ドリーム小説

 「あのね・・・モデルの話、前向きに対処したいというか・・・その・・・引き受けても、いいですよ」

***

 翌日の放課後、怪盗団の一同は中庭に集まった。

 「喜多川くん、OKだって。今日の放課後、来てほしいと」
 「そりゃ願ったりだ。最速で予定入れやがったな、アイツ」

 竜司がニヤリと笑う。なんとか、上手く喜多川から話を聞きださなければ。

 「パレスで見たこと、ホントかどうか、喜多川くんに確認しないとね」
 「おい、静かにしろ。例の生徒会長だ」

 モルガナの声に、4人はギクッとする。新島真だ。すっかり目を付けられてしまったようだ。いや、違う。三島に声をかけていた。
 一緒にいるのがバレては、また面倒なことになりそうだ。バラバラに学校を出ることにした。
 昨日も行った、斑目のあばら家。ここが、あの金ピカのパレスになるのだから、驚きだ。
 やって来たのは、だけではない。それを確認し、喜多川が眉根を寄せた。

 「さんだけだと思っていたんだがな」
 「えっと、その・・・2人だけだと緊張しませんか?」
 「監視だよ。お前が変態なことしねえように」
 「妙な勘繰りはやめてくれ。彼女に異性としての興味は一切ない」
 「あ、そうなんですね。よかった・・・」

 ホッと息を吐く。竜司が「だってよ」とに声をかけている。

 「それじゃ、そこに座って。始めよう」
 「はい」

 が座ると、早速喜多川はカンバスに向かい・・・ラフスケッチを始めた。
 数分が経ったところで、が頃合いとばかりに声をかけるが、集中しているのか、喜多川はまったく返事をしない。どうやら、終わるまで待つしかないようだ。
 モルガナは退屈して、部屋を出て行ってしまう。偵察、と言っていたが。
 そして、数時間後・・・喜多川が動きを止めた。竜司が「終わった!?」と声をあげる。
 だが、喜多川はうなだれ、「ダメだ・・・」とつぶやいた。

 「は?」
 「えっと・・・私じゃダメ、ということですか?」
 「いや、違うんだ、ただ・・・。今日は・・・ちょっと調子が出ない。悪いが日を改めさせてくれ・・・」
 「フザけんな! 何時間、待たされたと思ってんだよっ!」

 竜司が立ち上がって声を荒げる。ああ、こうなると思った・・・。こうなっては、仕方ない。
 はフゥ・・・と息を吐き、立ち上がる。と杏も立ち上がった。

 「ごめんなさい、今日は・・・話があってきたんです」
 「お前んとこの先生の噂だよ」

 竜司が吐き捨てるように言うと、喜多川はため息をつき、「またそれか・・・」とつぶやき、立ち上がった。

 「杏ちゃんが個展で褒めたあの絵・・・本当は喜多川くんが描いたんですよね?」
 「それは・・・」

 言葉を濁す喜多川に、杏が「やっぱり、そうなんだ」と目を伏せた。

 「お前の先生、マジやべえんだけど。弟子をただの『物』だと思ってやがる。だから盗作だろうが虐待だろうが、そんなのお構いなしってワケだ。言っとくが、俺らに隠し事、通用しねえからな?」
 「ははっ・・・何を言ってるんだか・・・」

 喜多川が乾いた笑みをこぼす。それは図星を指されたためのものなのだろうか?

 「斑目先生に恩があるから、逆らえなかったんですよね? でも、私たちなら、きっと力に・・・」
 「やめてくれ・・・」

 喜多川が冷たくつぶやき、スッと目を細めて竜司を見た。

 「お前たちの言う通り。俺たちは・・・先生の『作品』だ」
 「え??」
 「勘違いしないでくれよ? 俺は自分から着想を譲ったんだ。これは盗作とは言わない。先生は今・・・スランプなだけだ」

 スランプ・・・本当にそうなのだろうか? そんなに長いスランプを、喜多川は1人で支えているということなのか。
 だが、あのオブジェ・・・パレス・・・斑目が歪んだ欲望を持っているのは、間違いないのだ。

 「弟子にもみんな逃げられて、それでお前1人って事じゃねーのかよ!?」
 「弟子が師匠を・・・助けて何が悪いっ!?」

 喜多川が声を荒げた。その剣幕に、4人は息をのむ。

 「被害者など、どこにもいない! 身勝手な正義を押し付けるな!」
 「我慢するのか?」

 の問いに、喜多川が動揺した様子を見せた。だが、すぐに表情を戻した。

 「俺は弟子として先生を支えている。それの何がいけない? 二度と来るな・・・次は迷惑行為で訴えてやる」
 「待てよ! 話は済んでねえんだよ!」
 「じゃあ仕方ないな・・・。通報させてもらう」
 「ちょ、ちょっと待って、喜多川くん・・・!」

 慌ててが止めに入る。通報なんて、とんでもない。

 「今日は『モデル』をお願いしたんだ。そもそも他の3人を呼んだ覚えはない!」
 「それならのモデルの話も無しだ」

 が冷たく返せば、喜多川は言葉に詰まる。それを言われてしまうと、喜多川も困る。ようやく見つけた理想のモデルなのだから。

 「ごめんなさい・・・私たち、不躾でしたね。少し落ち着きましょう?」

 が優しく声をかけると、喜多川は「そうだな・・・」と落ち着きを取り戻した。

 「今日のところは、さんに免じて、通報はやめておく。ただし、条件がある」
 「条件?」
 「さんにモデルを続けてほしい」
 「え? でもさっき“違う”って言ってましたよね?」
 「あれは、俺が無意識に君に遠慮してしまっていたから・・・。けどもう、心配しなくていい。君がすべてをさらけ出してくれるなら・・・。俺も全身全霊を込めて、最高の裸婦画に仕上げてみせる!」

 喜多川が力強く言い放った言葉に、一同は目を丸くして。

 「はい? ら、裸婦画・・・???」
 「ちょ、ちょっと待ってよ! そんなの聞いてないっ!!」

 だけでなく、杏も声をあげた。動揺する女子2人。竜司はチラリと恐る恐るを窺うが、怖いことに無表情だ。

 「理想のモデルで裸婦画を描けるなんて・・・!」

 拳を握りしめる喜多川は、クルリとと竜司の方を向いた。

 「もちろん、お前らは入れないし、今日の話も忘れてもらう。そろそろ新作を先生に提出しないと、色々・・・不都合がある」
 「いや、ちょっと待ってよ! 裸婦ってヌードでしょぉ!? なんで、そんな話になんのっ!」
 「それが条件だからだ」
 「も何か言いなよっ!!」

 杏がを見やるも、は「えっと・・・その・・・」と言葉が出ない。

 「古典の会期中なら、昼は先生も不在が多いし、ここを好きに使えるな・・・。少し画材を足しておこう・・・」
 「あの・・・ちょ、ちょっと待ってください・・・!」
 「もちろん、待とう。君に合わせて、いつでも予定を空ける。個展が終わる頃までには来てくれ」
 「え? あ、あの・・・そうじゃなくて・・・!」

 慌てる。さすがに彼女もヌードには抵抗がある。当然だろうが。
 それより、竜司には先ほどから一言も発さないが恐ろしい。

 「そろそろ先生がお帰りになる。今日はここまでだ。さん、連絡を待ってる」
 「え!? いえ、その、まだ話は・・・」

 だが、喜多川は聞く耳持たず。4人に背を向けてしまった。
 仕方ない。ここは出直そう。竜司が襖を開けると、そこにはモルガナがいて。呑気なものだ。「あれ? モデル終わった?」と問いかけてきた。
 当然、喜多川には猫の鳴き声にしか聞こえず、首をかしげた。なぜ、猫が? 竜司が慌ててモルガナの首根っこを掴み、のカバンに突っ込んだ。

***

 斑目のあばら家の家の前で、一同はまたもや作戦会議だ。

 「ど、どうしよう・・・? ヌードだなんて、そんなの・・・」
 「どーすんだよ、に脱いでもらうのか?」
 「そんなわけない」
 「だよな〜。祐介に見せるわけにはいかねーよな〜」

 腕を組んで、ニヤリと笑う竜司に、杏がムッとする。

 「喜多川くんだけじゃないでしょ!! 男の子の前で脱ぐなんて・・・。! 当然、断るわよね!?」
 「そ、そうだね・・・さすがにヌードは・・・」
 「ヤツのあの言い方じゃ、『セミ』じゃなくて『フル』だな・・・」

 竜司のそのつぶやきに、が無言で彼を睨んだ。

 「お、おい、。俺のことを睨むなよ・・・」

 竜司が慌ててから身を遠ざけた。余計なことを言って、何かされては困る。
 例えば、パレスでガルを食らわせるとか。

 「つか、個展が終わる前に斑目を改心させればOKってことじゃね?」
 「けれど・・・さっきの喜多川くんの様子を見る限り、斑目先生を恩人だと思ってる。どうするべきなんだろう? 改心させる必要、あるのかな・・・?」
 「斑目だって、鴨志田と変わんねえ。野郎は親のいない祐介を利用してやがんだぜ? ほかの弟子たちと同じヒデェ目に遭わされてんの、見過ごせってのか?」
 「そう、だよね・・・。喜多川くんがなんて言おうと、斑目先生は少なくとも他の弟子たちを利用してたし・・・。喜多川くんの本音もわからない・・・」

 がうつむく。喜多川が斑目を庇う理由。“居場所”を与えてくれるから。

 「、祐介の目を覚ましてやろうぜ。俺らと・・・同じになっちまう前にな」

 手遅れにならないうちに・・・。喜多川を救うために・・・。

 「そういえばさっき、『新作を提出しないと不都合が』って喜多川くん、言ってたね」
 「そうだね。近々、斑目の『作品』ってことで、なんか発表とかあるのかも・・・?」
 「え!? じゃ、じゃあの裸・・・世間に大公開ってこと!?」
 「竜司」
 「へ?」

 に唐突に名前を呼ばれ、竜司は彼を見た。は眼鏡の奥の瞳を、竜司に向けた。

 「背後には気を付けろ」
 「は?」
 「くん??」

 わけのわからない忠告に、竜司とは顔を見合わせた。
 いや、これはもしかしなくても、先ほどの竜司が懸念したことが起こるのでは? 恐ろしい。下手なことは言えない。

 「と、とにかく、斑目だよな。早速、明日の放課後から動こうぜ。屋上はまた会長サンに見つかると厄介だし、集合はそうだな・・・。渋谷の通路みてーな、あそこでいいか。斑目の家からも近ぇし」
 「アジトを転々と変える・・・か。ワガハイ、嫌いじゃないぜ」

 じゃあ帰ろうか・・・という時だ。1人の女性に声をかけられた。が「はい」と応じる。

 「見たとこ君ら、ただの押しかけファンって雰囲気じゃないよね」
 「えっと・・・?」
 「あ、ごめんごめん。実は、斑目の門下生と知り合いの人間を探してんの。昔、盗難にあったっていう、『サユリ』って絵があるんだけどね。当時の門下生が、斑目の虐待の腹いせに盗んで出てった・・・っていう噂を掴んだワケ。何か、聞いたことない?」

 『サユリ』・・・昨日、喜多川が見せてくれたものだ。斑目の処女作にして、代表作だと言っていた。

 「あの、私たちは・・・」
 「竜司が知ってる」
 「俺!?」

 は「知らない」と答えようとしたのだが、がそんなことを言い出して。無茶振りされた竜司が声をあげた。

 「知らねえよ! んなの、お前だってわかってんだろ!!」

 もしや、これは先ほどのことを恨んでの言葉だろうか。嫌がらせをしてくるとは・・・恐ろしい。

 「そっかぁ・・・。被害者がいて、初めて事件になる。虐待がないとなれば・・・書きようもないか。いったん出直すかな・・・。時間取らせて悪かったね」

 女性がに近づき、名刺を差し出す。

 「アタシ、記者やってんの。何かネタあったら、ここに連絡くれる? それじゃ」

 “大宅一子”・・・とある。雑誌の記者らしい。大宅の背中を見送り、「そんじゃ、解散すっか」と竜司は声をかけた。
 竜司と杏が手を振り、立ち去っていく。

 「くん」
 「うん?」

 別れようとしたところで、の名を呼んだ。

 「あのね、いつも庇ってくれて、ありがとう」
 「庇う?」
 「さっき、喜多川くんに“モデルの話も無し”って言ってくれたでしょ? 私、このままじゃダメなのわかってるのに、ズルズルと・・・」
 「は優しいからな。祐介に強く出られないんだろう? あいつは、被害者だからな」

 は小さく首を横に振った。そんなことないよ、と言いながら。

 「に感謝されるのは、嫌じゃないけどな」

 が言うと、はフフッと笑った。良かった。の笑顔が見られた。
 と、の電話が鳴る。相手は三島だ。先ほど、新島真に問い詰められていた件だろうか。

 《耳よりな情報があるんだ。怪盗お願いチャンネルきっかけで、改心したって奴から連絡もらった。他にも改心させたい奴がいるから会えないかって》
 「なぜオレに?」

 三島は確かに、たちが怪盗団だと確信しているのだろう。だからといって、認めるわけにはいかない。

 《まあ、後のことは本人と話してよ。その、改心させたい奴ってのが、相当ヤバイ奴らしくてね。ネット経由とかで名前出すと、面倒なことになるかもしれないんだって。明日の放課後、渋谷駅で待たせておくよ。『中野原』って男の人》
 「中野原・・・?」
 《向こうから声かけるよう、言っといたから。じゃあ、明日よろしくね》

 が何か言う前に、電話は切れた。

 「どうかしたの? 中野原・・・って言ったみたいだけど」
 「怪チャンを通して中野原が接触してきたらしい。明日、会うことになった」
 「中野原さんが? もしかして・・・斑目先生の件で?」
 「おそらく」

 このタイミングで中野原からの連絡・・・ありがたい。しかも「改心させたい人物がいる」というのだ。十中八九、斑目一流斎だろう。

 「ねえ、くん」
 「うん?」
 「私たちがやろうとしてることって、喜多川くんにとっては、お節介だったりするのかな?」
 「かもしれない。けど・・・」
 「けど?」
 「苦しんでいるのは、祐介だけかもしれないけど、苦しんだ人は大勢いる。中野原みたいに、改心を望んでいる元弟子だっているはずだ」

 事実、中野原が接触してきた。きっと、彼は喜多川を救いたいか、斑目に目を覚ましてほしいのだろう。いや、両方か。
 の言葉に、は満足したように笑い、だが次の瞬間、表情を曇らせた。

 「あのね・・・くんが転入してきた日のこと、覚えてる?」
 「うん? もちろん」
 「あの時、私、“気にすることない”って声をかけたけど、あれってお節介だったりした?」

 そのの言葉に、は目を丸くした。まさか、ずっとそれを不安に思っていたのだろうか。
 うつむくは優しいから、答えなどわかっている。それでも、の口からその言葉を聞きたかった。

 「うん、お節介だった」
 「え・・・」

 だが、予想していた答えと、真逆の言葉が返ってきて。は思わず顔を上げた。
 顔を上げた先には、の笑顔。は首をかしげ、困惑気味に彼の名をつぶやいた。

 「・・・って言ってほしかった? 違うだろ? そうだな・・・驚いたし、正直“大丈夫かな”って思った。“オレなんかに声かけて、変な噂立てられないかな”って」

 実際、そうなることはなく、があそこでに声をかけたことは、誰も気にも留めていないようだが。

 「お節介だと思っても、自分が正しいと思ったことをする・・・困っている人を助けたい・・・の優しいところだ」
 「くん・・・」

 の手がの頭を撫でる。けして乱暴ではないそれに、はうれしそうに微笑んだ。

 「ありがとう、くん」
 「うん」

 が微笑んだまま礼を言えば、は満足そうに目を細めた。そのまま「帰ろうか」と声をかけ、2人は渋谷駅の方へ向かった。
 「それじゃあ、また明日ね」、が手を振る。も片手をあげて応えた。

 「のヤツ、大丈夫か?」

 今まで黙っていてくれたモルガナが、つぶやいた。は「うん・・・」と小さく返す。

 「オレが見てる。心配ないよ」
 「惚れてるな」
 「そんなんじゃない。仲間だから」
 「どこまで本音だ?」
 「うるさい」

 モルガナの頭をカバンに押し込み、チャックを閉めた。カバンの中から抗議の声が聞こえるが、無視をした。