ドリーム小説
現れた番兵を倒した瞬間、杏がヘナヘナと床に座り込んだ。いきなり、力に覚醒したのだ。無理もない。
「さん、大丈夫?」
「は、はい!」
に声をかけられ、元気よく答えたが、頭がクラッとし、そのまま後ろに倒れそうになった。
そのの腕を、が掴み、片手で背中を支えてやる。
「あ、ありがとうございます」
「いいから。肩貸す」
杏が自分の姿にキャーキャー言っているが、気づいていなかったのか・・・。
とりあえず、新たな敵が来る前に、4人と1匹は城から帰還した。
***
蒼山一丁目までやって来た4人は、とりあえず状況を整理することにした。
あの“城”は鴨志田の歪んだ心が生み出したもの。認知している姿だという。
そして、中には“シャドウ”と呼ばれる異形の輩がいる。
猫のような生き物の名は、モルガナ。こちらの世界に戻ってくると、ハチワレの黒猫の姿になった。
シャドウ鴨志田の心にある欲望。それを盗めば、歪んだ欲望はなくなり、改心させることができるというのが、モルガナの言だ。
バレー部員も教師も親も口を割らない。それならば、鴨志田本人の口から、罪を認めさせればいいのだ。
「私とさんも、これからは一緒に行くから」
杏の言葉に、竜司はあ然としていたが、ここで断っては、また2人は2人だけで城・・・パレスに乗り込んでいくだろう。了承するしかない。
とりあえず、今日はチャットのIDを交換し、解散となった。
「さん、家どこ?」
杏と竜司が去った後、がを見やり、尋ねた。
「あ・・・目黒です。渋谷で乗り換え」
「じゃあ渋谷まで一緒に行こう」
「はい」
電車に乗り、渋谷を目指す。フト、は気になっていたことを尋ねてみた。
「あの、くんたちは、いつあの城へ?」
「転校初日」
「え? じゃあ、まさかあの日遅刻したのって・・・」
「そう。それが原因」
なるほど。そうだったのか。それは災難である。まさか転校初日にそんなことになるなんて、想像もしなかっただろう。しかも、誰も信じないだろう話だ。
は現在、保護観察の身だ。何か問題を起こせば、少年院送りだろう。大人しく過ごすしかないのだが、パレスでの出来事は、現実世界に影響はないとはいえ・・・少々不安である。
もも、口数が多い方ではない。電車に揺られながら、は先ほど自身に起きた出来事を振り返っていた。
なんとなく、わかっていた。鴨志田が自分を“そういう目”で見ていたことを。
だが、信じたくなかった。自分の好きなバレーボールを教えてくれる、金メダリスト。こんな光栄な話はないと思っていたから。
「さん」
「え? あ、はい」
突然、一緒にいた人物・・・に声をかけられ、は慌てて反応した。
「あまり、深く考えない方がいい」
「え・・・?」
「鴨志田のこととか、イヤなこととか」
「くん・・・」
嫌な考えに囚われ始めていたことに、は気づいていたのか。他人に興味がなさそうに見えて、実はひどく気配りのできる人なのかもしれない。
渋谷で電車を下り、「それじゃ」と告げて、2人は別れる。の姿が見えなくなったのを確認してから、は近くの植え込みの端に座った。ひどく疲れている。恐らく、ペルソナが覚醒したことと、生身の状態で長い時間パレスにいたことが影響しているのだろう。
ハァ・・・とため息をつき、目を閉じる。少し、ここに座って休んでから帰ろう。そう思った時だ。
「ねえ、キミ1人?」
「はい?」
突然、横から声をかけられた。顔を動かせば、見たことのない男が1人、ニヤリと笑っていて。
「あの、声をかける人、間違っていませんか?」
「間違ってない、間違ってない。俺が用事あるの、キミ」
「はあ。どうかしましたか? 何かお困りごとでも?」
「そう、困ってんの。キミとデートしたくてさ。ね、少し付き合ってよ」
「・・・はい?」
目の前の軽そうな男は、をナンパしているのだ。ああ、めんどくさい。疲れているのに。色々と考えることが嫌になってくる。強引に振り払っても、ついてきそうな気がする。
「ね、少しでいいからさ、付き合ってよ」
「ごめんなさい、私もう帰らないと」
「ママやパパに叱られる? いいじゃん。女の子のお友達と一緒にいるって言えば。それ、秀尽の制服だよね。さすがに、進学校で夜遊びはマズイかな〜? でも、俺は黙ってるし」
「あの、すみません・・・私、本当に・・・」
迷惑しているんです・・・そう言えれば、どんなにいいか。相手だって、気の弱そうな人をターゲットにしているのだろう。こんなことなら、とっとと帰ればよかった。とは思うが、もう遅い。
「ねえねえ、名前なんていうの? 教えてよ」
サラリ・・・男が馴れ馴れしくの髪に触れる。その瞬間、ゾワッと背中に悪寒が走った。
「ごめん、待った?」
その時だった。目の前に人が立ち、頭上から声がしたのは。
「え?」とが顔を上げれば、そこには・・・クセのある黒髪と、大きな黒縁眼鏡の少年がいて。
「あの、オレの連れに何か用事ですか?」
「な、なんだよ、ヤローと待ち合わせかよ・・・」
の登場に、男は立ち上がり、去って行く。は目をパチクリ。どうして、彼がここにいるのか。
「ごめん、具合悪そうだったのが気になって・・・。迷惑だった?」
こっそりとがの耳元でささやく。その近さにドキッとしつつ、は首を横に振った。「そっか。よかった」と微笑み、彼はの隣に腰を下ろした。
「大丈夫? そこのカフェ、入ろうか」
「え? いえ、大丈夫です。もう帰れますから」
青白いかのまま、が言って立ち上がった。これ以上、彼に迷惑はかけられない。ギュッとカバンの持ち手を握り締めた。
「少しだけ、話し相手になってくれない?」
「え・・・?」
引き留めるの言葉。時計を見れば、6時を回っている。こんな時間にウロついていて、彼の方は大丈夫なのだろうか?
表情に出てしまっていたのか、「オレは大丈夫だから」と告げる。知らない間柄でもない。はうなずいていた。
2人で駅前のカフェに入る。が2人分のコーヒーを頼む。もちろん、先にに「コーヒーでいい?」と聞いている。
「あ、くん、ちゃんとコーヒー代、支払います」
「オレがムリヤリ誘ったんだから、払わせて」
ムリヤリ誘っただなんて・・・助けられたのは、こちらの方だというのに。もしも、あのままが来なかったら、と思うとゾッとする。
カウンターで受け取ったコーヒーをが受け取り、店の奥へ。が慌てて「もらいます」と声をかけたのだが、「いいから」と。またしても押し切られてしまった。
窓の外が見える席。窓に向かって2人並んで。ようやくが「はい」とにコーヒーを渡してくれた。「ありがとうございます」と笑みを浮かべて受け取った。
「さんは・・・」
ボンヤリしていたは、の呼びかけに、一瞬反応が遅れた。
「え? あ、はい」
「バレー部だったの?」
「はい。1年生の1カ月だけ」
「1カ月?」
が首をかしげる。せっかく入った部活だというのに、なぜそんなに早く辞めてしまったのか。
不思議そうな表情を浮かべるに、はクスッと微笑んだ。
「はい。膝を怪我してしまって。続けられなくなってしまったんです」
「ごめん。悪いこと聞いた」
コーヒーの入ったコップを見つめ、が眉間に皺を寄せる。自分の失言を悔いているのだろう。本当に、いい人だ。
「いえ、気にしないでください」
「じゃあ、今もまだ痛む?」
「いいえ。もう完治しています」
安心させるように笑って言えば、はホッとした表情を浮かべた。
「バレー部には、戻らないの?」
「・・・正直言うと、怖いんです」
「怖い? 鴨志田が?」
「いえ、違います。また、あの時の痛みに襲われたらって思うと・・・」
「・・・そっか」
がコーヒーを1口飲むと、はチラリとを見てきた。
「鴨志田先生のことは、私、何も知らなかったので、怖いということはありませんでした。今も・・・ただ憎い」
はコップを両手で包んだ。ジンワリと温かいそれ。の思いやりと同じ。ジンワリと包み込んでくれる優しさだ。
ここまで来たら、心情を吐露してもいいだろうか。嫌がられるだろうか。
「くんも、気になりますか?」
「え?」
何を?と尋ねる前に、は己の胸元に手をやった。の手の動きを見たが、少しだけ戸惑ったように見えた。
「ううん。全然」
「え・・・??」
返ってきた予想外な言葉に、は目を丸くした。はの方へ顔を向ける。意思の強そうな灰色の瞳。転入初日の、あの無気力なではない。
「だって、さんの魅力は、そこじゃない。わかる人には、わかる。そんなとこにしか目が行かないヤツは、信じなければいい」
「くん・・・」
思い出せば、竜司もけして自分のコンプレックスに触れてくることはなかった。仮に気になっていたとしても、口や態度に出さない。
はこちらを見ず、コーヒーを1口。も1口飲む。
「ありがとう、くん」
「うん?」
「私、もっと自分磨きする。胸だけじゃなく、他のところも見てもらえるように」
「・・・うん」
が微笑む。優しい笑顔。だが、ツイと視線を逸らし、クセのある前髪をいじった。
「というか・・・オレ、さんに“そういう男”だと思われてたことがショックだ・・・」
「え! あ! ご、ごめんなさい! あの・・・どうしても・・・男子の視線は気になってしまって・・・悪気はないんです!!」
「うん。わかってる」
必死に言い繕うに、は再び微笑んだ。は肩を落とし、頭を垂れ、「ごめんなさい」と再び謝った。
思えば、には仲のいい男子はいない。皆が皆、の胸にしか興味がないように思えたからだ。
は、転入したあの日から、何事にも興味を示さず。自分が前歴のある存在だとわかっているから、けして誰かと仲良くなったりつるんだりしなかった。あくまで“クラスの中で”の話だが。その証拠に坂本竜司とは、転入した日から仲良くしている。成り行きで、だろうが。
「そろそろ帰ろうか。家の人、大丈夫?」
「あれ? 言ってませんでしたっけ? 私、1人暮らししてるんです」
「え! それなら遅くまでいたら、帰り道危険じゃないか。ごめん!」
「いえ、大丈夫です。友人と9時くらいまで遊んで帰ることもありますから」
微笑んで答えると、は眉間に皺を寄せた。心配してくれているのだろう。やはり優しい人だ。
コップに残っていたコーヒーを飲み干し、は「もう行ける?」と尋ねてきた。「はい」と答え、もコーヒーを飲み干した。
家まで送りたいけど・・・と店を出ながら、がつぶやく。
「ただのクラスメートに、住所知られたくないだろうから。特に、オレみたいな奴に」
「そんなことありませんよ。私、くんのこと信じていますし。でも、1人暮らしの私は誰も気にする人、いませんけど、くんは違うでしょう?」
「・・・うん」
詳しくは知らないが、身元引受人のような人物がいるはずだ。保護者のような、監視する人が。
「れじゃ、また明日」
「うん。さよなら」
「さようなら」
それぞれの電車に乗るため、2人は別々に歩き出した。
***
翌日の放課後。早速、パレスに乗り込もうとする竜司を止めたのは、モルガナだった。
昨日の帰りがけは気づかなかったが、どうやらの家で飼う(?)ことになったようで。
モルガナ曰く、パレスを甘く見るな、準備が必要だ、ということで。レプリカの武器と、薬を調達することになった。
認知の世界では、レプリカの武器でも、相手が“本物だ”と認識すれば、本物になる。
薬の方はモルガナに心当たりがあるらしく、そちらはとモルガナに任せることにした。レプリカの武器も、竜司が店を知っている、とのことだった。
「ねえ、さん」
「はい?」
作戦会議が終わり、と竜司が去って行く中、杏が声をかけてきた。
「明日、志帆のお見舞いに行こうと思うんだけど、一緒に行かない?」
「本当ですか? 私がご一緒して、いいんですか?」
「当たり前! さんが迷惑じゃないなら」
「もちろん、ご一緒します。よろしくお願いします」
「うん! じゃあ、どこで待ち合せようかな」
志帆の元へ行くのは、初めてだ。昨日は入院したてで、それどころではなかった。
今も絶対安静とのことで、病室に入ることはできないらしい。
夜のグループチャットで、明日は同行できない旨を告げ、ベッドに腰を下ろした。
─── あまり考えない方がいい。鴨志田のこととか、イヤなこととか。
の言葉を思い出す。
鴨志田が言ったことは、ずっとの頭に残っている。志帆が飛び降りた原因が自分にあると。
ベッドに倒れ、ギュッと目を閉じる。ああ、着替えなくては。
─── さんの魅力は、そこじゃない。
真っ直ぐにそう言ってくれた人。なんて優しい人なんだろう。
心が温かくなる。はの言葉を胸に刻み込んだ。
自分を救ってくれたその言葉を。
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