ドリーム小説

 一同はアジトに集まっていた。
 喜多川にヌードモデルの件を引き受ける、と伝え、今日訪問していいかと尋ねれば、YESが返ってきた。もちろん、杏のことは許可を取ってある。
 が時間を稼ぎ、杏とモルガナで襖の鍵を開けるのだが、その間、と竜司はパレスへ行き、セキュリティを切ってもらわなくてはならない。こちらも大変重要な任務だ。

 「それじゃ、行ってきます」
 「・・・・・・」
 「ああ、頼んだぜ!」

 の手には、大きなカバン。通学カバンとは違う。旅行にでも行くのか?という大きさである。中に何が入っているのか。
 快く送り出す竜司とは対照的に、は明らかに不服そうで。

 「くん、行ってくるね」
 「・・・気をつけて」

 手を振り、が杏と共に去っていく。モルガナは杏に抱えられ、幸せそうだ。呑気なものである。

***

 斑目のアトリエに着くと、喜多川はすぐに2人を部屋に招き入れてくれた。イソイソと準備を始めるその背中を、は緊張の面持ちで見つめた。

 「本当に来てくれるなんて・・・。連絡くれた時は、嘘だと思った」
 「ごめんなさい、急に・・・」
 「とんでもない。ただ、昨日伝えた通り、今日は先生が、もう2〜30分もすると戻られる。その・・・気を遣わせてしまうかもしれないね」
 「だから今日来たんだっつーの」
 「杏ちゃん・・・!」

 話を聞いていた杏がボソリとつぶやき、が慌ててたしなめた。喜多川が「何か?」と振り返る。は「いえ、なんでも!」と笑顔で誤魔化した。

 「ところで・・・」

 振り返っていた喜多川が、をジッと見つめてくる。

 「少し太った?」
 「え? そうですか??」

 現在のは、ありえない量の服を重ね着し、まるでカラフルな雪だるまのようになっていたのだ。これは、杏の提案である。脱ぐのに時間をかけて、少しでもモルガナの手助けをしようということだ。あのバッグには大量の服が詰め込まれていたのである。
 ちなみに、モルガナは2人が部屋に入った時に、襖へ向かっている。

 「じゃあ、とりあえず・・・ここで用意、いいか?」
 「は、はい・・・」
 「頼む」
 「恥ずかしいので、向こう向いててもらっていいですか?」
 「す、すまない・・・。ところで、高巻さんは? ここで見ているのか?」

 喜多川の言葉に、杏は「じゃあ少しだけ」と笑顔を浮かべた。

 「あまりウロウロされるのも困るのだが・・・」
 「大丈夫。部屋の外で待ってるだけ! 終わったら教えてね〜」

 と、出て行こうとした杏なのだが、フト思いついた。少しだけ、時間稼ぎだ。

 「ね、もう少しムード出したらどう? ここじゃ、ちょっと雰囲気出ないんじゃないかな」
 「ここで十分な気が・・・」
 「鍵かかるとこのがよくない?」
 「鍵?」

 杏の言葉に、は冷や冷やしながら、重ね着した服を丁寧に脱いでいく。

 「鍵のついた部屋、なんて・・・先生のところぐらいしか・・・」
 「じゃあ、そこで」
 「無理だ、それは・・・! 第一、俺は鍵を持っていないし・・・」
 「持ってないってよ?」

 杏が廊下の方を向いて言う。黒猫が控えていたのだ。だが、それはある意味想定内。モルガナは隠していたヘアピンで鍵を開けてみせると言った。

 「それじゃ、私は外で待ってるからね〜」
 「う、うん」

 杏が「大丈夫だよ!」との耳元でささやく。「何かあったら、大声で叫んで!」とも言った。
 喜多川が何かするようなら、引っぱたく・・・と言っていたっけ・・・とは思い出す。

 「さん、そろそろ・・・」

 と、喜多川が振り向いた先には、洋服の山。はいつもの制服姿だ。

 「こんなに着てたのか?」
 「き、今日、ちょっと寒くないですか?」
 「そうかな? まあ確かに、日も傾いてきたが・・・」
 「えっと・・・なので、もっと日当たりのいい、他の場所がいいなぁ・・・と」
 「まあ、確かに、モデルの気分を盛り上げた方が、いい絵になるか・・・。大胆な構図や、ポーズにも協力してもらえるかもしれないしな」
 「はい? 大胆・・・??」

 思わず声をあげてしまった。これはマズイ。どうにかして、うまく脱がずに事を進めなければ。

 「えっと・・・あの・・・あー・・・その気になってきたのに、喜多川くんのせいで、やる気が失せそうです」

 そう言って、は部屋を出る。そろそろ斑目が戻ってくる。モルガナと杏は、どうなっているだろうか。

 「待ってくれ! 勝手なことをされると、先生に・・・」
 「あ、この部屋とかどうですか?」

 の言葉に、喜多川は慌ててを追いかけた。

***

 一方、と竜司は中央庭園まで来ていた。相も変わらず悪趣味な襖と、その前に張り巡らされた赤外線セキュリティがある。

 「、大丈夫なのかよ・・・。演技で誘惑してみろとか杏に言われてたけどよ」
 「・・・・・・」
 「まあ、お前としちゃ気が気じゃねーよな」
 「・・・仲間が大変な目に遭ってるかもしれないからな」
 「は? ちげーよ。のこと・・・」

 竜司がを振り返る。は真っすぐに前を見据えている。
 心配だ。だが、信じてもいるのだ。なら、必ずやり遂げてくれると。モルガナの力も必要なのだが・・・。
 のことを特別に想っているのは、なんとなくわかる。転校先で、クラスメートが誰も口をきいたり、視線を合わせなかった中、彼女はに声をかけてきた。かなり緊張していたが。

 「にしてもよ・・・開く気配、全然ねーぞ・・・。もうすぐ斑目が帰ってくんだよな?」
 「そのはずだ」
 「つかよ、鍵をモナが開けられたとして、斑目に見せるって難しくね? 見せたとしても、フツーすぐ閉めんだろ。チャンスって一瞬しかなくね?」
 「そこがの腕の見せ所だな」
 「ぶっちゃけこの作戦、うまくいったら奇跡じゃね?」
 「大丈夫だ。たちを信じろ」
 「そうだよな・・・」

 フゥ・・・とため息をつき、竜司は再び襖の方へ視線を向けた。
 不安はある。だが、これしか方法がない。竜司にも、それはわかっていた。

***

 一方、は例の鍵のかかった部屋を目指していた。そろそろ、鍵が開いていてもおかしくない。斑目の前で、襖を開き、今回の作戦は終了だ。
 スタスタと先へ行ってしまう。喜多川が「さん!」と慌てて呼び止めようとする。
 廊下の角を曲がり、例の襖の前へ行けば、モルガナを抱えた杏がいて。鍵はまだ開いていない。

 「え・・・??」
 「猫の手じゃ・・・やり辛え!」

 猫の手も借りたいところである。
 と、喜多川がこちらへ来ようとしている。慌てては襖が見えないよう、角で彼を足止めさせる。

 「あーえっと・・・この先の部屋は?」
 「古い絵の保管庫だ・・・」
 「保管庫、ですか・・・。人も来ないでしょうし、この中でどうでしょうか? 誰にも見つからない場所の方が、私も恥ずかしくないですし・・・」
 「ここは先生しか入れない」

 やはりか。怪しい。現実世界でも、このゴツイ鍵の向こうに何か大切なものを隠しているということだ。

 「それに、そこには入るなと言われている」
 「そうなんですか? へぇ・・・。でも、そうしたらますます、この部屋が気に入りました」
 「駄目だ! 俺は鍵を持ってないと言ってる!」
 「・・・じゃあ、もういいです。恥ずかしいですし、私は帰ります」
 「そんな・・・!」

 あぁ・・・早く・・・! モルガナ、しっかりして!
 は内心、冷や汗ものだ。ここでうまくいかなければ、全てがパーになるのだから。

 『くん、私のこと信じてくれてるよね・・・』

 あんなに心配していたのだ。反対し、他の案を考えようとまでしてくれた。その彼のためにも・・・。

 「帰ったぞ」

 聞こえてきた斑目の声。がハッとなる。と、襖の方でモルガナの「開いた!」という声がした。今がチャンスだ。斑目の前で、『絶対に開かない扉』と『開けてみせた』。

 「そこで何をしている!?」

 やって来た斑目が、開いた襖を見て驚愕し、声をあげた。

 「こ、これは・・・違うんです!」

 慌てて言い訳をしようとした喜多川の腕を掴み、は部屋の中へ。これで『侵入者』が部屋の中に入れたことになる。
 「その中は・・・!」という斑目の声は無視し、は部屋の電気を点けた。

***

 一方、・竜司コンビの方は、相変わらずセキュリティの前でヤキモキしていた。

 「なんも起きねえ・・・。状況どうなって・・・ん!?」

 大きな襖が大きく揺れ、それが見事に開いた。セキュリティも消えている。たちが部屋に入ったおかげだ。

 「マジかよ・・・! とモルガナのヤツ、やりやがった!」
 「・・・驚いたな。うまくいくとは」
 「ホントだよ! リアルに奇跡だぜ!」
 「先へ進むぞ」
 「ああ!」

 2人だけでやり過ごさなければならないが、は複数のペルソナを使うことができる。なんとかなるだろう。
 問題は、現実世界の方である。この後、斑目がどういう行動に出るのか・・・。
 だが、部屋の中を見回し、一同は言葉を飲み込んだ。そこには、大量の絵があった。いや、保管庫なので、当然なのだが、問題はそこではない。

 「この絵、確か・・・『サユリ』?」

 杏が声をあげる。そう、そこにあったのは大量の『サユリ』だった。喜多川が呆然としている。

 「出て行けっ!」

 そこへ斑目が部屋に入ってくる。確実に怒っている。何か隠しているのだろう。

 「先生、これは・・・?」
 「見られてしまったのなら、もう黙ってはいられんな・・・。実は・・・借金を抱えている。このサユリは、私自身が模写をして、特別なルートで売ってもらっているんだ・・・」
 「どうして・・・?」
 「本物のサユリは・・・昔の弟子に盗まれてしまった。厳しくしすぎた事を恨んだのかもしれん・・・」

 そういえば、あの女性記者も「元弟子が盗んだ」と言っていたことを思い出す。

 「その事が、酷くショックでな・・・。以来、私はスランプに陥っている・・・。苦悩から、弟子の着想を譲ってもらったことがあるのも事実だ・・・。このままではいかんと、私は何度かサユリの再現を試みた。だが、出来上がるのはしょせん、模写・・・。その時、その模写でいいから譲ってほしいと言う人が現れてな・・・。・・・全て、私の責任だ。有名税というのを払い切れなかったのさ。期待され、活動を広げていかねば、多くの方々に迷惑がかかるようになった・・・。お前の才能を伸ばすにも・・・金が要る。不甲斐ない師を、どうか許してくれ・・・」

 しょぼくれる斑目に、喜多川が悲しそうにうつむく。
 だが、たちは知っている。斑目が喜多川たち弟子を、どんな風に見ているのかを。

 「・・・なんか変」

 ポツリとつぶやいたのは、杏だった。

 「元の絵が盗まれたのに、どうやって模写したの?」
 「画集用の・・・精密な写真が残っていてね」
 「写真のさらに模写が売れたの? よくわかんないけど・・・絵とか買う人って、それなりに芸術わかる人なんじゃないの? ウソっぽいんだよね」
 「確かに・・・いくら精密でも、写真で見るのとは違うかも・・・」
 「お前たちに何がわかるっ!」

 杏との言葉に、突然斑目が激昂した。ビクッとするだが、杏はまったく動じていない。

 「とのかく・・・違和感があるってこと!」
 「アン殿! !」

 と、モルガナが声をあげる。

 「これだけ何か違う!」

 モルガナが見ているのは、3人の傍にある、布の被せられた絵。が布をどかせば、そこには・・・。

 「サユリ・・・?」

 喜多川が目を丸くする。ゆっくりと、その絵に近づいた。

 「これは・・・本物の『サユリ』!」

 ガバッと喜多川が斑目を振り返る。先ほど盗まれた、と言っていたサユリが、なぜここにあるのか。

 「模写だ!」
 「いや、これは模写じゃない! この絵に支えられて、ここまでやってきたんです・・・。まさか、先生・・・?」

 本物を模写し、売りつける・・・まさか、そんなことが・・・?

 「それは偽物・・・そうだ、贋作だ! 迷惑な贋作があると聞いて、買い取ったのだ!!」

 往生際の悪い老人だ。もはや、言い訳というか、嘘しか口から出てこない。

 「本家が贋作を買ったっての? それ、ムリありすぎでしょ」
 「盗まれたというのは、嘘ですよね?」
 「先生・・・サユリの真実・・・話してくれませんか?」

 喜多川が問い詰めると、斑目は眉根を寄せた。言い逃れはできない。そう思ったのだが。
 斑目が携帯電話を取り出し、ボタンを押す。キッとたちを睨んできた。

 「警備会社に通報してやったわ!」
 「え!!」
 「ウソ!?」
 「迷惑な三流記者対策のつもりだったが、とんだところで役立ったわ」
 「卑怯です! 嘘がバレそうになったから、それを誤魔化そうとするなんて!」
 「話なら警察でしてくるといい。・・・お前も一緒にな、祐介」

 言葉を失う喜多川。まさか、やはり斑目は嘘を誤魔化そうとして・・・?

 「、アン殿、走るぞ!」

 モルガナの声に、少女たちは部屋から逃げ出す。斑目が「2分と経たずに来るわい!」と叫んだ。

***

 セキュリティを解除したと竜司は、中央庭園へ戻った。赤外線は見えない。止まったようだ。
 さて、たちと合流を・・・と思った時だ。頭上から悲鳴が聞こえてきた。
 なんだ?と上を向き、は瞬時に落ちてきた少女を受け止める。ラパンの姿のだ。

 「大丈夫か!?」
 「あ・・・う、うん・・・ありがとう、くん・・・」
 「それで、その・・・」
 「?」

 何か言いづらそうなの様子に、は首をかしげる。

 「・・・モデルの方は、どうなったんだ?」

 今は怪盗服を着ているが、現実世界では裸だったのかもしれない。いや、そんなことは考えたくないが。

 「大丈夫。うまく誤魔化せたから」
 「・・・そうか」

 が微笑む。もホッとして、笑みを浮かべた。

 「おーい、お2人さーん」

 と、竜司がに声をかける。を抱きかかえたまま、が振り返った。

 「こっち、メンドーなことになってっけど」
 「え??」

 竜司の言葉にそちらを見れば、何があったのかモルガナが頭を押さえていて。そして、杏の傍らで喜多川が倒れていた。

 「くん、下して」
 「ああ、すまない」
 「ううん、大丈夫。ありがとう」

 またしても、2人の世界だ。竜司があきれた視線を向ける。そんなことをしている場合ではない。事故とはいえ、喜多川までパレスに入ってきてしまったのだから。

 「なんだ、お前ら!?」

 喜多川がたちを見て、声をあげる。警戒するのも当たり前だ。

 「落ち着いて、喜多川くん! 私だってば! ほら、あっちは!」
 「・・・高巻さん? じゃあ、お前らは・・・」

 と竜司にも気づいたのだろう。だが、モルガナについては「その着ぐるみには見覚えがないが・・・」と言っている。当然だ。猫だったのだから。
 ここはどこだ、と問う喜多川に、と杏がパレスについて簡単に説明する。斑目の心の中・・・歪んだ欲望の姿だ、と。

 「こんな、おぞましい世界が・・・。お前ら、一体何なんだ?」
 「腐った悪党を改心させる集団・・・ってとこか」
 「確かにお前らの言うことが本当なら、俺の知る先生など、何処にも・・・」
 「目ぇ覚ませって」

 竜司の言葉に、喜多川は苦悶の表情を浮かべ、顔を逸らした。

 「だが・・・それでも10年置いてもらった恩義だけは・・・消えない」
 「許すってのかよ!? このままじゃお前・・・!」

 竜司が怒鳴ると、喜多川が苦しみ、膝をついた。が慌てて「大丈夫!?」と声をかけた。彼に近づき、顔を覗き込む。

 「頭の理解に、気持ちがついていかない・・・」
 「悪いが、のんびりしてられないぜ! すんごい警戒されてる! さっさとズラかるぞ!」

 だが、喜多川が膝をついたまま、荒い呼吸をしている。スッとが彼に歩み寄る。

 「肩を貸そう」
 「・・・いや、結構だ」

 フラフラと立ち上がり、喜多川は歩き出した。とにかく、早くここを出なければ。
 中央庭園から美術館の中へ戻れば、喜多川がそこにあった無数の人物画を見て、顔を歪めた。
 これは、ただの絵ではない。斑目の“認知”。斑目にとって、弟子たちは“作品の代わり”。いや『作品を生み出す作品』か。
 出口は目の前・・・という所で、警備シャドウが姿を現し・・・そして背後からは笑い声。振り返った一同の目に飛び込んできたのは、金ピカの羽織袴を着た、チョンマゲ姿の男。顔は歌舞伎役者のように、真っ白だ。カモシダと同じ、金の瞳・・・マダラメだ。

 「フザけたカッコしやがって! 王様の次は殿様かよっ!」

 竜司が声をあげる。だが、マダラメはどこ吹く風だ。

 「ようこそ、斑目画伯の美術館へ・・・」

 喜多川が「え・・・?」とつぶやく。まさか、目の前に立つ男が師匠だとは、思いもしなかったのだろう。

 「あんなみすぼらしい格好は『演出』だ。有名になっても、あばら家暮らし? 別宅があるのだよ・・・オンナ名義だがな」
 「恐れ入ったな」
 「フン、心にもないことを」

 の言葉に、斑目は冷たく返した。と、喜多川が一歩前へ出る。

 「なぜ、盗まれたはずのサユリが保管庫に? 本物があるのに、なぜたくさんの模写を!? 聞かせてくれ・・・あなたが先生だというのなら!」

 喜多川だって、薄々気づいているはずだ。それでも、本人の口から真意を聞きたかったのだろう。

 「まだ気づかんのか、青二才め」

 斑目が、喜多川を一瞥し、得意げな顔をした。

 「『盗まれた』など、私が流したデマだ! 全部、計算し尽された『演出』なのだよ!」
 「どういう・・・ことだ!?」
 「たとえば、こんなのはどうだ? 『本物が見つかったが、公にできない事情がある』『特別価格で譲りたい』・・・ハハ! どうだ、この『特別感』! 俗人どもは、大枚はたいて食いつけてくる!」
 「そんな・・・!」
 「絵の価値など、所詮は『思い込み』・・・ならばこれも正当な『経済行為』だ! まあ、ガキには想像できんだろうがな!」

 喜多川が地面に手をつき、崩れ落ちる。が慌てて駆け寄った。竜司はグッと拳を握り締め、斑目を睨みつけた。

 「さっきから金、金、金・・・。どうりでこんな、気持ちワリぃ美術館ができるわけだぜ!」
 「てか、あんた芸術家なんでしょ!? 盗作とか恥ずかしくないわけ!?」
 「芸術など、道具にすぎぬわ! カネと名声のためのな! お前にも稼がせてもらったぞ、祐介・・・」
 「人を道具扱い・・・やっぱりそうなのね・・・!」

 が顔を上げ、斑目を睨む。こんな人を、少しでも“すごい”と思った自分が恥ずかしい。竜司がチラリと喜多川を見た。

 「ムカつくけどよ、あれがお前の師匠だ」
 「なら、貴方の才能を信じている者は・・・天才画家と信じてきた人々は・・・!」
 「これだけは言っておいてやる、祐介。この世界でやっていきたいのなら、私に歯向かわぬことだ。私に異を挟まれて、出世できると思うか? フハハハハ!」
 「こんな・・・こんなヤツの・・・世話になっていたとは・・・!」
 「ただの善意で引き取ったとでも思っておったのか? 有能な弟子を集め、着想を吸い上げれば、才能ある目障りな新芽も摘み取れる・・・。着想をいただくなら、大人よりも言い返せん子供の将来を奪った方が楽だ」

 斑目が声高らかに言い放つ。なんという男なのか。未来ある子供たちの夢を、努力を、将来を奪うとは。

 「ひどい・・・! 人このことをなんだと・・・! 将来を夢見る子供たちを、そうやって使い捨てにしてきたのね!」
 「家畜は皮も肉も剥ぎ取って殺すだろうが。同じだ、馬鹿者め!」
 「か・・・ちく・・・? あなたを慕い、尊敬してきた人たちを、家畜と一緒にするなんて・・・!! 彼らは、あなたに食べられるために生まれてきたんじゃないわ!!」

 の叫びに、斑目は冷たい視線をよこす。それに対し、は睨み返した。

 「・・・喋り疲れたわい。そろそろ・・・」
 「・・・許せん」
 「ん?」

 小さくつぶやいた喜多川に、一同が彼を見やった。フラフラと立ち上がった喜多川が声をあげる。

 「許すものか・・・お前が、誰だろうと!!」
 「長年飼ってやったのに、結局は仇で返すか・・・くそガキめ! 者ども! 賊を始末しろ!」
 「・・・面白い・・・事実は小説より奇なり、か。そんなはずはないと・・・長い間、俺は自分の目を曇らせてきた・・・! 人の真贋すら見抜けぬ節穴とは、まさに俺の目だったか・・・!」

 と、喜多川が突然苦しみ出す。が触れようとするも、モルガナが「待て!」と止めた。
 頭を抱えた喜多川は、再び膝をつき・・・血がにじむほどに地面を掻いた。
 そして・・・その顔に現れた白狐の面を剥ぎ取れば・・・それこそ歌舞伎役者のようなペルソナが。

 「絶景かな・・・。まがい物とて、こうも並べば壮観至極・・・。悪の花は栄えども・・・醜悪、俗悪は滅びる定め・・・!」

 片手を払えば、カグヤの力と同じ、冷気が放たれて、斑目の傍にいたシャドウを吹き飛ばした。

 「こりゃあ、凄いぞ!」

 モルガナが声をあげる。

 「ふん・・・いきがりおって! 何も知らずに死んでゆくがいいわ! 出合え! 出合えー!」

 斑目の声に、シャドウが姿を現す。喜多川は冷たくそれを見つめた。

 「貴様を親と慕った子供たち・・・将来を預けた弟子たち・・・一体、何人踏みにじってきた・・・? 幾つの夢をカネで売った!? 俺は貴様を・・・絶対に許さない!」
 「・・・お手並み拝見といこうか」

 がフッと笑みを浮かべ、声をかければ「望むところだ!」と力強い答えが返ってきた。

 「勉強させてもらったよ、斑目。真贋を見抜くには・・・ときに冷徹さが要ることを。心置きなく貴様を見定めさせてもらう! 俺の・・・ゴエモンと共にっ!」