One hundred
Colorful Days

2.愛の数だけ集めた砂粒

ドリーム小説

 当然ながら、親には止められた。1人暮らしなんて無理だ、と。でも、それでも・・・会いたかった。
 恋人ではない。ただの幼なじみだ。それでも、子供の頃から一緒にいて。
 彼が傷害事件を起こしたと聞いても、信じられなかった。簡単にそれを信じた周りの大人たちに失望して、泣いたこともある。いや、未だに泣いている。彼はそんな人ではない。誰も信じなくても、自分だけは信じている。
 私が守ってあげる・・・そう思っていたのに。

 「お父さんもお母さんも、を見捨てた。私、そんな2人のこと見損なった」

 冷たい口調でそう告げた。衝動的に、父が私に手を上げた。殴られた左頬を押さえ、キッと父を睨みつけ、そのまま部屋へ駆け込んだ。

 「・・・っ! ・・・!!」

 私しかいないのに。私しか、を信じてあげられないのに。
 その日から、夜は泣きながら眠ることが多くなり。私は母に何度も尋ねた。「はどこへ行ったの?」と。

 「

 両親とは口をきかなくなり、食事の時以外は部屋から出なくなった。
 そんなある日のことだ。いつものように静まり返った食卓で、TVからは“心の怪盗団”なる者のニュースが流れていた、その時。

 「・・・四軒茶屋にある、喫茶店ルブラン」

 父がボソリとつぶやく。母が「お父さん・・・!」と咎めるような声をあげた。いきなり、何?

 「は?」
 「の今の住まいだ」
 「!!」

 父がとうとう折れた。「持っていきなさい」と、1本の鍵と封筒。

 「お前の東京の家の鍵だ。は来年の4月にはこっちへ帰って来る。それでも、お前はの元へ行きたいんだな?」
 「うん・・・」
 「お前だけでも、あいつを信じてやれ」

 言って、食事を済ませた父が、席を立った。母は悲しそうな顔で笑みを浮かべた。心配してくれているのは、とてもよくわかった。
 高校は中退した。3年生になったら、また通えるけれど・・・のことを冷たい目で見るあそこには、なんの未練もなかった。
 家から東京の新居に引っ越したその日に、私は調べてあった四軒茶屋へ向かった。今はスマホがあれば、どうにでもなる。

 「ここ・・・かな・・・」

 父からは一応、駅から喫茶店までの地図をもらっている。
 看板を見れば「ルブラン」とある。間違いないだろう。
 ドアを開けると、ドアベルがカランカランと音を立てる。「いらっしゃい」と、カウンターにいたアゴヒゲのおじさんが声をかけてきた。

 「あの・・・ここにが住んでるって聞いて来たんですけど・・・」
 「あん?」

 疑うような眼差しを向けられ、私は慌ててスマホの画面を見せた。

 「・・・これ、アイツか?」
 「私、幼なじみのといいます。は、こちらでお世話になっているんですね?」

 私が見せたのは1年前・・・高校に入学した頃の私との写真だ。これで不審者じゃないとわかってくれただろうか。

 「俺は佐倉ってもんだ。あいつの保護司を引き受けている」
 「はい」
 「で? えーっと、さん?は、ここへ何しに来たんだい?」
 「に会いに来ました。こっちへ出てきたんです」
 「は?」

 私の言葉に佐倉さんは間の抜けた声をあげ、パチパチと目をしばたたかせた。何かおかしなことを言っただろうか?

 「アイツと追っかけて来たってことか?」
 「はい」
 「そこまでして会いに来るってことは・・・恋人同士かい?」
 「いえ、先ほども言いましたが、幼なじみです」
 「幼なじみったってねぇ・・・。アイツのこと、そこまで考えてくれている子がいるなんて、初耳だ」

 ハァ・・・とため息をつき、佐倉さんは「どうぞ」とカウンター席を勧めてくれた。
 店内にお客さんは1組。夫婦らしき2人だ。

 「コーヒーは飲めるかい?」
 「はい」
 「ちょっと待ってな」

 どうやら、コーヒーを入れてくれるらしい。その間、私はと会った時に何を言おうかと考えていた。
 「どうぞ」と佐倉さんがコーヒーの入ったカップを目の前に置いてくれた。「いただきます」と告げ、一口。

 「あ、おいしい」

 今まで、コーヒーってインスタントかコーヒーショップのしか飲んだことなかった。こういう目の前でコーヒーの粉をお湯でドリップしたのは初めて飲んだ。
 私がコーヒーを啜っていると、佐倉さんはジッと私を見つめてきて。少しだけ、窮屈になった。

 「あの・・・私が来たら、迷惑でしたか?」
 「いや、そんなことはないよ。ただ、アイツのことをここまで想っている子がいたんだな、って、ただそれだけだ」
 「そうですか・・・」
 「なんでだか知らんが、アイツが前歴持ちっていうことが、学校中に広まってたからなぁ」
 「え!?」

 それは新しい、今の学校で、という意味だ。どうして? 誰がそんなことを・・・。

 「アイツなら、そろそろ帰って来ると思うぞ。寄り道してなきゃな」

 そう言うと、私の前を離れ、椅子に座って新聞を読み始めた。ここで待っていてもいい、という解釈でいいのだろうか?
 コーヒーを飲み、スマホをいじり・・・が帰ってくるのを待った。時刻はもうすぐ5時。店内にいた客が帰って行く。

 「こっちに来たって、家族でかい?」
 「いえ。私だけです」

 佐倉さんの質問に、首を横に振って答えた。「え!」と驚いた声をあげると同時に、ドアベルが鳴った。
 入ってきたのは、眼鏡をかけた男の人。・・・え? ちょっと待って? 相手の男の子も、目を丸くしている。

 「おう、帰ってきたか」

 佐倉さんの言葉に。やはり彼が幼なじみなんだと確信した。

 「!」
 「!? なんで、ここに・・・」
 「お父さんが教えてくれた」
 「どうして追いかけてきたんだ?」
 「そ、それは・・・」

 “どうして?” そうだ。なんで私はこんなにもに会いたかったのだろうか?

 「そ、そんなの、決まってるじゃない! がいないと、つまらないからよ!」
 「・・・そんな理由で?」

 思わず口を突いて出た言葉に、は首をかしげ、佐倉さんが「あーあ・・・」とつぶやいた。

 「とにかく、着替えてくる。佐倉さん、もう少しここにいさせても大丈夫ですか?」
 「ああ。構わねえよ」
 「ありがとうございます」

 店の奥に入って行く。階段を上がっていく音がする。この店の上が、今のの住居なのだ。
 しばらくすると、が戻って来て。「上へ行こう」と声をかけてきた。
 の案内の元、やって来たのは・・・屋根裏部屋だ。少し埃っぽいけど、綺麗に整頓されている。

 「で、いきなり本題だけど」
 「うん」

 ソファに私を座らせ、は椅子に座って私と向き合う。

 「いつまで、こっちにいるんだ?」
 「があっちに帰るまで」
 「は? オレ、来年の3月まで帰れないんだけど」
 「うん、知ってる」

 それはもう何度も聞いた。私の答えに、は呆れたような、困ったような表情を浮かべた。

 「おじさんとおばさんは? 許してくれたのか?」
 「当然でしょ」
 「オレと一緒にいても、いいことなんてないぞ」
 「いいか悪いかの問題じゃないの。楽しいか楽しくないか。つまんないか、つまるか」
 「なんだよ、それ」

 が笑う。あ、よかった。笑えるんだ・・・。あんなことがあったから、少し心配してたんだけど。
 ・・・は、こっちでちゃんと友達できてるのかな? 1人ぼっちじゃないよね?

 「・・・詳しい話を聞かせてほしいんだけど、、どこに泊まってるの?」
 「泊まるっていうか、自宅?」
 「は?」

 あ然とするに、鍵を見せる。「どういうことなんだ・・・」とがつぶやいた。

 「要するに、私はお父さんとお母さんを説得して、を追いかけてここまで来たってこと!」
 「・・・要約しすぎて、わけがわからない」
 「が気にすることは、何もないってことよ!!」
 「気にするだろ・・・」

 このメチャクチャな幼なじみを、どうにかしてくれ・・・が頭を抱える。メチャクチャなって・・・失礼な。

 「しばらく、こっちにいるってことか?」
 「と一緒にあっちへ帰るわよ」
 「・・・来年の3月まで、こっちにいるって本気か?」
 「本気。高校も辞めてきた」
 「は!?」

 またしても、あ然とする。おかしいな・・・私、何か変なこと言ってる??

 「・・・オレ、今日はちょっと疲れているんだ・・・。冗談に付き合う余力がない・・・」
 「冗談じゃないわよ。失礼な!」

 頬をふくらませて拗ねてみせれば、は困った顔。仕方ない。

 「まあいいや。私、こっちにいるから、ヒマな時にでも連絡して?」
 「どこに住んでるんだ?」
 「えっとね・・・目黒ってとこ。渋谷から山手線乗り換え」
 「送ってくよ」
 「大丈夫だよ! まだ明るいし」

 は少し過保護なところがある。今だって、“心配”って顔に書いてあるし。

 「疲れてるんでしょ? ゆっくり休んで! ね?」

 ポンポンと肩を叩き、「じゃあね」と手を振った。
 に会えた・・・再会できた・・・それだけで、それだけが、うれしかった。
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