ドリーム小説
翌日・・・4人と1匹は斑目展へ向かった。
日本画家の巨匠の展覧会というだけあり、来場者は想像以上だ。中には、にわかなファンや、ちょっと立ち寄っただけの人たちもいるだろうが。
さて・・・喜多川はどこだろうか? と、辺りを見回すと、会場の奥から件の少年がやって来た。
「来てくれたんだね」
「せっかくお誘いいただいたので」
に笑顔を向けた喜多川だったが、一緒にいたと竜司を見て、あからさまに表情を変えた。
「本当に来たのか」
どうやら、杏に対しては嫌悪感は抱いていないようだ。というか、むしろ興味を持っているようだ。
杏は美人だ。ブロンドと青い瞳が魅力的な、スタイル抜群の美少女。喜多川がなぜ杏ではなく、自分に目をつけたのか、には不思議であった。
日本画にふさわしい、黒髪ストレートの大和撫子・・・にはほど遠い。平均的な容姿である自分。絵のモデルだなんて・・・。
男性陣に向けていたものとは違う、物腰穏やかな喜多川がに向き直る。
「さあ、案内するよ。俺の描きたい絵のことも、色々と話したい」
「はい。それじゃあ、2人とも、また後で」
杏は同行を許されたため、と一緒だが、と竜司は案内する気もないようだ。それを悟ったは、少年2人に微笑みかけ、喜多川について行った。
3人の背中を見送り、竜司はハァ〜と深いため息をついた。そもそも、彼らがここへ来たのは“マダラメ”のことを探るためだ。こうなってしまっては、2人と1匹は手持ち無沙汰である。
「マジでゲージツ鑑賞する? 帰るってのもアリじゃね?」
「が心配だ。それにマダラメのことが知りたい」
「杏が一緒だから、そんなに心配することねーと思うけど。まあ、一応見て回るか」
2人は会場へ足を踏みれる。と、その一角で1人の老人がテレビカメラの前に立っていた。見覚えがある。斑目画伯だ。竜司が立ち止まり、も一拍遅れて足を止めた。
「先生のイマジネーションには、いつも本当に驚かされます。全てを1人の人間が描き出したとは思えない。縦横無尽の作風・・・いったい、何処からこれほどの着想が?」
インタビュアーが斑目にマイクを向ける。竜司が一団の方へ近づく。何か気になるのか。彼が噂の“マダラメ”なのか、も気になるところではあるが。
「そうですな・・・言葉で伝えるのは、なかなか難しいですが・・・泉に、ひとつ、またひとつと泡が浮かぶように、心のうちから自然と湧き出てくるのですよ」
「自然と・・・ですか」
も竜司と同様、インタビューを受ける斑目に近づいた。何か手掛かりが掴めるといいが。
「重要なのは、カネや名声などの俗世から離れることですな。私のアトリエは質素なあばら家ですが、美の探求には充分なのです」
「・・・あばら家?」
斑目の発言に、竜司が声をあげる。あばら家の意味がわからないのか?とは竜司を見やるが、どうやらそうではないらしい。真剣な表情で、斑目たちを見ている。まるで、一言も聞き逃さんとでもいうように。
「なるほど・・・無心が内なる美を育ててくれる・・・と。それにしても、巨匠斑目先生から、『あばら家』なんて言葉が出てくるなんて」
「ご覧いただければ、わかりますよ。はははは・・・」
腕を組んだまま、何やら考え込んでいる竜司。は「どうした?」と声をかける。
「『あばら家』って言葉、確か・・・」
と、辺りから「斑目先生、来てるの!?」という声が聞こえ・・・あっという間に人だかり。と竜司はもみくちゃにされる。
「と、とにかく出口・・・!」
慌てて2人はその場から逃げ出すため、人混みを掻き分けた。大衆の力とは、恐ろしいものである。
***
一方、喜多川と共に行動していたと杏は、ゆっくりと絵画を鑑賞していた。
風景を描いたもの、花や生き物を描いたもの、抽象的なもの、実に様々だ。
「日本画って、こんな色々種類があるのね」
杏が絵を見つめ、感心したように声をあげる。
「普通はもっと作風は絞られる。でも先生は全てを・・・1人で創作してる。特別なんだ、先生は」
喜多川が得意気に、だがどこか寂しそうにつぶやいた。
が喜多川を振り返る。
「喜多川くんは、斑目先生のアトリエに住んでるんですよね? 先生は、どんな方ですか?」
少しでも斑目と“マダラメ”の共通点が欲しくて、そう尋ねてみる。あれだけの有名人だ。何かしらの闇があってもおかしくないのだが。
「素晴らしい才能にあふれた芸術家だよ。ぜひ、さんにも会ってもらいたい」
「ありがとうございます。けれど、斑目先生、忙しそうですね」
まさか、巨匠が1人でこんな所をフラフラするわけにはいかない。そう思ったのだが。
「祐介、ここにいたのか」
なんと、巨匠の登場である。と杏だけでなく、喜多川も驚いている。
と、斑目がたちに目を向ける。2人はぺこりと頭を下げた。
「昨日の子たちだね。楽しんでもらえているかな?」
「はい。どれも素晴らしい作品ばかりで、見ていて新鮮です。こういう世界、今まで触れたことがなかったので」
「何かを感じてもらえる・・・それだけで、我々画家は本望だ。良い絵になるといいな、祐介。では、失礼」
と杏に穏やかに微笑みかけ、斑目は立ち去って行った。はその背中にも頭を下げる。
「芸術家って取っつきにくそうだけど、先生って親しみやすいよね」
杏が笑みを浮かべながら言う。も、そう思った。もしや、あの“マダラメ”と斑目一流斎は別人なのではないだろうか?と。
「ね、、見て見て。コレ、私が生で見たかった絵」
「どれ? わ・・・すごい。赤の発色がキレイ」
杏がの手を引き、1枚の絵の前へ。夕焼け空のような、ただの抽象画のような、不思議な絵だった。だが、引き込まれる。
「・・・これが?」
喜多川がつぶやく。どこか不満げというか、戸惑いのような、そんな様子だ。
「描いた人の、怒り? わかんないけど、熱い苛立ちを・・・感じるの。あんな気さくで紳士的な人なのに、こんな絵が描けるなんて・・・」
「確かに・・・迫って来るものがあるね。穏やかな作風の他のとは違う」
絵を見つめ、喜多川に背を向けていたと杏は、彼が浮かべた憂いの表情には気づかなかった。
「2人とも、こんな絵よりもっといい絵がある。さ、こっちだ」
「え・・・??」
喜多川の言葉に、が戸惑いの声をあげる。
歩いていく彼の後を、杏が追いかけ・・・は再び絵を見つめた。
「・・・今、“こんな絵”って言わなかった?」
師匠の描いた絵に対して言う言葉ではない。は眉根を寄せる。
「〜! 何してるの〜!」
「あ・・・はい!」
杏の声に、は慌てて2人を追った。
***
渋谷駅の連絡通路の一角で、竜司は腹を押さえて座り込んでいた。
「大丈夫か?」
「オバチャンのヒジがモロ・・・」
「災難だったな」
そう言うが、の口角は上がっている。ファンにもみくちゃにされ、はさっさと混雑から脱出したが、竜司は見事に巻き込まれたのだ。は助けようともしなかった。なんとも薄情な男だ。
「・・・けど、おかげで思い出したぜ」
そう言い、竜司はスマホを取り出した。
「思い出す? 何を?」
「まあ、聞けって。ネットの書き込みだ。ほら、ここ見てみ」
が竜司の見せてきた画面を覗き込もうとした時だ。杏の不機嫌な声が聞こえてきたのは。
「なんで先帰んのっ!? 私と、置いてけぼりにして!!」
「ちげえって、俺ら巻き込まれて・・・」
人波に押され、仕方なく逃げてきたのだ。帰ったのとは、少し違う。
と、が杏の半歩後ろにいるに目を向ける。杏の剣幕に苦笑いを浮かべていた。
「、大丈夫か?」
「え? うん。大丈夫だよ。どうして?」
「・・・いや」
杏が一緒だったのだし、何事もないとはわかっているが、心配だった。杞憂に終わってよかった。
「それより、これ見ろよ」
竜司が杏とにスマホの画面を向ける。何やら、気になることがあるようだ。
「この書き込み、斑目のことかもしんねえ」
「え・・・? なんて書かれてるの?」
が先を促す。竜司はそこに書かれた文章を読み上げた。
「『日本画の大家が弟子の作品を盗作している。テレビは表の顔しか報じていない』・・・だとよ」
「盗作!?」
と杏が同時に声をあげる。そんな・・・あの人の良さそうな斑目が?
「最初に見た時は、何とも思わなかったけど、『あばら家』で『斑目』だからな」
怪盗お願いチャンネルに書き込まれた続きを、竜司は再び読み上げる。
「『アトリエのあばら家に住み込みさせている弟子への扱いは酷く、こき使うだけで、絵など教えてもらえない。人を人とも思わない仕打ちは、飼い犬をしつけるかのよう』・・・」
「盗作に加えて、虐待ってとこか」
のカバンから顔を出したモルガナがつぶやく。
がチラリと杏を窺えば、杏もを横目で見ていた。眉根を寄せ、不安そうな表情で。
「喜多川くんが書き込んだのかな?」
杏がつぶやく。確かに、斑目の弟子といえば彼だ。従順な弟子に見えて、実は斑目を恨んでいるのだろうか。
「さあ、匿名だから」
「となると・・・」
モルガナが再びカバンから声を出す。
「メメントスで聞いた『マダラメ』が、あの『マダラメ』と同一人物かもしれねえ」
「あの先生が、そんなこと・・・」
「とても穏やかで、人のいい先生に見えたけど・・・裏の顔があるのかな・・・」
杏とがつぶやく。斑目本人と接したからこそ、余計に書き込みが信じられない。
「あの時のシャドウに、聞けないかな? あ、ていうか現実の本人に聞けば・・・」
「どんな風に聞くんだよ? メメントスのことから説明すんのか?」
「それに現実で表立って動いたら、マダラメ本人にバレる可能性もあるぜ」
竜司とモルガナの言葉に、杏が「そっか・・・そうだね・・・」と視線を落とした。
限りなく黒に近い白。それでも、事実のほどは、わからない。何か決定的な証拠がなければ。だが、このままでは、証拠など見つからない。
一同がどうしたものか・・・と視線を落とし、竜司が黙ったままのリーダーをツイと見上げた。
「お前は? 斑目のこと、どう思う? 怪しくねえ?」
竜司の問いかけに、は何と返すのか。と杏もジッとを見つめた。
は「うん」とうなずく。
「確かに怪しい。条件が揃いすぎてる。“日本画の大家”に、斑目が言った“アトリエのあばら家”・・・探ってみる価値はありそうだ」
「だよな。偶然にしちゃ出来すぎだ。こいつがクロなら、待ってましたの『大物』だろ?」
竜司の言う通りなのだが、杏はどこか腑に落ちないようだ。は先ほどから何かを考え込んでいるのか、無言だ。
「そーいや、モデルの話はどうなってんだ?」
「え? あ、うん、一応アトリエの住所教えてもらって・・・喜多川くんの連絡先も聞いたよ」
「住み込みっつってたな。ちょうどいい」
竜司がニヤリと笑い、立ち上がる。の様子には気づいていないようだ。
「明日、行ってみようぜ。放課後、斑目ん家に行くぞ!」
「喜多川くんに話を聞きに行くの?」
「ああ。モデルの話はもう少し待ってくれとか言えば、大丈夫だろ」
「うん・・・」
どこか浮かない表情の。今日はそのまま解散ということになった。
3人と別れ、はJL線の改札を通ろうとし・・・「!」と背後から名前を呼ばれた。
もしや?と振り返ったは、そこにいた明るい茶髪の少年に、一瞬戸惑った。誰だろう?というのが本音だ。
「いや〜久しぶりだな! 中学ん時の卒業式以来だもんな!」
少年の言葉に、は彼が中学生時代の同級生だと知る。だが、名前が思い出せない。
ペラペラと話す少年だが、は彼が誰なのか、思い出せない。それより、チラチラとの胸を見る視線が気になった。
「、どこ高行ってんだっけ?」
「え? えっと・・・秀尽・・・」
「シュージン? マジ?? この前、センコーが捕まったとこじゃん! 有名人だったんだろ?」
大声で高校の名前を出され、は思わず顔をしかめた。人の多い往来で、大声を出すとは。
グッと拳を握り締める。こんな時、彼がいてくれたら・・・と思い、弱い心の自分を恥じた。
「そんでさぁ〜!」
「あの!」
尚も大声で話そうとする少年の言葉を、は遮った。
「・・・ここ、改札の前だから、人の邪魔になるし・・・私、あなたに名前で呼ばれるほど親しかった?」
「は??」
「男子と仲良かった子、いないけど。少なくとも、私はそう思ってる。私は、あなたの名前すら知らない。何組だったのかすら知らない。大声で話しかけてこないで。恥ずかしいし、迷惑」
「なんだよ、てめぇ・・・根暗なホルスタインのくせによ。取り柄はそのデカイ胸だけだろ。大してかわいくもねーのに、気取りやがって」
「どうぞご勝手に思って下さい。それじゃ」
「おい、待てよっ!! 人のことバカにしといて、それはねーだろ!!」
「バカにしたのは、そちらでは?」
の冷静な物言いに腹が立ったのか、少年がギリッと歯噛みする。通り行く人々がたちをチラチラと見てくる。
「とにかく、気に入らないなら放っておいてください」
再び「それじゃ」と頭を下げ、立ち去ろうとしたの手を、少年が掴んだ。がギクッと体を震わせる。
「おい、このまま逃げる気かよ。少しかわいがってやらねーと、わかんねーみたいだな」
「ちょっと、放して!!」
「うるせえ!! こっち来い!!」
グイッと手を引っ張られ、連れて行かれそうになった時だ。2人の前に誰かが立ちはだかった。
「ちょっと君、少しいいかな」
「は?」
立っていたのは警察官。は慌てて手を振りほどき、改札を通り抜けた。少年が「あ!」と声をあげるも、警察官に呼び止められる。
走ってホームまで向かい、ハァ・・・と息を吐いた。まだドキドキしている。
誰かが警官を呼んでくれたのだろう。誰なのかは知らないが、助かった。
「・・・くんだったりして」
いつも、ピンチの時に助けてくれる人。今回も?と思ったが、そんなことはないだろう。
やって来た電車に乗り込み、はバッグの中から1枚のチラシを取り出した。
そこには、先ほど杏が絶賛した絵が載っていた。
先ほどの、喜多川の言葉を思い出す。
「・・・“こんな絵”」
には、絵画の真贋を見抜く目はない。だがそれでも、それだからこそ、あの絵は素晴らしいと思った。
しかし、もしもあれが盗作で、本当に描いたのが喜多川だったのなら・・・?
それを知るために、明日は斑目のアトリエに行くのだ。少しで何か、手掛かりを掴めたなら・・・。
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