ドリーム小説

 中野原からコンタクトがあったことは、竜司と杏にも伝えてあった。
 は友人2人と、いつもと変わらない様子で話している。あの様子なら大丈夫だろう。これといって、心配するようなこともないように見える。
 いつものように、部活に行く友人2人と別れ、は渋谷駅へ。すでに他の3人は集まっていた。これからアジトへ向かうらしい。とりあえず、中野原との約束があるため、だけを残し、他の2人は先にアジトへ向かってもらった。
 中野原はまだだろうか? そもそも、彼はどうやってこちらを見つけるのか。三島に連絡しようとした時だ。
 1人の男性が歩いてきた。スーツ姿の坊ちゃんカット。眼鏡をかけた臆病そうな男。中野原だ。
 優しそうな雰囲気だ。とてもストーカーには見えないが、改心がうまくいった結果だ。

 「管理者から、連絡もらってる。猫を連れた、秀尽の制服を探せって・・・」
 「あの、お話は簡単にうかがっていますが、詳しい内容は?」

 が尋ねると、中野原は一瞬逡巡したように見えたが、意を決して口を開いた。

 「聞いてるとおもうけど、怪盗団に改心させて欲しいヤツがいる。・・・斑目って画家だ」

 中野原の告白に、は顔を見合わせた。元弟子である中野原から、事情を聞きだすチャンスだ。

 「私は斑目の・・・元弟子なんだ。住み込みで、絵のことばかり考えてた。本気で画家になりたいって思ってた・・・」

 中野原は視線を落とす。言いづらいことを言おうとしている。そんな気がした。

 「少し上に、兄弟子がいてね。とても才能のある人だった。当然、斑目に目をつけられたよ。作品はみんな、斑目のモノにされた。まあ、兄弟子に限らずの話なんだがね・・・」
 「・・・ひどい」

 だが、元弟子がそう言っている。盗作は間違いない。それでも、喜多川は誤魔化すのだろうか。

 「その兄弟子・・・自殺したんだよ」
 「え・・・」

 が声をあげる。“自殺”という言葉に、友人の鈴井志帆を思い出したのだろう。

 「斑目が自分の作品で評価されているの、よっぽど耐えられなかったんだろうさ。さすがに怖くなって、私は斑目の反対を押し切って、アトリエを出た。・・・けれど、方々に圧力をかけられて、私は絵の道を断たれてしまった・・・。心機一転で絵とは別の道を、区役所に勤めたけど・・・ダメだった。絵の執着で、気持ちが歪んでしまってね。なんにでも執着するようになった・・・。ついにはストーカーにまで・・・ハハ・・・」

 自虐的な笑みを浮かべる中野原。は静かに彼を見つめた。

 「・・・改めてお願いだ。斑目を改心させてほしい。1人の男の命を・・・救うためにも」
 「命を救う・・・?」

 が尋ねる。はもしかして・・・と視線を落とした。

 「今も1人だけ、斑目のところに残っている若者がいる。君たちと同い年くらいだったかな」
 「・・・喜多川くんのことだね」
 「ああ」

 今の弟子は自分1人、喜多川はそう言っていた。

 「絵の才能があるばかりか、彼、身寄りがなくて斑目に恩義がある・・・。斑目には、格好のカモだ。まだ斑目のところにいた頃、その彼に聞いたことがあるんだ。斑目と一緒にいて、つらくないのかいってね。そしたら彼、こう言ったよ。『逃げられるものなら、逃げ出したい』・・・ってね」

 やはり、恩義があるため、喜多川は斑目を庇っているのだ。斑目の本性は、中野原の言葉通りだろう。

 「逃げ出した私が言うのもなんだが、自殺した兄弟子の悲劇は繰り返したくない・・・! せめて、前途ある若者だけでも、助けられないかと・・・。斑目の改心・・・検討していただけるよう、どうか、よろしくお願いいたします」

 そう言い残すと、中野原は2人の元から離れて行った。

***

 竜司と杏にも中野原の言葉を告げた。「やっぱり・・・」という反応だが、兄弟子が自殺したという話に、杏も同様、志帆のことを思い出していた。

 「・・・喜多川くんは、ウソをついているってことだよね? 斑目先生に恩があるから・・・今も、生きてくための術をくれているから」
 「だからってよ! そんなの、あいつがかわいそうだろ!!」

 の言葉に、竜司が声を荒げる。まったくもって、その通りだ。

 「斑目を改心させる・・・で全会一致だな?」

 の言葉に、3人と1匹はうなずいた。そうと決まれば、さっそくパレス探索だ。
 しかし、中に入ると以前はなかったセキュリティー装置や、シャドウの姿があって。警戒されている。
 セキュリティーとシャドウを相手にしながら先へ。あの悪趣味なオブジェの前までやって来た。

 「ここを抜けたら、その先は初めてだよね?」
 「更に警備が厳しくなるはずだ。展示物にうっかり触ったり、飛び込んだりすんなよ?」
 「・・・今、俺見て言わなかったか?」

 そんなやり取りをしつつも奥へ。
 と、部屋の中央に大きな金ピカの壺。普通にオブジェだろう。無視して通り過ぎようとしたのだが。

 「おっ、おい、ちょっと待てよ!? この金ピカ、放っとくのか? うーん・・・見ろよ、この輝き・・・。持ち出すのは大変そうだけど、売れば結構な値になるんじゃないか、これ?」

 ピョーンと、モルガナが台座の上へ。竜司が呆れたようにため息をつく。

 「おいおい・・・そんな事の為に来たんじゃ・・・。って、オマエなんか踏んでんぞ!?」
 「ヤバイやつじゃないの、それ!?」
 「離れろ!」

 が声をあげ、咄嗟に近くにいたを抱き寄せ、後ろへ跳ぶ。次の瞬間、辺りに張り巡らされる赤外線。

 「しまった、防犯装置だ!」

 は無事だが、その他のメンバーは見事にトラップに引っかかっている。

 「ったく、自分で注意しといてよ・・・。どうする、突っ切って逃げるか?」
 「ダメだ、こんなに突っ切ったら大勢呼び寄せちまう!」
 「大丈夫、私とジョーカーは動けるから、なんとかして赤外線切ってみる」

 そう言い残し、に声をかけ、スイッチを探しに行った。
 のサードアイのおかげで、杏と竜司は脱出できたものの・・・モルガナは部屋の中央。あれでは、赤外線自体を切らないと出られない。
 見つけた通気口から警備室へ。どうやら。端末にはロックがかけられており、パスワードが必要らしい。どうしたものかと悩んでいると、警備のシャドウが2体、話をしていた。
 パスワードは「ヨロシク」。「4649」だ。なんとも単純な。
 モルガナを回収し、奥へ。たどり着いたのは、屋外。これまた金ピカのオブジェ。そして、大きな襖。近づくと、一斉にそれが開いた。一体、何枚の襖があったのやら。
 そして見えてきたのは・・・赤外線の張り巡らされた道と、その奥にある、孔雀の羽根が描かれた襖。

 「げっ、なんだこりゃ・・・!」
 「さっきの赤外線と同じみたい」
 「こんなの越えられないんじゃん・・・」

 いかに万能なジョーカーでも、これを突破するのは難しいだろう。実際、サードアイで抜け目を見つけようとするも、今回ばかりは無理のようだった。

 「だが、これだけ厳重ってことは、守りたいモノがこの先にあるって証拠だ」
 「オタカラに続く道、か・・・」

 モルガナの言葉に、がつぶやく。と、杏がそこにあった立て札に気がついた。

 「『警備員各位。展示期間中、宝物殿への扉は、殿内の警備室のみで開閉が管理される・・・。外からの開場は不可能となるため、各員とも注意されたし』・・・」
 「外から絶対開かねーってことかよ!? どうすんだ、コレ・・・!」
 「待て・・・あの奥の扉・・・あの柄・・・どっかで見たような・・・」

 竜司の声に、モルガナが何かを思い出そうと唸り始めた。

 「どこで見たのか、思い出せそう?」
 「うーむ・・・最近のことなんだ・・・」
 「くんの部屋で見た・・・わけないよね? じゃあ、あばら家?」
 「・・・そうか! あそこだ! あそこのフスマと同じだ、間違いない!」

 思い出したのだろう。モルガナが「いったん引き上げだ!」と声をあげた。

 「は? なんでだよ!」
 「あれが現実のどこの扉の認知か、見当がついた。『別のやり方』で、こじ開けられるかもしれない! 話は後だ。とにかく戻るぞ!」

***

 現実世界に戻ってきた一同は、背後のアトリエを振り返った。相変わらず、見事なボロ家だ。

 「あの先、どうやって進んだらいいの・・・」
 「かなり厳重だったよね。よっぽどオタカラを盗まれたくないんだろうけど・・・」

 杏とが顔を見合わせる。竜司もあばら家を見上げた。

 「どっかに仕掛けでもあんのか? 見当もつかねえ・・・」
 「ワガハイの出番だな」

 の背負っているカバンの中で、モルガナが得意げに言った。

 「怪しい場所に心当たりがある」
 「え・・・? ど、どういうこと??」
 「と言っても、この『現実の屋敷』の方にな。忘れたか? あの美術館は『ここ』なんだぜ? 実は、前に来たときに偵察してある」

 喜多川がのデッサンを描いていた時だ。確かにモルガナは家の中を探索していたようである。

 「お前・・・あん時、ハナからそのつもりで・・・?」
 「その通りだ」
 「ウソでしょ?」
 「・・・ヒマだったからでしょ」

 と杏のツッコミに、竜司が「ウソかよ!」と声をあげた。

 「んで? どこなんだ、それ」
 「2階の1番奥だ。不自然にゴツい鍵がかかってた」
 「鍵かけるってkとは、見られちゃマズイってことだよね」
 「確かに。何か大切な・・・隠しておきたいものがある?」
 「用心深い奴だ」

 がため息をつく。おかげで、こちらは大迷惑だ。

 「けどよ、俺たちがこじ開けてえのは、ここじゃなくてパレスだぜ?」
 「扉を、マダラメの目の前で開けんのさ。要は『扉は開けられない』っていうマダラメの『認知』を変えるんだ」
 「つまり・・・斑目の家の、その扉を開けると、パレスのアレも一人でに開くってこと?」
 「なるほど。今は『絶対に開かない』っていう、斑目先生の認知を、『開けられる』というものに変えるということね?」

 がポンと手を打つ。だが、竜司は半信半疑だ。

 「なんかピンと来ねえな・・・。ホントに出来んのかよ」
 「ワガハイを信じろ、必ず開く! ・・・はず」

 付け足された一言に、一同はガクッと肩を落とす。モルガナが慌ててを見上げた。

 「なら、わかるだろ?」
 「の言ったとおりのことだろ? 斑目が信じていることを、覆す」
 「まあ、それはわかんだけどよ・・・」
 「何だよ、試し価値くらいあんだろ!?」
 「そうだねぇ・・・」

 も少しだけ半信半疑なのだろう。不安そうにチラリとを見た。だが、は反対の声をあげない。モルガナの意見に賛成なのだろう。

 「けど、やるとしても、現実の方にも『ゴツい鍵』があるんでしょ?」
 「ワガハイにかかればヘアピン1本で楽勝さ。でも多少はかかる。流石にこじ開けるところから全部マダラメの前でこなすのは無理だ。ほんのちょっとの間、目を逸らしてくれる人が・・・いたらなぁ・・・」

 モルガナがチラリと、の隣に立つを見た。それを見て、竜司も察したのか「あー・・・あーあー」と声をあげる。

 「つーか、屋敷に入んのも、どうやるかなー。無理に入ったら今度こそ通報だし・・・」
 「え? なに? ハッキリ言って。竜司くん」
 「やっぱ・・・ヌードしかなくね?」
 「は・・・??」
 「はあ!? 竜司、アンタ何言ってんの!?」
 「奇遇だぜ、リュージ。同じこと考えてた」

 モルガナまでそんなことを言い出す始末。杏が「ふざけてんの!?」と声を荒げる。

 「はヌードモデルじゃないんだよ!? 男の子の・・・好きでもない男の子の前で、裸になんてなれるわけないじゃん!!」
 「別にマジで脱げとは言ってねえよ」
 「・・・・・・」
 「・・・、こえーよ」

 無言で竜司を見る。もう少し、喜怒哀楽をわかりやすく表現してほしい。本当にパレスで何かされそうで怖い。あまり強要もしたくないのだが、こればかりは仕方がない。

 「マダラメの家に怪しまれずに入るには、それが一番の口実だ。に一芝居打ってもらいたい」
 「え・・・あ・・・えっと・・・」

 が視線を落とす。竜司の言う通り、本当に脱ぐ必要はないのだ。わかっているのだが・・・。

 「竜司、モルガナ、駄目だ。他の手を考えよう。に無理強いはできない」

 とうとう、リーダーがストップをかけた。としては、嫌がるに、強要はしたくない。
 だが、は「ううん」と首を横に振った。

 「だいじょうぶ。やらせて、くん」
 「え・・・?」
 「私にしか、できないよね。だったら、私はみんなのために、がんばる」
 「でも、・・・」
 「ありがとう、くん。でも、私だって怪盗団の一員だよ? あ、でも私、その鍵のかかってる場所、知らないけど・・・」

 がそこを心配する。の説得は失敗か。

 「大丈夫、ワガハイも同行する」
 「モルガナが来てくれるのなら、少し安心かな」
 「いや、こいつこっちの世界じゃ猫だし」
 「あ、それなら私が一緒に行く。やっぱり心配だし・・・。喜多川くんも、話せばわかってくれるんじゃないかな?」

 杏が名乗り出てくれた。としても、ぜひそうしていただきたい。反論はない。

 「でも・・・最悪、バレたときどうするの・・・?」
 「パレスに逃げ込む! ・・・とか?」
 「え、それって大丈夫?」
 「解決になってる!? てか、自信なさげに言わないでよ!」

 杏がまるで自分のことのように心配してくれている。としては、それがとてもうれしい。

 「私がやるしかないのなら・・・私、やります」
 「・・・・・・」
 「くん・・・ダメ?」
 「いや、うん・・・大丈夫だって信じてる」

 小首をかしげ、に声をかけてきたに、はそう返していた。どうにも、自分はこの少女に弱い。

 「ま、ちょっと祐介をだまして部屋に連れて行かせて、チャチャっと開けるだけじゃん?」
 「簡単に言うわね。の気持ちにもなってみなさいよ! もし話が変な風に行って、ホントに脱ぐことになったら・・・」
 「その時は、モルガナ、頼む」
 「む? ワガハイを頼ろうっていうのか? まあいいだろう。の代わりにのボディーガードをしてやる」
 「でも、モルガナは鍵開けるんだよね・・・? 大丈夫、! は私が守る! 喜多川くんがに変なことしようとしたら、引っぱたく!!」

 杏としても、こんなことはできればさせたくないのだ。だが、そんなことを言っていられる場合でもなく。

 「じゃあ、さっそく明日な」
 「え・・・明日??」
 「早い方がいいに決まってんだろ?」

 竜司の言葉に、が戸惑った声をあげる。心の準備というものがあるのに、明日とは。
 チラリ・・・を見れば、眉間にシワ。彼もこれが最善策だと、他に手立てがないとわかっている。だから、口を出さないのだが。

 「えっと・・・でも、喜多川くん、いいって言うかな?」
 「んなの、『私、明日じゃないとムリ〜』とか、そんなんでよくね?」
 「だ、大丈夫かな・・・。うん、わかった。連絡してみる」

 と、いうことで本日は解散だ。渋谷駅まで戻り、それぞれの家路へ。

 「、本当に大丈夫か?」

 JL線の方へ歩いて行こうとする、少女の小さな背中に声をかけた。がそっと振り返り、微笑んだ。

 「うん、大丈夫。杏ちゃんとモルガナ、いるし」
 「オレも一緒に・・・」
 「それはダメだよ。くん、喜多川くんに敵視されてるし、それにパレスの方が竜司くんだけになっちゃう」
 「杏と交代する」
 「だから、ダメだよ〜。今度こそ、本当に通報されちゃうよ?」

 クスクスとが笑う。笑ってくれる。本当は不安だろう。いくら杏がいるといっても、彼女の力で敵う相手なのか。
 いざとなったら、モルガナの言う通り、パレスに逃げ込むべきだろう。

 「、あまり心配すると、逆にが不安になるぜ」

 モルガナが言う。確かにその通りだ。これ以上、不安にさせたくない。

 「それじゃ、明日ね」
 「ああ、気をつけて」

 ヒラヒラと手を振って去っていくの背中を、は見えなくなるまでジッと見つめていた。