ビクッと肩を震わせた。テリーだ。

 「あ、ごめんね、今開ける」

 声をかけ、ドアを開ければ、やはりそこには銀髪の少年の姿。

 「何か収穫あった?」
 「いや。ジイさんが1人、凍らずにいたが・・・剣のことについては、何も知らなかった。この村がこうなった理由もな」
 「そうなの? その人だけ無事っていうことは、どこか出かけていたか・・・」
 「あのジイさんが原因、ということだな。どっちにしろ、関係ないことだ」

 腕を組み、冷たくそう返したテリーに、が「え・・・」とつぶやいた。

 「原因がわかったところで、解決策がわからない。無駄な時間を取らされたくない」
 「そう・・・だけど・・・」
 「厨房借りるぞ。久しぶりに温かいものが食べたいからな」

 なんとなく、腑に落ちない。いや“なんとなく”ではない、腑に落ちない。
 テリーは、根はお人好しなのだが、面倒ごとを嫌う。たいがいのことも、が強引に進めるとついて来てくれた。
 今回も・・・と思うのだが。
 食事は、勝手に作物を食べるわけにはいかず、持っていた食糧で作った。
 体を清め、ベッドに入る。ここ最近、野宿が続いたので、グッスリ眠れそうだ。

***

 フト、部屋の外から聞こえてきた物音に、テリーは目を覚ました。ここには自分としかいない。部屋の外を見るが、誰もいない。宿屋の外へ出たのか。外套を羽織り、外へ出た。
 宿屋を出てすぐの所に、はいた。うずくまって、膝に顔を押し付けている。泣いているのだろうか。

 「おい、何してる。風邪ひくぞ」

 テリーが声をかけるも、は反応がない。彼女に近づき、肩を小突き、「おい」と再び声をかけた。

 「・・・知らないの? バカは風邪ひかないんだよ」
 「バカの自覚があるのなら、バカじゃないだろ。いいから、戻って寝ろ。熱でも出されたら迷惑だ」

 そのテリーの言葉にも、は反応しない。まるで駄々っ子のようなのその態度に、テリーはため息をついた。

 「ちょっとね、考えちゃったんだ。私、ムリヤリ、テリーについて来たでしょ? 足手まといになりたくなかったけど、実際どうなのかなぁ?って」
 「・・・・・・」
 「そう思っちゃったら、ね。なんでこんなこと考えるのかな? この村が静かすぎるせいかな・・・」

 ポロリ・・・の大きな瞳から涙がこぼれた。泣いた本人が目を丸くしている。

 「あ、あれ・・・? なんだろ。なんで涙なんか・・・」

 あふれ出る涙を拭う。と、そのの頭に、ポンとテリーが手を置いた。

 「テリー?」
 「オレは自分にとって、損なことはしない」
 「え・・・?」
 「それだけだ。わかったら、早く寝ろ」

 スッとから離れ、踵を返す。が慌てて「テリー!」と名を呼んできた。立ち止まり、視線だけを彼女に向ける。

 「ありがとう」

 そっと微笑んだに、テリーは何も返さずに宿屋の中へ戻って行った。
 けして言葉は多くないし、ぶっきらぼうだけど、大切なことはきちんと伝えてくれる。には、それだけでよかった。
 ハァ・・・と息を吐く。外は身を切るように寒い。はゆっくり立ち上がる。すっかり体が冷えてしまった。
 部屋に戻り、ベッドの中へ。そっと目を閉じると、ゆっくりと眠りに落ちて行った。