「教令院で学ぶことに興味はないか?」
「はい?」
何度目かの訪問時、彼は私をジッと見つめ、そう尋ねてきた。
教令院で学ぶ? 私が?
意外すぎるその問いかけに、私は目をパチクリさせ、首をブンブンと横に振った。なんと、勧める相手を間違っているだろう。
「私の頭脳じゃ、入れませんよ!」
「そうだろうか」
「当たり前じゃないですか。私は一レンジャーでしかないんですから」
「しかし、レンジャー長は最大派閥の卒業生だ」
「レンジャー長と一緒にしないでください…」
レンジャー長は、頭が良すぎて何を言っているのか、わからなくなる時がある。
あ、でもアルハイゼンさん相手でも、たまになる。この前、「あげた本は読んでくれたか?」と聞かれたので、素直に「さっぱりわけがわかりませんでした」と答えたら、授業が始まってしまったのだ。あれは困った。
「残念だ。君が教令院に来たら、頻繁に会えると思ったんだが」
「は、はい?」
「せめて、シティに来てくれないか?」
「? 行ってるじゃないですか」
何せ私はシティへの買い出し担当なのだ。その際、アルハイゼンさんとは必ず会っているし、彼もこうして村へ来てくれている。さすがに、今の頻度以上に、シティへ行くわけにはいかない。レンジャーの仕事がある。
でも少しだけ…ほんの少しだけ、シティにいたい気持ちもある。
少し前までなら、思わなかった。これは間違いなく、アルハイゼンさんと知り合ったから。
「やはり俺の気持ちは迷惑だったか。すまない、忘れてくれ」
「え?? あ、いえ、迷惑なんかじゃないですよ! ただ、いきなり行くのは難しいというだけです」
「君にはレンジャーの仕事があるからな。ふむ、では俺がここへ移り住もう」
「は!?」
「すまない、冗談だ」
……。ハァーびっくりした。大マハマトラのジョークより笑えない。
教令院の書記官の仕事を捨てるなんて、そんなことはしては駄目。そんなことをしたら、私は教令院に恨まれてしまう。
「やあ、また来たんだね、書記官殿」
と、そこへ聞きなれた声。私はそちらに顔を向けた。
「あ、おかえりなさい、レンジャー長」
「うん、ただいま」
声をかけてきたレンジャー長は、見回りに行っていたのだ。アルハイゼンさんが来ていること、コレイに聞いたのかな。
「レンジャー長、彼女をシティへ連れて行きたい、と言ったら?」
「構わないよ。何日くらい?」
「これから先、ずっとだ」
「…え?」
「アルハイゼンさん! そのお話は断ったじゃないですか!」
ああもう! またしても冗談を言うなんて。アルハイゼンさんは我関せずといった様子でお茶を飲んでいるけれど、あなたの発言ですからね!?
レンジャー長はため息をつき、「彼女の意思に反することは、やめてくれよ」とつぶやいた。
いつものように、少しだけ会話をし、静かな環境で本を読むと、シティへ帰っていく。最初はそんなもてなしでいいのかと思ったけれど、本人がそれでいいと言ったのだ。ここへは静けさを求めてきたと。
アルハイゼンさんが帰って少しすると、コレイがやって来て。小さく私の名を呼び、何やら言いづらそうに目を伏せた。
「どうかしたの?」
「あのさ、スメールシティに行きたいって思わないの?」
もしかしなくても、レンジャー長に何か聞いたのだろう。私はコレイの質問に笑みで応えた。
「あの人は、本気だよ?」
「わかってる。真っすぐで、真面目な人だもの」
「じゃあ、どうして…」
どうして彼の気持ちに応じてあげないのか…答えは目の前にある。
「コレイを任されているもの。あなたを置いていけない」
「あたしは大丈夫だ。あたしのことで、悩んだり迷ったりしてほしくない」
ハッキリ、キッパリとコレイが告げる。そんな彼女に、私は目を丸くする。
自分を足かせのように言わないでほしい、と。そんな意思が見て取れた。確かに、私はコレイを言い訳にしていたかもしれない。
だけど、考えがまとまっていないのも、また事実。私は、どうしたいのだろう。
アルハイゼンさんと共に、スメールシティへ行く。だが、そうすればレンジャーの仕事が出来ない。私はレンジャーの仕事に誇りを持っているのだ。そう簡単には捨てられない。
「気にしないでくれ。あたしなら、本当に大丈夫。師匠や他のみんながいるし!」
優しい子だ。確かに、この森には私以外にもたくさん頼れる人がいる。私がいなくても…。
「あ! 別にいなくなってほしいわけじゃないからな! ただ、自分の気持ちに正直になってほしいだけ」
自分の発言が誤解を招くと思ったのか、コレイは慌てて声をあげた。私は「わかってる」と微笑んだ。
住み慣れたこの森を離れることに対する不安。だけど、同じくらいの好奇心もあって。
私は、どうするべきなのだろう。レンジャー長はきっと、自分のやりたいこと、望むことをしろ、と言う。けして、ここに残れとは言わないだろう。
どうしたいのだろう。森に残りたい私と、シティへ行きたい私。でも、けしてアルハイゼンさんに森へは来てほしくなくて。
悩む私のもとへ、レンジャー長がやって来た。
「コレイが心配してる。余計なこと言っちゃったかな、って」
「え! そ、そんなことないですよ? コレイは何も悪くないです!」
あの子なら、自分を責めてもおかしくない。私はそのことを失念していた。
「ああ、そうだ」
レンジャー長が声をあげた。どこかわざとらしい口調で。
「アルハイゼンのことだけど。何度もここに来てもらうのも心苦しいからね。スメールシティに行くのも悪くないかもよ」
レンジャー長のその言葉に、私は「え?」と呻くような声が出てしまう。
「…レンジャー長、私は足手まといですか?」
「そうじゃないよ。君はずっとこの村にいたし、刺激が欲しくもあるんじゃないかな?」
「刺激なんて。私は、この村で十分楽しんでいます」
「けど、アルハイゼンの近くにいたいでしょう?」
そこで悩んでいるのに。答えはまだ出ない。それなのに、こんな風に答えを求められるなんて。
シティへ行くには不安がある。それでも好奇心もあって。
今はまだ、答えを出せそうもなかった。