職権濫用は駄目ですよ、と言ったのに、翌日の昼には新居に案内されていた。
シティの入り口近く。住人の多いその地域に、アルハイゼンさんは私の部屋を用意してくれた。
必要最低限のものがすでに運び込まれており、教令院の書記官ってすごいんだな…と思った。
でも、その「教令院の書記官」が急ぎで住まいを探すなんて、何事かと思われなかっただろうか?
「必要な物があったら言ってくれ。着るもの以外ならなんとかしよう」
室内を見回していると、アルハイゼンさんが声をかけてきた。着るもの以外? ああ、服の好みとかあるからか。
「下着はさすがに自分で買いたいだろう?」
「し、たぎ!? 着るものって下着のことですか!? あ、いえ…はい。わかりました。何から何までありがとうございます」
まさかの事実に驚いたけれど、「俺が買ってきた」って下着渡されたら恥ずかしさで倒れるだろう。アルハイゼンさんが女物の下着を…あ、駄目駄目。これ以上は考えない。
さて、次は仕事についてだ。さすがに家賃を払ってもらうわけにはいかない。冒険者協会に行ってみようか。
アルハイゼンさんは書記官の仕事があるというので、そのまま別れた。私は一息つこうとソファに座る。
未だにアルハイゼンさんと一緒にいると緊張してしまう。心臓だって、ドキドキうるさい。今はこうだけど、いつかは慣れるものなのだろうか? うっ…自信がない。
小休止ののち、冒険者協会へ。神の目持ちの人材として、喜んで登録させてもらえた。
あとは、食料だ。お昼はどこかで食べて行こうかな。いつもはプスパカフェを利用してるけど…今日はランバド酒場にしよう。
酒場で食事をし、冒険者協会の前を通って帰ろうとすると、キャサリンに声をかけられた。
一人でも出来る簡単な仕事を紹介してもらえた。ありがたく依頼を受ける。
依頼を受け、家へ帰る。まだちっとも自分の家とは思えないけれど。
「フゥ…」
帰って来て、ソファに座って一息ついた。明日は早速仕事だし、今日は早めに寝よう。
森から持ってきた本を取り出す。あの日、アルハイゼンさんがくれたもの。結局、私には理解できないままだけど。手持無沙汰だし、もう一度読んでみることにした。
アルハイゼンさんって、頭いいんだなぁ。いつも難しい本を読んでるし。一度、仕事の話になった時、「書記官の仕事は簡単だ」なんて言ってたっけ…。
フワァァ…とアクビが出てしまう。やっぱり、この本は難しすぎる。
少しだけ、少しだけ横になろう。そう思い、ソファに体を倒した。
コンコンコン…と何かを叩く音で、目が覚めた。再び叩く音。玄関ドアからだ。
「はい! どちら様で…」
言いながらドアを開ける。そこに立っていたのはアルハイゼンさん。手に紙袋を持っていた。
「相手を確認する前に、ドアを開けない方がいい」
「あ、ご、ごめんなさい…」
「以後、気をつけてくれ」
「はい」
ここはアビディアの森とは違うのだ。見知らぬ人ばかりのスメールシティだ。用心しないと!
「えっと…お仕事帰りですか?」
外は夕焼け。どう見ても仕事帰りだろう。
「ああ。夕飯を一緒に、と思って買ってきた」
「ありがとうございます」
「入っても?」
「は、はい! どうぞ!」
緊張しつつも、家の中へアルハイゼンさんを招き入れる。リビングに入り、テーブルの上へ視線をやり…そこにあった本に気づいたようだ。
まさかこれを読んでていて寝落ちしたことを悟られたくない。自然な感じで片そうとしたのだけど。
「また読んでいて眠ってしまったのか」
「え! い、いえ、そんな…!」
「俺が来るまで寝ていたのだろう?」
う…うわぁ…! は、恥ずかしい! いくらアルハイゼンさんが私の知能指数を知っていても、恥ずかしいものだ。
恥ずかしがる私のことは気にせず、持ってきた紙袋から料理を取り出すアルハイゼンさん。まだ温かいようで、湯気が出ている。
「今日は一日中寝ていたのか?」
「寝てません。冒険者協会に行って、仕事をもらってきました」
「ほう。そうか、仕事が必要だったか。それなら、俺の護衛はどうだろうか?」
「…絶対に護衛なんて必要ないですよね?」
戦っているところは見たことないけど、神の目を持っているし、何より立派な体躯をしている。腕に自信はあるだろう。
「しばらくは冒険者協会の仕事をします。それからのことは、後で考えます」
「うん」
こうして、穏やかな時間を送れることが、すごく幸せで。
夕飯を食べ、しばらくすると「では、俺はこれで」と言い、立ち上がった。え? あれ??
「また明日。仕事帰りに寄らせてもらう」
「は、はい…」
「おやすみ」
「おやすみなさい」
……。本当に帰っちゃった。
いやいや! 何を考えてるの! 私たちは昨日、恋人同士になったばかり! 昨日の今日で、何かあるわけないじゃないの!
この時はそう思った。けれど…そんな日が一週間。さすがに私もおかしいと思う。
今日も今日とて、仕事帰りに夕飯を食べに来たアルハイゼンさん。ちなみに、外へ食べに行くこともあった。
食事をしながら、チラリと彼を見て。意を決する。
「…あの、アルハイゼンさん」
「どうした」
私が呼びかけると食事の手を止め、こちらを見てきた。いつも本を読んでいるけれど、私との食事中にそれをすることはなかった。
「私、その…アルハイゼンさんの恋人という認識でいいのでしょうか?」
「……」
私の問いかけに、アルハイゼンさんは眉間に皺を寄せた。
ああ、いけない。そんなわけないのに! 改めて確認してしまった!
「ご、ごめんなさい! 馬鹿なこと言いました!」
「わかっているなら、そんなことは聞かないことだな」
「…はい」
なんだ。そうだったんだ。てっきり私はアルハイゼンさんと『恋人』になれたと思っていたのに。
『馬鹿なこと』だったんだ。あの日の告白は、きっとそういう意味で言ったんじゃなかったんだ。だから、触れてくることがなかったんだ。
恋人という認識は間違い。私の勘違いだったのだ。