ドリーム小説

 友人たちと出かけ、帰宅すると、不意にスマホがチャットが来ていることを告げた。

 『理事会、明日だよね?』

 杏からだ。今日は5月1日。問題の5月2日は、明日。と竜司の進展が決まる、運命の日。
 鴨志田が改心しているのかどうか。オタカラを盗んだことは正解だったのか。そもそも、あのやり方が正しかったのか。
 前向きなの言葉に、竜司と杏も同意する。

 『やるべきことは、やったのですし、モルガナの言葉を信じましょう』

 パレスが陥落してから、この日まで、鴨志田は1日も学校へ姿を見せなかった。
 そんな状況だったため、鴨志田がどうなったのかわからず。4人は普通に学校生活を送っていた。
 も、と話したあの後、友人たちに「もう気にしないで」とメッセージを送り、仲直りをしている。
 翌日も、教室に入れば普通に2人はいつものように挨拶してきてくれた。

 「明日から休みなんだし、今日も休みにすればいいのにね〜」
 「ホントだよ」

 友人たちの言葉に、は「そうだね」と笑って返した。
 そうして、席へ。当然ながら、はすでに登校していた。もけしてギリギリではないのだが、この人は一体、何時に来ているのだろうか。

 「おはようございます、くん」
 「おはよう」

 挨拶をすれば、穏やかな表情の。緊張しているかと思ったが、そうでもない。恐らく、竜司は落ち着きなくしていることだろう。
 朝のHRが始まれば、「体育館で朝礼」とのことだった。思わず、と顔を見合わせる。
 指示された通り、生徒たちは体育館へ。ザワザワと騒がしい体育館内。聞こえてくるのは、「この前の飛び降りのことでしょ」という言葉。
 鈴井志帆・・・と杏の友人。今もまだ、意識は戻っていない。
 騒がしかった体育館内も、校長が登壇すると静かになった。
 そして、大方の予想通り、切り出されたのは鈴井志帆の話。未だ心の傷が癒えないは視線を落とした。

 「君たち、未来ある若者に、今一度考えてほしいのは、命の尊さ・・・」

 校長の言葉を遮るようにして、体育館の扉が開き・・・中に入ってきた人物を見て、杏が「あ・・・!」と声をあげた。
 うなだれて、そこに立っていたのは・・・体育教師の鴨志田卓だった。

 「私は・・・生まれ変わったんです」

 思わず、杏はを振り返っていた。も戸惑うような表情を浮かべる。
 ゆっくりと、鴨志田は壇上へ。そして再びうなだれた。

 「私は教師としてあるまじきことを繰り返してまいりました・・・。生徒への暴言、部員への体罰。・・・そして・・・女子生徒への性的な嫌がらせ・・・。鈴井志帆さんが飛び降りたのは、私が原因です!」

 あ然として、は壇上の鴨志田を見つめる。いや、あ然としているのは、だけではない。他の生徒もだ。
 鴨志田は膝を折り、深く頭を垂れた。や竜司、三島のことについても謝罪をする。退学を撤回した。

 「私は傲慢で、浅はかで・・・恥ずべき人間、いや人間以下だ・・・死んでお詫びします・・・!」

 とうとう土下座をし、声をあげた。そんな鴨志田の姿に、校長は慌てふためき、教師たちが生徒たちへ解散を言い渡す。当然、従う生徒はいない。
 はギリッと歯噛みした。「死んで詫びる」? そんなことで、志帆にしたことが許されるとでも思っているのか。

 「逃げるな!」

 そんなの心の声を、前に立っていた杏が声にし、怒鳴っていた。一同が、杏へ視線を向ける。杏はギュッと拳を握り締め、叫ぶ。

 「志帆だって・・・死にたいほどの事件の続きを、ちゃんと生きてる! アンタだけ、逃げないで!」

 “死”は逃げだ。死んでしまえば、自分は辛さから逃げられる。
 だが、残された者は? やり場のない怒りを、どこに向ければいい?
 杏の言葉に「その通りだ・・・私はきちんと裁かれるべきだ・・・」と頭を上げ、正座をしてうなだれた。

 「私は、高巻さんにも、酷いことをしました。鈴井さんにポジションを与えることを条件に・・・関係まで迫りました」

 鴨志田の告白に、生徒たちはザワつき、はそっと杏の手を両手で包んだ。そのの手を、杏がもう片方の手で触れた。

 「今日限りで教師の職を辞して自首いたします。どなたか、警察を呼んでくれ!」

 警察を・・・! 叫ぶ鴨志田を見て、は心の中がスッと冷えるのを感じた。いや、これはある意味“爽快感”だったのかもしれない。
 ザワつく生徒たちが「これって怪盗の仕業!?」と声をあげている。教師たちが教室に戻るよう促す声が響く。
 結局、鴨志田が教師たちに連れられ、体育館を出て行くまで、生徒たちは誰1人として、そこを立ち去らなかった。

***

 誰もいなくなった体育館に、怪盗の4人だけが残った。
 果たして、鴨志田は自分のしたことを罪と認めた。人が変わった。竜司が「これでよかったのか?」と問うと、は「どうだろう?」と返した。
 確かに鴨志田は“改心”したのだろう。だが、なぜかまだ実感が湧かない。
 と、そこへ三島と女生徒たちがやって来て、杏に頭を下げた。
 志帆がされていたことを、見て見ぬフリをしていたこと、杏と鴨志田の関係を勘ぐっていたこと・・・。
 杏は、そんな3人に首を振り、「全部済んだ話だから」と力なくつぶやいた。
 そこへ教師がやって来て、早く戻るよう言われる。女子生徒たちが立ち去り、三島はに向き直り、彼の前歴をネットで言いふらしたことを謝罪した。

 「心が変わったのは・・・どうも鴨志田だけじゃねーみたいだな」
 「抑えるものがなくなって、一気にあふれ出たのでしょうね。三島くんは、ずっと言いたかった。けれど、逃げてしまった。私も・・・同じです」
 「同じ?」

 傍らのが首をかしげる。まだ彼女は自分の弱い心と戦っているのか。
 否。彼女にはカグヤがついている。彼女は“弱い心と決別した”の反逆の証だ。

 「今は、違う。さんは、逃げていない」
 「・・・はい」

 ああ、まただ。また、の言葉がを救い上げた。
 結局、その日の授業はなくなり、生徒たちは下校し、杏はと共に、志帆のもとへ向かった。先ほどのことを報告するためだ。
 と、病室の前で志帆の母が泣いていた。まさか・・・と2人の顔が青ざめ、立ちすくむ。志帆の母が2人の姿に気づくと、嫌な予感を払拭させるように、破顔した。

 「っ・・・! 志帆っ!!」

 それだけで、状況を理解した。杏が病室へ駆け込み、も追う。ベッドの上の志帆が、ゆっくりとこちらを向いた。

 「・・・杏・・・ちゃん・・・」
 「志帆・・・っ!!」
 「志帆ちゃんっ!」

 志帆の元へ近づき、手を差し伸べてきた彼女の手を杏が握り、もそれに手を重ねた。ポロポロと涙がこぼれた。

 「志帆ちゃん、ごめんね・・・? 無神経で、ごめんね・・・! 私、知らなかったから・・・逃げてたから・・・! 志帆ちゃんのこと、全然気づかなくて・・・!!」

 やっと言えた。あの日からずっと、志帆に言いたかったこと。志帆はゆっくりと、首を横に振った。

 「ちゃんは・・・悪くないよ・・・。全部・・・私のせい・・・」
 「ううん! そんなことない。悪いのは鴨志田! でも・・・自分のしたこと、認めさせたから!」

 の言葉に、志帆は目を細め、微笑み・・・次いで杏へ視線を向けた。

 「杏・・・ごめんね・・・私のために・・・イヤな目に遭わせて・・・」
 「志帆、何言ってんの! 何言って・・・」

 それ以上、言葉にならなかった。泣き崩れる杏の肩を、は優しく抱きしめ、3人の少女は涙を流した。

***

 学校へ戻ったと杏は、アジトである屋上へ向かった。
 その途中、生徒たちが例の掲示板を見て、噂話をしているのを見た。小耳にはさみつつ、2人は屋上へ。聞こえてくる竜司の「面白ぇじゃねえの!」という大声。杏はため息をつき、はクスクスと笑った。

 「・・・さん」
 「あ、ごめんなさい。でも、坂本くんがはしゃぐの、わかる気がしまして」
 「まあ、仕方ないけど」

 2人で屋上に入り、杏が竜司の大声を咎めた。「大丈夫だって!」と明るく答えた後、「どうだった? 見舞い・・・」と神妙な面持ちで尋ねてきた。
 は杏と顔を見合わせ、ニッコリ微笑んだ。

 「志帆・・・意識、戻ったの・・・!」
 「マジか!?」
 「よかった・・・」

 竜司とも顔を見合わせ、微笑みあう。これで、心に残っていた不安要素は取り除かれた。
 だが、杏は表情を暗くし、先ほど志帆の母が告げたことをつぶやいた。

 「回復したら転校させようと思うって。セクハラとか、自殺未遂とか・・・やっぱレッテル付いて回るし。志帆も、そうしたいって言ったみたい」
 「・・・寂しくなんな・・・」
 「でも、私もそれがいいと思った・・・。ここにいたら、きっと辛いし」
 「いつだって会えんだろ・・・生きてりゃさ」

 竜司の言葉に、杏とがうなずく。「それに、鈴井さんとの仲が切れたわけじゃない」とが続けた。2人はを見て、うなずいた。


 「にしてもお前ら、鴨志田のシャドウ・・・よくガマンしたな」
 「本当にトドメ刺すのかって、焦った」

 竜司との言葉に、と杏は顔を見合わせ、キョトンとした表情を浮かべ・・・がさも当然、というように言い放った。

 「あら、だって生き恥さらすんですよ? 死ぬより苦しいじゃないですか」
 「怖・・・」
 「さんが言うと、すごい圧がある」

 竜司とが引きつるも、杏も同じ考えらしい。女子2人はケロッとした表情をしている。
 とりあえず、一件落着となったが、気になることもあった。竜司はそこにいたモルガナを見る。

 「なんで、鴨志田にあんな変な異世界があったのか」

 竜司の問いかけに、モルガナは「鴨志田だけに限ったことではない」と答えた。欲望で心に歪みが起きている人間なら、誰にでもある、と。

 「あ、そういえば・・・今回のことであんたたち、もう変な噂立てられてたよ。ね、さん」
 「はい。結託して、鴨志田先生に暴力まがいの脅迫をした、と」

 杏との言葉に、竜司が「んだそれ!?」と声をあげるが。

 「確かに、怪盗が存在して、鴨志田の心を奪ったなんて、信じないだろうな」
 「くんの言うとおりですね。あの予告状も先生の悪事を知っていた誰かの悪戯ということになっているようです」
 「悪事を知っていた・・・」

 フト、の脳裏に先日のの言葉が蘇る。「鴨志田の噂を知っていたのに、黙っていた」という友人の話を。
 確かに、生徒の間・・・バレー部員ではない生徒たちの中にも、事実を知っていた者がいる可能性があるが・・・。だが、真実はそうではない。誰にも言えないが。
 今後のことは、これから考えるとして・・・パレスで手に入れた“オタカラ”を売り払い、さっさと使ってしまうべきだ。竜司がいくらくらいで売れるのか、調べる。

 「3万!? 金メダルの価値って3万かよ!?」
 「ま、まあ、栄光はお金で買えないものですし・・・」
 「そういう問題じゃねえだろ!?」
 「とりあえず、メダルは売り払うとして・・・3万か」
 「よし! ワガハイを巻き込んだわけだし、作戦成功の祝杯を挙げるとしよう!」

 お金の使い道を思案するに、モルガナが声をあげる。竜司と杏が「それいい!」と賛同した。
 杏が、それなら行きたい所がある、と告げる。志帆と行こうとしていた所だという。

 「お前ら、そこでいいか?」
 「もちろん」
 「はい、そこにしましょう」

 がうなずく。モルガナが「よーし!」と満足そうにうなずいた。

 「いつ行くよ? さっそく明日にでも繰り出すか?」
 「連休の最後にしない? 次の日からの学生生活に備えて、勢いつけるって意味で」
 「ってことは、5日のこどもの日だな」

 うん、と一同はうなずいた。
 換金はに任せることにし、4人と1匹は屋上を後にした。

***

 連休だからといって、特別何かをするわけではなく。友人2人は部活だし、は1人で読書をしていた。
 と、スマホがチャットを告げる。香乃だ。部活が終わったので、一緒に出かけないか、というお誘いだった。
 着替えをし、待ち合わせ場所へ。制服姿の香乃が待っていた。

 「でも、ビックリしたねぇ〜! 鴨志田先生のこと。ニュース見た?」
 「あ、うん・・・さっき見た。ネットでチラッと」

 は“当事者”のため、あまりこの件については触れたくないのだが、TV取材が来ていたりと、他の生徒たちは少々浮き足立っている。
 人格者だと思われた鴨志田の本性・・・金メダリストの逮捕・・・秀尽学園は校長の思惑とはかけ離れた話題で有名になってしまった。

 「警察とか来てるし、マスコミも来てるし、すっごいよ〜!!」
 「あまり余計なこと、しない方がいいよ? 何か聞かれても“知りません”って」
 「え〜? あ、でもどうせ顔映らないんだもんね」
 「そういう問題じゃないでしょ」

 どうにも、香乃はミーハーというか、事態を楽観視するきらいがある。その点、真静はクールだ。今、ここにいれば、きっと香乃を咎めたことだろう。
 その後も、香乃は楽しそうにマスコミの話をし、を呆れさせ。夕方、それぞれの家路へついた。
 夕飯の仕度をし、リモコンでTVをつければ、ニュースは再び鴨志田のことを取り上げていて。はすぐにそれを消した。
 入浴をすませ、スマホをいじる。時間を見れば、21時過ぎ。悪いかな・・・と思いながらも、はダイヤルしていた。

 《はい》

 すぐに応答があった。は「です」と電話の向こうに告げた。「知ってる」と、彼が笑った。名前が表示されるのだから、知っているのは当然だ。だが、咄嗟に出た言葉だった。

 《どうかした?》

 電話の向こう側・・・が問う。考えてみれば、なぜ彼に電話をしたのだろか。

 「あ、ごめんなさい・・・」

 こんな時間に、やはり迷惑だっただろう。電話を切ろうとするが・・・。

 《いや、謝らなくていい。オレも、さんと話したかった》
 「本当ですか? それならよかったです」
 《うん。それで・・・やっぱり何かあった?》
 「さっき、鴨志田先生のニュースを見てて・・・思った以上に騒がれててビックリしました」
 《そうだな。オレも見たよ》

 ソファからベッドに移動し、は机の上の写真立てを見た。中学時代、部活のみんなと撮ったものだ。バレー部のみんなと。

 「これで、よかったんですよね。間違ったことしたとは、思いませんけど」
 《もちろんだ》
 「そうですよね。ありがとうございます」

 の力強い言葉に、は目を閉じる。彼に言われると、とても安心する。強く、そう信じることができた。

 《あ、そうだ。金メダル、換金してきたよ》
 「本当ですか? じゃあ、明日は高巻さんと志帆ちゃんオススメのお店で、パーッとやりましょう!」
 《おじさん臭いな》
 「いいんです〜!」

 の言葉に、がクスクスと笑った。

 《それじゃ、明日楽しみにしてる》
 「はい、私も。おやすみなさい・・・。いきなり電話して、すみませんでした」
 《謝らないでいい。おやすみ》

 耳から電話を離し、通話を切った。そのまま、パタリと横へ倒れる。
 なんだろう、この胸のむずがゆさは。の声を聞いただけで、こんな風になるとは。
 だが、すぐに思い当たる。には、今まで男友達がいなかった。それがこうして友達・・・仲間ができた。それが純粋にうれしいのだ。
 ただそれだけ。他に意味なんてないのだ・・・。