スメールシティには何度も来ているけれど、ここに来るのは初めてだ。
教令院…テイワット一の教育機関。なんでもここを二年で卒業した大天才がいるらしい。今もスメールにいるのかな?
でも、ここへ来たのはいいけれど、どうしようかとウロウロしてしまう。いつもはプスパカフェで会うんだけど、今回は突発的に来てしまったのだ。
「どうかしたかい?」
「あ…」
そんな風にウロウロしていた不審人物な私に、二人の男性が声をかけてきた。どうやら教令院の生徒? 学者?のようだ。
「えっと、人を探していて…」
「人探し? どんな人?」
どんな人。正直に言っていいのだろうか。私みたいな田舎者と、書記官様が知り合いだなんて、知られない方がいいかもしれないし。
うつむいて考え込んでしまった私に、相手は何か勘違いをして。
「嘘ならハッキリ言ってくれよ。僕たち、これから暇だし、君の相手をしてあげるよ?」
「い、いえ、結構です。失礼しました」
いつまでも入り口で話し込むべきではない。ここは往来なのだから。プスパカフェに行けば、会えるだろう。
そう思い、立ち去ろうとした私の腕を、男性の片方が掴んできた。突然のことにギョッとした。
「何するんです!」
「君、シティの人間じゃないね。旅人か何か?」
「なんだっていいじゃないですか! 放してください! 私、他に行くところがあるんですっ!」
掴まれた腕を振り払おうとするも、ニヤニヤと笑うばかりで放そうとしない。
ああもう。神の目の力を使おうか。けれど、こんな所で騒ぎを起こしたくない。セノさんに知られでもしたら…。
「何をしている」
聞こえてきた男の人の声。背後からだ。振り返った私は、あまりの安堵に破顔する。
「アルハイゼンさん!」
探していた人に会えた。ホッとする私と対照的に、二人の男性はギョッとしていて。
「ア、アルハイゼン書記官のお知り合いで?」
「そうだ。わかったなら手を放せ」
いつもの淡々とした物言い。二人の男性は「失礼しました!」と私の手を放すと、逃げるように去って行った。ううん、あれは逃げてた。
その姿を見送った私はホッと息を吐いて。改めてアルハイゼンさんを見た。
「ありがとうございます。助かりました」
「大丈夫か? 掴まれた箇所は痛まないか?」
「はい。大丈夫です」
安心させるように微笑んで、掴まれていたところを見せる。なんの痕もない。大丈夫だ。アルハイゼンさんも納得したようにうなずいた。
そして、その表情を曇らせた。何かあっただろうか?
「シティへ来ていたんだな。すまない。書類仕事が増えて、村へ行けなかった」
「いえ! あの、いつも村へ来てくださいますけど、ご自分の用事を優先してくださいね?」
「というと?」
「無理して村へいらっしゃらなくても大丈夫ですよ」
忙しいのに、時間を割いて村へ来てもらわなくても構わない…という意味で言ったのだが。
どうやら、私のその言葉は大きなお世話だったようだ。
「君は俺が無理に村へ行っていると思っているのか? 俺はきちんと仕事を片付け、君に会いたいから村へ行っている」
ちょっと待ってほしい。今、爆弾発言をされたような気がするのだが。
私に会いたいから村に来ている。そのような言葉を放たなかった?
目をパチクリさせる私に、アルハイゼンさんは「どうした?」と何事もなかったように首をかしげて。もしかして、私が大げさに捉えすぎてしまったのかもしれないと思い至った。
「いえ、なんでもありません。ただ、無事に会えてよかったな、と」
「男に絡まれたんだ。無事とは言えないだろう」
「あ、いや、でも、怪我はなかったんですし、無事ですよ!」
アハハ、と無理に笑ってこの話を終了させようとすると、おもむろにアルハイゼンさんが私の腕…先ほど掴まれた方の…を取った。
そして…あろうことか、その手首に唇を寄せたのだ。あまりのことに、脳みそが沸騰した。いや、そんな感覚。
事も無げにそんなことをしてくれたけど…異性にこんなことされるのは、当然初めてで。しかもアルハイゼンさんは何事もなかったように、私の手を放した。
「いつものカフェでいいか?」
「は、はい…」
な、なんだろう。さっきの発言といい、今の行動といい、今日のアルハイゼンさんは様子が変だ。
村ではみんなの視線があるから、しないのか? いやでも、ここだって色んな生徒たちの視線がある。今のを見ていた人もいるかもしれない。うん、いた。私たちの方を見て、ヒソヒソ話をしている女の人が三人。何を話しているのかわからないけど、勘違いだけはしないでほしい。
教令院からの坂道を下り、プスパカフェへ。
ドリンクをオーダーし、ホッと一息つく。
「それで、君がシティへ来たのは、いつもの用件でか?」
冒険者協会への依頼、もしくは買い出し。私のいつもの用事はそれだ。けれど、私は首を横に振った。
店内は人々の会話で賑わい、私たちのこと気にしている人もいない。それでも、このことを告げるには勇気が要った。
「シ、シティに…移り住もうかと、思いまして…」
「……」
ギュッと目を閉じ、膝の上で両手を握り締め、私は「えいや!」という気持ちでそれを告げたのに。返って来たのは沈黙だ。
「あああ、すみません! ただの予定というか、そうしようかな、という考えでして! 決定事項では…」
「今すぐ決定してくれ」
「…は?」
いつもの淡々とした口調で、アルハイゼンさんが口をはさんだ。
「今すぐシティに移り住むと決めてくれ」
明確な言葉。私の聞き間違いではなかった。アルハイゼンさんは腕を組み、ジッと私を見つめてきて。
「君がシティへ来てくれるのを、今か今かと待っていた」
待っていた…確かに以前、「シティへ来るつもりはないか」…「教令院に興味はないか」と言われたけれど。
私が来るのを待っていた。それってつまり、アルハイゼンさんは私のことを…。
ううん! 何を図々しいことを考えてるの! これは友人に対するもの!
「あ、でも教令院には入りませんよ? 私には無縁の場所です」
「そうか、残念だ。だが、シティに来てくれただけ、ありがたい」
やっぱり、村とシティの行き来は大変だったのだろう。さっきは「会いたいから行っていた」とは言っていたけれど。
シティへ移り住むことは、レンジャー仲間たちも賛同してくれた。レンジャー隊には、まだ居場所がある。
アルハイゼンさんの態度は、いつもと変わらない。だけど、いつもは本を読んでいるのに、今は…。
チラリとその表情を窺おうとして、彼が私を見つめていることに気づいた。
「君が俺の近くにいることが、こんなに喜ばしいことだとはな」
そして…フッと柔らかく微笑まれた。
この日、私は確実にアルハイゼンさんへの恋を自覚した。