もう一度、チャンスを与えてほしい

 「え…!?」

 私の姿を見たコレイが、目を丸くして立ち止まった。そして、我に返ったのか、こちらに駆け寄ってきた。

 「どうしたんだ? 何か忘れ物?」
 「ううん。帰ってきたのよ」
 「…帰って??」

 私の言葉に首をかしげるコレイ。何を言っているのか、理解できない、といった表情だ。
 昨夜…恋人だと思っていたことが勘違いだと判明し、私は森へ帰ってきた。恥ずかしすぎて、アルハイゼンさんと顔を合わせられない。だから、黙って帰ってきた。
 でも、このまま家を借りたままにしてはいられないので、また近いうちにシティへ戻らなくては。彼が仕事中の日中に行けば、顔を合わせることはないだろう。
 家に入った私に、コレイが「どういうことだ?」と声をかけてきた。

 「あの人と一緒に暮らすためにシティに行ったんじゃなかったのか? どうして帰ってきたんだ? 何かあったのか?」

 質問攻めをしてくるコレイ。無理もないとは思うけれど。

 「うん、私も一緒に暮らしてもいいかと思ったんだけど、同居人さんがいるし。そもそも、そんな考えを持ったことが間違いだったの」
 「は??」

 キョトン…とした後、すぐに我に返ったコレイは、「そんなはずない!」と声を荒げた。

 「あの人は、絶対に一緒に暮らしたいって、いつも一緒にいたいって思ってた! ものすごく無愛想だけど…でも、あたしは人の感情には敏感だから、わかるんだ!」
 「コレイ…でもね、私の気持ちは勘違いだって、アルハイゼンさんが言ったのよ」
 「それが勘違いだ。きっと、あの人は違う意味で言ってる!」

 うーん…話は平行線を辿ってしまった。コレイは自分の考えを曲げないし、私もそのつもりはない。
 喧嘩がしたいわけではない。「この話はおしまい!」と告げ、私は弓を手に取った。少し体を動かしたい。
 …先に進みたい、真剣に交際してくれ。そんなことを言われたら、誰だって勘違いするだろう。
 私は彼を好きだった。だから、優しくされて、浮かれてしまったのだ。冷静になれば、彼が私に恋をするなんて、ありえない話なのに。
 体を動かそうと思ったけど、なんだかそんな気にならず。少しだけ森の中を歩き、村に戻った。
 コレイがあれだけ強く言ってきたし、レンジャー長もお小言のようなことを言ってくるかな。
 だけど、レンジャー長たちは遠出をしているらしく。今夜は村に帰って来なかった。
 久しぶりのせまいベッド。鳥の鳴き声。だけど、睡魔はなかなかやって来なかった。
 それから二日後、レンジャー長たちが帰って来た。もちろん、私がいたことに驚いて。

 「君が選んだことなら、僕は何も言わないよ」

 そう言ってくれたレンジャー長。ああ、やっぱり私はガンダルヴァー村で暮らしていった方がいいんだ。
 それなのに…。一度、シティに行って住んでいた家を引き払わなくてはならない。出来れば近寄りたくないあの家に行かなくては。あまりいつまでも借りたままは申し訳ないから、明日にでも行ってこよう。
 そう思った翌朝のことだった。

 「……」

 耳元で、声がした。私の名を呼ぶ低い声。心地よいその低音に「はい…」と夢うつつに応え…声を出したことにより、覚醒した。

 「起きたか」
 「!? アッ…ルハイゼ…」

 驚いたのと、寝起きで喉が渇いていたせいで、咽た。ゲホッゲホッと咳き込む私に、サイドテーブルにあったコップに水を入れ、渡してくれた。

 「大丈夫か?」

 水を飲み干し、落ち着いた私に、アルハイゼンさんが声をかけてきた。一つうなずけば「そうか」とつぶやき、私の手にあったコップをテーブルに戻した。
 ちょっと待ってほしい。これ、夢? そんなわけない。スメール人は夢を見ないのだから。ならばこれは現実ということになる。
 一体全体、どうして彼がここに? ああ、でもいきなり姿を消せば、少しは心配するか。

 「あ、し、失礼しました。椅子を…」
 「構わない」

 今のアルハイゼンさんはベッドサイドに片膝ついた状態だ。そんな体勢、疲れるだろうし、私もベッドにいるままでは、と思ったのだが。

 「何故、君が黙って村へ帰ってしまったのか、ずっと考えていた。きっと、俺が何かしてしまったのだろう?」

 視線を感じる。きっと、アルハイゼンさんは私を見つめているのだろう。だけど、私には視線を返す度胸がない。
 それでも…伝えなければならないことがある。

 「ごめんなさい。私が図々しい勘違いをしてしまったから」
 「勘違い?」
 「アルハイゼンさんと、恋人同士になれたと勘違いを」
 「…違うのか?」
 「え?」

 アルハイゼンさんの疑問の声に、私は目を丸くする。違うのか、って?

 「だ、だってこの前、私が恋人という認識でいいのか尋ねたら、馬鹿なことを言ってると…」
 「俺が言いたかったのは、何を今さらそんなことを尋ねているのか、ということだ。確認するまでもなく、俺と君は恋人同士だ」

 ハッキリと告げられた「恋人同士」という言葉。つまり、私は違うことを勘違いしていたのだ。
 アルハイゼンさんからしてみたら、いきなり私が村に帰ってわけがわからなかっただろう。

 「で、でも! 恋人同士になったのに、まったく私に関心ないみたいでした。興味ないみたいに」

 そう。それがあったから、私は恋人同士ではないと思ったのだ。
 そんな私の言葉に、アルハイゼンさんは少々バツの悪そうな表情で、私から視線を逸らした。

 「それは、君に触れたら、止まらなくなると思ったからだ」
 「止まらない?」
 「俺は聖人君主ではない。人並みに欲情する。君に触れたら、その思いが爆発しそうだった。そうなれば、わかるだろう? 君に触れて、口づけて、君を暴いてしまいたくなる」

 自分の気持ちを伝えたみたいだけど…私にはいまいちピンとこなくて。

 「えっと、つまり?」
 「君を抱きたくなる、ということだ」
 「!!」

 伝えられたその想いに、一気に頬が熱くなった。こんなこと、言われると思わなかった。
 だって、いつも冷静沈着で、何をしても表情一つ変えないこの人が、心の中でそんなことを思っていたなんて。

 「付き合い始めて間もないというのに、それはあまりにも情けない。そう思って我慢していた」

 私を真っすぐ見つめてくるその視線が、今は逸らされている。
 ここでちゃんと私の気持ちを伝えなくては…!! 私は、本当は…アルハイゼンさんと…。

 「わ、私は、触れてほしいと思ってました。キスも、その先も…アルハイゼンさんになら…」
 「本当か?」
 「ほ、本当ですよ。私は…アルハイゼンさんが好きですから」

 そう告げた時の彼の表情は、今までに見たことのないもので。
 柔らかく微笑み、愛おしそうに私を見てきた。

 「もう一度、初めからやり直そう。君が好きだ」

 アルハイゼンさんの手が、私に伸ばされる。そっと近づけば、抱きしめられて。
 顔が近づく。唇と唇が触れ合う、その瞬間。

 「趣味がいいとは言えんな」
 「え??」

 ポツリとつぶやいたアルハイゼンさん。視線を追えば、入り口に見慣れた人たち。レンジャー長やコレイ、仲間たち。
 み、見られてた!! いつから!? あまりの羞恥に耳まで熱い。

 「あ、僕たちには構わず、続けてどうぞ」
 「だそうだ」
 「し、しませんよ!! これ以上、何もしませんからっ!!」

 小屋を出て、みんなから逃げる。ああもう! みんなのバカ!
 …でも、いいか。あの状況で告白したんだし、アルハイゼンさんも簡単には私と別れられないはず。恐ろしいこと考えているだろうか?
 勘違いをしてしまったけれど、でも結果的に仲直りしたし。
 終わり良ければ全て良し! だよね?