One hundred
Colorful Days
1.アイコンタクトで始まる恋
ドリーム小説
前歴のある転入生がやって来る・・・ネットに書き込まれたその情報は、瞬く間に校内に広がった。
そして、その生徒がこの2年D組に来ることになって。
だがしかし、朝のHRが始まっても転入生が来ない。さすが前歴持ちなだけある。初日からサボリとは。
空いている前の席をチラリ。転入生は、ここに座るのだろう。できれば視界に入らないところにお願いしたかった。まあ、それはクラスメート全員が思っていることであろうが。
昼休みが終わる数分前。担任の川上が教室に入ってきた。その後ろには、見知らぬ男子生徒。もしかしなくても、噂の転入生だ。
「です」
低くて、落ち着いた声。そして、クセのある黒髪と、大きめの黒縁眼鏡。想像していたよりも、ずっと大人しそうで地味な姿だった。
やはり、席はの前。ゆっくりと歩いてきた彼と、視線がぶつかってしまう。小さく会釈した彼に、目礼を返した。
そして、放課後。転入生は静かに帰り支度をしていて。
「転校早々に遅刻とは、すごいよね」
ポツリと、そんなことを口にしてしまっていた。いや、口に出してしまったと気づいたのは、彼が立ち上がった際に、こちらを見たからだ。
ヤバッ!と心の中でつぶやく。もしかしたら、机をバン!と叩かれて、すごまれるかもしれない。やってしまった。
しかし・・・彼は何もせず、何も言わず。さっさと教室を出て行った。ホッと息を吐いたところへ、友人たちが寄って来る。
「、大丈夫〜?」
「う、うん、大丈夫」
「気を付けなよ〜? 変なこと言って、殴られたりしたら大変だよ!」
「いや、さすがにそれはないんじゃない?」
人を殴ったら、それこそ騒ぎになって退学だろう。そこは彼もわかっていたらしい。
カバンを持って、教室を出る。昇降口へ向かう途中、向こうから1人の女子生徒が歩いてくるのが見えた。ポニーテールの女の子。なぜか顔や腕にはアザ。
「志帆ちゃん」
「あ・・・ちゃん・・・」
声をかけると、彼女が生気のない顔でこちらを見てきて。
「これから部活?」
「・・・うん」
「そっか。がんばってね! 私の分まで」
「うん・・・」
去年、入部したバレー部を1カ月で辞めた。足を怪我したのだ。今は完治しているが、一度辞めたのに出戻りするのは嫌だったから、そのままだ。
金メダリストの鴨志田卓がやって来る前のこと。もしも、あのままバレー部にいたら、鴨志田の指導を受けられたのかと思うと、少々残念だ。立派な指導者であろうから。
だが、ここ最近耳にするのは、その鴨志田のよくない噂。バレー部員に体罰を加えているというもの。
確かに、今の志帆といい、クラスメートの三島といい、バレー部員には怪我やアザをつけている生徒が多い。だがまさか。
「ただいま〜」
声をかけるも、家の中は空。共働きの両親は、まだ帰宅していなかった。
自室に入り、カバンとブレザーをベッドの上へ放る。そのままドサッとベッドに腰を下ろし、天井を見上げた。
「・・・前科者、か」
名前、なんていったっけ? 紹介されたのだが、真面目に聞いていなかったせいか、覚えていない。
キレイな響きだった気がする。彼によく似合う名前。ああダメだ。思い出せない。
想像していた人とは真逆の印象。髪の毛染めて、制服着崩して、そういう人を想像していた。
だが、実際の転校生は・・・。
目が合った。睨まれるかと思った。だが、彼はけしてそんなことはせず。
ひっそりと、誰の目にもつかないように、まるで存在を消すかのような、そんな少年。
「うーん・・・」
1人唸る。
黒いクセのある髪と、目を隠すような大きな黒縁の眼鏡。
あれ? なんでこんなに気にしている? 彼は傷害事件を起こした前歴があるのに。
確かに怖い。そんな話を聞いて、何かされるかもしれないと思うのは普通だ。それなのに・・・。
翌朝。登校すると、意外なことに件の転入生はすでに教室にいた。そっと自分の席に近づき、挨拶もせず、席に着く。恐らく、彼は気づいているはず。自分が登校してきたことに。
眠くなるような授業を受け、昼休みには友人たちと下らないおしゃべりをして。放課後。
「」
「はい?」
聞き慣れない声に呼び止められ、振り返れば、白いTシャツを着た教師、鴨志田卓が立っていた。
「鴨志田先生? どうかしましたか?」
「お前、元はバレー部員なんだってな」
「はい。去年の4月から5月までの1カ月しかいませんでしたが」
「また、やらないか? バレーボール」
「え??」
思ってもみない誘いだった。まさか鴨志田から、そんなありがたい誘いを受けるとは。
「ありがとうございます! 先生にそんなこと言ってもらえて・・・」
「じゃあ入部するか? 大丈夫だ。遅れは取り戻せるぞ」
「は・・・」
「さん」
承諾の返事をしようとした時だ。聞き慣れない声が名前を呼んで。振り返った視界に飛び込んだのは・・・。
「なんだ。転入生か。邪魔をするな。俺が今彼女と・・・」
「すみません。彼女とはオレの方が先約です。行こう、さん」
「へ? え? は?」
チッと舌打ちし、鴨志田は興味をなくしたように去って行った。
「おい、・・・! どこに・・・あ」
「坂本くん」
そこへやって来たのは、去年クラスメートだった坂本竜司だ。こちらを見て、目を丸くしている。
「あ、お前ら同じクラスか・・・。つか、なんだよいきなり。スタスタ歩いてっちまってよ!」
「彼女が鴨志田に絡まれてた」
「マジ!?」
「え!? い、いえ・・・バレー部に入らないかっていう、勧誘だったんだけど」
「げっ」
坂本の反応に、首をかしげる。だがそうだ。彼と鴨志田には因縁があった。
「・・・バレー部、入んの?」
「えっと、どうしようかなって」
「やめとけ。“今の”バレー部はな」
坂本の言葉に、隣に立つ転入生もうなずいた。一体、どういうことなのだろうか。
「入るなら、もう少し経ってからの方がいい」
「はい?」
転入生のハッキリとしたその言葉に、「なんで?」と問おうとして・・・彼と目が合った。
濃い灰色の澄んだ瞳が、真っ直ぐにこちらに向けられていて・・・思わず息を飲んだ。
キレイな瞳・・・そんなことをボンヤリと思い、慌てて我に返った。
「い、いきなり変なこと言わないでください! それじゃ!」
「あ、おい、!」
坂本が声をあげるが、立ち去る姿をムリヤリ引き留めるつもりはないらしい。
ああ、なんでだろう。あの転入生の灰色の瞳が頭をチラついた。