ドリーム小説

 翌々日の放課後。パレス潜入は、もう少し待ってくれと告げられ、はスマホをしまった。期限までは、まだ時間がある。焦りは禁物だ。そう思っていた。
 だが、下駄箱へ向かおうとした時、廊下の先でと鴨志田が顔を合わせているのを見つけた。

 「よく俺の視界に入ってこれるな、・・・。退学を待つだけの分際で・・・何か企んでるのか? オイッ!」
 「・・・だったらどうした?」

 挑発的な鴨志田の言葉に、が冷たく、こちらも挑発的に返した。ハラハラしてしまう。

 「どこまでもイラつかせやがって・・・このクズが! 退学になるってんで、開き直ったのか? どうあがこうが、無駄なんだよ。お前はもう終わりだ。退学になれば、今度こそ行き場は無いぞ。地べたを這いつくばって生きるがいい。『犯罪者』にはお似合いだ。俺に逆らうと、どうなるのか教えてやる。せいぜい後悔するんだな!」

 言うだけ言い、勝ち誇った笑みを浮かべて鴨志田が去って行く。
 慌ててに駆け寄った。の姿に気づく。

 「許せない・・・!! 教師のくせに、あんなこと言うなんて!!」
 「ああいう奴だ。気にしない方がいい」
 「でも・・・! くん、今から集合しましょう? 私、このままジッとなんてしていられません!!」
 「・・・うん」

 今日は行かないはずだったのだが・・・。はグループチャットを開き、アジトに集合をかける。杏と竜司が怒っているに対し、目を丸くしている。そんな2人に、は先ほどの鴨志田の話をした。当然、2人も憤慨し、とっととパレスに潜入し、オタカラを奪おう!ということになった。
 ナビを起動し、カモシダ・パレスへ。一同の服が怪盗服に変わり、モルガナも二足歩行のマスコットキャラの姿に変わった。

 「さて・・・2人のコードネームを決めようぜ」

 どうやら、パレスではコードネームで呼んでいるらしい。本名で呼んで、現実世界に影響があっても困るし、怪盗なのだから、やはりコードネームだろ、というモルガナの提案であった。
 まずは杏。赤いボディスーツに、猫のような仮面。長い尻尾。竜司が「女豹」と名付けたが、もちろん却下だ。結局、「パンサー」に落ち着いた。
 そして、。大きな胸を隠す黒いビスチェ。下はコルセット付きのミニタイトスカート。後ろには丸いフワフワな白い尻尾。何より、仮面がウサギの耳のような形で。

 「・・・バニーちゃんだな」
 「最っ低! センスない!!」
 「うるせぇ! 仕方ないだろ! それしか思いつかねぇんだし!」

 パレスの入口でギャーギャー騒ぐ竜司と杏。モルガナは呆れたようなため息をついた。と、そこでの隣に立っていたが口を開いた。

 「・・・ラパン、でどう?」
 「ラパン?」
 「フランス語で、ウサギって意味」

 の提案に、が笑顔で「はい!」とうなずいた。
 決定したのだが、竜司たちは気づかず、まだ何か言い争っていて・・・不意に、竜司がを見た。

 「つーか、のペルソナ、なんて名前だっけ?」
 「え・・・? カグヤ、です」
 「それって“かぐや姫”から来てんだろ? かぐや姫は月に帰る、月だからウサギって、安直すぎんだろ」

 竜司の言葉に、何やら貶されているような気分になり、がシュンとすると、が「スカル、言いすぎだ」と注意した。

 「あ、悪ィ・・・」
 「いえ、大丈夫です。それと、コードネームは“ラパン”に決まりました」
 「え? そうなのか?? いつの間に・・・」
 「くんが考えてくれました」

 うれしそうなの表情に、竜司は「あーそーゆーことね・・・」とつぶやいた。意味がわからず、は首をかしげたのだった。

***

 パレスの中を進めば進むほど、シャドウの数は多くなり、鴨志田の歪んだ心が見えてくる。
 自分を“王”だと思い、バレー部員は“奴隷”、女子生徒は性的な対象、体育館は神聖な場所・・・見ているだけで、吐き気がする。
 見つけたセーフルームに入ると、竜司と杏がグッタリと椅子に座り込んだ。かなり消耗が激しい。

 「今日はここまでにしよう。5月1日が期限だ。焦ってもいいことはない」

 の言葉に、一同はうなずき、一旦帰還した。
 まるで迷宮だ。城の中は広く、シャドウもいるため、気軽に探索もできない。
 こちらから不意を突けば、戦闘は有利になるが、逆に気づかずに奇襲を受けることもある。
 ペース配分がうまくいかない。竜司と杏は、少々飛ばしすぎる気がする。は、ペルソナを使うのと、近接武器や銃をうまく使いこなしているが。
 そこを考えながら、戦闘もうまくやっていかなければ。はどうしたものかと考える。
 そこはやはりたちと相談すべきだろう。うん、とうなずく。まあ、とりあえず今日は家に帰ろう。

 「今日もパレス行くよな?」

 飛んでくるグループチャット。杏とが同意し、も答えようとした時だ。

 「っ! 今日、一緒に渋谷のファミレス行かない?」
 「えっと・・・」

 友人たちの誘いに、は少々困り顔。そんな彼女に、友人たちが不思議そうな表情を浮かべて。

 「あんた、どうかした?」
 「え? あの・・・2人とも、部活は?」
 「今日は自主練の日!」
 「こっちは顧問が休み〜」
 「そう、なんだ・・・」

 さて、どうしたものか。いつもなら、部活がある友人たちとは帰ることはないので、ここまでたちと一緒に行けたのだが。

 「まさか、デートの約束があるとかぁ?」
 「え! ち、違うよ! そんなんじゃ・・・」

 と、チャットが飛んでくる。

 『友達を優先してあげて。パレス攻略は明日にしよう』

 からだ。思わず隣の席をうかがうと、モルガナの入ったカバンを持ち、は教室を出て行った。

 『ごめんね、みんな』

 心の中でつぶやく。チャットでも謝罪すれば、すぐさま杏と竜司から気にしないように、という返事がきた。
 たち以外の友人と、放課後に集まるのは久しぶりだった。1年生の時に、何度かあったかどうか、というところか。

 「そういえば、例の転入生」
 「え?」

 いきなり出てきたの話題に、はドキッとした。

 「鴨志田先生に、そうとう嫌われてるらしいよ〜。目障りだから、どっか行け、とか言われてたって」
 「そうなの? 気持ち、わからなくもないけど、先生が生徒にそんなこと言って、いいのかな?」

 よかった・・・友人たちが少しだけだが鴨志田を批判してくれた。
 と仲間になり、鴨志田の本性を知ってしまった今、どうがんばっても、あの男の擁護はできない。
 今ここで、鴨志田の本性を話してやりたかった。パレスのこと、ペルソナのこと、は友人に隠し事をしている。それはとても心苦しいこと。だが、それでもあの城の中でのことは話せない。いや、話したところで信じてもらえないだろうが。
 いつものように「気をつけて帰るんだよ〜」という友人たちの声を受け、は自宅に帰った。
 明日こそは、パレスへ。そして、オタカラを見つけ出さなければ。

***

 「よっし、そろったな!」

 屋上に4人と1匹が集まる。はすぐさま、昨日のことを謝罪する。士気を下げてしまったからだ。

 「も〜う! 昨日も言ったでしょ! さん、気にしすぎ!」
 「けれど・・・」
 「友人がいるんだもん。リアル大事に、だよ? そりゃ、毎日やられたら、ちょっと困るけど・・・」
 「それは大丈夫だと思います。2人とも、部活があるので」
 「とにかく、気にしない! さ、それじゃあ行こっか!」

 杏がイセカイナビを起動させ、パレスへ潜入する。
 シャドウを倒し、罠を解除し、進んで行く。ところどころにある、体操服姿の女子を象ってある柱や像が気色悪い。
 もうすぐだ、とモルガナが自慢の(?)嗅覚を駆使して告げる。
 例の像の上を通り、大きな枠を飛び降りると、そこは城内。歓声をあげた竜司を、モルガナがたしなめた。

 「みんな、見てください」

 が下方を指差す。そこにいたのは、マント姿の男。

 「鴨志田!? 兵士もあんなに・・・」

 鴨志田の前には、何人もの兵士がいて。「まだ侵入者を捕らえられないのか!」と怒られているようだ。
 まさか、同じ空間にいるとは思うまい。
 とりあえず、身を隠しながら通路を進み・・・見えてきた扉の中へ。シャドウはいない。
 その通路の先に、大きな立派な扉があり・・・もしや?と仲間たちは扉を開けて中に入った。
 部屋の中は金色のメダルのようなもので埋め尽くされ、その中央にモヤモヤした物体が浮かんでいた。

 「これは、何ですか?」
 「よくぞ聞いてくれた! これこそがオタカラだ!」
 「どういうことだ?」

 が尋ねると、モルガナは「オタカラを見つけたら、説明しようと思っていた」と告げ、モヤモヤの正体を説明してくれた。
 オタカラは場所を突き止めただけでは駄目。“実体化”させないといけないという。

 「実体化?」
 「欲望に形はない。だから、自分の欲望は狙われているオタカラだってことを、まず本人に自覚させなきゃいけない」

 それには「欲望が盗まれる」と認識させなければならないらしい。

 「そんなの、どうやってやるの?」
 「本人に予告してやるのさ。“オマエの心を盗むぞ”ってな」
 「つまりは・・・怪盗っぽく、予告状を出すということですね?」
 「うむ。そうすれば、オタカラは出現する!・・・はず」

 弱気なモルガナの一言に、竜司は「またそれかよ」とため息をついた。
 だが、やってみる価値はある。今回は、こうしてオタカラまでのルートを確保した。次は予告状。まずは現実世界に戻ることにした。

 「あーあ・・・っと! いつものことながら、お疲れさん!」

 竜司が大きく伸びをする。杏もに「お疲れ!」と微笑みかけてきた。当然、も「お疲れ様です」と笑顔で返した。

 「さて・・・あとは予告状を出して、オタカラを盗むだけだが・・・モタモタはしていられないぞ!」
 「わーってるって! 俺たちの退学がかかってるんだからな!」
 「も、わかっているな?」
 「もちろんだ」

 モルガナの言葉に、はうなずく。「よーし!」とモルガナは満足そうにうなずいた。

 「では帰るとしよう。予告状については、また明日にでも話し合おう」
 「ああ。んじゃ〜な!」
 「バイバイ」

 いつも、アジトを出て行くのはバラバラだ。一緒にいて、見つかると面倒なことになりそうだからだ。第一、屋上は立ち入り禁止である。

 「それでは、ワガハイたちも帰るとしよう。、また明日な!」
 「え? あ・・・はい・・・」

 モルガナに声をかけられ、ハッとした様子で顔を上げる。なんだか、様子がおかしい。
 だが、はそのままの横を通り過ぎ・・・屋上を出て、下駄箱へ向かった。
 靴に履き替え、校門を出て蒼山一丁目駅へ。いつもと同じ下校風景だ。
 しかし・・・。

 「さん・・・」

 背後から、少しためらうような声で名前を呼ばれた。振り返ってみれば、そこには先ほど別れたばかりのがいて。走ってきたのか、息が上がっている。

 「くん? どうかしましたか?」
 「それ、こっちのセリフ」
 「え?」

 通り過ぎる秀尽生たちが、2人を見てヒソヒソと何か話している。このままでは、にあらぬ疑いがかけられてしまう。

 「渋谷の、この前のカフェで待ってる」

 通りすがり様、にささやいた。思わず、通り過ぎたを振り返ったが、彼はこちらを見なかった。

***

 渋谷にある、先日のカフェに入ると、カフェオレを頼み、それを持っての元へ向かった。
 けして空いているとはいえない店内で、の分の席を確保してくれているのは、ありがたかった。

 「お待たせしました」
 「いや、大丈夫。オレも今入ったとこ」
 「そうでしたか」

 確かに、まだコーヒーに口をつけた様子は見受けられない。の正面に座り、カフェオレを1口飲んだ。

 「それで・・・さ」
 「はい」
 「さっきから、浮かない顔してるよね」

 の言葉に、は目を丸くし、次いで苦笑した。

 「くんには見抜かれていましたか」
 「うん。どうしたの?」

 まっすぐ、を見つめてくる。その視線から逃げるように、は視線を落とした。
 なかなか口を開かないを、は辛抱強く待っていてくれて・・・。

 「モルガナの言葉を疑うわけではないのですが・・・オタカラを盗むだけで、本当に改心させられるのか、不安で」
 「初めてだしね」
 「はい。失敗したら、廃人になってしまう。それは、坂本くんも躊躇していたようですが・・・私も・・・」
 「・・・・・・」

 うつむく。カバンの中のモルガナも、話を聞いているだろうが、何も言わない。

 「志帆ちゃんがあんな目に遭って、心から鴨志田先生のことは憎んでいます。それでも・・・1人の人生を奪ってしまうことに、不安ばかり抱えてしまって」

 ギュッとスカートを握り締める。こんな弱い心の人間は、仲間にいらない・・・切り捨てられるかもしれない。それでも、言わずにはいられなかった。

 「うん。オレも不安だよ」
 「え??」

 から返ってきた、その意外な言葉に、はパッと顔を上げ、を見た。彼は優しく微笑んでいて。

 「だけど、ここでやらなければ、鈴井さんや三島、竜司が不幸になる。高巻さんだって。さんも、いつか断りきれずに、バレー部に入れられるかも。パレスでそうしたように」

 それは否定できない。
 パレスではバレー部に入部すると告げてしまった。もちろん、認知の世界でのことなので、現実世界では何の問題もないのだが。
 がいなくなったら、止めてくれる人はいないかもしれない。を救ってくれたこの人がいなければ。

 「自分を救うために、がんばろう? 今は、成功することだけを考えて」
 「くん・・・」

 澄んだ薄灰色の瞳がを見つめ、柔らかく揺れる。
 ああ、この人の言うことなら信じられる。
 だが、彼の周りの大人たちは、彼の言葉を信じなかったのだろう。だが、自分は信じられる。信じる。

 「ありがとう、くん。うん、もう大丈夫。鴨志田先生、こらしめてやろうね!」
 「その意気だ」

 の力強い返事に、はうなずき、2人は微笑みあった。