ドリーム小説
モルガナの指示の下、やって来たのは渋谷だ。一体、ここに何の用があるというのか。
続いての指示は、「怪盗お願いチャンネルで名前が晒されている書き込みを探せ」というもの。4人は書き込みに目を通していく。
だが、ネットに実名を晒すとは、恐ろしいものである。
「『元カレが最近ストーカー化して困ってます。名前は中野原夏彦』・・・」
杏が1つの書き込みを見つける。「区役所の窓口係とのことだ。それを聞いたモルガナは「手頃だな」とうなずき、イセカイナビの準備をしろと言った。
左足でトントンと地面を蹴っていたが「ナビを?」と問い、と顔を見合わせた。
全会一致の掟通り、5人の意見は一致する。ストーカーなど、許せるはずがない。
「えっと・・・名前と場所が必要なんでしたっけ」
「いや、今回は場所はいい。代わりにワガハイの言う通り入力してくれ。キーワードは・・・『メメントス』だ」
言われた通り、竜司が「メ・メ・ン・ト・ス」と告げれば、ナビが反応し、モルガナが喜んでいる。そして、パレスに潜入する時のように空間が歪み・・・我に返った時、周りにいた人々は消えていた。景色は先ほどまでいた場所なのだが。
「ここが中野原とかってヤツのパレスか?」
「半分正解、半分間違いだな」
「どういうことです?」
「詳しい説明は後だ。今から地下へ降りるぞ。ここのシャドウは地下に溜まってるんだ」
地下・・・つまりは地下鉄。そこへ入り、一同は異様な雰囲気に気付いた。薄暗い・・・というか、全体的に黒い。人気もない。
そして何より・・・。
カツンと響いたヒールの音に、はハッとなった。周りのみんなを見回せば・・・もはや見慣れた怪盗服。モルガナを振り返れば、彼も二足歩行のマスコットみたいな姿に。
「ということは・・・シャドウがいるってこと?」
「その通り。大丈夫だ。何度か調べたが、シャドウはこのフロアまでは上がってこない」
「このメメントスって、一体どういうものなの? さっき、竜司くんが“中野原のパレス”って言ったら、“半分正解、半分間違い”って言ってましたが」
「・・・“みんなのパレス”だ」
鴨志田の時のような城みたいな、1人に支配されたパレスは、歪みが並外れて強い者だけが持つという。
そうではない、普通の人たちは個々にではなく、1つに融合したパレスを共有しているのだ。
「要するに・・・ここを使えばパレスが無い人でも改心できるってこと?」
「さすがパンサー! その通りだぜ!」
なるほど、わかったような、わからないような・・・。とりあえずは、このメメントスを探索しよう。
だがしかし、地下はかなり広そうだ。歩いて行くのも大変そうである。
と、モルガナは自動改札機から下り、タッタッタと4人から離れた。
「ついにこれを見せる時が来てしまったな・・・。もるがなぁーー、変・・・身っ!」
変身ベルトを装着していれば、確実にライダーだ。「とうっ!」という掛け声と共に大きくジャンプし・・・ボフンと煙と共に下りてきたのは・・・1台の車。ミニバン? とにかく、乗り物だ。正面にはモルガナの青い瞳、後ろには猫の尻尾。
「さあ、パンサー、ラパン。レディファーストだ」
「あ、ありえないだろ!」
その様に、竜司が声をあげる。たちもあ然としてしまった。
「大衆の認知を利用したものだ。なぜか大衆の心の中には“猫はバスに化ける”って認知がものすごい広く浸透してんのさ」
「あー・・・でもアレ、猫が化けるっていうか・・・あれ? 化けてるのかな? でも・・・」
「ラパン、今はいいから」
考え込むに、が声をかける。とりあえず、モルガナカーに乗り込むことに。
後部座席に4人。かなりキツイ。竜司が「出発シンコー!」と声をあげるが、車は動かない。
「オマエら、何をくつろいでいるんだ? ワガハイ、車だぜ? 運転されなきゃ走れねーぞ?」
「え・・・なんでそこはアナログな感じなんですか」
「でも、どうする?」
杏が3人を見る。が「免許がない」と答えるが、現実世界ではないのだから、そこはいいのではないだろうか。
とりあえず、こうしていても仕方がない。リーダーのが運転席に乗り込んだ。
「ラパン、後ろせまいだろ。こっちおいで」
「あ、はい」
に手を差し伸べられ、その赤い手袋の手を取ってヒョイと助手席へ。「よし」とは満足そうに笑った。
さて、気を取り直し・・・出発だ。
***
改札の下へ入れば、これまた薄暗い。そのうえ、生暖かい風まで吹いている。
「なんだか薄気味悪いところですね・・・」
「、口調」
「あ、すみません。なんだか慣れなくて・・・」
「心の距離を感じる」
言いながら、ハンドルを切る。やたらとスマートだ。ジョーカーのロングコートと赤い手袋のせいだろうか。
とりあえず、どこかに中野原がいる。閉じこもっているはずだというので、探すことに。どこにいるのかはわからないが、歪みの強い場所は見ればわかるそうだ。
シャドウを倒しながら先を進むと、赤と黒がうねっている場所を見つけた。間違いなく、ここに中野原がいる。
坊ちゃんカットに眼鏡、金の瞳・・・間違いなくシャドウ。中野原のシャドウだろう。
「誰だ、お前ら!」
「アンタがストーカー男ね!? 相手の気持ち、考えたことないの?」
杏が声をあげる。しかし、中野原は「あの女は俺のものだ! 俺のものをどう扱おうと、俺の勝手だろ!」と返してくる。
「・・・歪んでる。人をもの扱いするなんて」
まるで鴨志田のようだ。を性的対象の“モノ”としか見てなかったあの男のようだ。
「俺だって物扱いされたんだ! 同じことをやって何が悪い!? 俺より悪い奴はいくらでもいるだろ! そうだ、マダラメ・・・俺から全てを奪ったアイツはいいのかよ!」
「マダラメ・・・?」
罪をなすりつけようとしている中野原に、竜司が眉間に皺を寄せた。
と、中野原の姿がモンスターへと姿を変えた。5人は身構える。
攻撃力を上げられるので、こちらはそれを下げ・・・というやり取りをしているうちに、ダメージは蓄積されていき、呆気なくシャドウを倒した。
中野原の姿が元に戻る。膝をついた姿勢のまま、こちらを見回した。
「わ・・・悪かった、もう許してくれ・・・。俺、執着心が止められなくなってた。悪い先生に使い捨てにされてさ・・・」
「悪い先生?」
「アレか? さっき言ってたマダラメってヤツ」
中野原から全てを奪ったという人物か。一体、どんな人物なのか。
「また物みたいに捨てられんのが怖かったんだ・・・」
「そっちも身勝手なヤツのせいで苦しんでたってことか・・・。けど、だからって、関係ない女の人、巻き込むのよくないよ」
「そうです。彼女も怖い思いをしているのですから」
「本当、そうだよな。もうこの恋は終わりにするよ・・・」
改心は成功。ホッと息を吐く。
と、中野原がオズオズと声をかけてきた。
「・・・なあ、お前らって『改心』させられるのか? そしたら、マダラメ・・・! アイツも改心させてくれ。たくさんのヤツが犠牲になる前に・・・」
言い残し、シャドウ中野原の体は光に包まれ、消えた。そこに青白く光る球体が浮いていた。オタカラの芽・・・育っていたら、パレスになっていただろう、とのことだ。
さて、引き上げよう・・・というところで、モルガナが「もう少し付き合ってくれ」と告げた。
エスカレーターで下へ。駅のホームの先・・・不気味な模様のようなものが描かれた壁が立ちはだかっていた。
「これは・・・?」
その赤い模様は生きているかのように明滅している。杏が「不気味・・・」とつぶやいた。
モルガナが壁に近づき、触れた途端、それが開き、さらに下へ続くエスカレーターが姿を見せた。
「見ろ、思ったとおりだぜ!」
「どういうこと?」
モルガナの声に、杏が首をかしげた。
「前に1人で来た時は、触ってもウンともスンとも言わなかったんだ。けど、メメントスの1番したが、こんな何の変哲もないフロアだなんて、妙だろ?」
「さらに奥があったってことか」
「カモシダのパレスが消えたし、現実でも騒がれて噂になってるだろ? メメントスにも変化があんじゃねえかと思ったのさ!」
“大衆のパレス”というだけあり、ここは大衆の心に影響されて地形やらが変わるということか。
とりあえず、今日はここまで・・・ということで、4人と1匹はメメントスから出ることにした。
***
地下から地上へ。見慣れた渋谷の街並み。人々もせわしなく歩いていた。
「メメントスなぁ・・・。しかし、よくわかんねえ場所だったな」
「あれは大衆のパレス・・・ということは、やはり世間の人々の影響を受けたりするの?」
「うむ。の言うとおり、大衆がワガハイらを信じたり、受け入れたりすれば、影響はある」
メメントスは皆のパレス・・・ならば、大元ともいえる。その奥には何か秘密があり、モルガナの正体もわかるかもしれない・・・とのことだ。
モルガナ曰く「自分は猫ではない」そうなので。元は人間だった・・・らしい。そこもアヤフヤなのだが。
「モルガナも助けてほしかったんだね・・・」
「て、手駒が欲しかっただけだ」
杏の優しい声に、珍しくモルガナが尻尾を立てて抗議した。いつもは「アン殿・・・!」と目を輝かせるのに。
「・・・私、協力してあげるよ。失くしたもの、戻るといいね」
だが、杏はそれを気にすることなく。彼女は根っからのお人好しだな、なんては思った。
だから、志帆とも仲良くなれた。派手な外見から、誤解されることも多いが、は知っている。彼女の心根の優しさを。
「ところで・・・モルガナって男の子なんですか? あ、“子”って年じゃないのかな」
「・・・車じゃないか?」
「車?? あ・・・確かに・・・」
「んなわけねーだろっ!」
とのやり取りに、モルガナは抗議の声をあげた。2人のボケなのか本気なのかわからない様子に、竜司と杏は「やれやれ」とため息をついた。
「男に決まってんだろ! ・・・だって、ワガハイは・・・」
小さくつぶやくと、モルガナは杏を見つめた。モルガナの青い瞳と、杏の青い瞳がぶつかる。
「何?」
「・・・いや、なんでもない。ともかく、小物の改心はメメントスで出来ることがわかった。これからも、あの『怪盗お願いチャンネル』を活用しよう」
「何か有益な情報が入ってくるといいんだけど・・・難しいですよね」
「そんなもん、“大物”を改心させて、怪盗団の名前を売れば、山ほど書き込まれんだろ」
竜司が明るく言う。確かに彼の言うとおりだ。今は秀尽学園の中でしか信じている人間はいないだろうが、これが世間的に有名な人物だったら・・・。
怪盗団は、まだ結成されたばかりだ。これから、少しずつ有名になっていけばいい。そして、声をあげられない人に代わり、悪人に制裁を下すのだ。
「さ、じゃあ次は試験に向けてがんばりましょうね!」
「・・・ヤなこと思い出させんなよ」
そんなたちの姿を、1人の少年が見つめていたことを、4人と1匹は知らなかった。
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