屈んだ姿勢のまま、手にした竹刀を真っ直ぐ前に突き出し、大きく息を吐く。
 立ち上がり、素早い動きで竹刀を振り下ろす。一歩後ろに下がり、再び振り下ろす。次いで前へ出て、振り下ろす。その動作を繰り返していた時だ。

 「頼もー!!」

 突如、響き渡った大声に、動きを止めた。
 大きな道場に、一人で鍛錬をしていた少女。入り口へ目を向けると、はぁ~・・・と大きなため息をついた。

 「・・・また来たわね、道場破り」

 ぼそりと小さくつぶやく少女の元へ、大声の主が大股で歩み寄って来た。
 ぼさぼさの髪を、頭の高い位置で結い、どんぐり眼に小さな傷だらけの顔。しかし、その眼は小さな子供のようにキラキラしていた。

 「王城兵士って、そんなに暇なわけ?」
 「うん? いや、タクミ様には“鍛錬してくる”って言ってるぜ」
 「王城にも侍見習いは大勢いるでしょ? 何も私の所へ来なくても」
 「ヘヘッ。王城の侍見習いじゃ、俺の相手にならないんだよ」

 だから、ここへ来るんだ・・・と笑顔で告げるが、こちらとしては毎日のようにやって来るこの少年に辟易している面もある。
 一度、彼の主であるタクミ王子と相談をした方がいいかもしれない・・・と真剣に思うようになってきていた。こう頻繁に城を離れていいものなのか。

 「なあ、打ち合いしようぜ!」

 竹刀を見せ、少年が明るい声でそう言う。それが目的で来たのだ。これが「顔が見たかったから」とかいう理由であったなら、少しは彼を違う目で見られたのだが。
 まあ、この少年がそんな事を言う人物ではないことは、よくわかっているが。逆に言ったら、何かあったのか?と心配になってしまう。

 「には負けてばかりだからな! 今日こそは勝つぜ!」
 「ヒナタは周りを見ないからよ。ただ、がむしゃらに竹刀を振るだけなんだもの。カザハナを少しは見習ったら?」

 同じく、侍見習いの少女の名前を出す。彼女は、タクミ王子の妹である、サクラ王女の臣下である。
 とは言え、カザハナもヒナタと同じく、おっちょこちょいで向う見ずな部分があるのだが。
 やはり、尊敬できるのは、この白夜王国の第一王子であるリョウマだ。彼が強いのは、けして神器である雷神刀のおかげではない。心・技・体、全てを兼ね備えた、まさに剣聖だ。
 ヒナタもカザハナも、もちろんも、いや国中の侍見習いがリョウマに憧れているだろう。

 「リョウマ様の足元にも及ばないけれど、私もいつか師範代から師範になって、この道場を守っていくわ」

 今日もまた、がヒナタから一本取った後、汗を拭いながら、そうつぶやいた。

 「それだけどよ、

 手拭いで豪快に顔を拭いていたヒナタが、何かを思い出したように声をあげた。

 「なあ、も王城兵士になろうぜ? 俺やオボロみたいに」

 オボロはヒナタと同じ、タクミの臣下の槍術士だ。両親を暗夜に殺害された、暗夜を心から憎む人物の一人である。

 「なら、侍として部下も持てるだろうし・・・そしたら俺、いちいちここに来なくても、と手合わせできるじゃん?」
 「あなた、つい今しがた言った私の言葉、忘れた?」

 じろり・・・はヒナタを睨みつける。ヒナタが「聞いてたって!」と笑顔を見せる。

 「でもよ、親父さんがいるし・・・次の師範は、別にお前が継がなくても・・・」
 「私はそれを望んでるの。ヒナタには悪いけど、王城兵士になる気はないわ」
 「・・・・・・」

 黙りこむヒナタに、が首をかしげる。彼のことだから、更に言い募るかと思ったのだが。

 「・・・ミコト様が、おっしゃってた。“近いうちに、何かが動き出す”って」
 「え?」

 ミコト女王には不思議な力がある。女王がそう言ったということは、恐らく何かが起きるのだろう。

 「タクミ様たちは、それが暗夜と関係してるんじゃないかって、警戒してる」

 顔を拭っていた手拭いを握り締め、ヒナタがつぶやいた。
 話を聞いたの眉間に皺が寄る。今は小康状態にある暗夜との戦争。だが、何かが動けば、本格的な戦になることは、誰もがわかっていた。

 「暗夜と戦争になったら、俺とオボロはタクミ様と共に戦う」

 それが臣下としての務め。ヒナタ自身も、その覚悟は出来ている。

 「けれど・・・犠牲が出るに決まってる。その犠牲を少しでも減らすために、強い兵士が必要なんだ」
 「ヒナタ・・・」

 真っ直ぐな瞳。彼の言いたいことは、わかる。力があるのならば、その力で大切なものを守りたい。にだって、その気持ちはある。このまま暗夜に好きにさせたくはない。

 「ヒナタ、私・・・」
 「でも!」

 の言葉を遮るように、ヒナタが声をあげた。は言葉を飲み込む。

 「・・・には、ここで・・・俺の帰りを待っていてほしいとも思ってるんだ」
 「え・・・?」
 「俺の“帰る場所”になってほしい」
 「ヒナタ??」

 それは、どういう意味?と、問いかけようとしたが、ヒナタの横顔が赤いことに気づく。

 「じゃ、じゃあな! 俺はそろそろ城に戻るぞ!」
 「え? あ、うん・・・」

 がばっと勢いよく立ち上がったヒナタは、竹刀を持ち、に背を向けた。そのまま、道場の入り口へ向かう。

 「・・・
 「うん。なに?」
 「俺、絶対に負けないからな」

 負けない・・・暗夜にも、にも。真っ直ぐなヒナタらしい、力強い言葉。

 「・・・うん。私は、ヒナタのことをちゃんと待ってるからね」
 「お、おう・・・」

 そのまま、逃げるようにヒナタは駆け出し、道場を出て行った。
 そして・・・運命が大きく動き出すのは、その数カ月後のこと。




リクいただいた真巳衣様に捧げます。
ヒロインの「サヨ」は「小夜時雨」とかに使う「小夜」から取りました。
お持ち帰りは真巳衣様のみ、OKです。