その日、シェルダンド王国には、各国の要人が集まっていた。
 王城より南・・・尖塔が2つ並ぶ白亜の建造物。三大聖地とまではいかないが、それでも神に仕える者にとっては、憧れの場所。フィーリア寺院だ。
 今、この寺院には、数多くの貴族たちも集っている。その人々が、今か今かとその人の登場を待っているのだ。
 やがて・・・祭壇の脇に控えていた神官が、その時を告げる。
 寺院の大きな扉が開く。背に太陽の光を浴び、1人の青年が立っていた。
 赤い絹のローブに身をまとい、長い銀髪を1つに結んだ美青年。この国の王女の夫、ククール・アンジェロ・シェルダンドだ。
 そして、今日、この時。彼は王女の夫から、国王になる。
 両脇に少年修道士を従え、ククールは一歩一歩、祭壇へと歩み寄る。その彼から二歩ほど遅れ、彼の妻であり、現王女の ・フィアナ・シェルダンドが、ドレスの上に赤いマントを羽織り、ゆっくりと歩いて行く。
 婚儀の時とは違う、緊張感。パイプオルガンが、新たな王の歩みに合わせて、その澄んだ音色を響かせる。

 ─── 聖王とは、この世界を司る法皇様に次いで、神聖なる存在

 もう何度、その言葉を耳にしただろうか。そのたび、その双肩にズシリと責任という重圧がのしかかる。

 ─── あなた様ならば大丈夫ですよ。 王女とともに、この国を正しい道へと導いてくれます

 現王は齢33にして王位を継いだが、ククールはまだ24だ。若すぎるその即位に、もちろん数多の反対の声があがった。
 だが、全てを決めるのは、現聖王と法皇。2人が決めたのだ。彼なら大丈夫、と。シェルダンドは新たな王の下で、変わるべきだと。
 ゆっくりと歩いていたククールは、祭壇の前で足を止める。 も二歩後ろでそれに倣った。
 ニノ法皇と現王が立ち上がる。現王が祭壇に立ち、法皇はその横に控えた。
 神官が告げる。「これより、シェルダンドの新王即位の式を行う」と。
 現王が1本のレイピアを手にする。この国の王に代々伝わる、セラフィムのレイピアだ。聖水で清められたそのレイピアは、邪なる者を一突きで死に至らしめる、と言われている。
 そして、王錫、指輪、ロザリオを次いで授かり・・・。

 「ククール・アンジェロ・シェルダンドを、新しき王として任命する」

 現王が宣誓し、ククールの頭上に金色に輝く王冠を載せた。寺院内が歓声に包まれ、拍手が湧き起こる。
 ククールが横に移動し、今度は が祭壇の前に立つ。そして、彼女の頭上にも宝冠が載せられた。
 美しく、凛々しい王と王妃の誕生に、シェルダンド国内は、大盛り上がりだ。
 戴冠式は静かに、そして滞りなく終了した。

 「よう、エイリュート」

 祝宴の中、正装したエイリュート、ゼシカ、ヤンガスの元へ、今日の主役が姿を見せた。

 「ククール、おめでとう」
 「ああ、サンキュ」
 「あんた、その口調なんとかしなさいよね」

 愛息子を腕に抱いたゼシカが、呆れたような目を向ける。ククールは「おっと、失礼」と肩をすくめてみせた。

 「仲間の前だ。少しくらい、気を緩めたっていいだろう?」
 「まあ、あんたに丁寧な態度取られたら、こっちが調子狂うけどね」
 「まったくでがす」

 ヤンガスが同意すると、エイリュートもうなずいた。ククールは思わず苦笑いだ。

 「皆さん、来てくださったのですね・・・!」
 「 姫! ・・・とと、王妃だったわね」

 貴族たちに捕まっていた が、解放されたのか、ククールやエイリュートたちの元へやって来た。

 「招待されたんだもの。来ないわけがないわ」
 「ありがとうございます。ヤンガスも・・・お忙しいでしょうに」
 「ククールと姫さんの晴れ舞台でがす! アッシもお祝いしたいでげすよ」

 ヤンガスの言葉に、 はフフッと微笑む。

 「そういえば・・・王族方は? クラビウス王やトロデ王たちも、いらっしゃっているのだろう?」
 「ああ・・・今は別室で先王と話しをしてるよ。まあ、色々とあるんだろうな」

 ククールが今後、どのような王になっていくのか・・・それを見極め、各国の王たちに支援を願い出ているのだろう。

 「ちょ・・・ちょっと! あれ!」

 と、ゼシカが突然声をあげた。エイリュートたちが、彼女の示す方を見て、愕然とする中、ヤンガスだけが「来たでげすな」とつぶやいた。

 「おい・・・あいつ、法皇の演説してた・・・」

 ククールの耳に、その言葉が入り、我に返る。
 会場に姿を現したのは、黒髪を後ろに撫でつけ、鷹のような鋭い視線の男・・・前マイエラ修道院長にして、聖堂騎士団長のマルチェロ・・・ククールの腹違いの兄だった。

 「ちょっと、ヤンガス! あんた知ってたの!?」
 「知ってるも何も、アッシが情報屋の旦那に頼んで、探したんでげす」
 「ええ?? なんで?」
 「ククールの晴れ舞台でがすからな」

 ゆっくりと、マルチェロがククールの元へやってくる。周りの人々は固唾を飲んで、その様を見つめていた。そして、マルチェロはククールの前で足を止めた。

 「貴様が聖王とは、世も末だな」

 マルチェロのその言葉に、周りがざわつく。「ククール様に、なんて口の利き方!」と非難する声がした。
 そのマルチェロの冷たい言葉に、ククールはフッと笑む。

 「あんたが法皇になるよりかは、マシな王になってみせるさ」

 ククールの皮肉に、マルチェロもフッと笑う。少しだけ、周りの空気が和らいだ。
 と、 が一歩前に出る。

 「マルチェロ・・・いえ、義兄様」
 「に・・・!? い、いや、 王女、私のことは今まで通り、“マルチェロ”と」
 「兄貴、もう“ 王妃”だからな」
 「む・・・そ、そうだったな・・・」

 まるで今までのことがなかったかのような3人に、エイリュートとゼシカを始め、周りの人々も呆気に取られてしまう。

 「・・・新しい王と王妃に、神の祝福がありますように」

 聖堂騎士の礼をし、マルチェロがそう告げた。
 ククールは姿勢を正し、「ありがとう」と答えた。

 「ヤンガスも、たまにはやるわね」
 「む・・・“たまには”は、余計でげす!」

 ゼシカの茶化しに、ヤンガスが声をあげ、エイリュートが笑った。

 「改めて・・・おめでとう、ククール陛下、 王妃」

 この国の人々の祝福を、どうか神よ、授けたまえ・・・。